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76話 地下の戦い、再び

 それは日の沈みゆく黄昏時の事だった。

 ここはチェベーン家領の都市に建てられたバーダー商会の建物の中だ。国中に支店を置くバーダー商会は潤沢な資金を有しており、ここのバーダー商会の建物はこのチェベーン家領の中でも1,2を争う大きさを誇っていた。

 勿論、チェベーン家の城を除けばの話だが。


 この商会のとある部署を纏めている管理職の中年の男はコーヒーを飲みながら書類を  整理していた。もう少しで1日が終わる夕暮れ時、それはすなわち今日の仕事が終わることを意味していた。

 中年の男は今日の夕飯は何を食べようかと考えながら欠伸をしていたところ、がやがやと周囲が慌てだし始める。男は階下が騒がしくなっていることに気が付いた。

 男はのろりと椅子から立ち上がり、階段を下り部下を叱った。


「おい!何を騒がしくしているっ!やかましいっ!」

「あ……!部長!それがっ…………!」


 部下が慌てながら上司であるその男に駆け寄ってくる。男は階段から1階のフロアを見下ろし、状況を把握しようとする。

 1階の受付には大勢の人間がいた。普段では考えられない程の人の数だ。集団のクレーマーカ何かか……男はそう当たりを付けながら、面倒くさそうに頭を掻いた。


「………………?」


 そして男はあり得ないものを見る。

 その集団のほぼ先頭に、護衛に囲まれながら身なりのいい女性がいた。長く整った銀髪をして、端正な顔立ちをしている。その立ち振る舞いの1つ1つが優雅で、白を基調とした清楚なドレスを身に着けている。

 どこかの貴族であることは間違いないのだが、しかし、男にはその人物に見覚えがあった。昔、パーティーの席に出席し、挨拶をさせて頂いたことがあった。


「な゛っ…………!?」


 男は息を呑む。その女性はこの国で一番偉い家の…………


 銀髪の女性が叫んだ。


「私はオーガス王家の第四王女!名をイリスティナと申します!この商会には不正取引の疑いが掛けられている為、今からこの商会内の調査を行いますっ!」

「…………なっ!?」

「抵抗は意味の無い事と理解しなさいっ!」


 バーダー商会に王家の姫が乗り込んできた。




* * * * *


 神殿都市アヌティスにはバルドスという司祭がいた。

 バルドスの家は400年もの長い間、皆からの信頼の厚いポスティス教会を隠れ蓑に違法な人身売買、人攫いを行っていた。その犯罪によって400年もの間、大量の金を稼いでいた。


 そして、その400年もの間に大量の顧客を獲得している。彼らが売り捌いて来た奴隷の数は甚大で、顧客先も大量に存在していた。

 そして今、このバーダー商会にイリスティナ姫の率いる軍隊ががさ入れに来た。

 違法な奴隷取引が行われていないかの調査であった。


「お……!お引き取り下さいっ…………!イリスティナ様……!業務に差支えが出てしまいますっ……!我々にやましいところなど1つも無いのですから、どうかお引き取り下さいっ……!」

「やましいところがないのなら、何も隠すとこはありませんね?」


 両腕を伸ばし、必死に軍隊を止めようとする常務がいた。この人はこの都市を治めるチェベーン家の人間だった。

 その人はイリスの雇った者達に肩を押され、簡単にどかされてしまう。軍隊がバーダー商会の中に押し入り、この建物を隅から隅まで調べ始めた。


 神殿都市を調査した際、イリスたちはその犯罪の証拠を大量に入手している。商品リスト、顧客名簿、出納帳。あらゆる証拠はイリスの手にあり、それを調べればバーダー商会との繋がりも分かったのかもしれないが、それを調べきるには時間が足りなかった。


 400年分に積もり積もった証拠は膨大な量となっており、とてもじゃないが数ヶ月で調べきることの出来るようなものではなかった。イリスは専門の調査室を立ち上げ、王都で証拠の精査をさせているのだが、それでも情報の整理が終わるのに1,2年はかかるものと思われた。


