83話 ソファにごろんと横になる
【イリス視点】
とりあえず、その後の経過を話そうと思う。
まず、アドナ姉様とリチャードとジュリは拘束し捕獲した。
他に何か隠している事はないか、色々と問い質してみたが、特に新しい情報はなかった。
私がS級のヤサカさんを倒した様子をじっくりと見ていた為か、リチャードとジュリはあわあわと震え、私に対して怯えていた。
あのアドナ姉様でさえ声が震えないよう一生懸命だったような感じがあったから、この3人には大分恐れられてしまったようだ。
それもそうだろう。身近な姉弟がいつの間にか世界チャンピオン並みの実力を備えており、自分のすぐ近くで他の世界チャンピオンを殴り倒したのなら、そりゃビビる。
そんな様子だったため、アドナ姉様たちは下手な抵抗は何もせず、素直に私の言う事を聞いてくれた。
その場にはS級のフィフィーもいたのだ。抵抗するだけ無駄なのは見るからに明らかだった。
取り敢えず、私がS級のヤサカさんを倒したことに関して、念入りに姉様たちに口止めを敷いた。まだ私が僕だってバレたくないっ!バレたら自由に冒険者していられなくなるっ!
取り敢えず、アドナ姉様たちを捕まえて、私はお父様に事件の全容を報告をしに行った。
お父様は私の言う事に小さく頷いて、分かった、こちらでも調査をする、しばらく大人しくしておきなさい、と私に言った。
全部を完全に信じて貰えた訳ではないみたいだが、それも当然だろう。お父様が王権を使って調査をするというのなら、後はお父様を信じよう。
クラッグとリックさんに事件の全容を話すと、クラッグは顎に手を当てながら、
「やっぱ王族ってサイテーだな」
って言ってた。それ、私の前で言う事じゃないと思う。
ちなみにヤサカさんを倒したのはフィフィーという事になっている。
アドナ姉様、リチャード、ジュリの3人には私が信頼を置くA級冒険者を付けた。
名目は護衛だが、内容は監視だ。アドナ姉様とジュリにはA級女性冒険者を付けたのだから、そこで妥協して欲しい。
流石A級冒険者とだけあって、少し癖の強い人ばかりだが、まぁ……そんなに凄い失礼は働かないと思う……うん…………
……強い実力者というのはどこか変わった人ばかりでよろしくない。
私の付けた冒険者仲間は何か失礼しないだろうか……心配である……
バーダー商会とチェベーン家にも正式な調査が入るようだ。
バーダー商会はアドナ姉様に利用されかけていたのだが、それ以前に違法奴隷の売買の罪がある。違法奴隷の売買はアドナ姉様に関係なく、商会自らがやっていたことだ。
英雄都市のファイファール家としては、仲の悪い家が勝手に自滅してしめしめという思いだろう。
ニコラウス兄様の執事であるペッレルヴォさんは拘束された。第一王子を裏切る可能性のあった者を王子の傍に置くわけにはいかなかった。
ニコラウス兄様は何故ペッレルヴォさんが拘束されたのか、その理由がまるで分らないままだったらしい。
一通りの軽い後始末が終わり、私はホテルの部屋で休んでいた。
「お姉様、少し宜しいでしょうか……」
ホテルの自室で休んでいると、部屋の扉がノックされた。と同時に可憐な声も聞こえてくる。
「どうぞ、エヴァ、お入りなさい」
「失礼いたします」
メイドと共に入ってきたのは私の妹のエヴァドニだ。
艶やかな黒髪を揺らしながら彼女が静々と部屋の中に入る。小さな歩幅で淑やかに私に歩み寄ってきた。
この子は第5王女のエヴァドニだ。親しい人からはエヴァと呼ばれている。
年は15歳であり、第一王子のニコラウス兄様と同じ母を持っている。その為か、どちらかとういうと第一王子派に位置している妹だ。
静謐で気品に溢れており、周辺の貴族からは聖女や女神などに例えられて敬われている。
「アドナ姉様たちの事で話を伺いたいのですが…………」
エヴァはちらりと自分のメイドに目配せをした。彼女のメイドは私の部屋のドアをゆっくりと閉めた。
そして、扉は完全に閉まり、外に音が漏れることはなくなってから、エヴァは口を開いた。
