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67話 S級vsクラッグ

【エリー視点】


 今日はアリア様の案内の元、僕たちは武闘部会という場所に来ていた。

 そこは英雄都市の中央に建てられたこの都市一番大きな道場であり、重々しい石造りで出来た装飾の少ない無骨な建物であった。

 この建物の周囲には武器を携えた武人が多く闊歩している。まるで武の極致に吸い込まれていくように、血気盛んな実力者たちがこの都市一番の道場へと足を運んでいた。


 イリスとしての面会の要望の元、アリア様の案内により僕たちはこの道場で一番広い場所に通された。僕たちは槍の男セレドニの調査の為、この都市の実力者たちに話を聞き始めていた。


「ようこそおいで下さいましたべっ!イリスティナ様っ!儂は武闘部会の会長、オリンドルと申しますべっ!お会い出来て光栄でございますべっ!」

「こちらこそお会い出来て大変喜ばしく思っております、オリンドル様。オーガス王家第四王女イリスティナ・バウエル・ダム・オーガスと申します。以後、お見知りおきをお願いします」


 (イリス)はドレスの端を摘み、裾を広げながら片膝を軽く曲げる。貴族としてのお辞儀をしていた。

 今日は(エリー)の方がオリジナルだ。ドッペルメイクはイリスが付けている。いや、この神器はコピーもほぼオリジナルと同様の行動をするし、経験もオリジナルに還元されるから、どっちがオリジナルとかほとんど関係ないのだが。


「この度は調査にご協力いただき感謝しております。謝礼の方は後ほど用意させていただきます」

「いえいえ恐縮でございますべ、イリスティナ様。バーハルヴァント様から話は伺っておりますべ。我々に答えられることがあればなんだって答えさせて頂きますだべ」

「感謝いたします。では、早速会談の席に案内していただけますか?」


 今、僕たちはこの道場の稽古場にいる。広い空間が保たれており壁にはたくさんの武器が立て掛けられている。普段ここで試合や稽古をするのだろう。

 流石にこんな場所でこの国の王女と会談する訳はないだろう。別室にお茶が用意しているはずだ。


「何をおっしゃいますか。語り合うならば、ここが最適の場所だべだべ」

「へ……?」


 ぽかんとした声を漏らす(イリス)を前にして、会長のオリンドルさんが上着を脱ぎ身軽な格好になる。そして近くにあった武器を手に取った。


「……では戦いましょうかべっ!」

「なんでっ!?」


 あっちは武器を構え戦う気満々の様だった。なにっ!?どういうことっ!?


「我々の事を知りたいと仰っただべ!ならば戦わなければ分かるまいべっ!」

「なにっ!?もしかして脳筋ですかっ!?」


 拳と拳で語り合うってやつか!?いや、知らんけど!?


「お覚悟ーーーっ!」

「ギャーーーーッ!」


 オリンドルさんが襲い掛かってきた!王女に武器向けるとか、死刑案件じゃないかなっ!?

 こうして武闘部会と僕たちの戦いが幕を開けた。


 ――『武闘部会』というのはこの都市に存在する数々の流派のまとめ役である。

 この英雄都市は武で名を馳せた英雄の伝説があるため、多くの武人が集まり腕を磨いている。それにより様々な武芸の流派が開かれており、(しのぎ)を削っていた。しかし、多くの道場が乱雑に開かれ、それぞれが好き勝手やってしまっては混乱が生じる。

 その為、この都市を治めるファイファール家が道場のまとめ役を作り、数々のルールを作り上げた。それが『武闘部会』である。


 交流試合での手続き、ルールの制定、武術大会の開設、援助金の申請受付先、仕事の斡旋などなど、この都市の武人が思う様に腕を磨くためのサポートをするのが武闘部会の仕事である。

 ただ、あらゆる道場の大元とだけあって、管理的な仕事だけでなく部会内での武術の発達にも強く力を入れている。この都市で最も力を持つ道場、それが武闘部会である。

 ちなみに、この部会に対する貴族としての責任役は領主の弟バーハルヴァント様が担っている。


「エクセブ・フレアッ!」

「ぐわああああぁぁぁぁぁぁぁっ…………!べっ…………!」


 リックさんの後ろでフィフィーが魔術を発し、大きな悲鳴を上げながら武闘部会の会長であるオリンドルさんが吹き飛んだ。壁にぶつかり、力なくずるずると倒れていった。

 勝負あり。オリンドルさんが率いていた数人の部下も全て撃破し、僕たちは唐突の戦いに勝利した。


「いやぁっ!流石はイリスティナ様が雇われている方々だべっ!腕前も並々ならぬものがありますなっ!」

「………………」


 会長はよろめきながらも立ち上がり、にこやかに僕たちに近づいてくる。満足した。やりきったという感情が顔から零れ出ている。

 逆に僕たち一行は呆れ果てたような、少しイラっとした様な顔をしている。眉が顰められる。口が曲がる。(イリス)は王女としてなるべく平静を保っているが、僕の方は遠慮なく顔を歪めていた。


