68話 僕たちはまだ仕事をしていない……
【エリー視点】
剣戟が走る。
迫力のある緊張がこの広い稽古場の全てを包み込み、ただ2人の戦いを見学しているだけで命の危険に晒されているような緊張を強いられる。
2人の闘志が渦を巻き、体の中から溢れ出しているかのようだった。
今、S級同士の戦いが繰り広げられていた。
リックさんとルドルフさんが刃を交えている。いや……刃なんてない訓練用の武器だけれど。でも、刃よりも恐ろしい迫力が2人の間で交わされていた。
2人の剣と槍がまるで縦横無尽に飛び回るかのように入り乱れ、高速で打ち合わされていく。2人の立ち位置は一瞬で何度も何度も入れ替わり、ルドルフさんは槍の長い間合いを活かそうと、リックさんは槍の柄の長さを殺しきろうと、剣戟の途中で間合いを図りながらお互いがお互い空間を支配しようとしていた。
S級同士の戦い……それは『領域外』なんていう常識外の存在を省いたら、世界最高峰の戦いに違いなかった。表の世界で見られる最高の戦いが目の前にあった。
剣と槍の残像が幾重にも重なって発生する。2人の剣速は速過ぎた。いや、恐らく僕たち以外には残像すら見えていないだろう。武器の振りも2人の動きも全く見えず、何かが動きながら何か音だけが鳴っているような感じしか捉えられていないのではないか。
しかし、2人の戦いにも決着がつく。
リックさんはルドルフさんの槍を躱し、槍の間合いが活かせない位置……つまり相手の懐に潜り込むが、それはルドルフさんの罠だった。一歩を大きく踏み出すリックさんの動きを予知するかのようにルドルフさんは強く蹴りを放った。わざと槍を避けさせ、リックさんの動きを誘導したのだ。
咄嗟に反応し、リックさんは剣で蹴りを防ぐも、その衝撃から一歩引いて足を止めてしまった。その一瞬が命取りだった。
一歩の間合いを勝ち取ったルドルフさんは嵐の様な攻めをリックさんに浴びせ掛ける。襲い来る槍を必死に防ぐリックさんだったが、遂にリックさんの木刀が弾き落とされてしまった。
2人が動きを止める。大量の汗を掻き、荒々しく息を乱している。まさしく全力を出し尽くした2人の戦いの後が見受けられた。
勝負あり。ルドルフさんの勝利だった。
「いや……完敗です、ルドルフさん。世界は広い」
「……流石は世界に名を馳せるリックさんだ。その若さで……その強さとは恐れ入る…………」
今回の戦いは年の功の分だけルドルフさんが上回った。
2人は互いの健闘を讃え、握手をした。
全力でぶつかり合った美しい戦いの後がそこにあった。
「そう、全力でぶつかり合った……ねぇ…………」
「あーあーあー、聞こえねえ」
僕はクラッグに嫌味を言い、クラッグは耳を手で塞いでいた。このミイラ男はどこまでも適当なんだからっ!
「次は誰行く?フィフィー?同じS級だし?」
「いやいやいや!勘弁!魔術師が近接相手に一対一で勝てる訳ないでしょ!?」
フィフィーがぶんぶんと手を振りながら身を引いた。……まぁ、確かに分が悪いどころの騒ぎじゃない。
ちなみに僕はもう挑んで敗れている。僕の一番の武器であるスピードを活かして相手を翻弄しようとしたが、ルドルフさんの方が素早かった。僕は全身全霊で彼の槍を防ぎ防ぎ防ぎ、なんとかかんとか防ぎまくっていたけれど、徐々に押し込まれ、背中が壁についてしまった。
逃げ場を失い、僕は敗北した。
いや!僕、滅茶苦茶頑張った!S級相手にかなり粘った!何十と攻撃を防いだしっ!終わった後、クラッグも驚きながら褒めてくれたしっ!
負けたけど最近の僕はとても調子がいい。なんか強くなっている実感を感じる。
「はいはーい。お待たせしたのぅ、準備出来ただべ」
「ん?」
「何でしょう?」
オリンドル会長はそう言いながら部屋の奥から何人かの人を連れてきた。
「うちが誇る筋肉三銃士を連れてきただべよー」
「筋肉三銃士っ!?」
オリンドル会長が連れてきた3人はとてもとても筋肉が発達していた。
ボディビルダーの様に隆起した筋肉が彼らの体を包み込んでいる。筋肉こそが絶対のパワーだと言わんばかりのムキムキマッチョの体格の人がそこにいた。
腕や足はルドルフさんよりもずっとぶっ太く、肌は健康的な小麦色に焼けている。そして何故か上半身に何も身に着けていない。マッスルポーズを決めながらにこやかに微笑んでいる。
なんだこいつら!?なんだこいつらっ………!?
