59話 惨劇
本日1話目
※胸くそ展開注意です。
【イリス視点】
村が燃えていた。
赤い炎が舞い白い煙が天高く上っていく。日が沈みゆく中この村だけが明るく光を放っている。その光は悪夢を振りまいていた。美しい光ではなかった。
燃えていた。
私がずっと遊んできた村が轟々と燃えていた。
「なんでっ……!?どうしてっ…………!?」
私は村へと駆け出した。
口元を布で覆い、身を低くして村の中へと入る。私は王女なのだから危険に身を晒してはならない……などと頭に浮かぶ前に体が動いていた。
村には悲惨な惨状が広がっていた。
あらゆる家が崩れ、燃やされている。懸命に育てた田畑には火が移り、炎の海と化している。あの温かな村の様子が一変し、面影も無くなっていた。
お昼まではいつもと変わらない様子だったのに…………
何かに躓きそうになる。慌てて態勢を立て直し、私は足元を見た。
それは村長だった。
「…………」
村長が死んでいた。
いや、たくさんの人が死んでいた。刺され、焼かれ、絶命している。
ここは地獄だった。数時間前まで皆生きていたのに、ここは地獄に変わっていた。
「………………」
余りに訳が分からず涙も出ない。まるでこの全てが嘘の様だった。
出来の悪い夢の様だった。
「…………え?」
鉄のように固い音がぶつかり合う音が聞こえる。
まるで剣と剣がぶつかり合うような音がすぐ近くから聞こえてきた。誰かがまだ戦っている?こんな炎に包まれた世界で、誰かが何者かと戦っていた。
家の角を曲がり、その様子を見た。
そこには気持ちの悪い化け物が大量に蠢いていた。
体の色は黒に近い紫。目の上にもう1つ口が出来ていて、胸から3本目の腕が生えている。そして足は4本付いていた。
私にはそれ何なのか分からなかった。
その化け物がフードを被った1人の人間を囲っている。
フードの下に欠けた仮面を付けており、その仮面には複雑な民族文様が描かれている。背はあまり大きくなく、子供の私ぐらいである。その人の剣と、化け物の爪のようなものが交錯して甲高い音を鳴らしていた。
…………って、あれは……
「『百足』…………?」
この村で私に脅迫を掛けようとした『百足』だった。
『百足』が謎の化け物に囲まれていた。
「…………ッ!?……君はッ!?」
あちらも私に気が付く。化け物の包囲網を強引に突破して、私の方に駆け寄ってくる。
前とは違い、欠けた仮面から顔の一部が見える。女性であった。凛とした目付きをしており、髪は氷のような青色で、綺麗で美しかった。
全身がボロボロで、服のあちこちが破れ傷ついている。血が滲んでおり、息も絶え絶えだ。そんな人が私の元に駆け寄って来た。
「……何故君がここにいるっ!?」
「……え?」
「やはり君は何か知っているのか……?あの仮面の男の事を知っているのか……?」
「…………?」
百足の人は早口に言葉を紡ぎ、必死に私の肩を掴んだ。私の肩が握り潰されてしまうんじゃないかという程の強い力がこもっている。この人が死に物狂いであることが痛いほど伝わってくる。
「あの男は天蓋の世界に向かうと言っていた……!あの男は『叡智』と何の関りがある……!?君は一体何を知っている…………?」
「………………」
「本当に何も知らないのか…………?」
私の目をじっと見つめていた百足の人はぽつりとそう口にした。恐らく私は目をまん丸にして面を喰らっていたのだろう。百足の人の言っていることが何一つ分からない。仮面の男?天蓋の世界?一体何を言っているのか……?
