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60話 屈辱に気が付いた日

本日2話目

【イリス視点】


 崩壊した城の跡でアルフレード兄様は死んでいた。

 そこで私の意識は途切れている。

 そこから先の記憶はほとんど無く、まるで虚ろな夢を見ているような気持ちになっていた。

 ここから先の事は王城に残された記録と共に語りたいと思う。


 水神歴978年、建設中のブロムチャルド公爵の城が未知種の魔物に襲撃される。その際、城の建設の視察に当たっていた第二王子アルフレード・バウエル・ダム・オーガス様が戦死なされる。極めて重大な問題であるため、その城に身を寄せていたブロムチャルド公爵とシャウルアルカス侯爵は死亡していたものの、両名とその一家の爵位を取り上げる処置が行われた。

 その時、周辺の村も襲われ、死者が多数出た。


 その1週間の後、王城でも大きな事件が起こる。

 猛る魔獣『ギガ』の襲来である。


 魔獣『ギガ』はブロムチャルド公爵を襲った未知種の魔物(後の調査の結果、叙事詩『アルバトロスの盗賊団』に記述される『オブスマン』と特徴が一致していることが判明)を引き連れて王都に出現、そして王城に急襲を掛けるという事件を引き起こした。


 魔獣『ギガ』の体長は約20m程あったという証言があり、巨大な魔物であったことがその記録から分かる。

 どんな防御も意味を為さず、赤い魔獣『ギガ』の突進を止めることは出来なかった。

 S級の王国兵士もS級の冒険者も魔獣の侵攻を阻むことは出来ず、魔獣『ギガ』は王城を踏み荒らした。


 王城の大半が一瞬で壊され、魔獣の爪や牙が固い城壁を容易く砕いていく。

 いかなる攻撃も通じず、王国側としては為す術がなかったという。王城の半分ほどが魔獣1匹によって破壊されてしまった。


 国民に向けた話としては、魔獣『ギガ』は王や王子達の指導の元、勇敢な兵士たちが力を合わせ撃退し森の奥まで追い詰めて殺害した、と公表している。しかし、実際はそんな英雄譚は起こっていなかった。


 魔獣は唐突として消えた。

 城を食い荒らす魔獣は城を破壊する途中で急に消失した。

 国の兵士達は混乱したが、それ以降魔獣が現れる兆しはなかった。未知種の魔物の姿も無くなり、事態は唐突に収束を迎えた。

 それ以降被害は出なかった。


 しかし、それでは国民に対する説明として弱い。

 王国の威光を示すために討伐したという話を作成し、王たちによる英雄譚として民に語ったという。

 これは国家としての機密事項である。


 城の破壊という類似点がある事から、ブロムチャルド元公爵の城が破壊されたのもこの魔獣『ギガ』によるものではないかと推察される。しかし、ブロムチャルド元公爵の城の周辺で赤い魔獣を見たという証人はいなかった。


 この一連の事件は魔獣『ギガ』の災厄として語られるようになった。

 しかし、私はブロムチャルド元公爵の土地で一度も赤い魔獣『ギガ』を見なかった。だからこの結びつきに少し違和感を覚えた。


 兄様の死体を発見してから、私の記憶は定かではなくなっている。暫くの間、意識もはっきりとしなかった。

 ただ、私が次にはっきりと目を覚ましたのが王城の中の自室の中だった。つまり、ブロムチャルド様の城の近くで倒れていた私を王家の使いか誰かが保護し、私を城まで運んだのだろう。


 だから私は魔獣『ギガ』の事件をはっきりと覚えていない。

 はっきりと意識が戻ったのが自室のベットの上で、その時には既に王城は半壊していた。なので、私が意識を戻した時には全てが終わっていた。それまでは意識が虚ろであったのだ。


