74話 男主人と執事の禁断の恋
【イリス視点】
「チェベーン家の現地での話でござるか……?」
「はい、お2人は使者としてチェベーン家を訪れたと伺っております。その時の話を伺わせて頂けませんか?」
私はファイファール家の城で思わぬ人物と再会した。7年前にお世話になったアルムスさんとコンさんだ。積もる話はあるのだけれど……それは少し置いておいて、私は当初の目的の話をすることとした。
つまりはチェベーン家の領の現状だ。
「……コン、先程と同じ貴族の時の口調で話さないか。イリスティナ様の前で無礼な言動は慎んでくれ」
「いやっ……!なるべくならいやっす……!コンツェの貴族口調でいるのは仕事の時だけにしたいでござるっ……!あの時の拙者は死んだのでござるっ……!自分を押さえつけたくはないでござるっ…………!」
コンさんは先程の口調に戻っていた。彼女の上司であるアルムスさんは頭を手で抱えた。
「あー……私は全然構いませんよ……?自分らしくあるっていうのは大切だと思いますし…………」
「流石はイリスティナ様でござるっ……!器の大きさが違うでござるっ…………!」
コンさんの顔がぱあぁっと輝いて、嬉しそうに声を弾ませた。わんこのように尻尾を振るう様子が幻視出来るかのようだった。
「姫様の頼み事だったら、拙者、一生懸命仕事するでござるっ……!」
「はぁ……申し訳ありません……うちのコンが…………」
「…………主として、私からも謝罪いたします……」
「おうおうおう!敬愛すべき師匠に主様……!いつも拙者を残念な子を見るような目で見るのは止めて頂きたいでござるっ……!拙者は自分に正直なだけでござるっ……!」
「…………それよりも、話進めませんか?」
一向に話が進みそうにない。……それに無礼と言ったら、クラッグ以上に無礼な奴はいない。コンさんなんて可愛いものだ。
「……確かに我々は使者の仕事と共に、チェベーン家の現状についても調査致しました。その時の話をすればいいのですね?」
「はい、お願いします、アルムスさん」
「では……マックスウェル様やバーハルヴァント様にはお話しした事ですが…………」
アルムスさんがチェベーンの都市での活動を報告してくれた。
ファイファール家としてはチェベーン家の主張を当然真っ向から否定する文を送った。主張を撤回するように求めたが、相手側も当然この要求を拒否した。
「……チェベーン家はファイファール家の方から王家との縁談の破棄を公表するか、ファイファール家がチェベーン家に資金を提供するかをしない限り、経済的な圧力を課さざるを得ないって言っておりました」
「…………チェベーン家はやりたい放題ですね。なんで王家とファイファール家の縁談の問題を取り上げて、その解決法がチェベーン家への資金提供なんですか?」
「第一王子ニコラウス様が後ろ盾になってくれると思い、大きく出ているんでしょう」
アリア様は肩をすくめた。そういう意味でも、チェベーン家はファイファール家が第六王子リチャードと縁を結ぶのが嫌なのだろう。
「でもこっちも最初から撤回の要求が受け入れられるとは思っていないでござる。今回の抗議文はただの形式上のポーズでござる。1回は抗議しておかないと、チェベーンの主張を黙認したことになっちゃうでござる」
「……しかし……他に打つ手はないんですよね?」
「はい……正直、ファイファール家は何もしなくても経済は苦しいですから…………」
ファイファール家は自分たちの都市の復興だけで手一杯なのだ。他の家との外交に回す力すら残っていない。アリア様が疲れたような表情をした。
「王族であるイリス姉様に聞くのは卑怯なのかと思うのですが……私はリチャード様と婚約したら、リチャード様はファイファール家の力になってくれると思いますか?」
