66話 死者を巡る調査
【イリス視点】
「お久しぶりでございます、イリスティナ様。ファイファール家次女アリアでございます。お会いでき光栄に思います」
「お久しぶりです、アリア様。お元気そうで何よりでございます」
ファイファール家の城の中で件のアリア様に会う。
アリア様は弟リチャードの婚約者であり、平たく言えば借金の形に王家に売り飛ばされる可哀想な人だ。同情を悟られない様に彼女と握手を交わした。
今回の槍の男セレドニ捜索の件において、アリア様とディミトリアス様に協力を頂くこととなった。ディミトリアス様はファイファール家当主マックスウェル様の弟であるバーハルヴァント様のご子息である。簡単に言ってしまえば、アリア様とディミトリアス様は従兄弟の関係だ。
「ふぁ……ふぁああああぁぁぁぁぁぁ…………」
フィフィーは息が漏れるような変な声を出していた。
「お……お人形さんみたいだぁ…………」
フィフィーはアリア様を見て感嘆の声を発していた。
アリア様は輝く海のような美しい青色の髪を長く伸ばしており、それを後ろで編み込ませている。目はぱちりと大きく、愛らしい目鼻立ちをしていた。綺麗というよりかは可愛らしいお顔だろう。小柄で清楚なドレスを身に纏っており、年は13歳。胸は……年の割には意外と大きい…………って、私は何を見ているんだ。
「…………フィフィー様、聞こえております」
「お、おっと!失礼しました!イリス様!……とっとっと、アリア様!」
視線がアリア様の胸にいったことを誤魔化す様に、私はフィフィーを窘めた。フィフィーはぱっと口に手を当てて、アリア様に謝った。
「いえ、お褒め頂きありがとうございます、Sランク冒険者のフィフィー様。お会い出来て光栄に思います。貴女様のご活躍は常々伺っております」
「ど……どうもありがとうございます、アリア様。英雄都市の領主の家の方にそう言って貰えるとは、こちらも恐縮でございます」
最初は動揺していたけど、フィフィーも持ち直し丁寧な挨拶をアリア様に返した。流石はS級冒険者。公式の場によく慣れている。フィフィーは前に出て、アリア様に握手を返した。
…………同じS級のリックさんも貴族とのやり取りには慣れているだろうし……下賤な輩はクラッグだけか…………欠伸すんな、そこ。
「ディミトリアス様もお久しぶりでございます。おいくつになられましたか?」
「14でございます、イリスティナ様。イリスティナ様も大変にお美しくなられたようで」
「ふふ、お褒めの言葉、感謝致します」
ディミトリアス様は父であるバーハルヴァント様と同じ薄い青色の短い髪をしている。アリア様が濃い青色の髪で、ディミトリアス様は薄い青色の髪だ。バーハルヴァント様とよく似ており鋭い目をしているが、これは生まれつきらしく本人は少し困っているようだ。声色は落ち着いており優しい色を帯びている。
「そして……これが……この人が噂のミイラ男…………」
「お父様の言っていた通り……ミイラって実在したのですね…………」
「あぁ?じろじろ見て、やんのか?こら?」
アリア様達はミイラ男に反応した。
「わっ!喋りました!生きてるっ!」
「おうおう、貴族様よぉ?人を何だと思っているんだぁ?死んでるわけねぇだろうがぁ?」
「わっ!?動いた!?」
「よし、喧嘩売ってるんだな?俺に喧嘩売ってるんだな?貴族様?」
クラッグがずんずんと前に歩き、アリア様達に近づいていく。包帯ぐるぐる巻きの男メンチを切りながらが近づいて来て、アリア様達はガタガタと震える。
クラッグは人気者だった。
「おい、やめろ、バカ」
「ぐはっ!?」
クラッグの傍にいた僕がクラッグの首を痛烈に手刀で打ち、クラッグを悶絶させた。ナイス、僕。
「り……理不尽な暴力反対…………」
「理不尽でも何でもないし」
「……あいつら貴族が俺を変な目で見てきたんだし」
「おめーを訝しい目で見るなって方が無理だって」
包帯ぐるぐる巻きの男がいたら誰だってぎょっとする。そんな奴が近づいてきたら誰だって怯える。クラッグをここに連れてきている私にも非はあるけど、不審者は確実にクラッグの方だった。とにかく、13歳の子供たちを脅すんじゃねーって話ですよ。
「とりあえず、大人しくしててよ?クラッグ?」
「えー」
僕が焦げ茶を窘めていた。結論、いたいけな少年少女を威嚇したミイラ男の方が悪い。
「さて、では早速お話を伺わせていただきましょうか」