「上半身ばっか鍛えすぎて踏ん張りが効かない!タナベ!」
「最近太った」
「プロテインが好き過ぎて自然とこの体になっていた!ナナベ!」
「主食はプロテイン。おかずはココア味のプロテイン」
「全て見せ筋!マナベ!」
「筋肉は趣味」
「「「我らっ!筋肉三銃士っ!」」」
なんだこいつらっ!?
「彼らはA級並みの実力を備えているのですが、模擬戦に加えて貰ってもよろしいだべかな……?」
「………………」
嫌だっ!……って心から否定したいっ!
皆も明確な肯定の言葉は避け、彼らから目を背けた。なんとなく、この人たちがやばいっていうのは伝わってくる。ムキムキマッチョマンがにこやかに微笑みながら僕たちを凝視してくる…………
っていうか見せ筋の人、戦えんの?なんで見せ筋なのにA級相当の実力持ってんの?最近感覚がマヒしつつあるが、A級だってかなりの実力者なのだ。
そんな時、フィフィーが周りに聞こえるような大きな声を出した。
「わ、わたしは!魔術師だから模擬戦出来ないけど……!でも、A級って言ったらエリーが丁度いいんじゃないかなっ……!?」
「……ッ!?」
……こいつ僕を売りやがったっ!
「あー……!確かにー……!A級相手には実力が近い者同士がいいかもなぁっ……!俺はぁ!D級だしっ!全身火傷の傷がまだ癒えていないしっ……!」
「お前もかっ!クラッグゥッ……!っていうか、僕もD級なんだけどっ……!?」
「はいはい!じゃあ決定!エリー、筋肉三銃士と模擬戦ね!」
「やめろおぉっ……!背中を押すなぁっ……!というか!フィフィー!フィフィーなら魔術師でもA級ぐらいなら対等に戦えるんじゃないの!?槍を避けながら魔術構築出来るんじゃないのっ!?」
「あーあー、聞こえない聞こえない」
フィフィーとクラッグが背中を押してくる。
ちょっ……!やめっ……!ほらっ!見てる!筋肉三銃士が僕の事を見てるっ!やめろぉっ……!筋肉三銃士がマッスルポーズをしながらにっこりとこっちを見てるっ!
ていうか、なんなのっ!?そもそも筋肉三銃士ってなんなのっ!?
「さぁっ!」
「いざ尋常にっ!」
「マッスルッ!」
「「「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」」」
「ギャーーーーーーーーーーーーッ!」
筋肉三銃士が襲い掛かってきたっ…………!
『ドッペルメイク』という神器は人をコピーし、ほぼ同じ人間を作り出すことの出来るものである。容姿、性格、記憶、反応を完全にコピーすることができ、術を解けばそのコピーが経験したことがオリジナルに還元される。それはもうほぼ本人だと言っても差し支えの無いものだった。
だが『ドッペルメイク』には唯一の弱点がある。それは戦闘能力が完全にコピーしきれないところだ。戦闘能力だけは変化前の元の人の実力に依存してしまう。
簡単に言うと、S級のコピーを作ってもそのコピーはS級の実力を持たないのである。
つまり、何がいいたのかと言うと…………
「疲れた…………」
僕はドッペルメイクの私を身代わりにすることは出来ず、僕は筋肉三銃士との戦いを繰り広げた。
「……お疲れ様です」
「あ、ありがとうございます…………」
壁にもたれてゼーゼー言っているところで、ルドルフさんが冷たい飲み物を持ってきてくれた。
「なんだか……申し訳ない……うちの部会の者達が迷惑ばっかかけているようで…………」
「………………ハハハ」
乾いた笑いを発するしかなかった。否定なんて……出来なかった…………
「いやー!お疲れー!エリー!」
「お前は許さん、フィフィー」
「ま、待って、待ってって」
手を振りながらフィフィーが近寄ってくる。僕はフィフィーを睨みつける。
おぉ、友よ。お前はいつか僕と同じ目にあわせてヤロウ。
「…………意外と見せ筋さんが強かったよ」
「いい動きしてたよね、あの人」
見せ筋じゃなかったのか。
「勘違いし易いけど、見せ筋って言っても歴とした筋肉には違いないからね」
「…………筋肉はパワーだったよ」
「災難だったね」
半分はおめーのせいだ、フィフィー。
「でもあの3人に3連勝とは……不遜ですが、私とも長く打ち合えていたし……エリーさんもかなりの実力者なんですね」
「ははは、最近はなんだか調子が良くて……普段はここまで上手くいかないんですけどね」
「この子、まだD級で燻ぶってるんですよ?ルドルフさん?信じられます?」
「それは……詐欺ですね…………」
フィフィーの密告を聞いて、ルドルフさんは僕に呆れた顔を向けた。あれ?強くなって僕、非難されている?
