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73話 思わぬ場所の思わぬ時を経た再会

【イリス視点】


「……チェベーン家の都市……ですか…………?」

「はい、チェベーン家はこのファイファール家を敵視しているという話を伺ったのですが……そうなのですか?」


 ここはファイファール家の城の中である。今日はいつも調査に協力して貰っているアリア様とディミトリアス様にチェベーン家の話を聞く為にこの城を訪れていた。


「確かに……私達の仲は良くありませんね。主観的な評価になってしまうのですが……チェベーンの方々からは嫌味を感じてしまいますね、イリス姉様」


 なるほど、やはりそうですか。アドナ姉様に教えて貰った通り、この英雄都市を治めているファイファール家とこの都市の一番近くにある都市を治めるチェベーン家の仲は悪いようだ。

 私達はファイファール家やその長男だったナディス様に怨恨を持つ者を調べている最中だった。


「ところで……」

「はい?なんでしょう?」

「なんでイリス『姉様』?」

「お強い方はお姉様ですから」

「……なるほど、分かりません」


 前に酒場でナンパを撃退してからというもの、そこはかとなく尊敬の念がこもった眼差しを目の前の少女から向けられている。うーむ、やはりこの家は戦闘民族。


「竜の襲撃の前、チェベーン家の者達がナディス様を恨んでいたというのは……?」

「……申し訳ありません、その時私は6歳でしたので……よく分かりません……ディミトリアスは?」

「私も7歳だったもので…………当時の情勢はよく覚えていません…………」

「そりゃ、そうですよねー」


 バカな質問をした。ここら辺は当主のマックスウェル様やその弟のバーハルヴァント様に尋ねるしかないだろう。


「でも、確かにナディス兄様は亡くなられる前から頻繁に都市の外に出ておりました。何度もチェベーン家の都市を訪れ、会談を行ったという記録がありますよ?」

「アリア様はよくナディス様に構って貰えなくて不貞腐れていましたよね」

「…………そういう事は言わなくていいんです、ディミトリアス。後で罰です」

「これは失礼」


 おやおや?アリア様の可愛いエピソードかな?ちょっと頬が赤く染まっている。ちょっとからかいたい気持ちになってきてしまう。


「アリア様はお兄ちゃんっ子だったのですか?」

「イリス姉様まで…………いえ……お兄ちゃんっ子ではないのですが…………いえ、別に何でもないです…………」

「…………?」


 何やらアリア様がひどく言葉を濁していた。もしかして結構図星で、言い返せることが無かったとか……?これはもっとほじくり返してみちゃおうか?もうちょっとからかえば楽しい事になりそうだなぁ…………!

 その時、フィフィーがため息をつきながら私に声を掛けた


「…………イリス様、からかい気持ちは分かりますが……それは確実にクラッグさんに毒された悪影響ですので、自重なさって下さい」

「ぎゃあっ……!?」


 思わず悲鳴を上げてしまう。


「フィ……フィフィー…………!?嘘ですよねっ!?クラッグ様に毒されているって……それ嘘ですよねっ!?嫌ですっ!クラッグ様に影響を受けて変わってしまっているなんて嫌ですっ!」

「残念ながら本当です」

「ぎゃああぁぁっ!?」


 い、嫌だっ……!あの変人のクラッグに毒されているなんて嫌だっ……!私は世間の事をよく知っていて、常識のあるまともな人間になりたいのに…………クラッグに毒されているなんて、最悪じゃないかっ……!


「……おい、女狐。勝手に人の影響を受けておいて、で、そんな悲鳴を上げるとはどういう了見だよ。なんだ?やんのか?喧嘩売ってんのか?」

「やめて下さい……喋りかけないで下さい……私に影響を与えないで下さい…………」

「よし、やんだな?喧嘩売ってんだな?おめぇ?……っていうか、そんなに影響を与える程、俺とお前は親しくないじゃねえか…………って、エリー?どうした?なんでお前がそんなに苦しそうに項垂れているんだ…………?」


 クラッグの傍で(エリー)がうんうんと頭を抱えていた。どうしよう……クラッグとコンビ解消を考えた方がいいのだろうか…………スケベなとこうつったらどうしよう…………


「あー……よく分かりませんが元気出してください?イリス姉様?」

「…………ありがとうございます……アリア様…………」


 アリア様はいい子だ…………暫くクラッグと離れてこの子と一緒にいようかな……?


