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58話 知り得ぬ故の大喧嘩

めっちゃ長いよ

【イリス視点】


「まぁっ……!なんと美しいっ……!流石はこの国1番美しいのお姫様ですわっ…………!」

「流石はイリスティナ様っ!純白のドレス姿がとてもとてもよくお似合いですっ!」

「まるで燦然と煌めく宝石の様……いや、貴女様の美しさはそれ以上ですっ…………!」

「皆さま、ありがとうございます」


 今日はブロムチャルド様の城で行われるパーティーに出席していた。

 城は未だに建設中であるが、城の建設は10年近くかかる大仕事だ。ブロムチャルド様は建設が完了した一部分を使い、日々の生活やパーティーなどを行っている。


 絢爛豪華な装飾に贅沢な食材の料理が並ぶ。

 私の日常はここで、村での遊びは非日常だった。それがなんとも不思議な感じがした。だって村の人たちはお金持ちが羨ましい、貴族が羨ましいと日々言いながら仕事をしているのだ。彼らの羨望が私の日常であることは、やっぱり……うん、なんだか不思議な感じだった。


「いやはや、頭脳明晰、魔術の才にも長け、それでそこまで容姿端麗ですと、流石は王族!血筋の格の差を思い知らされてしまいますなぁ!」

「流石はオーガス王家のご息女!国民の皆も貴女様の臣民であることを大いに誇りに思っております!」

「全ての民に愛されているオーガス王家の方はやはり違います!皆、貴女様の為に働けて喜んでいることでしょう!」

「貴女様は全ての国民の誰よりも優れていますっ……!」


 私は微笑んで長い銀色の髪を揺らす。今日はエリーではなく、いつものイリスの姿に戻っているのだった。


 褒め称えられるのは私の日常だ。

 私という人間は何事においても他の国民より優れており、国を導く役目を負った生まれついての優秀な存在であった。王家に生まれるとはそういうことで、王家の血筋が優れているのは神様から世界を導くよう使命を受けているからだ。

 生まれた時からそのような事を言われ続けてきた。


 貴族から。

 執事から。

 家来から。

 先生から。

 学友から。

 兄弟から。

 親から。


 国の誰よりも優れていますよ、って。

 国民の全てから愛されていますよ、って。


 そう言われ続けてきた。


「でも……本当にそうなのでしょうか…………」


 私はそう呟いていた。


「私は……本当にこの国で一番優秀なのでしょうか…………?」


 違うような気がし始めている。

 ロビンは私と同等……いや、それ以上の魔術の使い手かもしれない。その時点で私の論理は崩壊している。私より優れている人はいるのだ。最近そう思うようになってきた。


 生まれてこの方疑問に感じなかったことが疑わしくなってきている。

 私より優れた人はいるのだ。しかし、生まれてからずっと信じてきたことはそう簡単に崩れたりはしない。

 やっぱり私はこの国で素晴らしく優秀で、ロビンだけが特別なだけなんじゃないか?そういった考えも出てくる。


 私は揺れていた。

 この半年、価値観という地震に揺らされていた。

 村で遊ぶことは楽しく、あまり考えないようにしていた。


「勿論、貴女様はこの国で一番優れていますっ……!」


 ブロムチャルド様は叫んだ。


「そうですっ!イリスティナ様ともあろうお方が何を自信なさげに………貴女様の一族は世界で一番優れているのですっ…………!」

「貴女様の美貌、知能、魔力……どれをとっても一流ではないですかっ……!」

「だからこそ、全ての臣民は貴女様をお慕いしているのですっ……!」

「オーガス王家は偉大なり!」

「オーガス王家万歳っ!」

「オーガス王家万歳っ!」


 皆が次々に私を持ち上げる様にして褒め称えていく。私の疑念を払拭するかのように、次から次へと誉め言葉を投げかけられる。


 褒め称えられるのは私の日常であった。

 だからだろうか。

 私はほっとしてしまった。


 価値観という土台が揺らいでおり、不安の海を漂い続ける中、家の自室に帰って来たかのような安心感が私の心に入り込んできた。

 褒められるのは私の日常だったのだ。


 パーティーは進む。

 私が立っているだけで様々な貴族の方々が挨拶にやってくる。挨拶は止むことなく、私は淡々と皆の話を聞き、色の良い返事をしていく。

 これは生まれてからずっと行っているいつもの仕事であるが、パーティーにあまり参加しない貴族の方にとってはとても大変な行事らしい。私にとっては当たり前の事なので、大変さはよく分からない。


