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86話 リチャード、裏目に出まくる

【クラッグ視点】


「紅茶の味はいかがですか? リチャード様? その茶葉はドストエーク山の麓で栽培されているもので、この付近の土地で一番質の良い茶葉となっております」

「う、うむ! 流石はアリアだ……! ものの良し悪しが分かっている……!」


 ホテルの庭先、この国の王子であるリチャードとその婚約者であるアリアが紅茶を飲みながら雑談をしていた。


「だがそれに比べて、茶菓子の品質は酷いな! こ、この茶菓子を選んだ人間は、これだけ良い紅茶を選べたアリアを見習うべきだなっ!」

「も、申し訳ありません……そのお菓子を選んだのも私だったのですが……」

「おおおっとおおぉぉぉっ……! い、いやっ! 良く味わってみれば、これもまた味わい深い茶菓子だなぁっ……!」


 慌ててあわあわおろおろしながらリチャードは弁解をした。

 この雑談会ではリチャードが余計な事を言い、その一言一言がアリアの心に傷をつけ、リチャードが狼狽える、という構図が出来上がっていた。

 王子は落ち着きなくそわそわとし、しかし上手い喋りも思いつかない、そういったような状態だった。


「少し落ち着きなさい、リチャード」

「イ、イリス姉様、し、しかし……」


 慌てふためく弟を姉がたしなめ、リチャードはどうしたら良いのかわからない迷子の子犬のような顔をした。


 今は王族達が泊まっているホテルの庭先にいる。

 俺とエリーはホテルの外に出ようと思っていたところで、王族たちの集団に出くわす。無視する訳にもいかず、少し話を聞いていたら、なんか愉快な状況に出くわすことになってしまった。


「ごめんなさいね、アリア様。私の弟、少し鼻が高くて困っちゃうんです」

「うわぁっ!? や、止めてください!? イリス姉様っ……!」


 リチャードが慌てふためきながら自分の姉に苦言を申す。

 気持ちは分かる。好きな人の前で良いとこを見せたいのに、横から自分の家族がおばさんのように自分への小言を言ってきたら、それは嫌だろう。

 アリアも、「は、はぁ……」と反応に困ったようにイリスへ相槌を打っていた。


「姉様は黙っててください!」

「あ、ムカ。姉になんて口を効くのです」


 弟に乱暴な口をきかれ、イリスティナは少し口を尖らせた。……初めお淑やかな奴だと思ったが、この姫様割と負けず嫌いなところあるな。


「アリア様、アリア様、聞いてください、このリチャードったらね、この前鍛冶職人に贈られた高品質の剣に『カオス・ブラック・ルナティック・ブレイカー』って名前をつけていたんですよ」

「うわぁっ……!? や、やめろぉっ!? イリスティナ姉様っ……! ア、アリア!? ち、違うぞっ……!? イリス姉様はう、うう、嘘を言っているのだからなっ……! そ、そそ、そんな子供っぽい事を余がするわけないだろうっ……! そんな事をする奴は、よ、余程のガキしかおるまいよっ……!」

「……い、いえ……わ、私も最近自分で編み出した槍の型の名前を一生懸命考えてしまって……あはは……」

「わ、技や武器の名前を考えるのはロマンだよなっ……! 余もよく考えるっ……! うむうむっ! 何も恥ずかしい事はないっ……!」


 リチャードの発言はいちいち裏目に出て、アリアに恥をかかせていく。

 まぁ、何かを貶す発言をするというのは諸刃の剣ってことだな。どこに地雷があるか分からない。

 ……人の振り見て我が振り直せ。俺も少し気をつけっか。


「あわわわわ……」


 会話をする度に好きな人と気まずくなっていく。なんともまぁ、リチャード、口下手な奴。

 この国で一番偉く卑劣である王族の1人があわあわがたがたと震えていた。


「さ……」

「ん?」

「作戦ターーイムっ……!」


 リチャードはそう大声で言った。

 何とも間抜けな王侯貴族達の朝であった。




* * * * *


「……という訳で、どういう会話をすれば良いのか、お主ら教えろ」

「…………」

「…………」


 紅茶を飲んでいたテーブルから大きく離れた草むらの向こう側、俺達はリチャードに連れられてしゃがみ込みながら青春真っ盛りの少年の相談を受けていた。……王子様の直接相談とは思えねぇ。


