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85話 半裸ッ!

【クラッグ視点】


「完・治っ!」


 俺は包帯の最後の1枚を剥がし、両腕の拳を高く突きあげた。

 ここはホテルの部屋の中、俺は火傷に巻いていた包帯を全て剥がし、傷の完治を喜んだ。


 神殿都市での仕事の最後、幽炎なんぞという化け物と戦う羽目になって俺は全身黒こげの火傷を負った。包帯ぐるぐるのミイラになって、時間をかけてその傷を治療していたのだが、今日傷は完治し、やっと俺は包帯ぐるぐるミイラから元のクラッグに戻ることが出来たのだった。


 いやー、マジ死ぬかと思った。

 自分でも生きているのが不思議な程だ。自分が他の人間より頑丈なのは知っているが、流石にあの炎は死ぬと思った。だけどこうやって傷は全快し、俺はこうして生きている。

 自分の頑丈さに驚き呆れる。自分で自分を褒めてやろう。


「クラッグ、いるかい?」


 扉をノックする音が聞こえる。

 エリーの声だ。あいつはノックせずにいきなり扉を開けるようなことはしない。お行儀のいい奴である。


「おう、入っていいぞー」

「クラッグ、今日の予定だけど――」


 ガチャリと音がして扉が開く。

 入ってくるエリーの目が丸くなった。


「うわぁっ……!?」


 エリーは驚きながら飛び退いた。一瞬で顔が赤くなる。


「どうしたんだよ、いきなり?」

「だ、だだ……だだ……バカかっ!? 君はバカかっ!? なんでパンツ一丁なんだよっ!?」


 確かに今、俺はパンツ一丁だ。体中に巻き付いていた包帯を取っていたんだから当然だ。

 しかし、こんなことで慌てて動揺するなんて……エリー、なんて初心な奴なんだ。男っ気が全くない事が丸わかりである。


 ……あいつ、ほんとに生娘なんかなぁ。冒険者なんてモラルの無い仕事やってんのに男寄り付かないのかなぁ?