「…………難しいでしょうね」
王家とファイファール家の婚約によってファイファール家が得られるのは、王家からの資金援助だ。それは一回限りの援助であり、それ以降の補助は行われないだろう。リチャードもアリア様の事を『厄介な女』扱いしている。
…………今回の婚約が無慈悲な政略結婚と言われるのはこういったところから来ている。
「…………そうですか。いえ、分かっていた事なのでいいのです」
「………………」
アリア様は極めて冷静に……しかし覇気の無い小さな声でそう言った。
…………アリア様の未来は決して明るいものではないのだ。
「アリア様!アリア様!逃げるでござるっ!逃げて自由になって、一緒にニンジャをやるでござるっ……!」
「バカな事言わないの、コン」
アリア様がコンさんの頭を叩く。コンさんはべっと舌を出した。
…………この問題、何とかならないかなぁ……リチャードを厳しく躾けて、アリア様を不幸にさせない様にさせるとか……?難しいだろうなぁ…………
なんとかならないだろうか…………
「…………さっきから話が脱線しすぎだな。7年前、ナディスが何度もチェベーン家領を訪れていたということについては何か知っていることはあるか?アルムスとやら?」
「クラッグ様、ちょっとその対応は酷いと思うのですが…………アリア様をもっと労わってあげたらどうですか…………」
「いえ、イリス姉様……確かに無駄な話をしてしまいました。彼らはイリス様が依頼した仕事をしっかりとこなしているだけです。アルムス、知っていたら話して差し上げて」
「はっ……」
全く!クラッグは酷い奴だっ!もうちょっと優しくしてあげてもいいのに!
アルムスさんは小さくお辞儀してから話し出した。
「私もファイファール家に雇われたのは5年前ですから、当時の事を知っている訳ではありません」
「あ、そうでしたね」
アルムスさんの元雇い主のブロムチャルド様が亡くなったのが7年前、この英雄都市で竜の襲撃事件があったのも7年前なのだから、時期としてアルムスさんは竜の襲撃事件を経験していないのか。
「しかし、確かにその時ナディス様が不可解な行動をしていたことは残された記録から読み取ることが出来ます」
「…………不可解?」
「はい、ナディス様は死亡される前の1年の間、8回もチェベーン家の領地を訪れています。公式の記録としてそう残っております」
「8回…………?」
「それは……多いですね…………?」
「はい、異常でございます」
貴族の家同士の会談が1年に8回もある筈がない。ナディス様はチェベーン家と普通の付き合いをしていなかった?
「更に、チェベーン家の領地に活動拠点を置くバーダー商会から出入り禁止を食らっております」
「出入り禁止?」
「……何したんですか?ナディス様は?バーダー商会の誰かと喧嘩でもしたんですか?」
「いえ……出入り禁止の理由をバーダー商会は明言していません。何かがあったのは確かなのでしょうが、公式の記録からはそれが読み取れません」
「………………」
何も無かったのなら紹介を出入り禁止になる筈がないのだが…………まさか、チェベーン家がナディス様を嫌っていたからバーダー商会も特に理由なくナディス様を忌み嫌った?あり得る……か…………?
「他にも……チェベーン家とは少し外れますが、ナディス様は冒険者の活動として、1年間に19回も都市外への外出を行っております。しかし……都市外の冒険者ギルドでは、10回分しか活動記録が残っておりません」
「え?」
「つまり……ナディス様は9回分、意図不明の外出を行っていることとなります」
「………………」
亡くなられる前、ナディス様は怪しい動きを繰り返していた?