「話を元に戻しますと……チェベーン家の都市には我が家から使者を送っています。その者達がそろそろ帰ってくる頃だと思うので、使者から話を聞くのも良いかと思われます」

「…………使者?」

「はい。当家としても非難の声明を受けたままではいられないので、文を送る使者を送らせて頂きました。情報収集の能力も優れた人ですので、チェベーン家の都市の現状もしっかり調べて貰えていると思います」


 それは優秀な人だ。歴史ある由所正しきこの都市は多くの優秀な人材を抱えている。7年前の竜の襲撃事件で多くの人材が流出したらしいが、この都市に残った優秀な人材がこの都市を支えてきたのかもしれない。


「護衛の仕事もこなすことができ、変装も出来るし、尾行をすることも出来ます。執事の仕事だって出来るんですよ?」

「………………」


 …………と思っていたけど、なんだそりゃ?超人か何かか?王家にも欲しいんだけど、その人。


「……是非チェベーンのお話を伺いたいです。帰って来ましたら是非紹介して下さい」

「ふふ……いくらイリス姉様と言えど、引き抜かないで下さいね…………?」

「これは困りました。先手を打たれてしまいましたね」

「ふふふ…………」


 アリア様と貴族的に笑い合っていたところで、使用人が部屋の中に入って来て、アリア様に近づき耳打ちをした。


「…………なるほど、分かりました。タイミングが良かったです。イリス姉様、今丁度チェベーンに送った使者が戻って来られたようです。タイスト、この部屋に通す様にお伝えなさい」

「はっ」


 アリア様の命を受けて、タイストと呼ばれた使用人の方が下がっていった。

 暫くするとこの応接間のドアがノックされ、ファイファール家が抱える噂の超人がこの部屋を訪れた。


「お入りなさい」

「失礼いたします」


 扉が開き、その人が姿を現す。背の高い男性と私達くらいの歳の小柄な女性が部屋の中に入ってきた。

 男性の方は40代ほどで、紳士服を着て清潔感のある格好をしていた。髪はオールバックであり、顔には小じわが出来始めていて、それでいて少し温かみのある顔をしていた。


 優しそうなおじ様のような…………って、あれ……?


「…………んん?」


 そのおじ様と目が合う。そのおじ様は旧友と再会したかのような目で私の事を見てにっこりと微笑んだ。


「……どうしましたか?イリス姉様?」

「………………」


 私は小さく口を開けていたのだろう。見覚えのあるおじ様を見て、驚きの感情を零してしまっていた。…………そうだ。私はこの人に会ったことがある。具体的に言うと、7年前のブロムチャルド様で出会った人だった。


「…………アルムスさんっ!?」

「……え?お姉様……知合いですか…………?」


 目の前のおじ様は深々とお辞儀をした。


「お久しぶりでございます、イリスティナ王女殿下。現在ファイファール家に仕えさせて頂いているアルムスでございます。あの時から変わらずお元気そうで大変嬉しく思います」

「………………」


 7年前、ブロムチャルド様が私に付けた護衛の方…………

 アルムスさんと再会した。




 ブロムチャルド家に仕えていたアルムスという人物は、簡単に言うとニンジャだった。

 私がお忍びで近くの村に遊びに行く際、アルムスさんは身を隠しながら私の事を見張り、護衛をし続けていてくれた人物である。護衛が傍にいたんじゃお忍びで遊べない!という何とも子供じみた私の我が侭を聞きつつ、影に隠れて護衛をしてくれたありがたいニンジャであった。


 …………護衛中の彼の姿をきょろきょろと探してみたのだが、彼の姿を発見できたことはない。結局最後までロビンにも誰にも見つからなかった恐るべきニンジャだった。

 ニンジャヤバイ…………


「お……お久しぶりです!アルムスさん!生きていたんですね!?」

「はい、私もブロムチャルド様の城の事件から無事逃れることが出来まして…………その後このファイファール家に拾って貰えることとなりました。イリスティナ様にご挨拶したかったのですが、一護衛では王女様に面会できる筈も無く……このような形となり申し訳ありません」

「いえいえ、もう亡くなっているものだと思っていたので、こうして再会できてうれしく思います」


 7年前、紫色の怪物オブスマンに貴族の城が壊され、その時にアルムスさんは亡くなったものだと思っていた。

 いやー、驚いた。思わぬ場所で思わぬ人物と再会できた。確かにアルムスさんなら護衛から情報収集までなんでもござれだろう。だってニンジャなのだから。


「ところで…………あちらにおられる方もエリー様ですよね…………これは一体…………?」

「おっと、アルムスさん……口を閉ざして貰いましょうか?」

「…………かしこまりました」


 7年前は『ドッペルメイク』を使っていなかったですからね。イリスとエリーが同時に存在することに疑問を感じたのだろう。しかし流石はアルムスさんだ。黙れと言ったら何も言わず黙ってくれた。

