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87話 過酷な裏切り

【クラッグ視点】


 ホテルの庭先での雑談会は続く。


「ふふ、分かります。武術の教育役というのはどうしてあんなにスパルタなのでしょうね? 私もいつも大変ですよ」

「そ、そうなのだっ……! そこのドルマンの訓練は厳しすぎるのだっ! 加減というものを知らんっ! 常識から外れているっ!」

「…………」


 俺達はリチャードにアドバイスを与え、紅茶の席に戻り、リチャードとアリアの会話が再開される。

 とても不自然な中断だった為、最初の方はお見合いの様にぎこちない会話だったけれど、今は少し軌道に乗り始めている。


 俺は先程の訓練の事を話題にすればいいとアドバイスした。さっきアリアもその様子をちらと見ているし、話題にしやすい。それに英雄都市の貴族の子のアリアもだいぶ鍛えているようだったから、訓練の苦労話などは共感しやすい話題だろう。


 最初リチャードは訓練の恥の話なんて出来ないと嫌がっていたが、自分の恥を笑い話に出来ない様では男の器が知れてしまう。いいからいいからやってみろと、強引にリチャードに話を押し通した。

 そして流石は武芸の子、アリアの口からも訓練や武術の話が次々と零れ出て来る。


 目論見は当たり、大分自然な会話になってきている。

 『クラッグのアドバイスが真っ当だなんて……』という目をエリーが向けてきているが無視する。普通のアドバイスぐらい出来るわい。


「ア、アリアよっ……!」

「はい?」

「こ、ここ……今度、い、一緒に訓練をしてみないかっ……!? ほ、ほら……い、いつもとは違う者と訓練すれば、あ、新たな発見もあるやもしれんしっ……!」


 リチャードががっちがちに緊張して、超どもりながらそう言った。俺がアドバイスした事ではあるが、初めて気になる女子をデートに誘った子供まるだしだっつーの。

 そのリチャードの緊張ぶりに俺は吹き出しそうになる。いや、俺だけでなく周囲の皆、奴の姉であるイリスティナやアドリアーナまで笑いを堪えている感じがある。


「はい、いい案ですね。是非よろしくお願いします、リチャード様」

「…………っ!」


 皆が笑いを堪えている中、アリアは純朴な笑顔を見せてリチャードの案を肯定した。いい子である。

 リチャードの顔はめっちゃ赤い。


 ジュリが自分付きのタンタンに「わ、わたくしにも、後で武術教えてっ!」と小声で言っていた。ディミトリアスとお近づきになりたいのだろう。


「う、うむ……! そ、そうか! ではそうしようっ!」

「はい!」

「そ、そうだ! これも何かの縁、アリアにはこれをやろうっ……!」


 そう言ってリチャードはポケットからあるものを取り出す。それこそが俺がリチャードに与えた一番の『秘策』であった。

 リチャードはそれをてのひらに乗せ、アリアに向けた。


「これは……飴玉、ですか?」

「う、うむ……。しょ、庶民向けの飴玉ではあるが、お、美味しいぞ……?」


 そう、それは俺がよくフィフィーやエリーにあげる普通の飴玉だ。お土産にお勧めの安価で大量に購入できるごくごく普通の飴玉だ。アリアは礼を言いながらリチャードからそれを受け取り、口に含んだ。


「…………」

「……い、いやなっ! それは庶民の友人から貰ったもので! べ、別に口に合わなかったら捨ててもいいんだからなっ!? しょ、庶民の飴玉だからなっ……! 安物だからなっ! 口に合わなくてもしょうがないっ……!」


 自信が無い為か、リチャードがあわあわと慌てていた。自分から勧めたものが気に入られなかったら悪印象を与えてしまうと考えているのだろう。しかも、それは庶民の安物。確かに王族が勧めるものとしては間違っているかもしれない。


「ふふ……」


 しかし、アリアは微笑んだ。


「あ、飴玉は不味かったか……?」

「いえ、そうじゃなく……少し意外でしたので……」


 アリアは言う。


「リチャード様は一般的な民の暮らしもよくご存じなのですね。王家の地位にいらっしゃるのに、市井の者達の生活にもよく通じているなんて……私、感心致しました! 飴玉、とても美味しいです!」

「…………!」


 そう言ってアリアは特上の笑顔になった。リチャードの顔がぼんっと赤くなる。

 流石は信頼と実績の飴玉。普通な味ではあるのだが、馴染みやすく万人受けしやすい。誰にあげても一定の評価を受ける飴玉だ。

 更に、王子と大衆向けの小さな飴玉というギャップが好感をもたらしている。狙いはばっちりだ。


 ……流石にアリアの言ってた『とっても美味しい』というのは過大評価だと思うが。貴族嫌いの俺でも分かるぐらい、あの子はいい子だからなぁ。


「さ……ささ……」

「ん?」

「作戦ターイムっ……!」


 リチャードが顔を真っ赤にしながら、また俺達と一緒に草むらの向こう側に移動した。


「や、やるじゃないか……! お前っ! 作戦はばっちりだったぞっ……! 素晴らしいっ……!」

「へーへーへー」


 目をキラキラとさせながら俺はリチャードに褒められた。

 お、王族の奴に褒められても、う、嬉しくなんてないんだからねっ……!


