65話 槍の男に心当たりはあるか?
【クラッグ視点】
「お久しぶりです、イリスティナ様。相も変わらずご壮健の様で心から嬉しく存じます」
「ありがとうございます、マックスウェル様。調査のご協力大変感謝しております。これから宜しくお願い致します」
この国の王女とこの都市の領主が美しい所作で礼儀を交わす。生まれてからずっと洗練されてきた所作なのだろう、俺のような教養のない人間でも分かる程それが丁寧で綺麗なものであることが分かった。
…………いや、女狐を美しいなんて言いたくねーけどさ。
ここは英雄都市トライオンの領主の城である。武人として名を馳せた家である為か城の中は質実剛健、簡素でありつつ力強い印象を受けた。
そこの応接間で領主と王女が握手を交わしていた。領主の名前はマックスウェル。今回、第六王子リチャードと婚姻を結ぶアリアの実の父だ。
俺たちは槍の男セレドニの調査の為に領主の話を聞きに来た。女狐の護衛としてリック、フィフィー、エリー、俺、その他王国兵士が付いている。王国兵士に知り合いはおらん。
あちら側はこの都市の領主マックスウェルと、その弟のバーハルヴァントがいる。この都市のトップ2という訳だ。英雄都市と銘打つだけあって、目の前の代表2人の体は逞しく、一目で相当の使い手だと分かった。後は領主の護衛の人間が数名だ。
「早速本題に入らせて貰って宜しいでしょうか、マックスウェル様」
「は、はい……それで構わないのですが…………」
「…………マックスウェル様?」
「…………いえ。なんでもありません。それで……私に伺いたいこととは…………?」
「………………」
何故だろう?目の前の領主が少し挙動不審であった。体付きから彼が武人であることは見て取れる。もっとはきはきした性格の人間だと思っていたのだが……まるで何か気になる事でもあるかのように言葉を言い淀んでいた。
…………何か聞かれては困る事でも抱えている?
弟のバーハルヴァントも眉を寄せ、怪訝な雰囲気を発している。
「……こほん。単刀直入に申し上げます。この都市が所有している神器『トラム』について……今、どこに保管されていますか…………?」
「…………もちろん、我が家の倉に保管してありますが?」
領主たちの眉が一瞬、ほんの少しだけ動く。注視していないと気が付かない様な微小な変化で、マックスウェルは何事も無いように返答をした。
しかし俺たちは分かっている。この都市に神器『トラム』は存在しない。
「…………申し訳ありません、意地悪に迂遠な聞き方をしました。
もう一度問います。この都市に祭られていると言われている神器『トラム』……この家は紛失していますね…………?」
「………………」
「………………」
領主たちの眉の皺が寄る。鉄の仮面が顔に張り付き、力強い2人の目の光がイリスティナを刺す。強い威圧を王女は受けていたが、それでも彼女は目を背けず1歩も退かなかった。…………王女の癖にっ!
マックスウェルが口を開いた。
「……なんのことでしょうか?王女様は何かを勘違いされておりませんか?」
「下手な言い訳はお止めなさい。家の品性を落とします。私達は先日、槍の神器『トラム』を持つ男と交戦をいたしました」
「…………なっ!?」
「…………!?」
鉄の仮面に綻びが見えた。流石に予想外の事であったようだ。
「貴方達への非難がしたい訳ではありません。私たちはその槍の男を探し出したいだけなのです」
「………………」
「………………」
「……何か言いたいことがあるようですね?」
焦れる領主たちを前に、イリスティナはその者たちの言葉を促した。マックスウェルとバーハルヴァントは一瞬だけ目を合わせ、何かを確認し合うような仕草をした。
そして、ふぅと小さなため息をついた。
「…………では1つ言わせて頂きます。イリスティナ様」
「……なんでも仰って下さい」
イリスティナは小さく息を呑んでマックスウェルの言葉に身構えた。場に緊張が漲ってくる。
マックスウェルは小さく口を開いた。
「…………その……包帯ぐるぐる巻きの人間は?」
「…………え?」
「……ん?」
皆の目が丸くなる。領主たち2人……いや、護衛を含めた領主側全員の怪訝な視線を追っていくと、その先には俺がいた。その場にいる全員がばっと首を振り、俺の方を見る。
「…………俺?」
え……?俺…………?
「いえ……イリスティナ様が雇われている護衛だというのは分かるのですが…………その……何分奇妙な容姿をしておりまして……不審者のように見えて……包帯ぐるぐるて…………その……気になってですな…………」
「えー…………」
「集中し辛いと言いますか……少し説明を頂きたいと言いますか……この人は一体何者なのですか…………?挨拶の時から気になっていて…………包帯ぐるぐるて…………」
「あー…………」
俺かよ。
領主たちが挨拶の後に少し挙動不審だったのは俺のせいかよ。
おいおい、ちょっと待てよ。善良な一般市民を捕まえて不審者って、酷いじゃねえか?