「これで……我々の事が分かっていただけましただべか?」

「「「分かるかっ!」」」


 怒りの叫び声が揃った。分かったのは、この会長が馬鹿だという事だけだった。


「すみません!すみません!イリスティナ様!私達の管理が甘いばっかりにとんだご無礼をっ…………!」

「いえ……アリア様は何も悪くないのですが…………」


 私は頬を掻く。でも確かにこの都市の案内役はアリア様が担っている。王女に各施設を紹介したのならその責任はアリア様にも飛んで来るだろう。アリア様は可哀想な程私に何度も何度も頭を下げ続けている。涙目になるのは必死だった。


「我々の事がよく分からなかったと?ならばもう一戦いきますかべっ!?」

「…………あまり調子に乗るなよ?ジジイ?」

「王女様が恐いっ!」


 瞬間的に私が僕の口調になっていた。


「オリンドル様っ!私の顔に泥を塗らないで下さい!」

「いや……儂はこの部会を一番分かり易く王女様にお伝えしようと…………」

「……罷免しますよ?」

「ひぃっ!?」


 当たり前の流れである。むしろ私が担当していなかったらマジで死刑もあり得た。


「なっ……!?何をしているんですっ…………!?」


 王女襲撃騒動が一区切りつき、皆がはぁ、と深いため息をついていた頃、稽古場の奥の部屋から1人の青年が姿を現した。


「おぉっ!ルドルフ!ルドルフじゃないだべか!お前がいれば100人力じゃべっ!」

「お、お待ちくださいっ!オリンドル会長!王女様達がお見えになると伺っていたのですが……これは一体どういう状況ですっ……!?まさかいつものように戦いを挑んだわけじゃありませんな!?」

「え……?やっぱダメじゃったべ……?」

「会長ぉっ…………!?」


 ルドルフと呼ばれた青年は悲痛な叫び声を発した。これだけで彼が苦労人の位置にいるという事が分かる。


「王女様、ご紹介いたしますべ。この男は我が道場全体の一番の有望株、ルドルフにございますだべ」

「………………」

「まだ23歳と若手にも関わらず、実力はこの道場内で……いや、この都市全体で1,2を競う程の使い手でございますだべ」


 短い緑色の髪をしており、がたいの良い体つきをしている青年であった。背も高く、精悍な顔つきをしており、まさしく武人という雰囲気を漂わせている人であった。腕も足も筋肉で太くなっており、それでいて無駄のない体つきをしている。声色は低い。

 先程は苦労人の様な声を発していたが、面と向き合っただけでその強さがひしひしと伝わってくる。


「………………」


 確実にS級の域に達している武人であった。


「…………ご紹介に預かりました、武闘部会所属のルドルフと申します。我が部会が大変ご迷惑をお掛けしたようで……心よりお詫び申し上げます…………」

「いえ、迷惑だなんて…………あー……いや……確かに、結構迷惑でしたけど…………」

「………………」

「(否定しきれてない…………)」

「(否定しきれてねぇ…………)」

「(否定しきれていません…………)」


 (イリス)はルドルフさんの言葉を否定しきれず、ルドルフさんはとても申し訳なさそうな顔をしていた。誤魔化す様に私が自己紹介をし始め、空気を取り繕った。


「この都市で1,2を争う実力者だと言っていましたが、ルドルフさんはS級の実力者なのですか?」

「え……?あ、はい。そうですが…………」

「23歳でS級というと随分若いですね。『領域外』に至れる可能性を持たれていると思うのですが…………」

「はは、イリスティナ様。『領域外』というのはおとぎ話の一種のようなものです。それに今、目の前には俺よりも若く著名なリックさんやフィフィーさんがいる。それに過去、ナディス様は12歳でS級になられました。……今この場では、とても自分が若手であると名乗れませんよ」


 普通、S級というのは生涯を武に尽くし、強さの極致に至った者が名乗れる称号だ。23歳でS級に至ったルドルフさんも大したものだが、確かにルドルフさんの言う通り、すぐ後ろには18歳のリックさんと17歳のフィフィーがいる。この2人がおかしいのだ。あと、神殿騎士のクリストフさんも20代後半であり、あの人もとても早くS級並みの強さに至っていることになる。

 …………あれ?僕の周り、例外だらけ……?ボーボスさんが一般的な例なんだけどなぁ…………ちなみに目の前のオリンドル会長もS級並みだった。リックさんとフィフィーに吹っ飛ばされていたけど。


「………………」


 槍の男セレドニはS級以上の『領域外』であった。少し調査の本質とは離れてしまうかもしれないが、『領域外』に至れる可能性を持つ人は注意して調べておきたい。この調査だけでなく、今後の国全体の利害に関わってくるかもしれない人材だからだ。


