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56話 隠された地下

【エリー視点】


(エリー!こっちこっち!)


 星が輝く夜の空の下、ロビンが私に手を振っていた。

 皆が寝静まった村の入り口で、ロビンは最小限の声を張りながら私を呼んでいる。私達は深夜に待ち合わせをしてた。


 この村の倉庫に謎の地下室がある。

 その秘密を探るため、私たちは誰にも見つからない様に倉庫へと侵入しようとしていた。


(…………見張りはいないみたいですね……)

(見張りを置けるほど、この村人手ないから)


 悲しい事実と共に私たちは倉庫へと侵入した。声を潜めながら施錠解除の魔法を使い、窓からするりと入り込む。


(…………施錠解除対策用の魔法は掛けられてないんですね)

(それを掛けれる程の魔術師、この村にはいないから)


 さっきから悲しい理由で私たちはすんなりと倉庫の中に侵入できている。あの『百足(ムカデ)』って呼ばれた人なら簡単に出来そうな気がするんだけどなぁ…………

 暗視の魔法を2人で使って明かりを灯さず倉庫の中を歩く。


(人に見つからない様にタルに変身できる魔術を用意してきたんだけどなぁ…………)

(……タルに変身……ですか…………?)

(うん。本当はタルを魔力で具現化して、即座にタルの中に隠れられるような魔術式を作るつもりだったんだけど………隠れるより変身した方が手っ取り早いってことで、結局簡単なただの変身魔法になっちゃった)


 その魔法もここでは役に立ちそうになかった。

 ゆっくりと倉庫を歩く。誰もいないと分かっていても足音を立てない様に慎重になってしまう。心臓がバクバクする。

 暗視の魔法のおかげで視界は良好だが、明かりの無い暗い世界は私たちの緊張を煽る。窓から漏れる星明りだけが唯一の温かい明かりだった。


(ここだよ)


 ロビンがふと足を止める。

 ただ木箱があるだけである。傍目から見ると何も無いただの荷物置き場であった。


(……ここが地下の入り口何ですか?)

(うん。この木箱の下におかしな床があったんだ。これさえどければ…………)

(…………ちょっと待って!?)


 ロビンが力を入れて木箱をどかそうとした時、私は何か不気味な気配を感じ、背筋に悪寒が走った。何か、邪悪なものに見られている感覚。勘と本能が今この状況が危険であることを知らせていた。


(…………ロビン!)

(うん!分かってる!)


 ロビンも私と同じ気配に気が付いたのだろう。私が何も言わずともロビンは行動を起こしており、魔術を展開させていた。

 引き起こすのは簡単な変身魔法である。しかし、ロビンはその魔術を限りなく素早く発動させる。


 私たちがタルの姿に変化していった。

 先程ロビンが言っていたタルへの変化魔法だった。


(………………)


 声も出なくなっている。身動きは出来る筈も無い。私たちは倉庫の脇に何一つ違和感なく佇む置物になっていた。


(………………)


 不気味な気配の主が姿を現す。

 人ではない。それは虫だった。足が大量に生え、うねうねと動く気味の悪い虫。


 ムカデだった。


 …………なんだ……あれは?

 しかも普通のムカデではない。普通のムカデと比べてずっと大きく、人の腕程の長さがある巨大なムカデであった。それが暗闇の中でもぞもぞと(うごめ)いている。


 ………………ひっ!?

 ……という声をつい上げそうになる。しかし、私の姿は今やタルである。声も出なければ身動きも出来なかった。汗も吹き出ない。タルで助かった。変身していなければきっと私は僅かに動いてしまっていただろう。


 巨大なムカデが私たちの近くに這い寄ってくる。ロビンの言っていた地下への入り口の周りをうろつき、その場所を調べているような動きをしていた。

 おぞましかった。その存在が恐ろしかった。心臓の鼓動が痛い程に早まる。その大きなムカデを見ているだけで、生物としての恐怖が湧き出てくる。


 普通のムカデではあり得ない。

 何者かの使い魔……という考えが頭に過ぎる。そうなってくると……いや、そうでなくても思い浮かぶのは『百足(ムカデ)』と呼ばれた仮面の人だった。


 偶然という事はないだろう。あの使い魔らしきもので、この倉庫の様子を監視しているのではないか。

 ムカデがその床の周辺をくるくると回り、観察していく。

 そして体をくねらせながら動き回り…………


 私のタルを這って歩いた。


 ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?


 声にならない叫び声を心の中で絶叫する!

 這ってる!私の体を……大きなムカデが……這って歩いているっ…………!

 わるっ……気持ちわるいっ…………!滅茶苦茶至近距離に大ムカデがいるっ…………!

 やつのたくさんの足が私のタルの体をよじ登っていくっ…………!感覚は通っており、生身の体に大きなムカデが張り付いたような感覚を味わうっ…………!


 き……気持ち悪いっ…………!た、助けてっ…………!気持ち悪いっ…………!

 だ、誰かーーーーーーーーーーーっ!


 叫びたいのに叫び声が上がらないっ!走って逃げたいのに体が動かないっ!

 潜伏している以上、叫ぶのも動くのもダメなのだが、そんなの今はどうだっていい!逃げたいっ…………!おかしくなりそうっ…………!


