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75話 繋がる過去の事件

【イリス視点】


「ヴェールさんというのは可哀想な人でしてね…………」

「可哀想?」


 先程の話の続きである。アリア様は紅茶に目を落とし、砂糖をかき混ぜながら静かに喋った。


「S級のナディス兄様の訓練につき合わされて、いつもボロボロにされていた人なんです…………執事なのに…………」

「執事なのにっ!?」

「酷いっ!」


 ヴェールさんというのはファイファール家の長男ナディス様の執事だった人らしい。ただの執事がS級の訓練に付き合わされるとか……!それって死ねと言われているようなものだっ…………!


「ヴェールさん……お兄様の訓練に毎回毎回つき合わされ、執事には要らない程の戦闘力を無理矢理身に付けさせられた可哀想な人なんです…………」

「執事だったのに……力をつけ過ぎて護衛の仕事もやらされていた…………不憫な人でした…………」

「………………」


 アリア様とディミトリアス様は遠い目をしながら悲しい過去を語っていた。


「兄様の『さぁ!ヴェール!今日も特訓だ!』という声を聞く度に、ヴェールさんの目の中の光が消えていくあの顔を……私は忘れられそうにありません…………」

「あの人は…………ナディス様にひたすら振り回されていた人だったから…………」

「最年少でS級になった兄様の破天荒な行動のとばっちりを受け続けていた人でした…………」

「間違いなく型破りの最年少S級の最大の被害者は……そのヴェールさんです…………」

「毎日訓練中に殺されかけていたし…………」

「春のワイバーン狩りに無理矢理連れていかれたり…………」

「都市内の道場を狩りまくった兄様への苦情を処理したり…………」

「貴族のパーティーでナディス様がヘマをしない様、ずっと神経を尖らせていたり…………」

「…………正直、チェベーン家は兄様を恨む資格なんてないです。兄様を最も恨んでいいのはヴェールさんです」

「もうやめてあげてっ!」


 なんだか聞いているだけで悲しくなってきた。


「あー…………今、ファイファール家やナディス様に恨みを抱える人を探している最中なのですが…………そうなると、ヴェールさんはその候補に…………?」

「間違いなく上げていいと思います」

「……これは酷い…………」


 なんでそんな身近な人を候補に上げねばならないのだ。


「って言っても、もう亡くなっているんですけどね」

「いやどうでしょう、アリア様。もし万が一ナディス様が生きていると判明したら、あの人竜の腹の中からだって蘇って復讐に来ますよ?」

「それは……確かに…………」

「貴方達は一体お2人にどんなイメージを抱いているんですか?」


 取り敢えず、ヴェールさんという方については特に深く考えなくていいという事は伝わってきた。主の妹たちにボロボロに言われるわ、フィフィーからBL妄想されるわで、とても可哀想な人であった。


「…………何の話でしたっけ?」

「話、ぶれぶれですねぇ…………」


 いちいち軌道修正が必要である。アルムスさんが口を開いた。


「……とりあえず、私が持っている情報は先程ので以上です。ナディス様とチェベーン家に確執があったのはれっきとした事実ですな」

「ナディス様関係の情報は分かりましたが……ファイファール家自体と敵対している貴族の家はチェベーン家以外にあったのですか?」


 リックさんが私達にそう聞く。今、私達はナディス様またはファイファール家に怨恨のある者を探している最中だ。確かにナディス様の周囲の関係だけを調べるのは片手落ちだろう。


「今だと……第一王子ニコラウス様派と第六王子リチャード様派に分かれて小競り合いしていることが多いので…………今度リチャード様と婚約する当家は第一王子派から敵視されておりますね」

「第一王子派っていうのはどんな家があるのですか?」


 フィフィーの質問に私が答える。


「古くから王家に仕えている保守的な家の人たちは第一王子派であることが多いですね。良くも悪くも伝統を大事にしており、長い歴史を持つ為、公爵や侯爵家など位の高い家柄の人たちが多いです」

「じゃあ力の持った家が集まっているのですね?」

「はい。具体的に言うと、王家の右腕と言われているポワティルス家、東の巨大な領地を治めるカラボルヴィズ家、古くから存続するエスティベルグ家、ドゥータス家、オルテステル家……などなど、他にも多数ありますが、とりあえず代表的なところを…………」

「なるほど……全てを調べるのはキリがありませんね…………」


 確かにリックさんの言う通りである。全てを調べ上げるのは現実的でない。調べるとしても、もっと当たりを付けて調べないと。


「…………1つも名前知らんわ」

「それは……クラッグ様には初めから無理だと思っています…………」


 クラッグが熱心に貴族の名前を暗記していたら、それは犯罪を行う前の下準備だろう。リックさんもうんうんと頷いている。


「……ちなみに一応言っておきますけれど、我が王家はオーガス家と言いますよ?」

「…………それは流石に忘れねえよ」


 どうかなー…………?


