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64話 全くもって少しも本質と関係ないトラブル

【クラッグ視点】


「ん~~っ!やっと英雄都市に着いたかっ…………!」


 背伸びをしながら声を出し、体を伸ばした。

 馬車にゴトゴトと揺られ1週間、俺達は英雄都市トライオンへと到着した。


 ここは城郭都市である。城壁が都市を大きく囲っており、戦争に備えることを目的とした街となっている。堀や土塁など防御のための設備が至る所に存在し、質実剛健、それらの戦争用の設備がこの都市に堅く重い雰囲気を纏わせている。


 しかし、その防御陣は完璧ではない。所々崩壊し、無残な姿を晒していた。


 この都市は7年前に竜の襲撃というとんでもない被害を(こうむ)っている。

 城壁は壊され、防御網は崩され、たくさんの建築物はなぎ倒されたらしい。英雄都市トライオンは壊滅的なダメージを受け、はっきり言ってもう存続不可能な程の傷を負ったのだという。


 修復には莫大な費用と長い年月を必要とし、それでも今もまだ修復できていない箇所は多数存在する。借金はかさみ、今回自分の家の娘を王家の子供に売り出さなければいけない程、この都市の財源は尽き果てている。

 今回の第六王子リチャードとファイファール家のアリアとの婚姻はこういった流れから来ているらしい。


 竜の爪痕が未だ残る都市……それが英雄都市トライオンの今の姿である。


「では私はこのホテルの主に挨拶に行って参ります。皆さまはどうか旅の疲れを癒して下さい」


 俺たちが馬車から降りたのはこの英雄都市1番のホテルのすぐ横である。今回も依頼主はイリスティナであり、彼女の引率の元俺たちは行動している。


「僕はイリス様の護衛だね。行って来るよ」

「行ってら、エリー」


 ホテルのロビーのソファーに座りながら、手を振って相棒を見送る。女狐と王国護衛と彼女の雇った冒険者の数名がホテルの奥へと歩いていった。

 その中にはエリーの姿もある。今日の女狐付きの護衛はエリーだった。青いペンダントを首から掛けている。いつもはしていないペンダントで、エリーが稀に身に着けているものなのだが…………付ける日と付けない日に違いがあるのだろうか?


「……僕がイリス……様の護衛って意味あるのかな…………」

「ま、まぁ…………必要な仕事だと割り切って下さい……エリー……様…………」


 エリーとイリスティナがそんな訳の分からない会話をしながら廊下の奥へと消えていく。…………なんかエリーってイリスティナに気安いところあるよな?なんでだろ?神殿都市の一件で仲良くなってたりすんのかな?


「今回は雇った冒険者の数が少ないんだねぇ」

「お、フィフィー」


 ソファーでのんびり寛いでいるとフィフィーとリックがやって来た。


「仕方ないね。今回この都市には王族が多数滞在する。いくらイリスティナ様の依頼だとは言え、前みたいに大量に冒険者を都市に入れることは出来ないだろう」

「今回冒険者は10人くらいか?」

「そうだね。調査の仕事は王国騎士の人たちと一緒にやるみたいだよ?」

「大丈夫かねー……」

「ほらそこ、貴族の騎士を毛嫌いしない」


 リックに(たしな)められる。けっ、貴族がなんぼのもんじゃい。


「今回、ボーボスさん不参加だよ」

「そうだ、俺はそれがかなり心配だぞ。今回冒険者、誰がまとめきるんだよ」

「あ……あはは……ボクの仕事だよねぇ…………はぁ…………」


 前の仕事で一緒だったS級ドワーフのボーボスは不参加である。

 最高ランクであり年長者であるボーボスは、前の依頼で一癖も二癖もあるA級以上の冒険者たちを纏める役割を担っていたが、今回は不参加である。


 槍の男セレドニに完全敗北したこともあって、1から自身を鍛え直すらしい。

 ボーボスの役割を引き継ぐことになろうリックはため息をついていた。こいつは最高ランクのS級だけどまだまだ若造だ。A級以上の癖のある冒険者を率いるのは大変だろうなぁ…………巻き込まれないようにしよ。