「あ、あの……いいのでしょうか?あの方は?」
「た……倒れたままなのですが……?」
「いいのです、あれは」
ミイラですし、多少荒く扱っても大丈夫です。ミイラなんだからどうせ復活するし。
「では早速話を伺いたいのですが……」
「あ、このまま進行するのですね……は、はい……お父様から話は伺っております…………この都市の実力者を紹介して回れば宜しいのですね?」
「はい、それで大変ありがたいのですが…………その前に1つ、アリア様とディミトリス様自身に伺いたいことがあるのですが」
「はい?」
「……なんでしょう?」
彼女たちが良く知る人物で、『領域外』の強さまで至る可能性のあった人物だ。
「貴方達のお兄様であるナディス様の話を伺いたいのですが」
「………………」
「………………」
調査1人目、この都市で最も才能に溢れていたと言われている武人ナディスの調査が始まった。
* * * * *
ファイファール家長男ナディス。
この都市の領主マックスウェル様の息子であり、この家の長男であった。彼の兄妹はアリア様だけであり、マックスウェル様の子供の中では唯一の男子であり、当然この家の跡取りとなる筈であった。
正直、男子を1人しか生んでいないことはこの家の悪手だったろう。従兄弟のディミトリアス様がマックスウェル様の養子に入るかもしれない、という話もありナディス様の穴を埋めようとしているようだが、どっちにしろこの家にとって痛烈な痛手である。
アリア様から話を伺うと、ナディス様は確かにとんでもない程の才能を持っていたのだという。この都市の著名な武人をばったばったと薙ぎ倒していき、年を追うごとにその被害者は増えて.いった。修行の為山にこもり魔熊を倒してくる、と言って出掛けて行って、ワイバーンを狩って帰ってきたという事があるらしい。当時10歳だったという。
ナディス様と戦うためにこの都市を訪れた者も多く、ナディス様は若いながらもこの都市の顔のような存在であったらしい。大体は返り討ちにあったという。
この都市には様々な流派が存在するが、その流派の技を戦い、見ては次々と盗んでいって、戦えば戦う程隙の無い武人へと育っていったのだという。
たった12歳でS級の強さに至ったという。様々な流派のまとめ役である武闘部会という機関が正式にS級の称号をナディス様に与えている。冒険者ギルド、王国軍なども彼にS級の称号を与えている。
ナディス様は冒険者としても有能で、要請を請われあらゆる強大な魔物を撃破していったのだという。あらゆるダンジョンを踏破していったのだという。
「そ……そうなんですか…………」
「じ、自分で言っていて信じて貰えるかどうか分からなくなってきますけど…………」
アリア様の話を聞いて、私達は口元がひくついた。
「ち……ちなみにフィフィー様がS級に至ったのはいくつの時ですか…………?」
「…………15歳です」
「おぅ…………」
若く、とんでもなく才能に溢れ、いずれは世界一の魔術師になるだろうと言われているフィフィーよりも早く、そのナディス様はS級に至ったのだという。これはとんでもないことであった。
「ナディス様は冒険者ギルドの中でも最年少S級到達記録を保有していますね」
「そうなんですか?リック様?」
「彼は副業みたいに……あくまで修行の為に冒険者ギルドを利用していたみたいのなので、あまり話は聞かないかもしれませんが…………ボクも冒険者ギルドに登録した時にはもう既にナディス様は亡くなっていたようで、あまり詳しい事は知りません。伝説のような存在ですね。ぱっと現れてぱっと消えてしまった存在……みたいなところですかね?」
「なるほど」
確かに、ナディス様は15歳で亡くなっているのだから、そもそも活動期間自体が少ないのか。
「あと……兄様のエピソードとなると…………あぁ、よくこの英雄都市を作り上げた大英雄ナディオン様の生まれ変わりだって言われていますね。祝い子の生まれ変わりだって言われていますよ?」
「なるほど……神話の蛇ナーガを打ち滅ぼしたという英雄の生まれ変わり…………」
大英雄ナディオンは神槍『トラム』を用い、十身一命の蛇ナーガを打ち滅ぼして、この英雄都市を築き上げたと言われている。
確かにそこまでの強さがあったのなら、ナディス様は大英雄の生まれ変わりだと持て囃されても仕方ないと…………
………………
…………ん?