 とてもじゃないがそんなに待っていられない為、イリス達はバーダー商会に直接調査に来たのだった。


「主に地下の部屋が無いか調査してください。神殿都市と同じならば、どこかに地下への入り口が隠されている筈です」

「かしこまりました!王女殿下っ!」


 大量の人間が入り乱れる様子を、バーダー商会の人間たちは手を止め、不安げに眺めていた。

 その様子をこの商会の部長はぼーっと眺めていて、先程軍隊を止めようとしていた常務はわなわなと体を震わせていた。


「部長っ……!何故っ!何故、イリスティナ様を止めようとしなかったっ……!?何故簡単にこの建物に入れるような真似をしたっ……!?」

「はい……?いや常務、王女が命じた正式な調査なのですから拒むわけにはいかないでしょう?不法な奴隷売買なんて特に思い当たる節も無いし、大丈夫ではないですか……?」

「…………っ!そうなのだがっ……!そうなのだがっ…………!」


 貴族である常務の体は震え、その上司の様子を見て部長である男は不安を覚えた。


「1階に物置はありましたか?」

「はい、イリスティナ様。ありましたが……それが何か…………?」

「そこに地下への隠し扉があるかもしれません。案内して下さい」

「はっ!」

「!?」


 前の調査で、大神殿には1階の物置に隠し扉が存在した。イリス達はそのあたりに目星を付けていた。

 そしてイリスとある兵隊の会話を聞き、常務の体は震えあがった。


「イリス様!イリス様!お止め下さい!ここには何もありません!どうかお止め下さい!」

「フィフィー様、ありましたか?」

「あ……ありますねぇ…………ふんっ!」


 軍隊に混ざったフィフィーが壁や床を何度もノックし、空洞に繋がっている音を探り当てた。そして、小規模の爆発魔法を起こし、壁はガラガラと崩れ、地下への道が現れた。


「……っ!?常務っ!?これは一体……っ!?」

「あ…………あぁ…………」


 部長は驚きに目を見開き、常務はへなへなと床に崩れ落ちた。

 イリス達は常務を拘束し、地下への階段を下りていった。


 湿気がこもりじめじめとした地下の階段を歩く。石で出来た地下の造りは神殿都市の隠された地下と造りがよく似ていて、イリス達は神殿都市の時の事を思い出さずにはいられなかった。こつんこつんと足音が反響し、地下の空間を埋め尽くしていくところまでとてもよく似ていた。


 階段を下りると、3つに分岐する道が目の前に現れた。


「さぁ、常務さん。どれが正解の道ですか?間違った道には罠が仕掛けてあることは分かっています」

「知らないっ!私は何も知らないっ!」

「…………それでもいいですけど……私達が間違った道を選んだら、貴方も一緒に罠にかかるのですよ?」

「ぐ……ぐぐ…………」


 バーダー商会の常務は拘束し、連れて歩いている。道案内に最適だ。


「そんなことしなくても、イリス様。わたしが索敵魔法使っているから大丈夫ですよ?」

「フィフィー様……またオリジナル魔法組んだのですか?」

「ダンジョンなんかですごく便利ですよー」

「…………流石ですね……」


 彼女たちが地下の罠にかかることは万が一にもなかった。

 それでも障害が何もない訳では無い。


「ん?」

「どうしました?フィフィー様?」

「索敵に何か引っ掛かって…………これは敵ですね……」


 イリス達は身構え、警戒しながら前に進む。いくつかの通路を曲がったその先に、敵が待ち構えていた。


「魔導ゴーレムっ……!」


 それは神殿都市の地下にもいた兵器であった。恐ろしく強靭なオリハルコンで出来た傀儡人形であり、その1体1体がA級並みの実力を持った強力なゴーレムであり、今ここにはそれが10体ほど道を塞いでいた。