「逆に第六王子リチャード派は革新派の家が多いですね。現状に不満を持つ若い貴族の方々が第六王子の方を支持しております」

「……革新派だと、第六王子が支持されるんですか?」

「…………私の口からこれを言うのは憚られるのですが……第一王子のニコラウス兄様は……少し……能力に不安があるので…………それだったら優秀な第六王子を祭り上げようた方がいいだろう、という流れです…………」

「…………あぁ」


 ……実の妹からこういう事を言わせないで欲しい……いや、他の方が口にしてしまったら一発で不敬罪ですけど…………


「……ぐ、具体的な家名を上げると、近年男爵の位を貰って貴族となったノイブルゲン家、魔術技術の発達、革新に力を入れているホーエンローム家、他少し現状に不満を持っているクレランドン家、ビルモンレック家、トゥルースム家……などなどです」


 私の説明に周囲の皆は耳を傾けていた。


「ちなみにコンのシャウルアルカス家はどちらだったのですか?」

「アリア様、うちは7年前に潰されている為、まだ第一王子派とか第六王子派とかそういう派閥は無かった時期でござる。当時リチャード様はまだ5歳でござったからそういうことに担ぎ上げられる前だったでござる」

「あぁ、そうでしたか」

「その代わり、第一王子派と第二王子派はあったでござるけど……第二王子のアルフレード様も少し変わった方だったっていう噂だったでござるから、貴族のウケは良くなかったでござる。代わりに市民からは人気があった王子でござるね」


 コンさんの言うとおりである。アルフレード兄様は市井の人たちの生活に寄り添う王族らしくない王族だったため、貴族の方々に好かれている人ではなかったようだ。


「でも爽やかでとてもかっこいい男性だったでござる!拙者の中の抱かれたい貴族ランキングトップ3に入るでござる!」

「あなたは何を言っているんですか」

「クノイチ仲間の中でも、任務失敗によるお仕置きを受けてみたい貴族ランキングトップ5に入っている人でござる!」

「お黙り、コン」

「こーん……」


 その男性の妹がいる前でなんてこと言うんだ。……というより、そのクノイチ仲間って世界が少し気になる。


「そういう意味で言うと…………ナディス様が亡くなった竜の襲撃事件があった7年前には第一王子派も第六王子派も無かったのですから……この方面で考えてもあまり意味がないかもしれませんね」

「ですが、昔からチェベーン家と交流のあった家は今の第一王子派に多いですから……チェベーン家を調べる上で、そこを確認しておくのは大事かと思われます」

「そうですね、アルムスさん」


 ファイファール家に恨みを持つ者が昔からチェベーン家に繋がりを持っていると考えても不思議ではない。当然の事ではあるが、ファイファール家とチェベーン家は昔から土地が隣り合っているのだ。


「チェベーン家は他の家や都市と交流が盛んなのですか?アリア様?」

「チェベーン家というより……チェベーン家が強く支援しているバーダー商会が国中で広く活動しておりますね。かなり盛況なようで、バーダー商会の儲けでチェベーン家はかなり潤っているようです」

「なるほど」


 バーダー商会とはチェベーン家の都市に本拠地を置く、ナディス様を何故か出禁にした商会である。


「私が調べましたところ、バーダー商会は国中の各地に支店を置き、かなりの金額を稼いでいるみたいですね。長い歴史を持ち、我が国の重要な商会であることは間違いないです」

「……そんなとこに経済的な圧力を掛けられそうになっているのですから、我がファイファール家もとても嫌なんですよ…………」

「この地方は武のファイファール、商いのチェベーンって言われていますしね」


 土地柄しょうがないが、ファイファール家はとても厄介なところに目を掛けられているのである。ファイファール家は英雄都市を治める家として、チェベーン家の経済力に対抗し得る力と特色を持っていたが、それも全て7年前の竜の襲撃がボロボロにしてしまった。ファイファール家はただ単に運が悪かった。


 ……でも、確かに竜の襲撃で一番得しているのがチェベーン家なんだなぁ…………


「…………まさかとは思うが……」

「はい?」


 クラッグが声を発した。


「どうしたの?クラッグ?またバカな事を言い出すの?」

「おい、エリー、なんだその俺への絶対的な信頼は」


 だってさっきメイドとか執事とか、バカなこと言ってましたし…………


「ナディスは何度もチェベーンの都市を訪れ、何故かバーダー商会を出入り禁止にされたんだろ?」

「はい」

「もしかして……ナディスはバーダー商会の不正を掴んで、チェベーンとバーダーから敵視されていたんじゃないか…………?」

「…………不正?」


 バーダー商会は何か犯罪の様な事をやっていて、ナディス様はそれを調べていた……?


