61話 英雄都市へのプロローグ
【イリス視点】
王城の広い食堂のテーブルに豪勢な食事が並ぶ。
これら1品1品全てが一流のシェフが作り上げた高価な料理であり、このテーブルの上に並べられた料理だけで何百人という奴隷の一生を買えるだろう。
しかし、今日はパーティーなどではない。特に代わり映えの無いいつもの食べ慣れた料理である。強いて特別な点を挙げるならば、あちこち飛び回っている私の兄弟達が今日は皆揃っているという点だろうか。
このテーブルに並べられた高価な料理は、私達王族の一家の為だけに作られたいつもの食事であった。
王家の晩餐であった。
テーブルの上座にはこの国の王であり、私たちの父であるベオゲルグ王がお座りになっている。その脇を固める様にお母様方が座られており、そして私達兄弟が長机に並び、料理を前にしていた。
「それでは頂こう」
重厚な父の一言と共に晩餐は始まった。
王家の人間として相応しい品性を用いて食事を頂く。静かな会食が始まり、流麗に美しく、淑やかな所作でナイフやフォークを扱っていく。冒険者ギルドの酒場では考えられない食べ方だ。
「……皆、もう話は聞いているな?」
食事中、父がおもむろに話し出した。
「もうすぐリチャードとファイファール家のご息女が婚約を結ぶ。パーティーの予定は空けているな?」
「はい」
「伺っております」
父の言葉に私達は返事をする。そしてこの場にいたリチャードは立ち上がり、挨拶を述べた。
「皆様のご尽力のおかげで、私は正式にファイファール家のご息女アリア様と婚姻を結ぶこととなりました。お兄様方々には私のパーティーに是非出席して頂きたいと思っております」
弟のリチャードが深々と頭を下げると、一家の皆と部屋の周りを囲う衛兵たちが一斉に拍手をし出した。大きな食堂が音の波に埋め尽くされる。
私の家族は7人兄弟だ。
第一王子ニコラウス兄様、第三王女アドリアーナ姉様、私・第四王女イリスティナ、第五王女エヴァドニ、第六王子リチャード、第七王女ジェリとなっている。第二王子であるアルフレード兄様はもう死去している。
第一王子ニコラウス兄様は私たちとは少し年が離れている。ニコラウス兄様は今25歳で、第三王女のアドリアーナ姉様は19歳だ。ちなみに私は17歳だ。
第六王子のリチャードと第七王女のジュリは双子である。年は12歳。今回、そのリチャードの婚約披露宴が開かれるという訳である。一家全員参加だ。
「出立は来週だ。再三言う事になるが、皆、スケジュール管理はしっかりとしておくように」
王がそう言った。かしこまりました、と私たちは返答をした。
「ねぇ……ねぇ……リチャード……?」
「……どうしましたか?ニコラウス兄様?」
第一王子であるニコラウス兄様がリチャードにぼそぼそと話し掛けていた。
「その……アリアって子は……可愛い子なのかい…………?」
「………………」
リチャードはニコラウス兄様の質問に呆れていた。
「別に……まだ会ったこともありませんよ。ニコラウス兄様」
「……へ!?…………そうなのかい……?リチャード……?じゃあ、なんで……婚約なんて決めたんだい…………?」
「…………兄様……ファイファール家の現状をご存じないのですか……?」
「…………へ?」
目をぱちくりさせるニコラウス兄様に皆が呆れかえる。
リチャードはため息をつきながら説明をした。
「…………ファイファール家は王家に多大な借金をしています。今回の婚約は借金の形に娘を取ったようなものです。ファイファール家のあらゆる権利は王家に譲渡され、ファイファール家は王家の奴隷の様な位置につきます」
「結局、借金による政略結婚のようなものですね」
「…………へ?」
リチャードと第三王女アドリアーナ姉様がニコラウス兄様に説明をすると、兄様は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。
…………第一王子のニコラウス兄様は多くの人から愚物という評価を受けている。兄様にこういう評価を付けるのは大変不遜だけれど、この兄様ですら自分の事を世界で一番優秀だと考えているのだから、王家の教育は恐ろしいものである。
「貴方は勉強が足りませんわよ、ニコラウス。政治の情勢にもっと耳を傾けなさい」
「う……うへぇ……す、すみません…………お母様…………」
ニコラウス兄様はバツの悪そうに頭を掻き、ずれ落ちそうな眼鏡を直した。
ファイファール家は過去の武勲に支えられた 由緒正しい歴史を持った公爵だ。
先祖の英雄に負けじとファイファール家は武術に力を入れており、数年前までは名のある実力者がこぞってファイファール家に仕官しようとその都市に集っていた。
しかし7年前、ファイファール家の治めている都市に世にも珍しい竜の群れの襲撃が起こってしまった。それによって長男のナディス様が亡くなってしまっている。
その竜の襲撃はファイファール家にとっては不利益しか齎さず、戦力である武人の大量死、都市の修復に掛かる莫大な費用、跡継ぎの死…………ファイファール家は最早衰退していく他に道がなかった。
借金はかさみ、最早到底払いきれるようなものではなくなってしまっている。
その家の娘が王族との婚約を結ぶ…………と言えば聞こえはいいが、要は借金の形に嫁に出されているだけである。武功で名を上げたファイファール家はこれからずっと王家に食い物にされたまま、王家の言いなりとなってしまうのだろう。
悲しい事である。
しかし……7年前……この事件も7年前なのか…………
「ま……まぁ……なんにしても……おめでとう…………?」
「…………ニコラウス兄様、祝福の言葉など形式上の言葉だけで十分です。今回はただの貧乏くじ。こんな厄介な女を掴まされる余の身にもなって下さい」