 魔導ゴーレムたちは待ち伏せによる強襲を掛けてきたが、フィフィーの索敵魔法により、イリス達はもうそこに敵がいることを認識していた。不意の一撃は不意にならず、イリス達は冷静に防御魔法を放ち、魔導ゴーレムの攻撃を防いだ。


「へっ、敵が出て来てくれて嬉しいぜぇ……何もなくスムーズに事が終わったら、俺が遣わされた意味がねえってもんだ」

「……ヤサカ様…………」


 長い刀を持った長身の男性がそう息巻いた。彼の名前はヤサカという。

 彼はイリスの姉の第三王女アドリアーナに仕えているS級の戦士である。


 ヤサカという男が後ろで結んだ長い髪を靡かせ、弾けるように魔導ゴーレムたちに襲い掛かった。ゴーレムたちは次の魔法を撃つ間も無く距離を詰められてしまった。

 ヤサカの刀がきらりと揺らめいた。1体のゴーレムの懐に入り込み、その刀が弧を描く。今の今まで鞘に収まっていた刀は一瞬だけその刀身を露わにし、そしてまた鞘の中へと納まっていった。


 それと同時にオリハルコン製の魔導ゴーレムの体が真っ二つに分かれ、歪みが少しもない綺麗な断面を見せることとなった。


「へっ、てめえら如き人形に俺の刀なんて見せられねえよ」


 ヤサカはS級として遜色のない強さをイリスに示した。彼はアドリアーナに雇われた人間であり、この調査の為にアドリアーナがイリスに与えた戦力であった。


 残った魔導ゴーレムがヤサカを抹殺しようと、魔法攻撃や備え付けられた武器を彼に向けるが、ヤサカはその全てを躱し戦場を飛び回った。

 キンという高い音がする度に一筋の銀の剣線が走り、1体の魔導ゴーレムが両断されていく。刀は一瞬だけ鞘からその姿を現し、また鞘の中に収められていく。同じS級であるドワーフのボーボスが力で敵を叩き割っていたのに対し、ヤサカが持っていたのは鋭さだった。研ぎ澄まされた一閃の輝きが敵を2つに割っていた。


 敵はヤサカの動きを全く捕らえられない。敵が戸惑い必死に攻撃をばらまくも、ヤサカはいくつもの剣閃を生み出し、特殊な金属で作られたゴーレムを綺麗に真っ二つにしていった。

 10体程いたA級相当の魔導ゴーレムは瞬く間に金属の残骸へと化していった。


「お見事です、ヤサカ様」

「へっ、まぁ、楽勝ってもんよ」

「わたしの出番が全くありませんでしたねぇ」

「おっと、こりゃ失礼、フィフィーさんや」


 ヤサカがからっと笑った。


 バーダー商会への強制捜査を始める前、イリスは王である父に事のあらましを伝え、チェベーン家の都市へ出立する許可を取っていた。その事を第三王女のアドリアーナは耳聡く聞きつけていて、イリスと共にチェベーン家の領に出向くことを願った。

 元々、チェベーン家がファイファール家に敵対心を持っていることをイリスが知ったのはアドリアーナからの情報であった。アドリアーナはチェベーン家の件に関心があったのだろう。


 今、このチェベーン家に来ている王族は第三王女アドリアーナ、第四王女イリスティナ、第六王子リチャード、第七王女ジュリであった。チェベーン家は第一王子のニコラウスを支持している家である。自分の勢力に付かない家の不利な材料が露わになるかもしれない為、第六王子のリチャードがこの調査に関心を示すことは普通の事であった。


 今、このバーダー商会への強制捜査に参加しているのはイリスだけである。他の王子王女達は安全な宿屋で待機している。前線で指揮をとるような変わり者はイリスだけであった。


「あぁ……やっぱり奴隷がいるんですねぇ…………」


 地下空間の奥深く、イリス達はそこで牢屋の中に入れられている奴隷たちを発見した。確かに、商会にとって奴隷の需要は多い。違法奴隷を使い、経費を大量に削減したかったのだろう。これでバーダー商会は黒が確定した。