 …………申し訳ないから今度何か奢ろう。(エリー)も申し訳なさそうにしている。


「…………イリスお姉様……アルムスとお知り合いだったのですか?」

「はい、私が小さい頃に護衛をして下さった方で……あの時はお世話になりました」

「いえ、こちらこそご迷惑をおかけいたしました、王女様」


 いや…………本当にお世話になりました…………


「……そちらの方は?」

「あぁ……こちらは私の部下でして…………」


 女性の方は全体的に黒い服装をしていた。フリルの付いた暗い色のダークな服を着ており、ふわふわとカールした金色の髪が黒い服に対比され映えていた。

 どことなく高貴な雰囲気を感じるな……と思っていたのだが、彼女の挨拶が全てをぶち壊した。


「拙者!コンと申すでござるっ!ニンジャ師匠の弟子でござるっ!宜しくお願いでござるっ!ニンニンっ!」

「………………」


 彼女はニンジャでよく聞くインを指で組み、足を広げて大きな声で挨拶をした。


「………………」

「………………」


 皆面を喰らった。


「……おい、なんだこいつ?」

「クラッグ、しっ!関わらない方がいいよ!」


 (エリー)がひどい事を言っていた。いや、思いは同じなんですけどね…………


「むむむっ……!ミイラ男がいますっ……!あくりょーたいさん!あくりょーたいさんっ!」

「すみませんっ!すみませんっ!私の馬鹿な部下が失礼をっ……!というより、コン、何度も言っていますが私はニンジャではありません。ただ隠密行動が得意なだけです」

「えっ!?そうなんですかっ!?」


 声を上げたのは私だ。私もずっとアルムスさんの事をニンジャだと思っていたのだが…………というより、彼がニンジャじゃなかったら一体誰がニンジャなのか…………


「嘘でござる!何度も聞いていますが、それは嘘でござるっ!ニンジャ師匠は立派なニンジャでござる!拙者のこの黒い服もニンジャリスペクトでござるですっ!」

「……その服装、ニンジャのつもりなんだ…………」


 フィフィーがぽつりと声を漏らしていた。コンさんという方にとって、黒い服は何でもニンジャの服らしい。


「こ……これでもコンは優秀な家臣なのですよ…………?し、仕事はしっかりこなすので…………」

「アリア様!酷いでござるっ!それでは拙者の人間性に問題があるようじゃないでござるかっ…………!」

「………………」


 …………アリア様の必死のフォローを本人が台無しにしていた。


「あ、あー……兎にも角にも自己紹介ですね…………初めまして、コン様。オーガス王国第四王女、イリスティナ・バウエル・ダム・オーガスと申します。以後、お見知りおきをお願いします」

「………………」


 私はスカートの裾を摘み、膝を軽く曲げるカーテシーと呼ばれる貴族のお辞儀をコン様に行った。それを見て……いや、私の言葉を聞いて、コン様は何故か数瞬だけ沈黙をした。


 そして、ふっと、嫋やかで美しい笑みを浮かべた。


「……拙者とイリスティナ様は始めましてじゃないでござるよ?」

「………………え?」


 会ったことがある……?私と、目の前のコン様が……?

 え……?あれ……?どこで……?全然思い出せない…………


 戸惑う私に対し、コン様はお辞儀をした。それはたった今私が行った貴族がよく行うカーテシーというお辞儀であった。美しくスカートその裾を摘み、ゆっくりと片膝を曲げる。

 それは洗練された優雅なお辞儀であった。一朝一夕では身に付かない、骨身にまで身に染みたような端麗な所作であった。


 先程のとぼけた人と同じ人だとは思えない。発する雰囲気すら高貴な色を纏い、所作一つでまるで別人を見ているような錯覚に落とされる。後ろで見ていた皆が息を呑む。

 コン様が喋る。それまでの軽い声色は鳴りを潜め、花の様に嫋やかな声が発せられた。


「お久しぶりでございます、イリスティナ王女殿下。わたくし、前の名前はコンツェと申します。元シャウルアルカス家のコンツェです。何卒、宜しくお願い致します」

「………………」


 ………………シャウルアルカス家の……


 …………コンツェ……


 ……


 ………………あ。


「あぁーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 私は無骨な大声を出してしまった。私の様子にコン様はにこにこと笑い、アルムスさんは困ったような顔をして、他の人たちは意味も分からずおろおろとしていた。


「コ……コンツェ様っ…………!?い、生きてらしたのですかっ…………!?」

「はい。あの日、アルムス様に命をお救い頂きまして……それ以来、アルムス様に親代わりをして貰っております。イリスティナ様もご壮健で何よりでございます」


 先程のニンジャ口調はまるで鳴りを潜め、丁寧な言葉使いが彼女の口から発せられている。そうだ、彼女はあの時の貴族の家の娘だ…………!


