77話 王女達の作戦会議
【イリス視点】
「よくやったわ、イリス」
「お褒め頂き感謝します、アドナ姉様」
チェベーン領の安全なホテルの一室、私達姉弟はテーブルを囲い、話をしていた。
「流石はイリス姉様だ。隠された敵のアジトをこうスムーズに制圧するとは」
「ありがとう、リチャード。様式が前回ととても似ていたのが助かりました」
つい先程、私はチェベーン家が抱えるバーダー商会の調査を行っていた。バーダー商会に隠された地下を暴き、違法奴隷を売買する行為を突き止め、チェベーン家が英雄都市のファイファール家を襲ったことに繋がる証拠の書類も手に入れていた。
それもこれも神殿都市で違法な奴隷売買を行っているという事を知っていたことがきっかけとなった。
神殿都市で暴いた事件がバーダー商会に関係し、犯罪を摘発するスムーズな流れを作り出すことが出来ていた。
まだバーダー商会の調査は継続されている。クラッグやフィフィー、リックさんなど、いつもの仲間たちはバーダー商会を隅々まで調べ尽くしている最中だった。
そして私はこの都市に足を運び、間近で経過を観察している私の兄弟達に報告を行う為、彼らのいるホテルへとやって来ていたのだ。
この場にいるのは私、第三王女アドリアーナ姉様、第六王子リチャード、第七王女ジュリとその護衛たちだ。
「しかし、この契約書……これは大きな問題ね…………」
「そうですね、アドナ姉様。この書類がニコラウス兄様の関与を決定的なものにしています」
アドナ姉様はバーダー商会から押収した1枚の書類を手に、その書類と睨めっこしていた。
その書類にはこう記載されている。
『契約書
第一王子ニコラウス・バウエル・ダム・オーガスの命により、バーダー商会は神器「竜の鱗のオカリナ」を金2000万ゴールドでペッレルヴォより買い取ることとする。
責任者 ネクタリオス・オルド・ル・チェベーン
同責任者 ペッレルヴォ・バーム・オルス・トゥルースム
水神歴976年 5月26日』
「………………」
「………………」
私達姉弟はそれを見て押し黙る。それは重い証拠であった。
『竜の鱗のオカリナ』は竜を呼び集めることの出来る神器である。過去、英雄都市を襲った竜の群れの襲撃は災害の一種であるとされていた。
しかしこの神器さえあれば、それを人為的に起こせるのである。
そして、その契約書の中にニコラウス兄様とその執事ペッレルヴォさんの名前が載っているのが大問題なのだ。
これはファイファール家を壊滅状態に陥れたのが王家の人間の手によるものであると言っているのと同義であるし、もしチェベーン家が『竜の鱗のオカリナ』をどう使用するのか知らないままニコラウス兄様がこの神器を売ったのだとしても、ニコラウス兄様には重い責任が圧し掛かることとなる。
そして、ニコラウス兄様は王家を継承する第一王子だ。この書類はニコラウス兄様の地位に大きな痛手を与えるものだった。
「……『竜の鱗のオカリナ』が紛失された発表されたのが10年前。この書類の日付が9年前。英雄都市に竜の群れが襲い掛かったのが7年前。……時期は見事に合うわね」
「…………そのようですね」
流石はアドナ姉様。マイナーな神器である『竜の鱗のオカリナ』についても知っている様であった。
「……つまりはこういうことでしょうか」
リチャードが話し始める。
「チェベーン家が背後にいるバーダー商会がニコラウス兄様を通して『竜の鱗のオカリナ』を入手。それによる英雄都市への攻撃を計画。しかし、ファイファール家の子息ナディスがそれを察知したのか、あるいはバーダー商会が行う違法な奴隷売買に気付いたのか、とにかくナディスはチェベーン家を調査し始めた」
「………………」
「しかし、ナディスは竜の襲撃事件を止めることは出来なかった。英雄都市は酷く傷つき、当のナディスは死亡。英雄都市を利用してきた商人や貴族はチェベーン家の領地へと移っていった。それによってチェベーンは大きな利益を上げることが出来た」
リチャードがそう言うと、アドナ姉様が続けた。
「更に言ってしまうと、竜の襲撃事件の混乱に乗じて、チェベーンはナディスを殺害した可能性もあるわ。一番口を塞ぎたい相手ですもの」
「……結果はチェベーンの一人勝ちという訳ですね」
「その通りね、イリス」
アドナ姉様はふぅと一息つき、テーブルの上に並んだ紅茶を一口啜った。
そして、真剣な目付きで声を発した。