「お初お目に掛かれて光栄でございます、王女殿下様。シャウルアルカス家のコンツェと申します」


 私と同い年の子も挨拶に来た。父に手を引かれ、私の元にやって来た。


「もし宜しければ友達になって頂けないでしょうか。末永い交流をさせて頂ければと思っております」

「ありがとうございます。こちらこそ宜しくお願い致します」


 行儀めいた挨拶が終わる。友達になった、というのに遊ぶ約束をしていない。するような感じもない。

 でもこれもいつものことだった。私は友達の数だけは多かった。


「ありがとうございます、イリスティナ王女殿下様。娘も大変喜んでおります」


 その父が代わりに喋り出した。


「私の方こそ大変嬉しい申し出でした。法律の勉強を見て下さるシャウルアルカス侯爵様のご息女と友達になれて光栄です」

「いやいや、勿体ないお言葉。イリスティナ様は大変賢く、私がお教え出来ることなどたかが知れていますよ」


 目の前の男性は私の法律の先生である。私が最近勉強を始めた法律、税収の勉強を見てくれている人だ。

 兄が紹介してくれると言った人ではない。その人は王都から離れられず、この城には来られない。この城にいる間はブロムチャルド様が紹介して下さった法律の専門家に指導して頂いている。


「イリスティナ様の提案した一時的な減税の案はとても素晴らしいです。貴女様のおかげで全ての国民が救われ、感謝することでしょう」

「いえ、具体的な数値、範囲はシャウルアルカス様が設定為されましたので、感謝されるべきは貴方様でございます」

「いえいえ……ご謙遜を…………」


 シャウルアルカス様が恭しく頭を下げ、その娘のコンツェ様も頭を下げた。

 彼はゆっくりと頭を上げる。どうしてだろう。先程までにこやかに微笑んでいた彼は顔を上げると何故か複雑そうな表情をしていた。


「…………しかしですな、あの法律には1点、至らぬことがあるのですよ……」

「…………なんでしょう?」


 私の案を非難することが大変心苦しい、というような表情を見せる。構わない、という旨を示し彼の次の言葉を促した。


「この法案は……緊急時の対応が抜けているのですよ…………」

「……緊急時の対応?」

「はい。この法案は、城の建設などの特別な税金が掛かる場合、労役や農作物の納入などの恒常的な他の種類の税を減らす措置が行われる……というものですよね?

 しかし、例えば災害が起こってしまった場合など、緊急時に食料の納入が少なくなれば街は飢饉に陥ってしまいます。貴族が蓄えられる食料は少なくなってしまい、街を治める彼らは民に食料を配給できなくなります。

 そして食料が貴重となれば、農民たちは食料を出し惜しみ自分たちの村だけで抱えようとするでしょう。あるいは法外な値段で売り捌く、という悪行も為されるかもしれません」

「…………なるほど」


 確かに緊急時にまで農作物の租税を緩和してしまっていては危険かもしれない。食料が回らなくなれば皆生きていくことが出来なくなるのだ。


「……だからイリスティナ様。この法案に少し付け足すのです。

 『緊急時にその地域を治める貴族が必要だと判断した場合、農作物の減税は無効とする』これで大丈夫です」


 シャウルアルカス様は人の良さそうな笑顔を浮かべた。


「進言、感謝いたします、シャウルアルカス様。そのように法を整えていきましょう」

「はい、イリスティナ王女殿下。より良い法律を作り上げていきましょう」


 私は彼に手を差し出す。彼はそれに応じ、私と握手をした。

 優しい、包み込むような握手であった。私は少しずつ成長できているような気がした。


 そんな気がした。




* * * * *


「…………あれ?大人の人たちが集まってどうしたんですか?」

「あ、エリー」


 とある日、私はいつものようにロビンのいる村に遊びに来ていた。

 強い日が差し込む陽気な1日であった。ぽかぽかとして気持ちのいい日ではあるが、何やら村の様子が少し変であった。


 ある一角にこの村の大人たちが集まって何やら険悪な雰囲気を発している。ピリピリと苛立ちながら、何か議論を交わしている。子供たちも野次馬の様にその周りで話を聞いている。村長はいない。