「あ……あの……コンもイリス姉様の知り合いだったのですか……?コンが何か失礼を致したでしょうか…………」

「いえ……そういう訳では無いのですが…………」


 彼女は7年前、ブロムチャルド様のパーティーの中で出会った貴族の娘であった。

 シャウルアルカス侯爵。それは私にとって忘れられない貴族の家であった。城の主のブロムチャルド様から紹介された法律の専門家であり、私の法律の勉強を見て下さった方だ。


「………………」


 そして……私が作り上げようとした法律を利用して…………私の…………


「イリスティナ様…………」


 きっと私は険しい顔をしていたのだろう…………コンツェ様が深く頭を下げていた…………貴族の礼ではない、謝罪のためのお辞儀であった。


「7年前の話……父がしたことを今この場で謝罪させて頂きます…………」

「………………」

「幼い貴方様の良心を利用し、たった一度のわたくしと貴方様の挨拶を利用し、貴女様の意に反する道を作り上げ、自分の利益だけを考えた父の行動を深くお詫びいたします…………」

「………………」


 そう。私は彼女の父親に利用された。私が村の皆のためを思って制定した法律を利用され、彼女の父親に都合の良いように捻じ曲げられ、そして私は村の皆に恨まれた。彼女に友達になって欲しい……その一言を利用され、私の立場を利用されたのだ。

 …………友達に死ねと言われたのだ。


 …………私はシャウルアルカス侯爵にいい印象を覚えていない。……いや、正直に言って恨んでいる。私の屈辱の象徴のような人だった。


「………………」


 でも…………

 目の前で頭を下げる少女のことは恨んでいるだろうか?彼女もまたあの日の行動がどう利用されてしまうか分かっていなかったのだろう。礼儀として友達となってくれと言い、礼儀として友達となった。それだけだった。


 それだけだったのだ。

 そうだ、たったそれだけだったのだ。


「顔を……お上げください…………」

「………………」


 声を掛けてから数秒のち、ゆっくりとコンツェ様が顔を上げた。

 シャウルアルカス家はブロムチャルド家と共に王家より廃絶の処罰を受けている。現地で第二王子アルフレード兄様が死亡されたため、王子の死亡の責任を取らされ家は取り壊しにされた。シャウルアルカス家とブロムチャルド家は謎の魔物の襲撃による被害者であり、そして既に死亡していたものの、その責任の為死後に不名誉な処罰が下された。


「あれから…………お元気でしたか…………?」

「…………はい」


 彼女は小さく呟いた。重い一言だった。

 一夜にして家族を失い、家を壊され、不意に世の中に放り出され…………辛くない筈がないだろう。


「私は……元気でした…………」

「そうですか…………」

「だって……私は…………」


 彼女はニンジャの様に指を組んだ。


「…………こっちの方が性に合っているって分かったでござる!なりたかった自分がニンジャだって分かったでござる!ニンニン!」


 そして元気な声を出した。


「だから、拙者はこれで良かったでござる……!」

「…………そうですか……それは良かった……」

「そうです……そうでござる…………だから…………だから…………」

「………………」


 彼女は泣きそうな顔で微笑んだ。


「ごめんなさい…………」

「…………はい」


 私達は笑い合った。油断をするとうっかりと涙が零れてしまいそうだったから、笑い合った。

 皆は訳が分からずぽかんとしている。だけど、私達はお互いの目を見て微笑み合う。それが許し、許し合う為の儀式だった。


 7年前の憎しみが不意に救われた。私の中で永遠にくすぶり続けていくと思った悪意は不意に溶けて消えていった。もう誰とも許し合うことの出来ないと思っていた恨みを許すことが出来た。

 私とコンツェ様は、不意に7年ぶりの仲直りをしたのだった。


 私達は笑い合った。

 そして私達は改めて友達となったのだった。


アルムスさんとコンがここで出てきたのは、別に何か伏線があったという訳では無く…………ただの気まぐれです…………


次話『74話 男主人と執事の禁断の恋』は3日後 20時投稿予定です。

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