「……確かに……そう考えると理屈は合うような気がしますが…………」

「まぁ、戸惑う気持ちは分かる。証拠の無いただの仮説だ」


 クラッグもそこら辺は分かっている。話は通じるような気もするが、そうだと断定する根拠は何も無い。


「だが…………」

「だが?」

「貴族と絡んでいる商会なんて、不正の1つや2つあるに決まっているっ……!」

「それは偏見です」


 相変わらずこのミイラは貴族嫌いである。


「……例えば、不正ってなんだと思います?」

「……なんだろうな?何かしらの犯罪行為……マフィアが関わっているとか、薬を扱っているとか、不法な武器を輸出入しているとかか…………」

「もしそうだとして……チェベーン家はそれを知り、庇っていることになるのでしょうか…………」

「そうだな、アリア。バーダー商会が長い事大きく稼いでいられるのは、その犯罪行為と貴族の保護があるかもしれねぇ」


 そう言って、クラッグは肩をすくめた。


「ま、全部仮説だけどな」


 …………だけど、確かにクラッグの仮説は説得力があるような気がする。話は矛盾なく通じているような気がする。これならばナディス様が頻繁にチェベーン家を訪問していた理由も付くのだ。

 この部屋にいる皆の顔色が強張っている。証拠はないが、クラッグの仮説に皆が現実味を感じている事は明らかだった。


「…………ナディス様はチェベーン家以外にも意図不明の外出を何度も繰り返していました……それも説明に繋がりますか…………?」

「いや……バーダー商会の不正を見つけるために他の土地を調査していたか…………あるいはこの件とは関係なく全く別の意図があったか……だな。どちらにしろ分からなねえ」

「………………」


 私は視点をクラッグからアルムスさんの方に移して喋った。


「アルムスさん……バーダー商会が交流している中におかしな取引先はありませんでしたか…………?」

「いえ……私が調べた限りは疑問に思うような取引先はありませんでしたが…………」

「おかしな取引先って、例えばどんな感じでござるか?」


 コンさんが小首を傾げる。


「例えば……あまり規模が大きくない取引先と高額の取引をしているとか……意図の見えない場所に支店を置いているとか…………利益と結びつかなそうなところに力を入れていたりする様な感じです」

「ニンジャ師匠、どうでござるか?」

「申し訳ありませんが、心当たりはありません」


 アルムスさんは小さく首を振った。


「…………ですが、改めて少し調べてみましょう。アリア様、調査の許可と日程を下さい。バーダー商会を少し調べてみたいと思います。…………アリア様の婚約式には間に合わないと思いますが…………申し訳ありません」

「かしこまりました。全然問題ありません。しっかりとした調査をお願いします」

「ありがとうございます」


 兎にも角にもまずは調査だ。仮説ばかりが先行しては何の意味もない。バーダー商会は規模の大きな企業だ。調査には長い時間がかかるだろう。私達の話し合いはただの仮説であり、何も出てこない可能性だってある。

 ともかく、実際に調査をしてみることだ。


「師匠、どこを調べるでござるかー?」

「取り敢えずはバーダー商会が親しく取引をしているところを探ってみようか。そこから枝葉を広げていくしかない」

「人手が足りない様なら仰って下さい。王国兵なら数は多いですし、私は実力のある冒険者の多くと繋がりがあります」

「感謝します、イリスティナ様」


 高ランクの冒険者ならば調査の仕事もこなしてくれるだろう。前の依頼でも多くの冒険者と一緒に調査の仕事をしたものだ。


「バーダー商会が親しく取引しているところって、具体的にはどこですか?」

「フィフィー様。それは先程第一王子派の話をした時にも出てきたカラボルヴィズ家、ドゥータス家、オルテステル家などでしょうか。あそこは長くチェベーン家と親交がありますので」

「なるほど」


 確かに、バーダー商会が親しくしているところといったらチェベーン家も親しくしているだろう。


「貴族以外の取引先だと、他の大型商会であるラディッシュ商会や、ツェーリンゴット商会、他にも冒険者ギルドの本部がある冒険都市スヴェル、ポスティス教会の本拠地である神殿都市アヌティスとかでしょうか…………いやはや、全部は調べきれませんな……」

「ん?」

「ん?」

「ん?」

「ん?」


 私達冒険者組が皆小さな声を上げた。


「…………どうしましたか?皆さま?いきなり小首を傾げて……?」

「………………」


 …………今、アルムスさんの説明の中に、最近よく聞き慣れた都市の名前があったのだが…………


「あー……アルムスさん…………」

「……はい?」

「…………神殿都市?」


 私は恐る恐る聞いた。


「はい、神殿都市アヌティスです。この国の国教であるポスティス教会の大神殿がある大きな都市でして、とても美しい都市ですよ?…………そう言えば、確か最近神殿都市関係で妙な噂が流れていたような…………」


 そして、アルムスさんが何かに気付いたように声が(しぼ)んでいった。


「…………どうしましたか?アルムスさん?」


 アリア様とディミトリアス様は訳も分からずぽかんとしている。事件の全容はここまで広まっていないようだ。情報が武器であるアルムスさんだって、(ほの)かな噂としか知らないのだろう。


 でも私達は全てを知っている。そして閉口せざるを得なかった。

 神殿都市アヌティス。それは私達が前の調査を行っていた場所だ。私達がじっくりと滞在し、じっくりと調査した場所であった。


 アルムスさんが言う神殿都市の妙な噂というのを私達は全て知っている。その噂の渦中に私達はいて、その噂の秘密を暴いたのが私たち自身なのだ。


 アルムスさんが調べるまでもない…………

 バーダー商会の抱えている不正…………

 それは……


 それは…………


「…………奴隷売買だっ!」


 私達は全ての核心を得た。


次話76話は3日後5/16 20時に投稿……したいっ…………!(願望)

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