「…………何があったんですか?皆さま?」

「あ、エリーちゃん、こんにちは。実はさっき城からお触れが出たんだよ…………」

「お触れ……」


 そうか、私が提案した減税の公布は今日だったか。でも減税の法案は村の人たちにとって有利になる筈だ。

 なのにどうしてこんなに険しい空気が漂っているんだろう…………


「お触れの内容はね、エリー君……ある特別な税金が掛かる時、他の租税を減らす、という内容なんだけど…………」

「…………減税なら皆さん喜ぶべきなのでは?」


 私は皆のために頑張ったのだ。


「問題はこの後でね……『緊急時にその地域を治める貴族が必要だと判断した場合、農作物の減税は無効とする』という内容があったんだよ…………」

「それは……仕方ないのでは……?飢饉に陥ったら食料の徴収は必要不可欠ですし…………貴族が食料を集め、民に配る為には必要な処置なのでは……?」

「違うんだよ、エリーちゃん…………まぁ、10歳には難しい内容だとは思うんだけど…………」


 困ったように村の大人は頭を掻いた。


「この法律……『緊急時』の具体的な範囲が決まっていないんだ。

 つまり……貴族が今は緊急であると言ってしまえば、それだけで減税は無効になってしまう…………」

「…………え?」

「実質的にはこの法律は意味を為していない………貴族の体調不良とか、財政難とか、なんでもいい。理由は幾らでもとってつけられる。これからはこの法律を盾にしてどんどん増税をして、いざ増やした後には『緊急時』を適用させるんだろうね」

「………………」

「10歳には難しかったかな…………?」


 説明をしてくれた人は茫然とする私の頭を撫でてくれた。私は分からずに茫然としていた訳ではない。混乱が先行していた。


「…………で!……でも!まだそうと決まった訳じゃないですよねっ!?『緊急時』を悪用するとは決まっていませんよね…………!?」

「それはそうだけど……聞いたかい?エリーちゃん?あの貴族達、食料を街の人たちに分配するためにこの補足を設定するって言いやがったんだ…………バカにして…………貴族が市民に何かを配ったことなんて1回もないっていうのに…………」

「これ……この法律の意味に気付いていないでぬか喜びしている村も多いだろな…………伝えておかないと致命打になりかねない」


 村の人たちは確信している。この法律は悪法だと確信している。

 私は信じたくなかった。この村の為に……この村の人たちを思って頑張って作ったものが、その人たちに悪法だと断じられているなんて、信じたくなかった。


 ある村人は言った。


「……イリスティナ王女は酷い。どれだけ俺たちを追い詰めれば気が済むんだ」

「…………え?」

「この法律の原案を出したのは王女様だって言う……本当に酷い王女だ…………」

「………………」


 私の胸に痛みが走った。氷のように冷たい痛みだった。


「…………なにかの勘違いじゃないんでしょうか……?」

「いや、イリスティナ王女はごく最近、シャウルアルカス家の子女と交友関係を結んだという。シャウルアルカス家は増税に強い意欲を見せている家だ。イリスティナ王女がこの増税を支援しているに違いない」