そんな私の様子を見て、百足の人は一瞬だけ目を閉じ小さく息を吐いた。
「…………分からないなら、いい」
「………………」
「悪かったね、引き止めて。今すぐ逃げな」
「あの……どういう…………?」
私は意味が分からず、その人に質問を投げかけようとした。
しかし口が開くよりも先に、その人は私の体を反転させ、背中を押した。
「もし良かったら……生き延びて、今うちが言ったことを他の百足に…………いや、もう誰でもいいや。誰かに伝えてくれ」
「…………あの」
「さぁ、行けっ……!」
私は止まって振り返ると、もう既に戦いは再開されていた。今まさに紫色の化け物が百足さんの元に迫ったのだろう。
追いついてきた紫色の化け物と青色の髪の百足さんが戦っている。まるで時間稼ぎをするかのように、化け物の行く手を阻み、私の方に行かせようとしない。
「さぁ!行け!行くんだ!さっさと走るんだっ……!」
「…………ッ!」
彼女の迫力のある声に圧され、私は村の外へと駆けだした。あの人とはほとんど何も話せなかった。
私は必死に走って逃げた。
炎の中を一切振り向かず、歯を食いしばって走って逃げた。
* * * * *
城に向って走る。
日が落ちた闇夜を切り裂いてただがむしゃらに走る。村から離れる程、村が焼ける炎の明かりが薄くなっていく。
助けを呼ばなくては。助けを呼んで村を救って貰わなければ。私は城への道を必死に走った。
泣きながら走った。
混乱の中、私の瞳からは涙がほろほろと流れていた。失った物の実感はない。何が起こっているのかよく分からない。あまりに荒唐無稽な現状に、私の感覚は麻痺していた。
でも、あの村で友達と遊ぶことはもう出来ないのだという事は理解出来て、それを思うと私の目から自然と涙が流れてしまっていた。
「イリスっ…………!」
走る私を呼び止める声があった。
私は立ち止まり、零れる涙をハンカチで拭ってからその声の主を探した。
「…………兄様っ!?」
「イリスっ!何が起こっている……!?」
その声はアルフレード兄様のものだった。
私は兄様の方に駆け寄って助けを求めようとした。疲れ切った体がぐらつき、兄様が私の体を支える。自分の口から荒い吐息が漏れ続けた。
伝えなくてはいけない。助けを呼ばなくてはいけない。
「村が……燃えて…………!人が……!たくさん死んでて…………!昼までは何も無かったのに……!昼までは皆生きてたのに…………!」
「イリス!落ち着いて!落ち着くんだっ!」
息を切らしながらなんとか伝えようとする。
「紫色の……化け物が……いてっ……!仮面の……百足さんを……襲ってて…………!」
「化け物……?百足……?」
「仮面の男がっ……!天蓋の世界に向かったって言ってた…………!『叡智』って言ってた……………!」
「………………」
意味が分からないまま、百足の人の伝言を兄様に伝える。
兄様に伝わる筈がない。私の頭の中は整理がつかないままで、だからこそ口から出る言葉も整理がついていないものだ。
私は尻に火を付けられた様な衝動に駆られながら、ただ頭の中にある単語を垂れ流した。
あの百足の伝言を兄様に伝えて意味があるのだろうか?そうは考えたが、私はとにかく多く言葉を紡いで兄様に少しでも状況を伝えなければいけない。気が急いていた。
兄様の表情が険しくなっていく。
余りに下手な説明に呆れられてしまっただろうか。
兄様が私の肩を掴む。私の目をじっと見た。
「…………イリス……『天蓋世界』と言ったんだな?『叡智』を知る者が『天蓋世界』に向かったと、村にいた者がそう言ったんだな?」
「…………え?」
兄様の顔が近づいてくる。真剣な表情で私の顔を覗き込む。
私に呆れる訳でもない、訳が分からず首を傾げている訳でもない。
私はこくんと頷いた。
私の言ったことは兄様に伝わったのだろうか?
「……分かった。ありがとう」
「…………兄様?」
「イリス。ちょっと来なさい」
兄様が私の手を引いて歩き出す。どうしたのだろう?そちらは村の方向じゃない。城の方向でもない。
兄様が向かった先は切り立った崖であった。大きな壁のような崖が目の前に広がっている。
「兄様……どうしてここに…………?」
「…………」
兄様は手に魔力を集め、それを放った。
崖の壁に魔力がぶつかって弾け、崖に大きな穴が開く。
「いいかい、イリス。君を1日この穴に隠す」
「……え?」
「『領域外』が1人なら俺でも対応が出来る。でも、2人以上出てきたら流石に厳しい……イリスはここに隠れているんだ…………」
兄様は私の目を見ていなかった。崖に開いた穴の暗闇を通して、どこか遠くを見ていた。
「私も戦いますっ!手伝いますっ!」
「駄目だ。馬鹿を言うんじゃない」
兄様は私の体を掴み、無理矢理崖の穴に放り込む。
私が尻もちをつくと同時に、兄様が土魔術を使って穴の入り口を埋めていく。
「1日経ったら開くようにしておくから……ここで息を潜めて隠れていなさい」
「…………兄様ッ!」
「なに、大丈夫。これでもイリスの兄様は最強だ」
兄様はいつもの不敵な笑みを浮かべた。
「……あとイリス、これを持っておきなさい」
「これは…………?」
「御守りの神器だ」
兄様が私に何かを手渡した。それは双剣であった。御守りというよりもれっきとした武器に見えた。
「武器を持ってた方が安心だろう?」
「でも……兄様は…………?」
「いや、俺、双剣よりも長剣の方が得意なんだ」
じゃあなんで持ち歩いているのか意味が分からない。兄様は何でもないようにカラカラと笑う。
「じゃあ、穴を閉じるから」
穴が閉じる一瞬前に、兄様がにこっと笑った。いつもよく笑う人だった。
「なんとかやってやるさ」
そうして私のいる場所は闇に包まれた。
………………
闇に包まれてどの位時間が経っただろうか?