「……他人事のような顔してんじゃないよ、クラッグ。……君が一番問題児な癖に」

「そんなことねーです」

「頼むから王族と揉めないでくれよ」

「あっちが殊勝だったらな」


 俺の言葉にリックは辛そうに頭を抱えていた。正直、王族がたくさん滞在する今回の依頼に俺を雇ったのはイリスティナの大きな悪手なんじゃねーのか?と自分ながらに思う。

 ま、なんとかなっか。なんともならなかったら、それこそイリスティナに責任背負わせちまえばいっか。


 そんな事を考えていた時の事だった。


「……ふん。S級冒険者か。いくら姉様が雇ったとはいえ、冒険者如きと同じホテルに泊まるの反吐が出るな」


 ロビーにいた俺たちにそんな声が投げかけられた。

 リック達は振り返り、その声の主を見た。


「…………っ!?リチャード王子っ!?」


 その顔を見てリックとフィフィーはぱっと佇まいを直す。背筋を正し、緊張する。

 そこにいたのは王族の第六王子リチャードと第七王女ジェリであった。


「お会い出来て光栄であります。S級冒険者のリックと言います。暫くの間、宜しくお願い致します」

「黙れ、口を開くな。いかに英雄的な活躍をしたところで下民は下民。()の目の前をうろちょろするな」

「……申し訳ありません。リチャード王子」


 12歳のガキが滅茶苦茶偉そうであった。


「イリス姉様に雇われたのだろうが、勘違いするなよ?余はお前たちを特別扱いせず、等しく下民として…………って、なんじゃあ!?ミイラがいるぞっ!?」

「よっ」


 クソガキがようやく俺に気付き、驚きを露わにする。リックとフィフィーの体が壁になって見えて無かったのか?火傷が完全に治りきっていないため、まだ包帯ぐるぐる巻きの姿である。もう少しで外せると思うんだけどなぁ。

 俺は手を上げて気安く丁寧に挨拶した。


「あ……貴方っ……!?なんなのかしらっ……!?その包帯ぐるぐる巻きは…………!?というよりも、それ以前にっ……!わたくし達を前にして、ソファに座ったままでっ…………無礼にもほどがありますわっ……!?」

「突っかかってきたのはそっちだろうよぉ」


 ジェリ王女の言葉に俺はのろりと恭しく立ち上がった。まだまだこの2人は12歳の子供である。近づけば身長差は明確になり、俺は丁寧に2人を見下した。


「ま、とげとげしないで宜しく頼むよ。握手するか?」

「ひっ…………!」


 軽く手を差し出すと、簡単にクソガキ2人は威圧された。


「やめろっ!このクソ馬鹿っ……!」

「あいでっ」


 リックに渾身の力で頭を叩かれた。頭の上に星が舞う。常人だったら死んでいる力で殴られ頭がくらくらする。

 怯む俺の手を払って、リチャード王子は俺に指をさした。


「なんだっ!?この馬鹿者はっ!?本当にイリスティナ姉様に雇われた人間なのかっ!?」

「すみませんっ!すみませんっ!……このミイラ男は特別頭がおかしいのですっ!」


 俺の頭を押さえつけながらリックは何度も平謝りをしていた。

 俺悪くねーし?ただ友好的に握手しようとしただけだし?


「このホテルは本当に安全なのかしらっ!?こんな野蛮な人間と一緒のホテルなんて危険で危険で仕方ありませんわっ……!?」

「ジェ……ジェリ様……ご安心下さいっ!私たち冒険者は一般塔に泊まる予定となっております!特別塔に泊まられる王侯貴族の方々の安全は保障されておられますよっ!」

「俺は無害ですよー?王女様ー?」

「クラッグは黙っててっ!」


 怒られた。


「や……やはり……!冒険者というのは全て野蛮で汚らしい人間なのだなっ……!冒険者になる人間は下劣で卑しい人種しかいないというのは本当だったか…………!余は理解したぞっ……!低劣な血筋しか持たない冒険者共めっ……!」

「おやめくださいっ……!リチャード様……!イリス様を敵に回すような発言はダメですよっ……!?」

「…………?」


 何故かフィフィーがあわあわしながらリチャードに注意していた。別にイリスティナは冒険者を雇ってるだけで、あいつが冒険者という訳じゃないだろ。


「あー!そんな汚らしい言葉を吐くだなんて……やっぱり王族っていうのは屑ばっかだなっ!ほーれ!ほれほれほれ!なんだぁっ?あんな口汚い言葉を喋ったのはこの口か?おーら、おらおらおら!なんだ?この頬っぺた、柔らけえ」