「……私はこれを公表するわ」
「えっ……?」
「そうね……人が多く集まる時……リチャードとアリアの婚約式で発表するわ。兄の咎はそこで諫めるわ」
「………………」
私は何か、それに不吉な予感がした。
「それは……場が混乱し、王族の立場が悪くなってしまうのでは……?」
「イリス、実際にニコラウス兄様はそれだけの事をやっているのよ。公表し、糾弾するべきよ」
「それは…………その通りですね、アドナ姉様。申し訳ありません」
「いいのよ」
私は頭を小さく掻く。
この書類を公表すればニコラウス兄様や王族全体の立場が悪くなる。一都市の崩壊に王家の人間が関わっていたのだ。王家の受けるダメージは大きい。
しかし、この書類によればそれは本当に起きたことなのだ。謂われない罪で被害を被るのはまっぴら御免だが、実際に起きたことならば、王族の立場が悪くなっても私達は覚悟しなくてはならない。
アドナ姉様は自分たちの立場が悪くなっても、この事実を公表するべきと判断したのだ。
「……流石姉様。ご立派です」
「大したこと無いわ」
「しかし……それで内乱とかは起こらないでしょうか?それが心配です」
ニコラウス兄様の咎が明らかになったのならば、第一王子派の力は弱くなり、第六王子リチャード派が活気づく。国内の対立が激化し、小さくとも戦いが起こってしまうかもしれない。
「これぐらいの影響なら、良くも悪くもまだ大混乱には至らないわ。……これ以上の事が起こったら分からないけど…………」
「これ以上…………」
アドナ姉様がふっと笑い、不吉な事を言った。
「リチャードとジュリもそれでいいわね?」
「余としてはニコラウス兄様の力が削がれるのなら、ありがたい話。勿論否定は致しません」
「わたくしも元よりリチャード派ですわ。双子ですし、リチャードの味方に付きますわ」
「そう。なら協力しなさい、リチャード、ジュリ。婚約式は利用させて貰うわよ」
アドナ姉様はてきぱきと今後の方針を固めていく。流石は賢人と呼ばれるだけはある。少し権力に固執するところがあると言われているが、尊敬するべき賢い人物であった。
「私も協力いたします、アドナ姉様」
「ありがとう、イリス。頼りにしてるわ」
「はいっ」
それから私達はこれからのことを打ち合わせした。どのような手回しをするか、これからどのように動くか、当日どのように行動するか。アドナ姉様は前もって考えていたかのように次から次へと案を出す。
アドナ姉様の頭を回す速さには驚かされる。
手際よく方針が決まっていく。
正しい事を為すための打ち合わせであり、たとえ自分たちに傷が回って来ようとも、これは為すべき糾弾なのであった。
ただ……どうしてだろう。私にはこの話し合いがただニコラウス兄様を陥れる為の打ち合わせのようであるとも感じてしまった。
「しかし…………」
「ん?」
私は打ち合わせの途中で疑問の声を発した。
「なんで『竜の鱗のオカリナ』の売買契約書だけがあの地下にあったのでしょう?」
「……どういうことですの?イリス姉様?」
ジュリが小首を傾げる。これは地下室でも感じた違和感だった。
「……バーダー商会の地下には直接証拠となる書類は隠されている、若しくは処分されていました。直接の違法奴隷がおりましたのでバーダー商会が黒なのは間違いないですが…………用心深く書類を処分していたバーダー商会が『竜の鱗のオカリナ』の売買契約書をあっさり残していたのは少し違和感を覚えます」
「………………」
証拠の書類が出ないという事は非常に面倒な事なのだ。
関係している者の名前が記されていないという事はトカゲの尻尾切りを行えてしまう。例えば違法奴隷についてチェベーン家に問いただしても、それはバーダー商会が勝手にやったことです、と言えるし、もっと言ってしまえば、まさか私達の商会の地下にそんなものがあるとは誰も知らなかった、誰かが勝手に作った施設だ、私達は嵌められた側なのである、と言う事も自由である。
不利である事には変わらないが、決定的な証拠もないのである。
そういう意味では、証拠となる書類を簡単に残していないバーダー商会は用心深い組織であった。
…………そんな組織がよりにもよって第一王子の名前が書かれた書類をそのまま残しておく?英雄都市を攻撃したことに対する重要な書類を簡単に見つかる場所に保存しておく?
そこにはチェベーン家の名前も載っているのに……?