ただ全身火傷でミイラ男の様になっているだけで…………
うん、不審者だな、俺。
イリスティナが困ったように頬をポリポリ掻いた。
「あー……申し訳ございません。こちらとしては少し見慣れた光景だったので、変に感じていませんでした」
「おい、王女様、人の事を『光景』って言うんじゃねえ」
「ミイラ男は黙ってて下さい」
ひでえや。
「彼の包帯姿はただ全身に火傷を負っているだけです。普通の冒険者なので不審者ではありませんよ?」
「いや……全身に火傷を負っていたら普通死ぬのでは…………」
「間違えました。普通ではなくおかしな冒険者ですが、不審者ではありません」
「はぁ…………」
あちら側の人間は全く納得していないようだった。いや、あちら側どころかこちら側の友でさえ俺に不審な目を向けてくる。おい、エリー、そんなじとっとした目で俺を見るんじゃねえ。
この常識人を捕まえておかしな人間扱いとは……全くひどい奴らだ……!
イリスティナは少し参った様子を見せながら、こほんと1つ咳払いをした。
「ま……まぁ、彼は頼りになります。先の戦いでも彼は多くの命を救いました。信頼できる人だという事は自信を持って保証しましょう」
「…………まぁ、王女殿下がそこまでおっしゃるのなら……」
イリスティナの言葉にマックスウェルは渋々俺の存在を納得していた。
…………ふん、王女様に褒めれても嬉しくも何ともない。…………ほ、本当だからなっ!?全然これっぽっちも嬉しくなんかないんだからなっ……!?ほ、褒めても何も出ねえからなっ!?
…………くそっ、後で飴玉くらいはくれてやるか……
「…………失礼しました、王女殿下。話を元に戻しましょう」
マックスウェルは微妙な空気を変える為に話題を切り替えた。
「先程は虚言を発し大変申し訳ありませんでした。この都市に納められていた神器『トラム』は確かに紛失しております」
「………………」
「失礼ながらイリスティナ様、その『トラム』を持つ男との経緯を教えて頂いても宜しいでしょうか?」
マックスウェルに求められ、イリスティナは神殿都市での出来事を当主たちに話した。
自分たちの前に『領域外』の槍の使い手が現れ、自分たちを妨害した事。その槍が神器『トラム』であり、この都市との関連性があるかもしれないこと。この都市での調査に協力して欲しいことなどを説明した。
「なるほど…………」
「『領域外』……そんなおとぎ話信じ難いが……しかし…………」
イリスティナの話を聞き、領主の2人は困惑の表情を見せていた。
「次はそちらの番です。神器『トラム』を紛失した経緯を説明してください」
「…………畏まりました、イリスティナ様。全て説明させて頂きます」
今度はマックスウェルが説明をする番であった。
神器『トラム』が失われた経緯……それもまた7年前の竜の襲来が原因だと考えられているようだった。
7年前、この英雄都市は大量の竜の襲来にあった。
あらゆるものが壊され、たくさんの武人が殺され、この都市は壊滅的なダメージを負った。その時の傷は未だ癒えず、借金はかさみ、この家の娘をリチャード王子に売る様な事になってしまっている。
その時に、神器を保管している宝物庫にも竜の襲来があり、外壁は破壊され中が荒らされた。その時に神器『トラム』が失われていたようだった。
話し終わった後、マックスウェルとバーハルヴァントは深々と頭を下げた。
「この度は当家の至らぬ管理によって多大なご迷惑をお掛けしたことを心より謝罪いたします、イリスティナ王女殿下…………」
「……いえ、竜の襲撃による紛失となればやむを得ぬ状況だったのだと推察出来ます。謝罪は結構。調査の協力をして下さい」
「勿論……当家の全力をもって王女殿下のサポートをさせて頂きます」
こうして俺たちは正式にこの都市の領主であるファイファール家の協力を得ることに成功した。ま、王女様が頼んでいるんだ。協力を得られない訳が無い。
「ではお聞きします。7年前の時点、この都市に浅黒い肌で黒色の髪をしたセレドニという男性に心当たりはありますか?」
「…………」
「…………セレドニ?」
しかし、簡単に事は運ばなかった。
この場にいる誰もそんな男に心当たりがないというのである。
俺たちが提示する人物像に合致する人物はいなかった。浅黒い肌で黒髪の人物などそうはいない。それも、『領域外』にまで辿り着けるような人間なら尚更だ。
それなのに槍の男に該当する人間がいないのである。
探索の範囲を広げるしかない。俺は発言をした。
「……この際、肌の色も髪の色もいい。とにかく強い槍の使い手を挙げてくれ」
「クラッグ様?それでは本末転倒なのでは?」
