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62話 ギャンブル!

【エリー視点】


 こつんこつんと音を立てて階段を下る。

 ランプの明かりが狭い感覚でいくつも並び、石でできた壁を赤く照らす。ここは地下へと通じる階段だ。床に敷かれた赤い絨毯と相まって、地下の明かりが無骨に階段を照らしていた。  


「…………ねぇねぇ、この階段……どこに通じてるのさ?」

「そりゃ、着けば分かるさ」

「もうすぐだから、エリー君」


 今ここには僕とクラッグとリックさんがいる。

 僕はクラッグに連れられてよく分からない場所へと足を踏み入れてみる。今後冒険者を続けていくうえで必要なことだから、と言われて僕は彼らの後を付いていった。


「着いたぞ」


 階段を下りきり、大きな扉を目の前にした。装飾の凝った重厚な扉。リックさんはそれを力強く押し、中から眩しい光が漏れ出してきた。


「…………え?」


 中にはたくさんの人が蠢いていた。楽しく、騒がしく、苦しそうで、人の様々な感情が声や騒音に変化して大きな部屋の中を飛び交う。魂の底から絞り出すような声が響き、興奮に叫び、絶望に泣いている。

 天井には金の掛かったシャンデリアが吊るされており、他の調度品も1級の品ばかりだ。身なりの良い太った男性が軽く腰掛けている椅子も一流の職人が手掛けた贅沢な逸品だと分かる。


 その部屋の様子を見て、僕は呟いた。


「ここって……?賭博場…………?」

「そ」

「正解」


 ここは賭博場だった。

 赤い絨毯が敷かれた大きな部屋に、ルーレット、トランプ、その他様々なギャンブルが繰り広げられていた。人々の熱気は凄まじく、興奮が人の残金を変化させていく。


 クラッグとリックさんは物怖じする様子など一切見せず、軽い足取りで部屋の中へと入っていった。

 リックさんはS級の冒険者だからかなりたくさん稼いでいるだろうけど………なんでクラッグ?クラッグの貧相な財布じゃ、一瞬で全財産が消えてしまいそうなんだけど?


 そう言えばクラッグとリックさんは賭博仲間だって言ってたな。レッドドラゴン討伐のパーティーの際、リックさんがイリスである私にそう言っていた。


 クラッグとリックさんがチップを換金する…………って…………!


「ちょ……!ちょちょ、ちょっと!クラッグ!その額……君の財布に致命打を与える金額じゃないかっ…………!?」

「あー、うっさいうっさい、騒ぐなって言ってあるだろ、エリー。変に目立つなって」

「でも破産するぞぉっ?お前ぇっ?」


 これを全部負ければクラッグは王都の寒空の元、スラムで過ごさなければいけないことになる。ちなみにクラッグの財布に入ったお金=クラッグの全財産だ。

 …………というより、顔に包帯をぐるぐる巻いた男が目立ちたくないって言っている時点で間違っていると思う。…………いや周りを見渡すと、仮面を付けながら顔を隠して賭博する人もいるみたいだし……クラッグも酷く変な訳じゃない…………?いや、変だ。


「必要なんだからしゃーないだろ?」

「賭博は人生に必要不可欠ではないっ…………」


 止めてもこのミイラ男は全く聞き耳を持たなかったから、私も観念してチップを換金した。


「…………」

「………………え?」


 ただお金をチップに換えただけなのに、クラッグとリックさんは驚きの表情を僕に向けていた。なんだろう?なんかおかしかったかな?


「…………エリー」

「なんだい?」

「スラムで寝泊まりする羽目になっても知らないからな?」


 クラッグが憐れな子を見る目で僕の事を見ていた。


「エリー君……大胆に換金したねぇ…………?それ、全財産と同じくらいなんじゃない?」

「え゛っ…………?」


 あ、そうか。これはD級冒険者では賄えない位の金額だったか。クラッグを他人事と哀れんでいる暇なんてなかったのか……!

 王女であるイリスとしては、こんな金額子供のお小遣いと変わらない。でも、そっかー、冒険者としての貯蓄が今どのくらいあるか把握が足りなかった。

 金銭感覚まだまだ甘いなー……


「ま……負けなければいいんでしょ……!?」

「スラムでは……仲良くやろうな……エリー…………」

「君、始めから負ける気なのっ…………!?」


 残念だけど、何があってもスラム行きはクラッグ1人だ。勝手に滅べぇっ…………!


 さて、何のゲームをやろうかときょろきょろ部屋の中を見渡してみるが、クラッグとリックさんの2人は迷いなくあるテーブルに近づいていった。始めからやるゲームは決まっていたようだ。


 それはポーカーだった。カジノとしては一般的なゲームだ。

 ただ……気になったのは、そのテーブルのディーラーが青い髪の綺麗な女性であったということだ。まさか…………この女性に釣られた訳じゃねぇだろぅなぁ…………?クラッグぅ…………?