私の頭がぐるぐると回る。
「それについては…………」
アドナ姉様が呟く。
「それについては分からないわ。とっ捕まえて、たっぷりと聞いてみましょ?」
アドナ姉様は笑った。
加虐的な、自分の姉ながら恐ろしい笑顔だった。
それを見て頼もしい気持ちになる。この姉様に責められたら、ほとんどの人は口を割ってしまうだろう。
私はむしろチェベーンの人たちが憐れになり、アドナ姉様が少し手加減をすることを願った。
「しかし……イリスはこういう政争には疎いわね……」
「あー…………」
姉様に指摘され、私はばつが悪く頬を掻いた。
政争に巻き込まれない様、自分が身を守る為の知識は勉強してきたつもりだが、権謀術数の蔓延る騙し合いの場とかは苦手である。
今回の婚約式で行う計画の立案もほぼアドナ姉様やリチャードが組み立てており、私は横でじっと眺めているだけになっている。
「あなたは賢いけれど……それは王族としての賢さじゃないわね。もっと他の者を利用する術を身に付けなさい」
「あはは……アドナ姉様……ご勘弁を…………」
嘘をついたり、騙したり、相手を陥れたりするのはキライである。王族としてどうかとは思うが、キライなものはキライである。
10歳までのバカな私に嘘をつき続け、私を利用してきた人たちなんてダイッキライなのである。
私が付いている嘘はイリスとエリーの変身魔法ぐらいのものである。それぐらいだったら軽い嘘判定であると、私の中判定である。
「これを機にどこかの政治派閥に所属しなさい。いつまでものらりくらりとしているんじゃないの」
「余の第六王子派に所属しませんか?イリス姉様?家柄の丁度いい男性貴族も紹介出来ますよ?」
「あ……あはは……まだ独り身が楽なもんで…………」
「…………なに落ちぶれた冒険者みたいなこと言ってんのよ」
アドナ姉様は私に呆れ顔を向けていた。
しかし私も17歳……王族としての婚約年齢としては遅めである。あと数年したら完全に行き遅れ…………ぐぬぬ…………
「イリス姉様……余がもう婚約するのですから……子供みたいな我が侭は言わないで下さい」
「ぐぬぬぬぬっ…………!」
12歳の弟に結婚の事で窘められるっ……!胸が痛いっ……!
「ま、リチャードは少し早い方ね。私は14歳の頃に婚約したから……リチャードはこれからゆっくりともっとましな結婚相手を探しなさい」
「はい、アドナ姉様」
「…………アリア様はとても良い方なのですが……」
私が男性だったらああいう綺麗で優しい子と結婚したいと思うけどなぁ…………
「しかし、私も婚約してからもう5年か……なんというか……年が過ぎるのは早いわね…………」
「アドナ姉様……その発言は少し……お母様臭いと言いますか…………」
「…………イリス?折檻するわよ?」
「いえ、私は何も言っておりません」
いけないいけない、アドナ姉様とお母様を一度に敵に回すところだった。
しかし、私にとってもこの5年は早いものだった。私は7年前のロビンの村の事件が起こってから、世界を見るに耐えるだけの実力を手に入れようと必死に自分を磨いて来た。一生懸命の時間は矢のように早く過ぎ去り、冒険者になってからはもっともっと早く時間が過ぎたような気がする。
冒険者になったのは2年前だ。それからというもの新鮮でない時間など無く、クラッグや色々な人に見せて貰える世界はとても美しく、時に切なく、苦しくもあり、優しくもあり、冒険者として見て回る世界が好きだった。
この2年は本当にあっという間だった。
そうか……アドナ姉様の婚約式からもう5年も経ったのか…………
あの日のドレス姿のアドナ姉様はとても綺麗だった。思わず私も結婚に憧れる程に…………
5年前……確かその辺りで…………
…………5年前……
「………………」
……5年前?
「…………違う」
閃光の様に私の中にある考えが過ぎった。
「……違います……だとしたら……おかしい…………」
「…………イリス?」
不審そうにアドナ姉様は私を見た。
「どうしたの?」
「…………おかしいのです」
「……何が?」
「……その書類……ペッレルヴォさんの名前がある筈がないんです…………」
私はテーブルの上にある書類を指さす。それは『竜の鱗のオカリナ』の売買契約書だ。ニコラウス兄様の執事であるペッレルヴォさんがニコラウス兄様の指示の元、バーダー商会に『竜の鱗のオカリナ』を売ったという内容だ。
「………………」
「………………」
その契約書の日付は9年前になっている。英雄都市の竜の襲撃事件があったのが7年前なのだから、妥当なところかもしれない。
でもそんな筈がない。
それはおかしいのだ。
「だって……ペッレルヴォさんがニコラウス兄様の執事になったのは……5年前ですよ…………?」
「………………」
「だとしたら……9年前の書類に名前があるのはおかしいじゃないですか…………」
この部屋にいる者の息を呑む音が聞こえてくる。
空気が張り詰めていく。
今、不審な気配がこの部屋に広がり始めていた。
ペッレルヴォさんが5年前ぐらいにニコラウスの執事になったって記述は72話にあるよ!一応伏線だよっ!
それと申し訳ありません、諸事情につき忙しくなってきているので、半月程本編の更新を停止させて頂きます。恐らく6月から再開することが出来ると思いますが、本作を楽しみに待っている方には大変ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。
本編の更新を再開する時期などは活動報告にて報告いたします。
あまり遅くならないようにするので、見捨てないでーっ…………!
宜しくお願い致します。