 連れられてきた者は冒険者連中と傍にいたメイド達、それとアリアの従兄弟であるディミトリアスだ。元のテーブルに残っているのは王族連中とアリアだ。


「……お前たち下賤な冒険者達に相談するのはとても間違っていると思うのだが、今は他に人がいない。余は我慢することにする」

「高貴な者達に相談したいなら、おめーの姉ちゃんたちに相談すればいいだろう?」

「こんな恥な相談を身内に出来るかっ……!」


 俺の発言に対し、リチャードが顔を赤くしながら叫んだ。


「それに……それに今、余はイリス姉様が恐い……。イリス姉様に弱みは見せられん……。まさかあんな化け物だったとは……」

「あ゛あん? 今、なんつった?」

「エリー、エリー、抑えて」


 リチャードの言葉に何故かエリーがこめかみを引くつかせていた。そんなエリーを何故かフィフィーが宥めている。……よく分からん。


「リチャード様、その事については極秘事項です。軽く口になされないように」

「分かってる、フィフィーとやら。……しかし、少しは愚痴を零さないとやってられん。野蛮なゴリラより恐かったぞ、あの時の姉様は……」

「あ゛あ゛あん?」

「リチャード様! リチャード様っ! ストップ! ストップッ! 抑えてっ!」


 リチャードは何故かイリスティナへの恐怖の言葉を口にしていた。リチャード達の策はイリスティナに見破られ謹慎を言い渡されているのだが、それ以上の恐怖をリチャードは感じているようだった。

 なんだろう? 凄い折檻でもされたのか? よく分からん。

 何故エリーが鬼のような形相になってきているのかも分からん。


「……つまりはアリアちゃんに気に入られたいって事だろう? リチャード王子さんや?」

「う、うむ……い、いや! 余は貴族の家の子に失礼があってはいけないと思いっ……ただ雑談の話題を提供しろと言っているだけだっ……! べ! 別に、人に気に入られたいなどと……凡庸な人間と同じようなことは考えていないっ……!」

「あー、はいはい」


 ジュリ付きの冒険者タンタンが慌てふためくリチャードの言い訳を軽く流した。


「アリアちゃんと仲良くなりたいってのなら簡単だ。いいか? リチャード王子さん?」

「簡単……い、一体……」

「襲ってヤっちゃえ!」

「出来る訳ないだろうっ……!?」


 リチャードが叫び、エリーが吹き出した。


「アホかっ……!? 貴様っ! アホなのかっ……!?」

「そ、そうですよ! タンタンさんっ……! げ、下品ですよっ……!?」

「えー? でも、男と女が仲良くなるのにはこれが一番っしょ?」

「タンタンさんっ……!」


 まずそもそも論として、冒険者にアドバイスを求めたのが間違いだと思う。でもリチャードは懲りず、藁にも縋る思いで他の者にも意見を求める。


「ほ、他……他の者は……? ド、ドルマン、お前何かあるか……?」

「筋肉っ!」

「意味が分からんっ! ニコレッタ! お前はっ!?」

「あい はぶ のー あいでぃあ……」

「くそぅっ! どいつもこいつも使えんっ!」


 自分付きのドルマンとアドリアーナ付きのニコレッタに意見を求めるが、真っ当な意見は返って来なかった。


「……仕方ねえな、俺が一肌脱いでやっか」

「え?」

「え? クラッグ?」


 リチャードを哀れに思い、俺が首を鳴らしながらそう言うと、エリー、リック、フィフィーが目を丸くしながら俺の事を見た。なんだ、その目は。


「おぉっ! 何か意見があるのか!? そこのお前! お前はまともだと期待するぞっ!」

「リチャード……リチャード様、騙されてはいけません。この男の意見こそ、ただの冗談としてお聞き下さい」

「おい、エリー、後でじっくりお話しような?」


 許さん……。後でひぃひぃ言わせてやる。


「いいか? リチャード、これをアリアに渡すんだ……」


 そして俺は『秘策』をリチャードに渡すのだった。


文量少なかったので、次話『87話 過酷な裏切り』は明後日 7/3 19時に投稿します。

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