 しかし、うっすらと印象には残っている。

 私は泣いていた。

 赤い魔獣が城をいとも容易く砕いているのを見て、目から涙を零していた。城が壊されていくのを外から見て、泣いてしまっていたのだ。


 でも何故だろう。

 悲しかったからではないように思える。


 とにかく私の意識がはっきりとしたのは猛る魔獣『ギガ』の襲来が終わった後の夜であり、そこからは全て覚えている。

 そこで私は彼と再会した。




「ん……んん…………」


 私は目を覚ます。

 周りを見渡すと、そこが見慣れた王城の自室である事が分かる。

 ぼんやりとした頭を揺らしながらふかふかのベットから体を起こす。外は暗く、空には星が昇っていた。あの村よりも随分と星の数が少なかった。


「私、帰ってきたの…………?」


 頭が徐々に冴えてくる。

 そうだ。私はブロムチャルド様の城にいた筈だ。そこでアルフレード兄様が死んでいるのを発見して…………


 …………そこからが思い出せない。

 ここにいるということは誰かが私をこの城まで運んでくれたのだろう。


 窓から外を眺めると、半壊した城の様子を見ることが出来た。

 そうだ。記憶ははっきりしないけど、朧気(おぼろげ)には覚えている。とても大きな狼の魔物がこの城を襲ったのだ。あまりに強い印象だったからか、その事実だけは理解している。


 あらゆる箇所が抉り取られた自分の城を見て、胸の奥がずきずきした。


 星明りを元にして私は鏡を見た。

 その姿はエリーのものではなく、イリスのものだった。誰かが着替えさせてくれたのか、汚れ1つ無い清楚なドレスを纏っている。変身魔法を維持することすら出来なくなっていたのか、銀色の髪は長く伸び整っていた。


「………………」


 私は誰か人と話をしようと思って、部屋の外に出ようとした。

 扉の取っ手に手を伸ばし、それを回そうとする。


 しかし、それよりも先に私の後ろで音がした。ガチャリと音がして、大きな窓の開く音がした。


「…………え?」


 今この部屋には私しかいない。だから窓が勝手に開くはずがない。

 不思議に思って振り返り、窓の方を見た。


「………………」


 そこには1匹の赤い魔獣の上に乗る1人の少年の姿があった。

 前方につばの付いたキャップを被っており、その少年は短い焦げ茶色の髪をしていた。服はボロボロで活発そうではあるが、彼の顔付きは丸く、大きな瞳が女性的な印象を与えている。普通の狼と同じくらいの大きさの魔獣の上に腰かけて、その少年は私のベランダに居座り私の事を見ていた。


 見慣れた少年だった。

 私の親友だった。

 喧嘩したまま仲直りの出来ていない少年だった。


「…………ロビンっ!」


 ロビンが私の部屋のベランダに現れた。

 ここは3階で、ベランダは地面に接していない。どうやってここまで潜り込めたのか、どうしてこんな場所に現れたのか、色々と聞きたい事はあったけれど、まず口から出た言葉は全く別の言葉だった。