「さ……詐欺は言い過ぎじゃ…………」
「いえ……実力を隠す者は質が悪いですから…………そういう者と共に仕事する者は生死の問題に直結します…………」
「…………もしかして僕、あの胡散臭くて意味不明のクラッグを非難できない立場にいる?」
「正直エリーは同罪だよ?」
「やめてっ!?」
クラッグと同罪とか嫌過ぎるっ!あいつ不気味なほどに実力を偽っているのにっ!
「そのクラッグさんですが………」
「はい……?」
「彼は一体何者ですか…………?」
ルドルフさんは口を曲げながら不満そうな声を出した。彼は先程クラッグを指名し、そして戦っている。やはり彼はクラッグが手を抜いていたことを見抜いているのだろう。
「それは…………」
「何者なの?エリー?」
「いや……変だけど、普通の冒険者としか…………」
「いやいや、絶対普通じゃないでしょ、あの人」
「うぐぐぐぐ…………」
これでは自分のパートナーの事を何も知らないと言っているも同じだ。確かにあいつ、『領域外』並みの実力を持ちながら今D級に身を落ち着けているという時点でもう既におかしいからなぁ…………
別に悪い奴じゃないし、問題なんてないから僕としては別にいいんだけど…………あいつって、一体何なんだろう?
「……手を抜かれたことが不満ですか?」
「…………確かに不満ではあるけれど、まぁいいです。いずれ全力で戦える日を楽しみにするだけです」
ルドルフさんは来るかどうか分からないその日を見つめニヤリと口元を歪めた。戦闘好き特有の、楽しそうで少し怖い笑みであった。
「でもその為にはあのヤローを更生させて、真っ当にしてから試合を組まないといけませんね…………うわっ!遠い道のりだっ……!」
「…………あなたとクラッグさんはパートナーなんですよね?」
パートナーだからこそです。あいつにからかわれ続けてきた恨みっ……!屈辱っ……!いつか絶対に晴らすっ…………!
「さて、じゃあそろそろこの道場ともお暇しようかね?もう十分模擬戦したよね?」
「そうだね、他の人に比べたら模擬戦少なかったけど、わたしも疲れたよ…………」
「え……?いや…………?」
「ん?」
ルドルフさんはまごまごしながら口を開いた。
「……槍の男の調査をするんじゃないのですか…………?」
「「あ…………」」
…………忘れかけていた。脳筋たちに毒され当初の目的を忘れかけていた。
まだ僕たちは仕事を一切していなかった…………
* * * * *
「疲れた…………」
「模擬戦はマジで要らなかったな」
調査を終え、武闘部会から出て僕たちは脱力しながら帰途に着いた。本当に余計な体力を消費した。あの後に調査の聞き込みをして、会長に毒された脳筋さん達の話を聞いて、上手く話が進まなくて本当に疲れた。
クラッグだけは飄々と模擬戦を躱し続けていたみたいで、この中ではかなり元気な方だ。一番疲れているのはリックさんだ。S級だったこともあって、何度も乱取り稽古を挑まれていた。軽い足取りで歩くクラッグに恨みがこもった視線を投げつけていた。
アリア様だって何度も模擬戦をさせられていた。武芸の家の出だけあって、武術の習得は必須だったのだろう。
道場を出た頃には日が暮れていた。
「なぁ、まさかと思うけどさ」
「ん?」
「これから他の所に話を聞きに行くたびに、襲われたりしないよな…………」
「…………」
それはほんとに嫌なんだけど…………
全く予想外の方向からこの調査の困難が襲い掛かってきていた…………
筋肉三銃士って、なんぞ?
次話『69話 姫様、酒場を訪れる』は3日後 4/26 19時に投稿予定です。