 おにいさん、心配。


「包帯全部取ってたんだよ。ほら、もう完治だぞ」

「え? あ、それはおめでとう……じゃなくて、さっさと服着ろよっ! なんでその格好で入っていいなんて言えたんだよ……!」


 エリーは入りかけた部屋の外に出て、手で自分の目を覆いあわあわとしている。手の隙間から見える顔は赤く、手もほんのりと桜色に染まっている。

 たったパンツ1枚で滅茶苦茶動揺していた。


「おいおい、エリー。全裸じゃなかっただけ良かったと思えよ。ほら、ラッキースケベだぞ? 俺の半裸の」

「アホっ!」


 エリーはバンと扉を閉めた。




* * * * *


「おいおい、機嫌直せって。ほら、飴やるぞ? エリー?」

「…………」


 ぽかぽかとした陽気に包まれたホテルの庭、エリーは頬を膨らましながら、俺から顔を背けていた。ご機嫌斜めである。

 このホテルは英雄都市の中でも有数の豪華なホテルだ。王族が利用するくらいなのだから当然である。

 だから庭がとても大きく、ホテルの外に出ようとするのだけで少し時間がかかる。


 そんなだだっ広い庭の道をのんびりと2人歩いていた。


「……全く、こっちはちゃんとノックしたっていうのに、なんだい。なんで半裸だったんだよ、このバカ」

「冒険者じゃあんぐらいふつーだっての。いや、冒険者どころか巷だって今時男の半裸見て騒ぎ出す奴いねーっての」


 そりゃ、貴族とかでたいそうお上品に育てられたら男の半裸も見慣れねぇだろうが、エリーがそんな貴族な訳が無い。貴族だったら冒険者なんてやってる訳ないからだ。


 エリーに飴を差し出すと、こいつはそれをぶんとぶん取り、膨らんだ頬の中にひょいっと入れた。エリーの頬の中で飴玉が転がる。

 それでもエリーのしかめっ面は直らなかった。


「……ま、とりあえず完治おめでとう。ほんと治って良かったよ」

「おうよ……っていうか、なんで逆にエリーに包帯が巻かれてんの?」

「こっ、これは……前も説明した通りモンスターにやられたのさっ! 君たちがチェベーン家領に行ってる中、僕は都市の外でモンスター駆除してたからねっ!」


 エリーの体には所々包帯が巻かれていた。

 俺達がチェベーン領のバーダー商会を調査している中、こいつは英雄都市に残って引き続き調査を続けていた。そういう分担を行っていた。

 その中でこいつは調査の過程で都市の外に出てモンスターと戦い死闘を繰り広げたらしい。

 それでも調査の収穫は0で、後に残ったのはボロボロのエリーだけであった。


 いや、別に収穫が0だったことに何の文句もないんだが……。


「お前をボロボロにするほどのモンスターが都市の近くにいたって、それやばくね?」

「い、いやー! あいつは強かった! でもね! 倒したからね! 何も問題なしっ!」

「……そうなのか?」

「問題! なしっ!」


 やたら汗を掻きながらエリーはそう大声を出していた。

 A級相当の実力を持ったこいつをボロボロにするほどのモンスターとか、危ないことこの上ない。

 ……いや、訓練に付き合っていると、最近のエリーはS級に手が届きかけているふしがある。幽炎の戦いの後からこいつの器ががばっと広がっているのだ。

 まだ本人気付いてないみたいだけど。


 そんなこいつに傷を負わせるモンスターとか、一般的にはとんでもない化け物になってしまうのだが……まぁ、倒したっていうならいーや。確かに問題はない。


「ん?」


 そんな風にぐだぐだとホテルの庭を歩いている中、俺達はとある人を見た。


「やぁっ! やぁっ!」

「甘いっ! もっと気合を入れろっ!」

「うわぁっ……!? あ、危ないぞっ!? 傷ついたらどうするんだ!?」

「訓練というのは、常に危ないものだっ! ほら、気合を入れろぉっ!」

「うわぁっ!? ま、待て待て待てっ!」

「戦場で待つ者など誰もいないわぁっ……!」

「うわぁっ!?」


 木刀を持ち、訓練を積んでいる1人の少年と1人の冒険者がいた。冒険者は木刀をわざと大振りにゆっくりと振りながら、少年を追い詰め少年は逃げ惑っていた。

 すぐ傍にはテーブルと椅子が芝生の上に設置されており、そこから何人かの人物が少年の訓練の様子をゆったりと覗いていた。


「あ、リチャード。頑張ってるなぁ」


 エリーは言う。

 ひぃひぃ言いながら訓練をしている人物が王族の王子であるリチャードであり、大男の冒険者がリチャードの監視についたらしいA級のドルマンという男だ。

 ドルマンは熱い熱血漢で、叫びながら大剣を振るってモンスターを叩き斬るような力強い男であった。


「何してんの?」

「あ、クラッグ様、エリー様」


 傍の机で観戦していた奴らに近づき声を掛ける。そこにはリック、フィフィー、イリスティナ……それと……アドリアーナ、ジュリ、だったか? 確かそんな名前の王族が座っていた。それとその監視役。

 俺はリックとフィフィーに声を掛けたつもりなのに、何故か女狐が返事した。


「どうせ一流の冒険者を傍に付けるのですから、ついでにリチャードとジュリを鍛えて貰おうと思って」

「うおおおおおぉぉぉっ……!?」


 にこやかなイリスティナの笑顔の反対側で、リチャードの悲鳴が聞こえてくる。


「……そら、大変な事で」


 リチャード、ジュリ、アドリアーナは第一王子ニコラウスを陥れる作戦を計画していたが、それはここのイリスティナに阻まれおじゃんになったそうだ。

 しかし、それが罪に問われる事はない。身内の恥として、王族が内々で握り潰すようだ。


 だからこうして優雅にお庭で紅茶を飲んでいられるのだが、この3人にはイリスの息が掛かった監視が付けられるようになった。

 なるほど、それでこの監視から性根ごと鍛え直されているって訳か。


 ちなみに、アドナに雇われていたS級傭兵のヤサカは王都に搬送中らしい。王族が事件を握りつぶす以上、アドナに雇われていたヤサカを罰する罪もなくなる。

 極悪非道な王族の権力なら何の罪もない一般人に無実の罪を着せることなど容易い。しかし、ヤサカは功績も地位もあるS級の傭兵だ。流石に白に塗り替えた黒を適当な理由で黒になどできないみたいだ。