「…………無事……だったんだね……ロビン…………」

「………………」


 うっかりすると涙が零れそうになった。

 焼ける村の中でロビンの死体は発見できなかった。もしかしたら……と心の片隅で思っていたけれど、ほとんど望みは無いものだと思っていた。

 だけどロビンは確かに私の前に姿を現し、無事であることを示していた。


 震える体に鞭を打ち、私はゆっくりとロビンの方へと歩み寄った。

 緩やかに1歩1歩、ガタガタと震える足に力を入れ、足を進めた。


 そして、違和感に気が付いた。


「…………ロビン?」

「………………」


 ロビンは私の事を睨んでいた。

 遊んでいた時の笑顔ではない。無事を知らせる為の喜びの表情じゃない。


 それは敵意だった。殺意だった。

 ナイフのように尖った視線が私に向けられていた。


「………………」

「………………」


 足が止まる。汗が流れる。

 ……そうだ、今の私はエリーではなくイリスであった。

 髪は長く、綺麗な服を着た王族であった。


「―――お前のせいだ」


 ロビンは冷たい声を発した。


「…………え?」

「全部全部お前のせいなんだ…………」


 ロビンの鬼気迫る目つきが私の心を刺していく。


「お前のせいで……僕の兄ちゃんが…………」

「え…………?」

「お前だ……お前のせいなんだ…………」


 ロビンが何を言っているか分からない。ただ分かるのは、この部屋を満たしてしまう程の敵意がロビンから発せられているという事だった。

 彼に歩み寄った私の足が後ろに下がった。


「ロビン……何を言っているの…………?」

「憎い」

「…………」

「お前が憎い」


 私は何も言えなくなっていた。

 敵意に串刺しされ、喉が渇いてしまった。


「王族が憎い。貴族が憎い。この国が憎い。世界が憎い。このどうしようもない世界が憎い。…………お前を恨む」

「………………」

「お前が憎いから…………」


 祈るようにロビンは口を開いた。


「どうかどうか、神様。どうか神様、こいつに天罰をお掛け下さい。お願いします…………」


 私達は目と目を見合わせた。薄暗い部屋の中で視線が交錯する。

 その時間はほんの少しの筈だった。でも私にはその時間が永遠の様にも感じられた。


 私の視界がぐるぐると廻っていく。

 まるで私の体が何か書き換わっていくかのような感覚になる程激しい眩暈がした。

 ショックだった。

 熱い鉄の棒で殴られた様な感覚を味わった。


 私は何も言えなかった。

 彼に近寄ることも出来ず、ただぼんやりと立ち竦むことしか出来なかった。

 否。立っているのでさえ精一杯だった。彼の一言は私の心の芯を砕いていた。立っているのでさえ困難だった。


 彼が乗っている魔獣が走り去り、ベランダから飛び闇夜へと消えていく。

 ロビンは去っていった。


「あ…………待って…………」


 私は1人、私の城に取り残された。


「………………」


 去っていくロビンを目で追いながら、私は全く動けなくなっていた。

 足に力が入らなくなり、膝が床に着く。

 目から涙がポロポロと零れ落ちた。


「なん……で…………」


 親友に祈られた。

 私に天罰が下ることを祈られた。

 私の大事な友達は、私の不幸を強く強く願った。


「なんっ……で…………」


 私の友達は私のことを深く憎んでいた。


 涙が溢れる。絨毯が濡れていく。

 私の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような最悪な気分になっていった。

 視界は歪み、吐き気がし、天地が逆さになるようだった。


 意味が分からなかった。

 何故そんな事を言われなければいけなかったのだろうか。

 分からなかった。全然分からなかった。

 私は一体何をしてしまったのか…………?


 村が崩壊したから?

 違う!あれは私のせいじゃない!私は何も関係ない!

 税が上がって村を苦しめたから?

 違う!私が上げたんじゃない!私のせいじゃない!


 私は何も知らなかった!何も知らなかったんだ……!

 今回起こったことだって何も知らないんだっ……!何も分からないんだっ……!


「何も……知らない…………」


 …………そうだ。私はいつも何も知らない。何も分からない。


 何でも分かっているつもりだった。自分は優れている人間だって思っていた。

 でも違った。私は何も知らない子供だった。兄様はそれを私に伝えようとし、旅はそれを容赦なく私に叩き込んだ。


『世界全ての人間が王家を愛し、慕っておりますっ!』


 貴族の者はそう言い、私を敬った。私が生まれてからずっと、私にそう語り掛け続けていた。


「…………あぁ……」


『国民の全てが王家や貴族の方々に深い感謝を捧げておりますっ!』


 でもそうじゃなかった。身分の高い人を恨む人はたくさんいた。重税に苦しみ、民は私たちを恨んでいた。


「………………あぁぁ……」


『流石はイリスティナ王女殿下っ!貴女様はこの国の誰よりも優れた人間ですっ!』

『貧相な平民達では貴女様の足元にも及びませんっ!』


 嘘だった。私は何も知らないただの小娘だった。

 嘘を教え続け、私に本当のことを何も教えてくれなかった。


『流石はオーガス王家のご息女!国民の皆も貴女様の臣民であることを大いに誇りに思っております!』

『全ての民に愛されているオーガス王家の方はやはり違います!皆、貴女様の為に働けて喜んでいることでしょう!』

『貴女様は全ての国民の誰よりも優れていますっ……!』


「…………あああぁぁぁぁ………………」


 怒りが、込み上げた。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……………………!」


 血管がはち切れそうになるほど強く叫んだ。獣の様に咆哮を上げなければおかしくなってしまいそうだった。


「嘘じゃないかあぁっ…………!全部全部嘘じゃないかあぁっ…………!ずっとずっと、私は嘘を聞かされ続けていたんじゃないかあぁっ…………!」


 天に向かって吠えた。


「憎まれているじゃないかっ……!私は憎まれているじゃないかっ……!恨まれているじゃないかっ……!不幸を……天罰を願われているじゃないかっ……!