「…………交友?」


 シャウルアルカス家、それは私の法律の先生であり、この法律にアドバイスをくれた方だ。

 シャウルアルカス家のコンツェ様に友達になろうと言われて了承したのは確かだ。でも、あれは礼儀だ。それ以降1度も会っていない。

 なのに……何故…………?意味が分からない………


「そんな……交友があるだなんて……誰が言っていたんですか…………?」

「お触れに来たブロムチャルド家の人間だが…………?」

「―――――」


 私の頭の中には1つの考えがぐるぐると回り廻っていた。

 利用された。利用された。姫という立場を利用された。

 私に法律を教える振りをして、私の望みとは別の方向に誘導された。私を褒め称えていた筈なのに、私の立場を利用して自分たちが利益を得ようとしていた。


 シャウルアルカス家の先生はブロムチャルド家の方に紹介して貰った人だ。始めから私を利用しようとしていたのか…………


「ほんと!イリスティナ姫ってサイテーだよなっ!」


 ロビンが大きな声でそう言った。


「初めてあいつがこの城に来た時も、村の大人たちを連れていくことに賛成していたし、今回の事もつまりそのお姫様が悪いんだろ!?」

「まぁ…………」

「確かに、イリスティナ様が来てから災難が多いな…………」


 私は何も言えなくなっていた。誰もロビンの言う事を否定してくれなかった。

 目の前が真っ暗になっていくようだった。


「どうせ王女様は僕たち普通の人がどんなに苦しもうと、どーだっていいんだよ!兄ちゃんも言ってたもん!王族は最低だって!」

「………………」

「僕たちがどんだけ死んだって、あのお姫様はどうだっていいんだ!」


 そんなことはない。そんなことはないんだ!

 私は頑張ったんだ。皆の為になると思って、一生懸命法律の勉強をしたんだ。皆が少しでも楽になると思って!


「お姫様って酷い人なんだね」

「さいてー。ばか。お姫様なんてうんこだ」


 友達も同調して私を非難し、ゲラゲラと笑う。何も知らず、私の前で私を馬鹿にして笑っていた。


「……今年の冬をどうやって越すか、真剣に考えないとな…………」

「あぁ……!あの王女様が余計なことをしなければ…………!」

「ほんと!疫病神だよ!イリスティナ王女殿下はっ!」


 大人たちは舌打ちをして私を蔑む。皆の一言一言が私の胸を傷つけた。


 そして、ロビンは声を上げた。


「やっぱり王族って酷い奴らばっかなんだ!」

「…………」

「一番上でふんぞり返って、僕たちを苛めるんだ!」

「………………」

「王族なんて所詮、僕たちを苦しめる酷い奴らなんだ!僕たちが死んだってどうでもいいんだ!」

「………………っ!」

「イリスティナ王女なんて死んじゃえばいいんだっ!」


 その言葉に、私の何かが……ぷつりと切れた。


「…………なんで……」

「ん?」

「……なんでそんな事を言うんですかっ!?」


 大声で叫んだ。皆が私にぎょっとし、注目する。

 心の中に溶岩が湧き出て、それがふつふつを沸いている。私の中に駆け巡る血潮が熱い熱を帯び、私の体を焦がしていく。

 怒りが込み上げた。


「そんなにっ……!言わなくてもいいでしょうっ……!そんなに言わなくてもいいでしょう…………!」

「…………エリー?」

「みんな勝手ですっ……!みんな勝手ですっ……!王女だって……頑張っているのに…………!」


 自分の身分は明かせない。でも、この憤りを叫ばない訳にはいかなかった。胸から湧き出る熱が自然に口から湧き出ていた。


「王女は……!皆が楽になると思って……頑張ったのに……一杯勉強したのに…………!なんで悪く言われなければいけないんですかっ…………!なんで……!死ねなんて言われなきゃいけないんですかっ…………!」

「エ、エリー君……?」

「ど、どうしたんだい……?いきなり…………?」


 皆が困惑している。

 駄々をこね始めた子供を見るかの様に困った顔をしながら、私の言った言葉の意味を図りかねて戸惑っていた。

 熱は瞳からも零れ始め、涙となって私の頬を伝った。大きな涙の粒が地面に落ちる。


「そんなつもりなかったのに……!王女はそんなつもりなかったのにっ…………!最低だなんて……!疫病神だなんて……!苛めるつもりなんてないのに…………!

 王女は……!城で働く人の賃金を上げたり……法律を整えようとしたり……!皆のために頑張ったのに……!

 死ねだなんてっ……!死ねだなんてっ…………!

 みんな酷いですっ…………!」


 私は頑張ったんだ。一生懸命、皆の為に頑張ったんだっ……。分かってよっ!

 村の皆が好きだから……何かの力になれればいいなって……頑張ったのに…………!

 分かって貰えない……私が頑張ったことは何も分かって貰えない……この村ではイリスは恨まれるばっかりだ…………


 私は頑張ったんだ!頑張ったんだよっ!