私の心の中には溢れ出んばかりの不安と恐怖が存在しているが、それが何も見えない闇に溶けて消えていく。
村の人たちはどうなったのだろうか?
皆は生きているのだろうか?
ロビンはどうしているのだろうか?
兄様は大丈夫なのだろうか?
……でも、私には何も出来ることがない。
兄様が作り出した穴の壁は分厚く、魔力防御まで掛けられている。私は外に出ることが出来ない。
恐怖はあれど、何も出来ることがない。
何かしなければならないという衝動さえも暗闇に溶けて徐々に消えていく。
無気力が襲い掛かり、私は疲れを自覚してしまった。
「…………あれ?」
気が付いたらこの暗闇に光が差し込んでいた。
壁に穴が開き、外に出られるようになっていた。先程まで暗かった空は日が昇り始め、明るくなってる。
「……私、寝てた?」
時間が飛んでしまっていた。
気が付いたら眠りに落ちてしまったようだ。確かに昨日は疲れ切っていて、闇の中に消えていくかのように意識を放り投げてしまったようだ。
何も出来ることが無かったから気力が途切れてしまったのだ。
気が付いたら夜は明けていた。
私は村へと向かった。火はもう鎮火しており、村には何も残っていなかった。家も燃え尽きていた。畑も無くなっていた。生きている人はいなかった。化け物も死体だけであった。
ロビンの姿も無かった。
私は逃げる様にしてその村を去った。目を背けたくて逃げた。
その次に城の方に向かった。
日の光が私の体を刺すかの様に照り付ける。ボロボロの私は明るい日の日差しでさえ痛みを感じた。
何が何なのか分からなかった。
どうしてこんなことになっているのか。
なぜ人が死んでいるのか。一体何が起こっているのか。
私はただ、ロビンと仲直りをしたかっただけなのだ。
私は城に戻ってきた。
しかし、そこに城は無かった。
「え…………?」
城は崩れていた。建設途中で積み上げられた石材は無残にも崩壊し、ただの残骸と化している。最早見る影もない。石材の破片が周囲に散らばっている。
周辺の住居区も崩壊している。仮設の建築の多くが潰れ、悲惨な状況となっている。
「…………あ」
私は歩を進める。そこである人を見た。
この城の主、ブロムチャルド様の死体だった。
「………………」
シャウルアルカス様の死体もあった。全滅をしている。
私は混乱に至る。頭では何も考えられず、何か希望を探してただ足を進め続けた。
そして見つけてしまった。
「―――――あ」
また死体が倒れているのを見かけた。
昨日と今日だけでたくさんの死体を見てきてしまっていた。嫌という程の死体が私の周囲に散らばっていた。
でも、その人は私にとって特別だった。
「…………アルフレード兄様」
私の兄様が無残な姿になって倒れていた。全身が傷ついており、大量の血が垂れ流れている。
生気は無かった。もう兄様は生きてはいなかった。
「…………あぁ……」
アルフレード兄様。
最近まで、私はこの人をただの変人だと思っていた。王族なのに平民に交じって汚い酒場で酒を飲む人、平民の有象無象の仕事を手伝い意味のない汗を流す人。
王族らしくない行動ばかりをし、王族としての自覚が足りない人だと考えていた。
「…………あぁぁ……」
でも私を旅に出してくれた人だった。私を支えてくれた人だった。私を励まして、仲直りのアドバイスをくれた人だった。
私にとって必要なものをくれた人だった。
私の、兄様だった。
「ああああああああぁぁぁぁっ………………!」
その人が無残に死んでいた。
「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ………………!」
私の意識はそこで途絶えた。
それ以降、ほとんど何も覚えていない。
本日1話目です。今日は2話分投稿します。
次話は今日20時に投稿予定です。
次で過去編も終わりだー!