 ずっとずっと世界中の全ての人に愛されているだなんて……真っ赤な嘘だったじゃないかっ……!嘘だったじゃないかっ……!私は……私が……こんなにも恨まれているだなんて……想像もしていなかった…………!酷いじゃないかっ……!生まれた時から……こんな悪質な嘘を……ずっと……ずっと…………!」


 自分の爪が頬に食い込み、赤い血が滲んだ。瞳から零れる涙が血と滲み合った。


「優れていないじゃないかっ……!私は全然優れていないじゃないかっ……!私より優秀な人は……たくさんいるじゃないかっ……!私よりたくさん物を知っていて……!私よりたくさん勉強をしていて……!私より……豊かにものを考えられる人は……たくさんいるじゃないかっ…………!

 誰だっ……!平民が……劣った人間であると言った人間はっ…………!私は……!それを信じて……!いや!違う……!生まれた時から……!そう教えられてきて……!疑う余地なんて……どこにも…………」


 自分を形作る土台が崩壊していくのを感じた。

 私は誰よりも優れている。だから王家は平民を導かなければいけない。神の血を引いた王家の人間は生まれながらにして優れているのだから。


 そう教えられてきた。

 ずっとずっとそう教えられてきた。

 それが私たちの根本であり、王家の血を引く者の使命だった。王座という価値観の上に私は座っていた。


「でも……民は、私の事を……世間知らずと言っていて…………私は……本当に……何も知らなくて…………」


 価値観という土台が崩壊した。

 私を支えるものは無くなり、ずぶずぶと私の価値が沈んでいく。深い沼に嵌まって息が出来なくなっていく。価値観が死んでいく。


 私はただのガキだった。

 何も知らないガキだった。


「酷いじゃないですか…………」


 怒りと悲しみが交じり合った涙がボロボロと零れる。


「…………なんで誰も教えてくれなかったんですか。なんで……誰も……誰も誰も誰も……!誰も本当の事を教えてくれなかったじゃないかっ…………!分かるわけないじゃないかっ……!何も知らない子供にっ……!嘘だけを教え込んでっ……!私が悪いのかよっ……!それで私が憎まれるのかよっ…………!

 なんでだよっ……!酷いじゃないかっ……!私は……!本当に……何も……知らなくて…………!」


 私は嘘に囲まれて培養され続けていた。それに初めて気が付いた。


「…………ふざけるな!ふざけるな!都合のいいように嘘を吹き込んで……!それで私を利用して……!恨まれるのは私の役目で……!嘘を教えてっ……!利用して……!バカにしてっ……!バカにしてっ……!バカにしてっ…………!」


 ロビンに憎まれている。

 村の人たちに恨まれている。

 私が何も知らなかったから。私がバカだったから。貴族が私の立場を利用して、私は大切な人たちに憎まれた。


「…………憎まれているじゃないかっ!」


 愛されてなどいなかった。


「…………恨まれているじゃないかっ!」


 私は嫌われていたのだ。

 笑われていたのだ。


「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ…………!」


 床を何度も殴った。皮膚が裂け、血が出るほど殴った。


「くそぉ…………くそぉ………………!」


 屈辱が私の身を焦がす。こんな大きな屈辱が身の内に宿っていることに初めて気付いた。きっとこの屈辱は生まれてからずっと抱えさせられてきたものだ。それにようやく気が付いた。


「くそぉ………………」


 涙と血が混ざりあう。額を床に擦り付け、泣きながら震えた。

 屈辱が呼んだのは怒りだけではなかった。私は震えながら、自分の胸が締め付けられるような気持ちになった。


「…………ごめん」


 口から謝罪の意が漏れた。


「ごめん…………ごめん……みんな…………」


 村の皆に謝罪がしたかった。届かない謝罪の言葉を口にした。

 申し訳ない気持ち、恥ずかしい気持ち、謝りたい気持ちで一杯になった。


 私がバカだった。

 私のせいで皆に苦しい思いをさせた。

 私が何も知らないから、利用され、村の皆にその苦しみを背負わせてしまった。


「ごめんなさい…………ごめんなさいっ………………」


 そしてそれはあの村だけではないだろう。

 今まで私が何も知らないことによってどれだけの人が苦しんだのだろう。王女が世間知らずであるせいで一体どれだけの人が飢えていったのだろう。


 私は何も知らない。でも王女が何も知らないという事は罪であった。

 私がバカなせいで、一体幾人の人が涙を零しているのだろうか…………


 私は今回の事件のことを何も知らない。

 村は何に襲われたのか?何故襲われたのか?あの大きな魔獣は何だったのか?そもそも村で隠していた『叡智』とは何なのか?