「……っていうかぁ!ウケるんですけどっ!何があったの!?アドナ姉に、リチャードにジュリ!お父様に謹慎を言い渡されるとかっ!何しちゃったの!?マジウケる!マジヤバい!キャハハハハハッ!」
「…………」
「だって、今回の婚約のメインのリチャードの周辺が謹慎っしょ!?マジやばくない!?そこら辺の話聞きたいなぁって思っちゃったわけでぇ!イリス姉!知ってること教えてくれなぁい!?マジ、もう面白過ぎてあたしヤバい!キャハハハハハッ!」
「…………」
口を大きく開きながらゲラゲラと笑うエヴァ。
先程までのお淑やかな仕草など影も形も見当たらない。目はニタニタと笑い、おかしくてしょうがないと言うかのようにお腹がプルプルと震えている。
もし彼女が今高価なドレスを着ていなかったら、誰も彼女のことを王族だとは思わないだろう
彼女のこの様子はいつものことではあるが、毎回ため息をつきたくなる。
外では清楚、内ではただのギャル。世間一般で言われている清楚な聖女エヴァドニとはただの彼女の演技の姿。点数稼ぎ用に拵えられた仮の姿だ。
本性はただのギャル。
特大の2面性を持つ妹、第5王女のエヴァだった。
「……で?何が聞きたいのですか?エヴァ?言っておきますが、この事に関してお父様から口止めを受けていますから、私も碌に喋れませんよ?」
お父様はあの事件を公表するつもりはないそうだ。
この事件は王族の3人が主導であり、それも明るみに出る前の計画の時点で潰すことが出来た為、握り潰すことは容易なのだろう。この一連の事は王族の評判を落とすだけなので、公表するメリットが無かったのだろう。
それでも3人の立場は今までより悪くなるだろう。世間に知られていなくても、国王であるお父様がしっかりと事件の全容を知っているのだ。
最終的な王権の継承者を決める権利は国王にあり、王位継承権を狙うリチャードとしてはとてもとても大きな痛手であった。
「キャハハハハ!十分!十分じゃん!イリス姉!同じ姉弟のイリス姉だけ謹慎を受けていなくて、アドナ姉、リチャード、ジュリの3人はバツを喰らってる。そしてイリス姉は父様から口止めを喰らってる!ヤバい!これだけで情報としてはマジヤバい!」
「…………」
彼女の趣味は情報収集だ。
貴族の黒い噂、商会の噂、誰からも好かれるいい子ぶった仮の姿を利用して色々な噂を集め、自分の都合の良いように利用していく。
ただ情報を集めまくって精査すること自体も好きだし、その情報を自分の利益に変化させるのも大好きと、エヴァは以前語っていた。
彼女は王族じゃなかったら、とても良い情報屋になれたと思う。
「あたしの考えだとぉ?キャハ!考えって程じゃねーんだけど、アドナ姉様が悪だくみをしたっしょ?んで、リチャード、ジュリが協力者っしょ?で、イリス姉は偽善者ぶってるから、うまく利用してなんかの計画に利用しようとしたっしょ?でもなんかで失敗した。
でもなー、あのアドナ姉がそう簡単に失敗すっかなー?失敗したところで、父様に知られないようにするくらいにはリカバリー案用意してると思うんだけっどなぁー」
S級のヤサカを差し向けられましたよ、私は。
「凄いですね、エヴァは」
「こんぐらい普通っしょ」
キャハハと笑うエヴァ。でも大体それで当たりだ。
「今回、この事件をなーんも分かってないのはニコラウス兄だけだし?」
「……そうなのですか?」
「キャハハ!マジマジ!あたし、当然この事件にニコラウス兄が関わってるもんだと思って、兄に聞き込み行ったんだけど、マジ何も得られんかった!兄、マジなんも知らんの!マジ無駄足!ウケる!」
「…………何も知らないとは、ニコラウス兄様はどの程度知らなかったのですか?」
「もう、何もかも!アドナ姉やリチャード達が謹慎を喰らったのも知らなかったし、イリス姉がチェベーンのバーダー商会を捜査したのも知らなかったし、チェベーン家とファイファール家の確執も知らんかった!なーんも知らんのな!あのバカ兄貴!」
……一応、この事件は第六王子リチャードが第一王子ニコラウスを陥れようとした事件なんだけどなぁ。