「…………なんだよ。エリーはあの王女様の肩を持つのかよ」


 ロビンは口を尖らせながら私に不満そうな視線を向ける。両手を後頭部に回し、不服そうな態度をとる。


「エリーならあの王女が悪い奴だって分かってると思ってたんだけどなぁ…………」

「…………そんな事……思う筈がないじゃないですか…………」


 私はロビンを睨む。

 ロビンが私の怒りに気圧され、少したじろいだ。


「……だって!あの王女は僕たちの事を苛めるじゃないかっ……!僕たちの敵じゃないかっ…………!あいつは僕たちの事が嫌いなんだっ…………!」

「イリスはっ……!貴方達の事を嫌いになったことなんてありませんっ…………!」

「なんでそんな事が言えるんだよっ……!村の皆言ってるよっ!?

 貴族のせいでいつも生活が苦しいって。貴族は僕たちに貧乏を強いているって。王族は僕たちの事を助けちゃくれないって!国の偉い奴らはみんな酷い奴らだって!」

「そんなっ……!そんなのっ…………!なんかの間違いですっ…………!」

「エリー!僕の村の皆が嘘つきだって言うのかよっ……!?」


 私達は胸ぐらを掴み合った。ロビンは怒りながら、私は泣きながら。


「偉い奴なんてみんな最低だっ!貴族も王族も皆死んじゃえばいいんだっ!エリーもそう思うだろっ!?」

「ひどいっ!ひどいですっ!ロビン!なんでそんなこと言うんですかっ!最低です!ロビン!最低です!」

「エリーのバカっ!なんで分かってくれないのっ!?

 僕たちは……!ずっと偉い奴らに苦しめられてきたじゃないかっ……!大人は皆そう言ってるよっ!」

「バカ!バカバカバカ!ロビンのバカ!大っ嫌い!バカバカバカ!」

「エリーの方がバカだ!バカバカっ!バカバカバカっ!」


 私達は叩き合った。手を出さずにはいられなかった。平手で叩き合う。分かって欲しい人に伝わらない。私は皆の為に頑張ったんだって、全く伝わらない。手を出しても伝わらない。