「………………」

「あの、注意深く観察されると……少々困惑します」

「あ……これは失礼いたしました」


 僕と(イリス)がじっとルドルフさんを見つめていた事に居心地の悪さを覚えてしまったのだろう。ルドルフさんにそう指摘され、僕たちは視線を逸らした。


「どうやら姫様方はルドルフの強さに興味があるようだべな。どなたかと模擬戦でもしなさいべ、ルドルフ」

「オリンドル会長……さっきそれで王女様達を困らせたばかりでしょう……?少しは自重ください」

「うーむ……いい案じゃと思ったのだべどなぁ…………」


 ルドルフさんの強さが見れる?『領域外』に至れる可能性があるかもしれないルドルフさんの?…………さっきは突然襲い掛かられて酷くイラっとしたけど、今回の提案は渡りに船かもしれない。


「イリス様」

「えぇ、エリー様。分かっています。その提案、お受けしたいと思います。ルドルフ様、どなたかと模擬戦をおこなって貰ってもよろしいでしょうか?」

「…………本当ですか?」


 困ったように頬を掻くルドルフさん。急で申し訳ないけど、ルドルフさんの戦いをこの目で見てみたい。あまり鍛えていない普通のお姫様ならともかく、僕だってそこそこの実力はある。戦いを見るだけでその人がどのくらいの立ち位置にいるか分かる筈だ。


「では……そこの包帯を巻いた方……手合わせお願い出来るか?」

「ん?」

「え?」

「……俺?」


 皆から疑問の声が漏れる。ルドルフさんに指名された当の本人クラッグなんて、自分を指さしながらポカンとしている。


「…………あのな、ルドルフ。こういう時は一番強い人を指名するものじゃべ。ほれ、世界的に有名なリック殿が目の前におるぞ?手合わせして貰ったらどうじゃべ?」

「オリンドル会長、俺は楽をしようなんて気、一切ありませんよ」


 そう言いながらルドルフさんは闘志のこもった力強い目をクラッグに向けている。

 …………この人は見ただけで見抜いたのだ。この場にいる一番強い者がクラッグであるという事に。明らかにおかしな格好をしている包帯に身を包んだミイラ男がこの場で一番の強者であることに。

 その事に気付いた者は息を呑み、それを知らないアリア様、オリンドル会長、私の護衛である王国兵士達は訳が分からず不思議そうな顔をしていた。


「……指名があったとなれば、やるけどよ」


 壁にもたれ掛かっていたクラッグは気怠そうに動き、近くにあった木刀を手に取りルドルフさんに向かってゆっくりと歩いた。ルドルフさんは緊張を高め、訓練用の槍を構えた。


「合図は要らねえよな?」

「………………」


 クラッグは足を止めず、ゆっくりとゆっくりとルドルフさんに近づいていく。木刀をだらりと垂らし、構えもせず、まるで気軽に散歩するかのようにルドルフさんへと歩み寄っていく。

 端から見ればそれはただの馬鹿のやる事であったけれど、僕には……そして多分ルドルフさんにも……クラッグの姿は不気味に映えた。


 クラッグの体がルドルフさんの間合いに入った。

 その瞬間に戦いは起こり、そして一瞬で終わった。


 間合いに入った瞬間、クラッグとルドルフさんの武器が10も20も交錯する。木材と木材が打ち合われる音が何重にも重なって聞こえてくる。スピードに自信のある僕の目ですら辛うじてでしか剣と槍を捉え切れない。

 訓練用の武器を使っているにも関わらず、2人の間の空間には死の世界が広がっていた。その2人が放つ剣のスピード、槍の威力を持ってすれば、人を殺しきるなんて造作もないだろう。


 時間を圧縮したかのような剣戟が2人の間で行われ、それ故か、結局のところ勝負は一瞬で付いた。

 クラッグが上段に大きく剣を振りかぶる。その隙を突いてルドルフさんが槍をクラッグの左胸に向けて突き、寸前で寸止めした。


 そこで2人の動きはピタッと止まった。勝負あり。

 勝者はルドルフさんだった。


「いや、流石S級。俺じゃ敵わなかったな」

「………………」


 クラッグはそう言ってへらっと笑い、ルドルフさんは勝者にも関わらず唖然とした、納得がいかないというような顔をしていた。

 そしてクラッグは小さくお辞儀をして、何事も無かったかのように振り返りすたすたと戻っていった。その場には納得が出来ず言葉を失ったルドルフさんだけが残された。


 クラッグは首を回しながら僕の所に戻って来て、ぼそっと呟いた。


「はぁ、疲れたぜぇ」

「………………」


 …………こいつ!手を抜きやがった!


「痛い!痛い!エリー!蹴るな!ローキックで俺を何度も蹴るな!」

「うるさいっ!このろくでなしっ!ぐーたらっ!ものぐさっ!給料分ぐらい仕事しやがれっ!」

「痛い!痛い!仕方ねえだろ!俺がS級に勝ったらおかしいだろっ!?」


 だからなんで実力を隠すんだよ!隠す意味ないだろっ!お前っ!


 …………こうして常識を超えた実力者同士の戦いは呆気ない幕切れを引いた。


次話は3日後 4/23 19時に投稿予定です。

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