「……一体何をしていたのでしょうか…………」
「…………それは記録からは推し量れません」
アルムスさんはこの調査結果を当主のマックスウェル様やバーハルヴァント様に報告したが、困惑したのは彼ら2人の方だったという。実の父親も息子の行き先に心当たりがない様だった。
「……よく調べられていますね、アルムスさん」
「恐縮です。更に……ナディス様は何度も何度も外出を繰り返していたと言います。…………いえ、これは都市内のことらしく、夜には帰って来ていたのらしいので、特に大した問題ではないと思いますが…………」
「…………確かにあの頃のナディス様はよくお出掛けをしていた印象があります。そうですよね?アリア様?」
ディミトリアス様がアリア様に聞く。
「はい。どこに行くのかと聞いたら友達に会いに行く……みたいな事を言っていまね」
「友達…………」
当時ナディス様は15歳だと言うのなら遊び盛りだろう。別に友達と遊んでいても不思議ではないが…………友達と遊ぶという隠れ蓑の中で、何かしらの行動を起こしていたのかもしれない…………
いや、流石に分からない。
「ヴェールさんなら何か知っていたのかもしれないのですが…………」
「ん?」
「なんだ?」
アリア様はうーん、と唸りながら突然知らない名前を口にした。私達は『ヴェール』という知らない名前に首を傾げた。
「あ……あぁ、すみません。ヴェールさんというのはですね、ナディス兄様のお付きの執事です」
「執事?」
「はい。兄様はヴェールさんにかなり迷惑をかけていたので、彼ならば兄様がどこに行っていたのか知っていると思ったんですが…………」
なるほど、ナディス様の執事か。スケジュールの管理などもやっていたら、ナディス様の行動を把握している可能性があるという訳か。
「そのヴェールさんはどちらにおられますか?」
「いえ……7年前の竜の襲撃で竜に食べられて亡くなったと言われています……少なくとも行方不明ですね…………」
「おぅ…………」
調査上手くいかないなぁ…………
「…………不可解だ」
「……どうしたのクラッグ?」
クラッグが腕を組みながらぽつりと声を発し、エリーが小首を傾げた。
「…………そのヴェールとやら……おかしい…………」
「…………え?」
「ヴェールさんが……おかしい…………?」
クラッグが鋭い目をしながらゆっくりと言葉を漏らしていく。今の話を聞いただけでクラッグはヴェールさんに何かしらの違和感を覚えたようだ。私には見当もつかない。どこかおかしい場所があっただろうか?
皆が息を呑んでクラッグの次の言葉を待った…………
「何故、ナディスはヴェールを傍に置いていた…………?」
「……何故って…………?」
「…………どういうことですか……クラッグ様…………?」
「だってな…………」
クラッグは言った。
「男なら……傍に置くのはメイドさんに決まっているだろうがぁっ!…………って、あいてっ!あいてっ!殴んな!エリー……!」
「無駄な緊張感出すんじゃないよっ!君はバカかっ……!」
「いや!だってよぉ……!男なら執事なんか傍に置きたくなくね……?メイドさんに世話して貰いたいだろ……!?普通どう考えてもよぉ…………!」
「滅茶苦茶くだらない理論だよっ…………!」
おぅ僕、そのバカをもっともっと殴っておいてくれ。
「あ、あはは…………」
「ま、まぁ……そうかもしれませんね…………」
「アリア様、ディミトリアス様…………愛想笑いして相槌なんかしなくていいんですよ?このミイラ男を罵倒してもいいんですよ?」
2人は目を逸らしながら困ったように笑っていた。クラッグが馬鹿な事を言うからである。もっと怒ってもいいんですよ?アリア様とディミトリアス様は優し過ぎである。
「いや!分かるでござる!クラッグ殿の言っていることは分かるでござるっ!拙者もメイドよりも執事に起こされた方がドキドキしたでござるっ!ほのかな青春でござった!」
「おぅ、コン、お前逞しい妄想力持ってんな。でも妄想と現実の区別はしような?」
「わたくしは生粋のお嬢様でございますっ!実際あったことですっ!忘れて貰っては困りますっ!」
「あぁ……そういえばそんな設定だったな…………」
「設定ではありませんっ!クラッグ様は酷いお方ですっ……!」
コンさんが貴族口調になってまでクラッグに怒っていた。
「男主人と執事の禁断の恋……身分以上の隔たりの恋…………むふふ…………」
「あのー、フィフィー様ー?帰っておいでー?」
フィフィーが遠い目をしながら何かを頭の中で思い浮かべていた。この子はこの子で問題あるなぁ…………
誰も恋だなんて話してないんだよなぁ…………
こうして話はまた脱線していくのだった…………
それもこれもクラッグのせいだ。後で叱っておかねば…………
フィフィーがいる限り……隙あらばホモらなければいけないのだ…………
私は悪くないのだ……全部フィフィーが悪いのだ…………
次話『75話 繋がる過去の事件』は3日後 5/13 21時投稿予定です。