「頑張ったのに……!イリス、頑張ったのにっ…………!」

「貴族は……!王族は……!いつも僕たちを苦しめてきたじゃないかっ…………!」


 私は泣いている。ロビンもいつの間にか泣いていた。

 泣きながら、相手の事を受け入れることは絶対にできず、私たちは叩き合った。

 大人が慌てて私たちを止める。私とロビンを引き剥がし、暴れ狂う私たちを抑えようとしていた。


「死んじゃえなんて言うなんて……ロビンは最低ですっ…………!死んじゃえなんて言う人の方が死んじゃえばいいんだっ…………!」

「…………!」


 私は大きく息を吸い込んで、思いっきり、全身全霊で、あらん限りの力を振り絞って…………叫んだ。


「ロビンなんて死んじゃえばいいんだぁっ…………!」

「…………っ!?」


 そう言って私は大人たちを振りほどき、走って逃げた。村の出口へと駆け抜ける。誰も追って来ない。ロビンでさえも追って来ない。怒りと悲しみを原動力に、一生懸命走った。


 ふと振り返る。

 村の皆が呆然と私の方を見ている。子供の喧嘩に戸惑っていた。

 ここからロビンの顔が見える。ロビンもまた、私の方をじっと見ている。


 ロビンは魂が抜かれたかのように唖然としていた。呆けた表情を見せながら泣いていた。ぽろぽろと涙を零していた。


 それを見て私の胸はとても痛くなり、じっとしていられなくなってまた走った。

 皆から逃げるように村を去り、走った。




* * * * *


 私は与えられている城の一室に閉じこもった。

 沈みそうな夕日が空を真っ赤に染め上げている。赤い光は窓から差し込んできて、ベットの上に座っている私の銀色の髪を暖かい色に変化させる。


「うわああああぁぁぁぁぁんんんんんっ…………!」


 私は泣いていた。

 大声を張り上げて泣いていた。


「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁんんんんんんんんっ…………!」


 とても悲しかった。

 涙はいつまでも枯れることなく、私の瞳から零れ落ちていく。白いシーツを濡らし、じわりと涙の跡が広がっていく。


 利用されていたことが悲しかった。騙されていたことが悲しかった。嫌われていることが悲しかった。分かって貰えないことが悲しかった。

 この城に人たちだって味方じゃなかった。でも私に行く場所はない。村にだって戻れない。ここで泣く他ない。

 今、私に味方なんていなかった。

 そして、何より悲しかったのは…………


 ただ狂うように泣いて、泣いて、涙した。


「…………イリス?……いいかい?……入るよ?」


 この部屋のドアがノックされ、誰かが入ってくる。

 私は涙しながら扉の方を振り向いた。


「…………アルフレード兄様……?」

「やぁ、イリス。大丈夫?」


 入ってきたのは短い銀髪の男性だ。アルフレード兄様。私の兄様の第二王子だ。私にこの城の視察を命じた人だった。

 泣いてる私を見ては困った顔をし、ゆっくりと私に近づいてきた。


 なんでアルフレード兄様がここにいるのだろうか?この城を訪れる予定なんてあっただろうか?


「どうじ……ひっぐ!どうじで…………ひっぐ…………!」


 でも私の震える声はそれを聞くことが出来なかった。

 兄様は私のベットに腰かけ、私の頭を撫でた。


「シャウルアルカス様がイリスを利用しようとしているって情報を仕入れたからね。飛んできたんだ。全く、酷いな。小さい子の頑張りを踏みにじってさ…………」

「ひっ…………ひえええええぇぇぇぇぇぇぇんんんんんんんんっ…………!」

「ほらほら、泣くな泣くな。どうした?そんなに思いっきり泣く子じゃなかっただろう……?」


 兄様は私の頭を抱きかかえるようにして私をあやした。王族にしてはごつごつとした手が私の頭を優しく撫でる。


「だっで……!だっで……!村のみ゛んなっ……!わ゛がって貰えな゛ぐでっ……!わ゛たじの事……!疫病神だっで……!わだじ……!頑張ったの゛に……!一生懸命がんばった゛のに゛っ…………」

「うんうん……」

「そ゛れで……!それ゛で……!ロ゛ビンがっ……!ロビン゛がっ……!わ゛たじの事……!死んじゃえって…………!」

「……そっか」


 兄様は小さな相槌を打ちながら私の頭を撫で続けた。

 私の涙が兄様の服を濡らしていく。


「でも゛っ……!わ゛たじっ……!わ゛たじっ……!

 死ん゛じゃえ゛って言っぢゃって……!し゛んじゃえって言っちゃっだっ…………!

 そんな゛つもりな゛かったのに゛っ…………!」

「………………」

「そんなつも゛りな゛かったの゛にっ…………!」


 何より一番悲しかったのは、ロビンに酷い事を言ってしまったことだ。そんな事を言うつもりはなかったのだ。本当だ。信じて欲しい。

 私はロビンに酷い事を言ってしまった。友達を1人失くしてしまった。


 もうロビンとは友達でいられない。友達を失ってしまった。

 それが何より悲しかった。


「ごめんな゛ざいっ…………!」

「………………」

「ごめ゛んなざいっ……!ロ゛ビン……!こ゛めんな゛さいいいぃぃぃっ……!」


 言っているとまた悲しみが込み上げてきて、更に涙が溢れてきてしまう。こんなに涙を流したことは今までにない。王族らしくはないけど……この涙を私は止めることが出来なかった。


 アルフレード兄様は私の背中をぽんぽんと叩きながら頭を撫で続ける。ゆっくりと一定のリズムで、まるで子守唄を歌うかのように私をあやし続けていた。


「そっかそっか……」


 兄様は柔らかい声で言った。


「イリスにも友達が出来たんだなぁ…………」


 感慨深そうにうんうんと頷いていた。

 私にだって友達はいた。でも、私にとって友達とは契約だった。失いたくないと思った友達はあの村が初めてだった。


「……でもさ゛っき失い゛まじだぁっ…………」

「なんで?」

「わ゛だじが……酷い事言った゛から゛ぁっ…………」

「ははは。イリスはバカだなぁ…………」


 兄様は軽く笑った。


「喧嘩したなら仲直りをすればいい」

「………………え?」

「仲直りなんてしたこと無いんだろ?イリス?仕方ない。君の立場ではまず喧嘩自体が起こらないだろうからねぇ…………」


 私の目が丸くなる。仲直り?