ちょっと待って?
「今……なんて言いました……?」
「…………え?大英雄ナディオン様の生まれ変わりで……」
「………………」
「『祝い子』の生まれ変わり……ですか…………?」
その言葉を改めて聞いて私は少し頭の中がぼんやりとした。振り返り仲間の方を見る。皆『祝い子』の単語に反応し、顔を顰め、少しの動揺を示していた。
「あ……あの……『祝い子』がどうかしましたか…………?」
「………………」
『祝い子』、それは私達にとって聞き覚えのある言葉だった。
発言者はメルセデスだ。メルセデスが魔力枯渇状態によって意識を失う際、その直前に発した言葉、それが『祝い子』だった。
『祝い子』を探せ。メルセデスはそう言った。『叡智』の力を消し、『幽炎』を殺せる者、それが『祝い子』だと言って彼女は眠りについた。
「………………」
その単語が今この場で出てくる?どういうこと?後ろの皆も困惑している。その様子にアリア様達も困惑していた。
アリア様に聞いてみる。
「…………メルセデスという名前に心当たりは?」
「え…………?いえ……存じませんが…………ディミトリアスは?」
「いえ、アリア様。私も心当たりがありません」
「………………」
…………違うみたいだ。
「……すみませんが、『祝い子』というのが私達には分かりません。説明を貰っても宜しいですか?出来るだけ詳しく」
「は、はい……失礼いたしました、イリスティナ様…………と言っても大した話ではありませんよ?」
アリア様は説明し始めた。
「『祝い子』というのは大英雄ナディオン様の別称……あるいは称号と言うべきでしょうか……神からの祝福を受けた者、という意味合いでナディオン様を敬う際に使われる言葉で、この都市で使われている言葉……なのですか?ディミトリアス?」
「はい、アリア様。別の都市などでは『祝い子』という呼び方は伝わっていないようです。ただ単に槍の大英雄ナディオン、とだけ」
「そうなのですか、これは失礼いたしました。とにかく『祝い子』とはこの都市での大英雄ナディオン様の別名です。後は……この都市のお祭りの締めくくりに演者が武芸の踊りを披露するのですが、その演者を『祝い子』と呼びますね。大英雄ナディオン様にあやかっているだけですが」
「………………」
……さて、これはどういう事だろうか?