 速やかに奴隷を解放する行動が取られた。


「しかし……書類での証拠はあまり出て来ませんね…………」

「普通、証拠になる書類っていうのは極力残さないようにするものですしね」

「神殿都市のバルドス様は少し杜撰(ずさん)でしたね」

「まぁ、胴元だけあって仕方ないのかもしれませんがねぇ…………」


 別の部屋、この地下での仕事場には明確な証拠が少なかった。仕事場のがさ入れをしながらイリスとフィフィーは会話していた。緊急脱出用の通路も発見し、そこから逃げたであろう商会の人間はクラッグとリックが追いかけていた。地下の調査は2度目。慣れたものである。


 地下の中にある薄暗い執務室。大量の書類はあるが、一目で人身売買の証拠だと分かるような書類は無い。恐らく内部の人間しか分からない様な隠語や暗号が隠されているのだろう。

 この部屋の中にある書類をすべて押収し、時間をかけて調べたり、あるいは事情を知る者を捕まえて喋らせれば済むことであった。


 まずそもそもとして、この地下に違法な奴隷がいた時点でこの商会は黒なのだ。


「これは…………ちょっと来てくれ、王女様よぉっ……!」


 ヤサカが何かの書類を発見し、大きな声を出した。皆の視線がヤサカに注がれる。


「……どうかしましたか?ヤサカ様?」

「ちょっとこれを見てくれ」

「…………書類?」


 ヤサカは1枚の書類を手に取っていた。それをイリスに手渡し、フィフィーと一緒に覗き込んだ。

 そこにはこう書かれていた。


『契約書

 第一王子ニコラウス・バウエル・ダム・オーガスの命により、バーダー商会は神器「竜の鱗のオカリナ」を金2000万ゴールドでペッレルヴォより買い取ることとする。

 責任者 ネクタリオス・オルド・ル・チェベーン

 同責任者 ペッレルヴォ・バーム・オルス・トゥルースム

 水神歴976年 5月26日』


「ペッレルヴォ……?」


 フィフィーは聞いたことのない名前に小首を傾げるが、イリスはその名前に見覚えがあり、ごくりと息を呑んだ。

 ペッレルヴォ、それは第一王子ニコラウスの執事をしている男の名前だった。その名前がバーダー商会のこの地下深くで出てきている。


 契約書の中にある神器「竜の鱗のオカリナ」とは膨大な力を持つ竜を引き寄せることの出来る神器である。それがあれば、英雄都市に竜を招き寄せることも可能だろう、と前にクラッグは言っていた。


「おい、これは一体どういうことだぁ?」


 ヤサカがチェベーン家の人間であるこの商会の男に突きつけた。


「な……なんだっ……?それはっ……!?知らないっ……!そんな契約書は知らないっ!そんな契約書は知らないっ!何かの間違いだっ……!」

「おーおー、こんな時にまでしらばっくれて、生きがいいじゃねえか」


 チェベーン家の人間が慌て、ヤサカがへっと笑った。


「イリス様」

「…………はい」


 フィフィーの呼びかけに、イリスはこくりと頷く。イリスとフィフィーは同じことを考えていた。

 英雄都市のファイファール家とチェベーン家は対立している。ファイファール家のナディス個人もチェベーン家やバーダー商会と確執を持っていた。そして、チェベーン家は第一王子ニコラウスを支持している。

 そして今、「竜の鱗のオカリナ」のやり取りが記載された契約書の中に、第一王子ニコラウスとその執事であるペッレルヴォの名が記載されている。


 つまり…………


「…………敵はニコラウス兄様だっ……!」


 イリスは胸の中に熱い痛みが込み上げながら、そう声を上げた。

 薄暗い地下の中、イリスとフィフィーは戦いの予感を覚えたのだった。


次話は3日後5/19 20時に投稿予定……出来るかなぁ…………

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