「…………でも……わ゛たし……死んじゃえって言ってじまいました…………」

「そんなもの軽い軽い!喧嘩の中ではそんなもの挨拶みたいなもんさっ!死んじゃえなんて悪口、可愛いもんさ…………あ、いや……王女の立場だと軽くないけど……」

「………………」

「大丈夫!大丈夫!仲直り出来るって!絶対大丈夫だから!友達なんてのは喧嘩するもんさ。喧嘩して、仲直りするまでが友達なのさ」

「………………」


 私の目が丸くなる。


「喧嘩しても……友達…………?」

「そうさ」


 兄様の軽い言葉を聞いて私の胸の中が少し暖かくなった。

 冷たい風が差し込んでいた心の中に、柔らかな兆しが訪れる。もう駄目だと思っていた。今まで私と争いになった者は皆破滅している。財産を失くし、どこか遠くに飛ばされていった。貴族の学校ではいつもそうだった。


 喧嘩をしたら終わりだと思った。

 もう彼とは一生遊べないのだと思っていた。仲直りすればいいなんて思いつかなかった。


「知らなかっただろう?」


 兄様がにやっと笑う。

 その不敵の笑みがとても眩しく見えた。




* * * * *


 私は夕暮れの道を歩いていた。

 いや、小走りになっていた。


 手に仲直りのお菓子を持って、ロビンのいる村へと歩みを進めていた。


 沈もうとしてる夕日がとても眩しい。でもその光は私の足を止めようとはしない。

 私はまた変身魔法で髪を短くして城から出掛ける。格好は村で遊ぶ時のままだったから特に着替える必要はなかった。


『行ってらっしゃい、エリー』


 アルフレード兄様は城で私を見送ってくれた。仲直り用に持って行きなと、普通の村に丁度いいお菓子を用意して私に持たせてくれた。安価だけど甘くて美味しい飴玉で、数が多く入っているお土産用だった。この飴は私も村で1粒貰ったことがある。大味な甘さだけど、中々美味しい飴だ。

 確かにここで高価な貴族用のお菓子なんて持っていったらとてもおかしいだろう。兄様には感謝しよう。


 ……あれ?そういえばなんでアルフレード兄様は私の事を『エリー』と呼んだのだろう?

 この名前は村以外では使っていない筈だったが………そういえば髪を短くして出掛ける時も、兄様は特に驚いた様子を見せなかった。


 どこで『エリー』の事を知ったのだろう…………

 いや、どこでもあり得るか。兄様だったら情報収集の部隊ぐらい動かせるだろうし、何より私をここに送り出したのは兄様なのだ。近隣の村の調査をしていてもおかしくない。


 今度、『エリー』として兄様の話を聞いてみよう。

 そう思った。


 村に近づいていく。

 胸がどきどきする。ちゃんと仲直りできるだろうか?もっと拗れて喧嘩になってしまったりしないだろうか?変に誤魔化したりしないでちゃんと謝る事、兄様はそう言っていた。


 緊張は免れない。1歩足を進めるごとに少しずつ体が強張っていく。

 勇気をもって歩き続けた。恐れる気持ちは大きい。でも、私は胸を抑えながら歩き続けた。


 村に近づいていく。

 夕日が山に身を沈みこませようとしている。

 1日の明かりの最後が強い閃光となって世界を赤く照らしていた。


 村が見えた。


「…………え?」


 声が漏れる。

 ……村が見えた。…………村は見えたのだが、様子がおかしい。

 村から白く立ち昇る煙が何本も出ていた。太く白い煙が夜になり始めた空に吸い込まれていく。


 ―――村は燃えていた。


長いよっ!

…………でも切りたくなかったんや……


次話『59話 惨劇』は明後日 4/1 19時投稿予定です。

あと、明後日は2話投稿します。過去編も明後日で終わりです。

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