 ヤサカは食客ということで王城に招かれるようだ。しかし、実際は食客という名の監禁になるのだろうと、イリスティナから話を聞いたと言っていたエリーは言っていた。


 女狐の首からは赤色の宝石をした首飾りが掛かっている。付けてたり付けて無かったりするペンダントであるが、なんか意味があるのだろうか? 無いか。普通のペンダントに意味なんて。


「そうですわっ! こいつら、ほんとわたくし達の言う事全然聞きませんのっ!」

「おうおう? ジュリ姫様よぉ? 相変わらず生意気な口をききやがるな? おう、脇腹くすぐってやろうか? おう?」

「ぎゃー! やめるのですのっ! いやーーーっ!」


 同じ冒険者のタンタンがジュリにイタズラをしていた。王女付きの仕事に選ばれたとは聞いたが、なんとも不敬な奴である。


「……ほんとに全く、私達3人はイリスの用意した監視に振り回されっぱなしよ。堅苦しい監視の生活を覚悟してたのに……」

「アドナ様ー、お菓子のおかわりないのー?」

「ニコレッタ、あんたねぇ、さっき食べたばっかでしょう……って、あーあーあーあー……お菓子ぽろぽろこぼし過ぎよ。みっともない」


 アドリアーナについた監視は若干12歳の若きA級冒険者だ。名前はニコレッタ。ぼさぼさの髪をした小さな少女で、錬金術師としてゴーレムやらなんやらをたくさん生成して冒険者活動を行っている。

 今、冒険者業界では注目も注目の有望株だ。たった12歳でA級に至っているのだから当然だ。12歳でS級に至ったというナディスには及ばないが、ニコレッタも天才中の天才には変わりない。


 だが、その実態はあのだらしない少女だ。

 天才と言われるだけあって、どこか普通とずれている。

 王族に出された菓子をむしゃむしゃと食らい、それの菓子くずをぼろぼろこぼし、今、王女アドリアーナに口元を拭かれている。子供の様に足元をぶらぶらさせている。……いや、子供だけどさ。


 一応名目上の仕事は王女の護衛だよな? なんで王女に身の回りの世話させてんの?


「……私は毎日この子の世話でてんてこ舞いよ」

「私が派遣した冒険者ですが……お疲れ様です、アドナ姉様」


 アドリアーナは肩をすくめた。暫くはニコレッタに振り回されて悪だくみする余裕もないだろう。


「うわーっ! やめろーっ! もっと手加減してくれーっ……!」

「いいかっ! 王子よっ! 体を鍛えるという事は同時に心も鍛えられるものなのだっ! 当然だなっ! 体を鍛えるのは大変な事だからだっ! ほれ! ほれほれっ! 体を鍛えよ! 心を鍛えよ! 鍛えよ! 鍛えよ! 体も心も全てを鍛えよっ! それが上に立つ者の責務であるっ!」

「やめろーっ! やめろーっ……!」

「鍛えよっ! 鍛えよっ! ほれ、ほれほれほれっ! 鍛えよっ! 鍛えよっ!」


 リチャード付きの冒険者ドルマンが彼に向けてぶんぶんと木刀を振っていく。それでも上手いなと思うのが、リチャードが丁度ぎりぎり防ぐことが出来るような攻撃をドルマンが行っているという事である。

 あの熱血中年冒険者は指導者としても優れていたようだ。


 別に当てちゃってもいいと思うけどなー、リチャードは王族だし……。


「よし、休憩っ!」

「ゼーハーゼーハーゼーハーッ……!」


 攻撃の雨は止み、リチャードは顔面蒼白になりながら膝をついていた。呼吸が荒いってレベルじゃない。死にそうになりながら息を吸ったり吐いたりしていた。


「……も、もう嫌だ。こんなことやっていられるか……。や、やめてやるぞ。逃げてやるぞ……。余は逃げてやるぞ……。こんなのは訓練ではない。拷問だ……。逃げてやる、逃げてやるぞ……」