食事を取りながら、婚約を結ばされた張本人であるリチャードは不満そうに口を開いた。
「ふん、まぁいいでしょう。別に正妻にするという訳じゃない。落ち目の家の女なんか適当にあしらって、余に相応しい家柄の女でも探すことにします」
「…………リチャード、そんな失礼な発言はするものではありませんよ?」
「イリスティナ姉様は甘い。下々の者達なんか利用できるだけ利用すればいいのです」
「はぁ…………」
思わず頭を押さえ、ため息をつく。
こう……なんだろう……家族や貴族を見ていると時々、昔の恥ずかしい自分を思い出してしまうからやるせなくなる…………
「では来週、一家全員でファイファール家の治める領地へと出立する。準備を整えておきなさい」
「はい。お父様」
「………………」
皆が何事もなく返事をする中で、私は少し考え事をしていた。
行き先に少し思うところがあった。ファイファール家の治める領地………それは私にとって少し意味を持つものであったからだ…………
「ところでイリスティナ」
「……はい?」
第三王女のアドリアーナ姉様が私に語り掛けてきた。
「あなたもいつまで独り身でいるつもりなの。早く婚約して身を落ち着かせなさい」
「ぶ…………」
思わず咽そうになった。
「ね……姉様…………わ……私はまだ……自由な身でありたいなぁ…………って…………」
「そうですよ、イリスティナ。妹のエヴァドニだって婚約者がいるって言うのに…………早く身分が丁度いい人を選びなさい」
「お……お母様まで…………ほ、ほら……最近は結婚年齢も少し遅くなっている傾向がありますし…………」
「全く……私達ももっと条件のいい人を探さないといけないですね…………」
「イリスティナには困ったものだ」
「あ……あはは…………」
リチャードの結婚話が私に飛び火した。
おのれ……リチャード…………
それから私は根掘り葉掘り家族から突っつかれるのだった。
…………疲れた。
* * * * *
私はエリーに変身して、王都の酒場へと向かった。
王家の晩餐会のような静謐な雰囲気など欠片もない。呑めや騒げや、大きな笑い声が店中に轟き、品の無い冗談が飛び交っていく。これでも他の場所の酒場と比べて落ち着いている方だというのだから、王族の常識は全く通用しない。
ここは冒険者ギルド内で営業している酒場だ。多くの冒険者達が利用しながら仕事の目星を立てている。
そこで顔なじみの姿を探す。
「……よっ、クラッグ、フィフィー。こんにちは」
「おっ、エリーか。久しぶり」
「お久しぶりー、エリー」
「リックさんもお久しぶりです」
「やぁ、エリー君。元気してたかい?」
いつものメンバーが同じテーブルを囲い、お酒を飲んでいた。
「…………相変わらず、ミイラ男なんだねぇ……クラッグ…………」
「…………いや、これでも順調に回復してるんだぞ?これでも?多分もう少しで包帯外せるし……」
「全然そんな感じしないんだけど?」
クラッグは先の幽炎との戦いで全身に大火傷を負っていた。その時からずっと全身包帯ぐるぐる巻きのミイラ男である。……いや、生きてるだけで凄いんだけどさ?
「まぁ、いいや。そんなこと。新しい仕事見つけてきたよ」
「……おい、ちょっと待て。決死の戦いの傷跡がどうでもいいやとはどういうことだ、我が相棒よ」
「仕事見つけてきたよ」
無視する。
「仕事?」
「うん。前の仕事の繋がりで依頼があったよ。イリスティナ王女の護衛さ」
「ほー」
勿論依頼があったというのは真っ赤な嘘だ。自分自身に依頼するなんてどういうこっちゃ?フィフィーはそこら辺の事情が分かっているので、一言で納得してくれた。
「はぁ~~~~~~~?」
しかし、とっても不満そうな声を発したのは王族嫌いのクラッグである。口を歪め、目を細め、包帯越しからでも分かる程嫌そうな顔をする。
「なんでわざわざそんな嫌な仕事を見つけて…………
っていうか無理だぞ?俺たちは英雄都市トライオンに調査に行かなきゃなんねえんだ。前々からそう言ってたろ」
僕たちは調査の為、英雄都市トライオンに赴く予定だった。
神殿都市に現れた『領域外』の槍の男、セレドニ。その男と英雄都市トライオンに何か関係があるのではないかと推察されていたからだ。
彼の持っていた神器『トラム』は元々英雄都市トライオンで保管されていた筈のものである。その男と英雄都市に繋がりがあることをクラッグが推察しており、槍の男セレドニの素性を調査する為に英雄都市トライオンに行かなければいけないと考えていた…………
「よって、あの女狐の依頼なんか受けられねえ。さっさと断って来いって、エリー」
「だから、英雄都市トライオン」
「…………ん?」
僕は依頼書をテーブルの上に広げた。
「………………」
「行先は英雄都市トライオン。そこで行われるリチャード王子とファイファール家のアリア様との婚姻パーティー、及び道中でのイリスティナ王女の護衛ってのが依頼だよ」
「ほー…………」
「確かにこれなら僕たちの調査の行先に問題はないね」
ファイファール家が治めている都市は元々僕たちが行こうとしていた英雄都市トライオンだ。行先に齟齬はなく、王家からの依頼金は入るし調査も出来る。
もう既にフィフィーとリックさんは納得をしてくれているようだ。
「………………」
「どうよ」
断る理由が無くなり唖然とする包帯ぐるぐる巻きの相棒を前に、僕はドヤっと笑みを作った。
ご覧頂きありがとうございました。
すみませんが、諸事情により更新を3日に1度にさせて下さい。今より遅くなってすみませんが、今後とも変わらぬご愛好を宜しくお願いします(硬め)
次話『62話 ギャンブル!』は4/6 19時に投稿予定です。