二コラウス兄様に関係のある事件なのになぁ。
「あれじゃないの?今回の事件って、リチャードがなんかしらの方法でニコラウス兄の地位に傷を付けようとした事件じゃないの?その方法に違法性があって、今謹慎を喰らってるとか、そんな感じっしょ?」
「……詳しくなんて話せませんよ」
「マジウケるっ!」
この妹は結構正しく物事が見えていらしい。
「それなのにニコラウス兄、最近は女遊びに忙しいとかぬかしてたっしょ!バカみてぇ!」
「……なんというか、困った兄様です…………」
エヴァはゲラゲラ笑い、私は頭を抱えた。
「エヴァはそれでいいのですか?あなた、一応第一王子派に位置してますよね?」
「一応っしょ、一応。あのバカ兄と一緒に沈む気は無いしぃ?テキトーに甘い汁啜って、でも適度な距離とって火の粉が掛からないように努めてるしぃ?」
逞しい妹である。
ニコラウス兄様とエヴァは同じ母を持つ。私達には母が3人いて、ニコラウス兄様とエヴァが正妻の同じ母、私と今は亡きアルフレード兄様が同じ母、アドナ姉様とリチャード、ジュリが同じ母である。
エヴァは実の母から紹介され、ニコラウス兄様と関係の深い人を婚約者にしている。その為、第一王子派であると皆から思われているが、本人には兄を敬う心はほとんどないようだ。
「……あなたのそのギャルみたいな口調が、世間はおろか両親に知られていないことに驚きですよ」
「キャハハ!だって、父様母様に知られたら怒られるっしょ!こんなん言えないっしょ!あたしがあたしの親だったら泣きたくなるねっ!キャハハ!」
「…………」
そう言ってエヴァはゲラゲラと笑った。
エヴァはこの姿をごく少数の人にしか見せていない。兄妹、とても親しき友人、自分付きのメイド、婚約者ぐらいしか彼女の本性を知らない。
この2面性を父様と母様にも隠し通せているというのは中々に凄いと思う。
「婚約者との仲は大丈夫ですか?エヴァ?私は心配ですよ?」
「大丈夫っしょ!めちゃ尻に敷いてっから!」
「………………」
驚いただろうなぁ、エヴァの婚約者。彼女のこの姿を知って……
っていうか、尻に敷いてるんだ……
「いつも言ってんけど、この口調、父様や母様にはチクらないでよ?」
「言いませんよ」
この様子を父様や母様に言っても信じてくれないと思う。この子、人目のある所ではお人形のようにお淑やかなのだ。
……もしかして、私の兄妹変人だらけ?真っ当なのは私だけなのではないだろうか?
「ま、あの事件で何があったのかはまだよく知らないし、まだまだ探っていくつもりだけど……」
エヴァはホテルに備え付けられた1口サイズのお菓子をぺろりと頬張る。
「取り敢えずお疲れさん、イリス姉」
「…………」
エヴァにそう声を掛けられる。
エヴァはあの事件の事を詳しくは知らない。アドナ姉様が具体的に何を計画していたかとか、私がS級を撃破した事とかは分かっていないだろう。
しかしエヴァは何かを察し、私に「お疲れ」と声を掛けた。
多分、アドナ姉様の策を破り、彼女の悪事を暴いたことで、その裏にあった苦労を察してくれたのだろう。
「そうですね……」
私はソファに深く腰を掛けた。
「疲れました」
「うん」
「……大分疲れましたよ」
チェベーン家とバーダー商会の悪事を暴いた。それを利用し、アリア様まで殺そうとするアドナ姉様やリチャードの悪事にも辿り着いた。
そしてS級のヤサカも退けたのだ。
死ぬかと思った。本当にもう駄目だと思ったのだ。
大分疲れた。
この調査は本来の目的であるアルバトロスの盗賊団のセレドニの身元を探るということには繋がらなかったものの、私はたくさんの悪を叩き潰したのだ。
「お疲れ、イリス姉」
エヴァがからからと笑った。
少し休んだらまたお仕事をしよう。そう思いながら、今日の私は行儀悪くソファにごろんと横になったのだった。
イリス「真っ当なのは私だけなのではないだろうか?」
…………イリスが……真っ当……?
次話『84話 襲い来る不治の病』は3日後 6/25 19時に投稿予定です。