 ぜーはーぜーはー言いながら、リチャードが小さな声でぶつぶつ呟いている。多分人に聞こえない様小声なのだろうが、この場にいるA級以上の冒険者達には丸聞こえだろう。みんなじとーっとリチャードを見ている。

 こりゃ、リチャードに逃げ場はねーや。


「全く、もう音を上げるなんて情けない。まだ3日も経ってないだろうに」

「エリー、お前何故かリチャードには厳しいよな」


 エリーは両腕の拳を腰に付け、ふんふんと小言を言っていた。

 前にもリチャードとジュリにきつい関節技を掛けていたし、こいつもどっか常識がおかしい。なんかエリーはだらしない弟を見る姉の様な目で王子様の事を見ていた。なんでだよ。


「くそー……やってられるか、なんで余がこんな目にっ……」

「もうこんな扱い嫌ですわーっ……!」


 リチャードとジュリが大きく変化した環境に不平不満を漏らしていた。


「あ……」


 そんな時、ある人物がこのホテルの庭に姿を現した。


「ここにいらしたのですね、リチャード様。お早うございます」

「…………っ!」


 質の良い服を身に纏った青髪の少女がホテルの芝生をゆったりと歩いてこちらにやってくる。そしてその従兄弟にあたる少年が従者の様に彼女の傍に付き添っていた。

 現れた少女に声を掛けられ、リチャードはばっと立ち上がった。顔は強張り、体ががちがちに固まりながら、姿勢よく直立不動でその少女に向き合った。

 リチャードの顔がすぐに赤くなる。


 この場に現れた少女は俺達と仕事を共にするアリアだ。リチャードと婚約する予定の貴族である。


「ご……ごごごっ! ごきげんようっ! アリア様っ! ほ、ほほ、本日もお日柄が良く……っ! ご、ごご、ごきげんようっ……!」

「ごきげんよう。リチャード様」


 リチャードの体はまるで出来の悪いゴーレムかのようにぎくしゃく動いていた。


「王族の皆様、お早うございます」

「ディ、ディミトリアス様っ……!」


 アリアの従兄弟であるディミトリアスが挨拶すると、ジュリの顔までも赤くなり、体がぎくしゃくとし出す。

 アリアたちはただ挨拶をしただけだというのに、リチャードとジュリの王族末っ子共はあわあわとし出した。


 ……これは、まぁ、なんともまぁ…………。


「あら? リチャード様? 特訓をしていたのですか?」

「あ、いえ……これは……」


 リチャードは木刀を握り、体のあちこちから汗を流し薄汚れている。そしてその傍にいるドルマンも木刀を握っていることから状況把握は簡単だった。

 無駄だと分かっているだろうにリチャードは木刀を自分の体の後ろに隠す。情けなかった訓練の事など知られたくないのだろう。……無駄だけど。


「べ、別に、余の力があれば訓練など全く必要ないのだがな……! そ、そう! 今丁度やめようと思っていたところだ……! ぼ、凡夫の訓練など……余には必要ないのであるっ……!」


 だが、しどろもどろのリチャードに対しアリアはにこっと笑い、言った。


「いえ、立派だと思います! 頑張ってくださいね、リチャード様!」

「…………! はいっ! 全力で頑張りますっ!」


 彼はとても良い声で返事をした。


「……なんていうかさぁ」

「ん?」


 エリーが小声で俺に語り掛けてきた。


「……男って、単純だよね……」

「ま、真理だな」


 なんてことはない。そんなことは人類誕生から少しも変わっていない森羅万象、普遍の事実である。

 てか、ジュリもあわあわしてるぞ? 人類皆単純なんだよ。


 エリーは、はぁとため息を1つついた。

 その姿はまるで、生意気な弟と妹の豹変に振り回される姉のようであった。


 だから、なんでだっつーの。


タイトルを『ラッキースケベ』にしようと思ったけど、流石に意地の悪すぎる悪質な詐欺だから、やめた。


次話は3日後 7/1 19時に……あれ? ……投稿できるのか? これ?

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