 席に着くとディーラーの女性がニコッと笑う。おぉ、美人……

 流れる様に澱みない手つきでカードが配られる。うぅむ……配られたカードは良くも悪くもない手札……

 リックさんもクラッグさんも一喜一憂、純粋にゲームを楽しんでいた。何回もゲームを繰り返していって、シーソーのようにチップが減ったり増えたりしていく。


 …………あれ?なんで僕こんな場所にいるんだっけ?

 クラッグ達に今後必要になってくるからと言われて付いて来たんだけど……冒険者はギャンブル位嗜むものだ、っていう教えなのかな?


 ディーラーからカードが配られる。

 カードは悪くないが、このまま楽しむだけでいいのかな?少し疑問を持ち始め、カードの中身を見た後2人の様子をちらりと覗いた。


「…………え?」


 そこには異常なまでに真剣な表情をした2人の横顔があった。

 配られたカードを鷹のように鋭い目で見つめ、何かをじっと考えている。先程までのただギャンブルを楽しむ様な気楽な表情では断じてない。仕事の時にしか見せない真剣な表情が何故か今ここにあった。


「………………」


 穴が開くほどにトランプのカードを見た後、2人は残っていたチップの半分以上をこのゲームに賭けた。

 えっ?と僕は驚いたのだが、ディーラの方はまるでその流れが分かっていたかのように、2人の掛け金以上の金額を場にベットする。


 奇妙な行動は続く。

 ディーラーが大金をベットすると、クラッグとリックさんはあっさりとその勝負を降りた。大金を賭け、一切の逡巡すらなくそれを簡単に放り捨てたのだ。


「………………」


 僕には2人の行動の意味が分からなかった。

 ディーラーは場に積まれたチップとカードを回収していく。ほんの少しの違和感が残るこのゲームは雪の様に溶けて消えていった。


 僕の胸に僅かなしこりが残りながら、何でもない様にゲームは再開された。

 先程一瞬巻き起こった違和感は消え去っており、クラッグもリックさんもギャンブルを普通に楽しみ始めていた。先程の刺さる様な厳しい表情は消え去っている。ただゲームを堪能していた。


 そして、紳士服を着た1人の男性が近づいて来た。


「御3人方、少々宜しいですか?」

「……ん?」


 座りながらその男性を見上げる。


「オーナーがお呼びでございます」


 その男性はそう言った。




* * * * *


 通されたのはVIPルーム。

 店の中以上にお金の掛かっている調度品が並び、部屋を粛々と飾っている。決して嫌味になるようなお金の掛け方ではなく、一流の職人の細かい技を光らせるような高級調度品だ。

 違いが分かる人にはその1つ1つの品質が高いことが分かる様な……この部屋にはそういった大金が掛かっていた。


「…………こんな部屋に呼び出されるなんて……クラッグ、なんかイカサマやったんじゃないの……?」

「アホ言え」


 でも1回、違和感を覚えるようなゲームがあったし…………

 緊張しているのは僕だけだ。クラッグもリックさんもゆったりと(くつろ)いでいた。


「いやいや、お待たせ致しました。リック様、クラッグ様。それと、エリー様」


 大きな扉から1人の男性と先程のディーラーの方が入ってくる。


「お久しぶりです、オーナー。相変わらず盛況そうで」

「皆様のご尽力のおかげでございます」


 リックさんとオーナーと呼ばれた男性が友好的に握手をした。どうやらイカサマなどの容疑で僕たちをす巻きにして海に放逐しようとしている訳ではないようだ。


「初めまして、エリー様。いつもリック様とクラッグ様には御贔屓にして頂いております」

「こちらこそ初めまして、オーナー。ご挨拶感謝いたします」


 丁寧に声を掛けられ、つい社交的に返事をしてしまった。冒険者としては丁寧過ぎる挨拶にオーナーとクラッグが少し驚いていた。反射みたいなもんだ。


「……リック様やクラッグ様のご紹介ということは、エリー様も今後こちら側の商売  をご利用されるということで宜しいのですかな?」

「え……?こちら側の商売…………?」

「…………む?」


 僕がキョトンとすると、オーナーの眉も寄った。


「……説明をしておられないのですか?リック様?」

「外に出たら全部話そうと思っていたよ」


 そう言ってリックさんは肩をすくめた。説明?話す?なんのこと…………?


「こいつらの商売はカジノ運営だけじゃないんだ。むしろカジノは隠れ蓑だな」

「……え?……クラッグ?」

「んで……本当の顔って言うのが…………」


 クラッグはポケットから1枚のトランプを取り出して、僕に放り投げた。先程ゲームで使用した柄のカードだ。空中で掴み取りその表側を見てみると、そこにはトランプに書かれているべき数字は掛かれておらず、びっしりと文字が書き込まれていた。


「え……これ…………?」

「それがこいつらの本当の顔」


 オーナーが小さくお辞儀をした。


「情報屋『クロスクロス』を運営させて頂いております。王都カジノ店オーナー、ヴィスリムと申します。末永いお付き合いのほどを宜しくお願い致します」

「…………え?」


 人の良さそうな笑顔の裏に妖しい影が光っていた。

 地下に隠れ潜む裏の組織と、私は生まれて初めて対面した。


次話がちょっと短いので、次話は明後日4/8 19時に投稿します。

…………更新がいきなり不定期に……

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