「クラッグのアドバイスが的確だった……?」

「そんな……。これは天変地異の前触れなんじゃ……」

「明日は……空から槍が降るぞ……」


 端っこの方で俺の親しき友人たちが驚愕に体を震わせながら何か言っていた。てめぇら、このやろう、覚えてろよ。

 ……っていうか、エリーとリックに言われるのはまだ分かるのだが、フィフィーにも言われるのはちょっとショックだった。


「なにかっ……! 何か次の策はないのかっ……!? お前っ……!」

「……あぁ、あるぞ」


 そして俺はリチャードにだけ聞こえるように耳打ちをする。俺の提案にリチャードは驚いていたが、先程も訓練の話題を嫌がり、しかし結果的に話はとても盛り上がったのだ。

 俺を信頼し、また会話の席に戻っていった。

 会話はまた進む。


「アリアはB級ぐらいの実力があるのか……!? 凄いな! B級というのは戦闘職のベテランくらいの実力だろっ?」

「いえいえ、わ、私なんかまだまだです。私の年にはお兄様S級にいっていたって言うし……」

「それは何も参考にならないぞ。あまり優秀過ぎる人と自分を比べるものじゃない。……ア、アリアには良いところがたくさんあるぞっ……!」


 謙遜の様に腕を振るアリアに対し、リチャードがフォローをしていた。


「そ、それに……それに……」

「…………?」

「ア、アリアは……」


 リチャードの顔が真っ赤になり、緊張で体がぷるぷると震えだす。今まさに彼は意を決し、俺のアドバイスの言葉を言おうとしていた。


「アリアはおっぱいが大きいのも、魅力的だと思うぞっ……!」


 勇気を振り絞り、俺が教えた言葉をリチャードは口にした。


「え……?」

「…………」

「…………」


 アリアは一瞬驚き、硬直し、そして顔が真っ赤になる。

 会話が止まる。しんと静まり返る。周囲の皆も、リチャードいきなり何言ってんだ、と驚きフリーズしていた。


「あ……ありがとう……ございます…………リチャード様……」


 そう言いながらアリアは椅子を引いて、ほんの少しリチャードから遠ざかった。

 明らかに引いていた。顔も困惑している。


「「「でひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ……!」」」

「貴様あああああぁぁぁぁぁぁっ……! 裏切ったのかあああああああぁぁぁぁぁっ……!?」


 俺達は爆笑し、純朴なリチャードも流石に騙されたことに気が付いた。

 またもや作戦タイムに入り、草むらの向こう側へと移動を行う。


「このヤロウっ! このヤロウっ! よくも騙したなっ……! 信じていたのにっ……! 裏切ったのかっ……!」

「わははははっ! 初めっから敵なのだっ! おめえら王族なんて大っ嫌いさ!」

「くそおおおおぉぉぉっ……! 絶対に許さああああぁぁぁんっ……!」


 俺達は取っ組み合いのケンカになる。とりあえず怪我はさせないようにかなり力をセーブする。リチャードのこぶしがぽかぽか俺を殴る。

 わははは、痛くもかゆくもないわ。


「あぁ……いつものクラッグだったよ」

「槍の雨は心配しなくて良さそうだね」


 端っこで俺の大親友たちが何か言っていた。俺って信頼厚いなー。全く嬉しくない。


「でも、これは流石に酷いね。イリス姫に告げ口して、爆笑した人たちを減給することにしよう」

「「「やめてっ!」」」


 エリーが俺達をバッサリと斬り捨てていた。爆笑したのは俺とタンタンとニコレッタだ。あとアドリアーナ。あの姫さんも中々ひでえ奴だと思う。

 つーか、減給マジ……? エリーとイリスティナって妙に息合ってるとこあるからなぁ……マジで減給か?

 ただでさえD級の薄給なんだが、きついんだが、俺。


「はぁ~……」


 リチャードが疲れで俺を叩くのを止め、その場に座り込んだ。その姿は何故かとても小さく見えた。


「……余が馬鹿に見えるか?」

「あれ? そんなにショック受けてる? わ、悪かったよ……」


 なんか妙に落ち込んでらっしゃる。いつもの居丈高の姿が感じられない。

 ……そこまでショックだったのだろうか? いやー、下ネタジョークは高貴な奴らには刺激多すぎんのかね?