「な……何をするっ……!?やめろっ……!?放せっ……!ひょ……ほっぺたをつねりゅなああぁぁぁ…………!」

「リ……リチャード……!?や、やめるのですわっ!このミイラの愚民っ……!リチャードを放すのですわっ…………!え、衛兵ーっ……!衛兵っ……!」


 俺は不用意に近づいて来たリチャードを抱きかかえて頬っぺたを抓ってやった。めっちゃ伸びるわ、これ。双子のジェリは俺の足をポカポカと叩くが、いかんせん12歳だ。背が足りず、抱え上げているリチャードの体に手が届かない。


 衛兵達は困り果てていた。そりゃ、王子とこんなに密着した状態だと手出しなんか出来ないだろう。俺に不用意に近づいたリチャードが悪い。


「何してるんだっ!?クラッグっ……!?」

「…………おにショタ……悪くないかも…………」

「フィフィーは黙っててっ!」


 リチャードを抱える俺にリックは戸惑い…………何故かフィフィーから熱い視線を感じる……なんでだ…………?


「全く全く!やっぱ王族っていうのは最低だなっ!あー!安心する!王族が最低で安心する!あんまりな?人を簡単に見下しちゃいけないぞ?俺みたいになりたくないだろう?そうだぞ?俺みたいになりたくなかったらな、常に謙虚で驕り高ぶらず、自分が未だ足りていないことを自覚して……そうだな、旅をしろよ。旅を。おう、それがいいよ。旅をしろ、旅をさ。俺はもう手遅れだけどさ?」

「やーめーろー!はーなーせーっ……!あ……頭を……撫でるなぁっ…………!」

「リチャード!……リチャードを放すのですわっ!…………この劣等種めっ!」

「ほれほれ!どーどー!はいしどーどー!」

「ひいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっ……………!」


 このクソガキを愛情持って撫で回してやった。クソガキは人の温もりを感じながら嬉しそうに悲鳴を上げた。


「何やってるんですかぁっ…………!?」

「うごっ…………!?」


 惨状と化し始めたホテルのロビーにイリスティナが戻ってきて、乱入をしてきた。俺の顎に鋭いパンチを素早く入れ、リチャードを奪い取られる。

 あれ……?意外と鋭いパンチだ……?脳が揺れる…………

 いやいや、王女様が放っていいパンチの威力じゃないだろう、これ。どっかで鍛えたりしてるのか…………?


「もう一度聞きましょう!あなた一体何をやってるんですかっ…………!?」

「い……いや…………王子様と……ちょっと交流をな…………?」

「嘘つけっ!」


 王女様にしては乱暴な言葉を投げつけられる。

 イリスティナによって解放されたリチャードは息をゼーゼー切らしながら体を震わせていた。


「お…………」

「ん?」

「覚えてろよっ……!この愚民っ…………!」

「バーカ!バーカですわっ!」


 そうしてバーカバーカ言いながらリチャード王子とジェリ王女は走り去っていった。お付きの衛兵たちも彼らを追ってあわあわと逃げ去っていった。

 しーんと静かになったロビーに俺達だけが取り残された。女狐は怒りながら俺を見下し、女狐の護衛をしていたエリーが俺に近づいてくる。


「…………ほんと、何やってるのさ。クラッグ」

「心からこう思います。……バカなのですか?」

「いやさ、人生の先輩としてな?王子様への人生のアドバイスをしてただけなんだがな?老婆心ってやつだぞ?」

「「バカな事言ってるんじゃないの」」

「…………」


 イリスティナとエリーに口を揃えて非難され、2人の呆れかえった目がじっと俺を見据えていた。…………こいつら意外と息合ってるのな?俺の知らないところで仲良くなってたりしてるのだろうか?


「はぁ~~……前途多難です…………」


 イリスティナは俺と何故かホクホク顔のフィフィーを見て、困ったように自分の頭を押さえていた。


……隙あらばホモネタを取り入れてしまう…………悔しいっ……!でもっ……!


次話『65話 槍の男に心当たりはあるか?』は3日後 4/14 19時に投稿予定です。

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