メルセデスは『叡智』を滅ぼすために『祝い子』を探せと言った。そして、この英雄都市では大英雄ナディオンが『祝い子』と呼ばれている。さらに、その大英雄が扱っていた神器『トラム』が『アルバトロスの盗賊団』の人間であるセレドニという男に使われていた。
……この都市の領主の息子ナディスは『祝い子』の生まれ変わりと言われている…………いや、これは市民のただの噂に過ぎないけれど。
「……『祝い子』とはただの称号で、特別な力を持った特殊な存在……という訳では無いと?」
「はい。ただの大英雄の別称だと思っていたのですが…………違うのですか?」
それはこっちが聞きたい。
どういうこと?メルセデスは『祝い子』を探せと言っていたけど、まさか大昔の大英雄を連れて来いっていう訳じゃないのだし…………
「……どう思いますか?皆さん?」
後ろを振り返り、仲間に意見を求める。
「……分からないことだらけですが…………気になるのはやっぱり『祝い子』の生まれ変わりと噂されていたナディス様ですかね?」
フィフィーが意見を発した。
「もし、メルセデスの言っていた『祝い子』というのがナディス様の事だとしたら危ういですね。ナディス様はもう亡くなっているのですから」
「………………」
メルセデスが言うには『祝い子』は『叡智』の力に対抗できる、という。しかしその『祝い子』であるかもしれないナディス様はもう既に亡くなっている。
…………あるいは。
「あるいは……もしナディス様が生きてたとして……その人が槍の男セレドニであった場合、『祝い子』という何かが敵になっている可能性もあるね」
エリーがそう意見を出した。当然だけど、エリーが考えていることは私も考えていた。そうなると『叡智』を消し去るための力が敵側の『アルバトロスの盗賊団』の手に…………
…………あれ?『アルバトロスの盗賊団』と『叡智』の関係性ってなんだっけ……?いや、待て待て。確かメルセデスが言っていたな。『アルバトロスの盗賊団』は『叡智』の力から生まれたって。『叡智』はあらゆる災いを生み出す根源の魔法だと言っていた。
「あの…………」
「……ん?」
「王女様方は……兄様が生きていると思っているのですか…………?」
アリア様はおずおずと上目遣いで私達を見ていた。
「分からねえ」
それに対し、クラッグが返答をした。
「だが可能性は十分あると思う。『領域外』に至れるような奴らなんて、みんな殺しても死なねえようなアホばっかりだ」
「確かに……兄様はとてもタフな方でしたけど……でも……黒く焼け焦げていたんですよ…………?」
「焼け焦げてもそういう奴らは死なねえもんなの。頭を潰しても安心するなっていうのが、『領域外』って奴らだ」
「うわ……クラッグが言うと説得力あるなぁ…………」
今まさにミイラ男だしね。
その言葉にアリア様がくすっと笑った。自分の兄が未だ生きているなんて信じられないけど、でもそういう夢を見てもいいのかな……というような、少し悲しみを含んだ笑みだった。
「分かりました。どのような結果になろうとも、私アリアは貴方がたの調査を全力で応援します。徹底した調査をお願い致します」
「貴族の頼みなんか聞きたくねえが……まぁ、これも仕事だ。任せとけ」
クラッグの余りに無礼な態度でも、アリア様はくすっと笑い、
「では宜しくお願いしますね?ミイラ様?」
「…………いや……その呼び方はどうかと思うけどなぁ…………?」
困ったように頭を掻く羽目になったのはクラッグの方だった。
「あ、でも……そうでした……『祝い子』について、兄様が一言いっていました」
「ん…………?」
「私が兄様に『兄様って本当に祝い子の生まれ変わりなんですか?』って聞きましたら『そんなのはただ僕に武術の才能があるだけで、生まれ変わりとかは全く関係ないよ』って。ただの街の噂話程度のものだよ、って言っていました」
「………………」
まぁ……確かに言われてしまえばそれが正論だろう。よく『○○の生まれ変わり!』とか言うけど、それってただその分野の能力が秀でているだけだったりする。言っている本人も本気でそうは思っておらず、ただ『凄い人だ!』という意味合いでしか言っていないのだ。
……それもそうだ。なんだか真剣に市井の噂を検証していたのが馬鹿らしくなる。やっぱ1からじっくりと調査していかないといけないのだろう…………
「そして続けて『僕は祝い子じゃないだろう』って言っていて、『祝い子の力っていうのはどうやら子孫だからといって引き継ぐものじゃないみたいだ』とも言っていました…………って、あれ?…………祝い子の力……?」
「え?」
アリア様は自分の言葉に疑問を感じ、俯いて考えだした。
おかしい。ナディス様が残したその言葉はおかしい。
何故なら『祝い子』というのはただの称号であるというのが一般的な考えだからだ。
それなのに、そのナディス様はまるで『祝い子』に特殊な力が宿っているような事を口にしている。
何かを知っている。
生きているのか死んでいるのかよく分からないけれどナディス様は世間に知られていない何かを知っていた。
死者を巡る調査が進み始めていた。
ノートパソコンのキーボードの『k』が壊れたから、ノートパソコンにUSBでキーボードを繋げて作業するっていう妙な状況が生まれてる…………
次話は3日後 4/20 19時に投稿予定です。