「いや、まぁ……それもあるが……お前の事はもう許さないのは確かなんだが……」

「そいつは怖え」

「そうではなくて、余は余が情けないぞ……」


 そう言いながら項垂れているリチャード。何があったん、元気出せよ。


「……この都市を訪れるまで余にとってアリアはただの貧乏くじで厄介な女。政争の為に利用して捨ててしまおうと思っていた駒だった。……それが、一目見ただけでこのざまだ」


 リチャードが力なく首を振る。


「流石に自分でも情けない姿を晒していることは分かっている……。王族以外の人間など取るに足らない虫の様なものだとずっと思ってきたのだが……それほど地位も高くない女性に心奪われて、浮かれた気持ちが収まりそうにない……。はは……陥れて殺そうとした相手なのにな。本来なら罰を受けねばいけない身だ……」

「…………」

「……こんな姿は王族らしくないな」

「それは仕方ないんじゃねえ?」


 恋なんていつ落ちるか分からねえもんだし、恋はいつでもハリケーンって言われるぐらいだし。


「そんなこと普通だ、普通」

「……普通かな?」

「そうだ、普通だ。男なんてのは皆単純なもんなんだよ」


 そんな難しく考えることじゃない。


「男は皆単純か……。余もそうなのか……?」

「そりゃそうだって」


 こいつだって王族である前に男だ。恋に落ちるなんてのはごくごく普通の事なのだ。


「殺そうとした罪を償いたいってんなら、代わりにしっかりあの子を幸せにしてやれって」

「…………」

「大切な女が出来て、それを守りたいって思えたなら、男はそれだけで上等よ」


 そう言うと、リチャードは目を丸くして俺の目をじっと見た。


「…………はは、お前は面白い奴だな。名はなんという?」

「……え? 今更?」

「いや、名前は呼ばれていたようだが興味がなく覚えていなかった。初対面だと思って許せ」

「はぁ……?」


 初対面? 何言ってんだ? めっちゃスキンシップをとった仲じゃねえか、俺ら。

 小首を捻っていたら、エリーが横から口を出した。


「……リチャード様……この男、包帯ぐるぐる巻きだった男です。名前はクラッグです」

「あっ……! お前かっ! お前っ! あのミイラ男かっ……!」


 リチャードが心底驚いた顔をして俺を見る。え? 何? 俺、今の今まで認識されてなかったの? 確かに包帯を全部とったのは今日の朝だが……俺、包帯でしか認識されてなかったの?


「危険人物じゃないかっ……!」


 リチャードが後ずさる。


「おぉう? また過剰なスキンシップされたいのかぁ?」

「く! 来るなっ! 来るなっ! あっち行け!」


 おっぱいの進言をした時、こいつやけにあっさり信じるなぁ俺の事、と思ったが、そうか俺は俺として認識されてなかったのか。


「……そういえば、さっきからアリア様もクラッグに怪訝な顔を向けてたね。見知らぬ人を見る顔だったよ?」

「マジかよ」


 リックの言葉に驚く。あれ? 俺、この都市であった奴ら皆に初対面と思われるのだろうか? めんどくせぇ。


 そうして俺達はまたお茶の席に戻ろうとする。後何度ここを往復すればいいのかねぇ?


「おい、お前……クラッグ……」

「んん?」


 お茶の席に戻る間にリチャードに声を掛けられた。


「どうした?」

「……お前はさっき、大切な女を守りたいと思うのが男の上等だと言ったが……」

「…………」

「…………」


 リチャードは恥ずかしそうに俺を見た。ごくごく普通の思春期の少年の様に口を開いた。


「……お前にも、好きな女がいるのか?」

「…………」


 その質問に、俺はつい口を閉ざしてしまう。周囲も野次馬の様に耳を傾けてくる。エリーさんなんかちょっとビクッてなってた。


「…………俺は」


 少し逡巡しながら、ゆっくりと口を開く。


「……忙しくて、そんな時間なんかないからな。好きな人なんて作る余裕がねえ」

「…………そういうものなのか?」

「まあな。大人ってのはやるべき仕事が多くて、まるで暇がねえ。困ったもんだ」


 俺はそう答えた。

 そうすると、どうだ。周囲がつまらなさそうな雰囲気を思いっきり発する。フィフィーなんか、ヘタレめ、と侮蔑のこもった目で俺を見てくる。やめて。

 エリーさんは少し顔が赤い。


「……忙しいのか? 大変だな」

「まあな」


 リチャードだけが少し心配してくれた。くっ……! 王族に心配されたからって、ぜ、全然嬉しくないんだからねっ……!


 ……でも、忙しいのは本当だ。

 俺には俺のやるべきことがある。俺はずっとずっと忙しくて、時間に余裕なんて無いのだ。

 初めから、時間なんてまるで無いのだ。


文字数掛け過ぎた……。本当はお茶会1話で終わらせるつもりだったんだけどなぁ……。何で文字数って言うのはどんどん膨らんでいくのだろう?


次話は3日後 7/6 19時に投稿予定です。

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