「いや……肌の色と髪の色というのは当人の魔力の変質によって変化し得るものだ。神器『トラム』の魔力を受けて、肌と髪の色が変化したということも考えられなくはない」
「え……?そうなの……?」
ぽつりと疑問の声を上げたのはイリスティナではなくフィフィーだった。…………フィフィーも知らなかったのか。
「…………非常に稀なことだけどな」
「フィフィー様も知らないことなのですか?」
「体の魔力の質が変化するなんてほとんどあり得ないですから。リック知ってた?」
「…………まぁ、そういうことがあるのは知ってはいたよ」
へー、と感心する女子3人(エリー、フィフィー、イリスティナ)は置いておいて、当主たちに強い槍の使い手の名前を挙げて貰った。……いや、当主たちもほぅ、と感心していたのだが…………
「この都市で槍を扱う者は多い」
領主の弟であるバーハルヴァントが低い声で説明し始めた。
「この都市を創った伝説の大英雄は槍の使い手だ。英雄の槍『トラム』を使い、神域の怪物ナーガを打ち倒した英雄ナディオンに倣い、この都市で武を志す者は槍の使い手が多い」
「もちろん我がファイファール家も槍を扱うのが基本となっております」
「それ故、優れた槍の使い手と一言で言っても多数存在するのだが、それでも宜しいか?」
「…………全員の紹介をお願いします」
取り敢えず槍の実力者の名前を挙げてもらったところ、貴族騎士団団長ベイゼル、立心刻栄流師範グロックス、この都市を拠点に活動していたS級冒険者ブレイブ………などなど、たくさんの名前が挙げられた。20人以上候補がいた。
…………一気に捜索の範囲が広がってしまった。
一応、槍だけに限らず強い実力者を挙げて貰うと、ファイファール家の護衛剣士ヴェール、S級魔術ギルドの魔法剣士アルヴァント、不思議な術を操る妖術使いメリュー………など少なくない名前が挙げられたが、槍の実力者に比べて数が少なかった。
総勢30人近く。更に面倒臭い事に、今名前が挙げられた人物の多くはこの都市を去っているという点である。調査がしにくい。
「ちなみにお2人もかなりの槍の使い手だと伺っているのですが…………」
「この都市の領主ですから……生まれてからずっと厳しい鍛錬に明け暮れました…………」
あらかじめ俺たちは英雄都市の実力者の情報を仕入れている。カジノの姿を纏っている情報屋『クロスクロス』に依頼した情報というのがそれだった。
その中に目の前の2人も含まれていたのだ。
「…………俺達も疑いの対象なのか?」
「いえいえ、バーハルヴァント様。槍の男セレドニの容姿はこちらで確認しております。お2人は似ても似つきませんよ」
「……ならいいのだが」
イリスティナは嫋やかな笑みを浮かべ、緊張しかけた2人の警戒を解こうとしていた。
「とりあえず、今名前の挙がった人達を尋ねてみようか。まだこの都市に住んでいる人に限られるけど」
「それでも数が多いね。でもまぁ、こういう調査って地道なものかぁ」
「何か目星を付けられるといいんだけど…………」
後ろに控えていたフィフィーとエリーがそう話し合っていた。今挙がった名前をメモしていたようで、そのメモを見ながら渋い顔をしている。
「とりあえずの『領域外』候補は以上でしょうか。ご協力感謝します、マックスウェル様、バーハルヴァント様」
「………………」
「………………」
「…………御二方?」
イリスティナが感謝の言葉を述べると、目の前の2人が渋い顔をしていた。
「……兄者、どうしてあの子の名前を出さない。『領域外』に至れる一番の候補はあの子だっただろう…………?」
「…………あの子はもう死んでいる。ここで名前を出す必要はない」
「………………」
2人の間に重い空気が流れる。マックスウェルは手を口に当て、悲しい記憶を思い出すかのように重苦しい雰囲気を発している。
「…………詳しく話を伺っても?」
席を立ちかけたイリスティナはまた席に着き、真剣な眼差しで2人を見つめた。
マックスウェルが口を開いた。
「…………7年前の時点、この都市で一番才能に溢れていた者……それは私の息子ナディスです……」
「マックスウェル様のご子息?」
「……はい。当時15歳。この都市一番の実力者ではありませんでしたが、才能は誰よりもずば抜けておりました。…………もし伝説の『領域外』に至れるとしたらあの子が一番可能性を持っていたでしょう…………」
自分の息子の凄い点を挙げているのに、当主の顔色は優れなかった。
「……でも、亡くなられている?」
「…………はい。7年前の竜の襲撃で死亡が確認されています」
「……お悔やみ申し上げます」
「……いえ」
マックスウェルは強く拳を握り、感情が溢れない様努めているようだった。親子の愛情だけでなく、武人としても期待していたのだろう。惜しい……ただひたすら惜しい、という感情が垣間見えた。