 私は何も知らない。私は何も関係がないかもしれない。


 …………でも、知らないから私は悪くない、なんてことは許されない。


「…………知りたい」


 この時、私は初めて私に出会った。


「…………バカのままでいたくない」


 私は私が情けなかった。自分の頭で考えて、初めて自分が情けないと思った。

 これが私の原点であった。


「…………強くなりたい」


 私の頬に一筋の涙が伝う。その涙は血潮の様に熱かった。

 この日から何度も流すことになる悔し涙だった。


「もっと色々な事を知りたい」


 無知のままでいたくない。


「弱い王などいるものか」


 無知な王などいるものか。


「誰も傷つけない様……強く…………誰も苦しめない様……賢くなって…………」


 私は立ち上がった。自分の足で立った。


「私は……私に……胸を張りたい…………」


 これは私の考えだ。誰にも吹き込まれていない、自分自身の考えだ。

 そうだ。私は自分の頭で考えなければいけなかったんだ。教えられないことを嘆いてはいけなかった。自分の足で歩き、自分の耳で人の話を聞き、自分の目で世界を見なければいけなかったんだ。


 自分自身で広い世界を見なきゃだめだったんだ。

 それは……きっと兄様が伝えたかったことなんだ…………


「世界を見に行こう…………」


 私は涙を流しながら、星を見上げた。


「自分の足で……世界を見に行くんだ…………」


 夜の空に、そう誓った。

 そして私は人に言えない秘密を抱えるようになった。




* * * * *


 それから5年が経った。私は15歳になった。

 5年の内に私は自分を鍛えられるだけ鍛えた。世界の旅に耐えられるだけの力を付けようと準備をした。

 …………本当はその身1つで世界にぶち当たっていくのが正しい方法なのかもしれないのだけれど、一応私は王女だ。そう簡単に死ぬようなことがあってはいけない。自分を鍛える為の準備期間はじっくりと設けた。


 私はあの時の様に変身魔法で髪を短くした。

 更に少し髪を横で小さく結んでみる。より冒険者っぽくなる。

 更に冒険者の格好っぽく、お腹の肌が大きく出るような短いシャツと短ズボンを着ている。少し恥ずかしいけど、自分を変える為の1歩なのだ。恥ずかしいくらいに大きく踏み出そう。


 ……でもやっぱり恥ずかしいから大きなコートを羽織る。これには認識阻害の魔法も掛けられているから必要なものだ。


 そして、私は帽子を被る。前方につばの付いたキャップだ。

 誰のマネかは言うまでもないだろう。

 腰には亡くなったアルフレード兄様から貰った双剣を括り付けている。


 そして私は冒険者ギルドの門を叩いた。ぎこちない足取りでギルドの中に入っていく。


 あの炎の日、一体何があったのか。

 ロビンはどこに行ってしまったのか。

 あの村が抱えていた秘密とは一体何なのか。


 全てを知りたいから、私は冒険者の門を開いた。

 無知のままでいないために、世界を見て回ろうと思った。


「……よぉ、姉ちゃん。見ねえ顔だな?名前は?」


 受付のいかついおじ様が私に声を掛ける。

 流石に緊張する。心臓がバクンバクン跳ねる。どんなに偉い人が集まった宴の場でも緊張したことのない私が、身分を放り捨てるだけでこんなにも緊張するものなのかと感じた。

 初めての経験に、つい笑みが零れた。


 私は心の中で練習した言葉を喋った。


「……僕の(・・)名前はエリーです」


 そして僕の冒険は始まった。

 秘密を抱えた冒険が幕を上げた。




 …………この後に焦げ茶色の髪の男にナンパされるけど、その話は割愛させて頂くこととする。






《幕間・完》




まだ俺たちの冒険は始まったばかりだっ!完っ!

…………嘘です、終わりません、許してください、なんでもしますから!


本日2話目の投稿でした。

次話『英雄都市へのプロローグ』は明後日4/3 19時に投稿予定です。

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