「ちなみに容姿を伺っても?」
「青色の髪を後ろで結んでおりました。肌の色も白く、皆さまの探している槍の使い手とは異なるでしょう」
マックスウェルの説明によれば、そのナディスという男はファイファール家の長男であり、この家の跡取りであったという。しかし7年前の竜の襲撃によって長男は死亡し、この家に残された子供は今回リチャード王子に嫁ぐ予定のアリアしかいなくなったという。男手が途絶えたのだ。
マックスウェル当主の弟であるバーハルヴァントの息子であるディミトリアスという男子をこの家の後継者にする案も現在出ているが、現在の領主の血筋から外れるとして反対意見も多数出ているのだという。
「……失礼、話が逸れてしまいました」
とにかくこの家はナディスという有望な跡取りを失い、この都市の未来が大きく削られたのだという。
「……という訳で、ナディスはその槍の男の候補から外して貰って大丈夫です。まさか、死んでから王家に牙を向けるような真似は出来ないでしょう…………」
「…………そのナディスとやらの死因は?」
俺は聞いてみる。
「……死因?……焼死でございました。全身が焼け爛れていて…………恐らく竜の炎に焼かれてしまったのでしょう…………」
「何故その焼死体をナディスと判断できた?全身焼けていたのだとしたら個人の特定は難しいだろ?顔が残っていたのか?」
「いえ…………身に付けているもので判断致しました…………」
俺は腕を組む。
「もう1つ。そのナディスは神器『トラム』の保管場所を知っていた。違うか?」
「…………勿論知っておりましたが……なにか……?」
「………………」
「亡くなった息子でさえ……疑うというのですか…………?」
俺と領主の視線が交錯する。流石にここまで質問すれば疑いの念を向けているのがバレるだろう。領主の目に熱がこもり始めているのが分かった。
俺が何故ナディスに拘っているのか。それは簡単だ。
『領域外』になれる奴なんてそう簡単にはいないからだ。はっきり言って、『領域外』になれる逸材を一から探すよりも、『領域外』の候補が生き返ったとかそういうとんでもなくあり得ない状況を想定した方がまだ可能性が高い。
それに『領域外』候補なら全身が焼け焦げても生きていられるかもしれない。俺がそうだったように。
そう言った考えはあったものの、俺は謝罪するために手を挙げた。
「……すまねぇな。こっちも仕事だ。あらゆる可能性を探るのを許してくれ」
「…………いえ、こちらこそ敵意を剝き出しにして申し訳ありませんでした。私たちに隠し事など何もありません。どのような事でもお聞きください」
この都市の領主の反感を買って良い事なんて1つもない。1歩引いて、領主と和解の言葉を交わした。
「この都市の事情に詳しいアリアとディミトリアスを付けましょう。神器『トラム』の行方は我が家にとっても大事な事柄。2人がいれば調査も捗るでしょう」
「感謝致します、マックスウェル様」
女狐が丁寧にお辞儀をし、調査の第1歩目が終了した。
会談は終了し、城から出てゆく。
ホテルまでは短い距離であるが、流石は王女。馬車が手配されそれに乗り込む。がたがたと揺れる馬車の中で俺は皆に喋った。
「…………まず調べるべきは領主の息子ナディスだな」
「……やっぱりそうなの?」
俺の意見にエリーが反応した。
「…………肌と髪の色が違うようですが?」
「女狐、さっきも言ったがそれは変質する可能性のあるものだ。変身魔法の可能性だってある」
「「あー……変身魔法…………」」
女狐とエリーが何かを納得したかのように口を揃えて呟きを漏らした。
……やはり王女という立場である以上、身を隠すために変身魔法を扱ったりするのだろうか?
何故エリーが反応しているのかは知らない。お前が変身魔法使ってるとこは見たことがねえけど?
「…………クラッグ……考え過ぎじゃないかい……?」
「リックは違う意見なのか?」
「うーん……まぁね…………」
リックは煮え切らない返事をした。
「……まぁ、可能性が低いのは事実だろうけど、方針があった方がいいだろ」
「たしかに……そうだね」
リックは苦笑していた。今のままじゃ候補が広すぎる。1人1人調べなくてはいけないのは確かだが、それでも多少の指針は立てておきたいところだ。
その点、ナディスという存在は少し怪しい影を感じさせた。
「さて……調査が穏やかに進めばいいのですが…………」
そんな嫌な予感に通じそうなことをイリスティナが呟き、馬車はホテルに辿り着いた。
本格的な調査が始まった。
キーボードの『k』が反応し辛くなって致命的っ!
次話は3日後 4/17 19時に投稿予定です。