 誰かーーーーーーーーっ!?助けてーーーーーーーーーっ!?


 …………大ムカデが私の体に触れていたのは一瞬の事だった。でも、私にはそれが悠久の時の様にも感じられた。


 間も無く大ムカデが去っていき、暗闇の中へと溶けて消えていった。

 それを確認するや否や、ロビンは私たちの変身魔法を解いて体を動かせるようにした。


(……よし、今の内にさっさと秘密の地下へと入っちゃおう!)

(………………)

(多分あいつ、またここに巡回してくるよ。もう一巡回ってくる前に、地下に身を隠そう)

(………………)

(…………あー、エリーは休んでていいよ……災難だったね…………)


 私はグロッキーしていた。

 床に寝転がり、魂を放逐させていた。大ムカデは何もせずとも私の精神を殺しきった。私の心は死んでいた。力なく床に倒れ、再起の兆しはない。体を這うムカデの無数の足の感覚が私の体に焼き付いて離れる事はない。


 …………もうムリ……


 流石にロビンも同情してくれたのか、私が死んでいる間、地下の入り口を開ける作業を全て1人でやってくれた。

 まず荷をどかし、その下にあった隠し扉の床を切断の魔術で綺麗に切りとる。地下への道を露わにし、私を抱え梯子を下る。


「リペア、リムーブ」


 ロビンが一言声を発すると、梯子を下りる前に木箱と隠し扉に掛けられていた魔法が発動する。切断された床は綺麗に元通りになり、木箱は独りでに動き元の位置に戻る。全ては完全に元通り。あの大ムカデが戻ってきても、私たちの痕跡は見当たらないだろう。


 …………サンキュー、ロビン……


 この日、私は汚された。




 地下は深く暗かった。

 流石に私も梯子は自分で下りる。まるで地獄に通じる道かの様に、その梯子の道は暗く、狭く、不気味だった。いつまでも底が見えない。かつんかつんと私たちが梯子を下る音だけが響き渡る。小さい音だけれど、その音だけがこの世界に存在する音であった。


 底の無いような深い闇の道に底が訪れる。暗視の魔法は未だ掛かり続けている。

 私たちは開けた空間に出た。


(…………ここは……)

(………………)


 その部屋には大量の書物が並んでいた。

 部屋にはぎっしりと棚が並べられており、そこにはボロボロの本がきゅうきゅうに詰められている。ボロボロの書物は一般に流通されているような本でなく、記録を付ける為の帳面であった。


 ここは長い記録を纏めた書庫であった。

 手に取り中身を読んでみる。数百年前の日付が描かれており、当時の村の様子、世界で起きた事件、『百足』という組織の活動形跡、術式の研究内容などが書かれていた。


(…………これ全部……?)


 部屋に並んだ大量の書物を見上げる。

 これ全てが誰かが記し、残し続けてきた記録の蓄積なのだろうか?

 そして『百足』という組織は数百年という長い間存在するような大きな組織なのだろうか…………?


(…………エリー!これ!)


 小さな声でロビンに呼ばれる。

 この部屋の机に一冊の記録書が置かれている。本棚に並んでいる記録書と比べて新しく、年を経ることによる劣化なども見受けられない。

 最近執筆された記録書であろうか。


(僕の名前が載ってる……!)

(……!)


 そこにはロビンの名前が載っていた。


(…………なんて書いてあるのっ……!?)

(…………そ、そんな………)

(どうしたのっ!?)


 ロビンの顔が青ざめていく。


(…………しまった………!)

(……っ!?)


 ロビンの顔が苦々しく歪んだ。


(……何っ!?一体なんだったの…………!?)

(…………これじゃあダメだ……)

(…………何!?一体何なの……!?)


 ロビンが悔しそうに記録書から目を逸らした。


(僕は……文字が読めないんだ…………)

(………………)


 ロビンの頭を叩いておいた。バシンといい音がした。


「あいたっ……!?」

(……そういえばそうでしたよ。あなたはそうでしたよ。勉強しなさいって言ったでしょうが)

(いーっだ!)


 仕方がないから私が読み上げることにする。


(『叡智の王についての情報の整理』

 まず前提として、我々が扱ってきた『叡智』の全てが『分流』に位置付けられているものとする。数百年前、ラフェルミーナが自由になったことによって『叡智』は外の世界に流出した。その数百年後、彼女の子孫は広がっていき、世界各地に『叡智』の影響が発生する。

 しかし、それらの影響はほぼ全て『分流』によるものであり、その力の核となる『王』が存在されるとしていう推察があった。しかしそれはあくまで推察であり、それを証拠付ける根拠は何も無かった)

(………………)


 ロビンと2人で顔を合わせる。お互いがキョトンとしている。何を言っているのかが分からない。


(……ラフェルミーナって人、知ってます?)

(知らない)


 ロビンは首を振る。仕方がないから先を読む。


(…………しかし、水神歴971年………7年前のことですね………協力者により新たな『分流』ロビンが見つかる。通例通りの処置を行う予定であったが、魔力反応が通常の例と異なっていた。我々は『王』の出現の可能性も踏まえて、慎重に調査を行う予定だった………………だった?

 だが水神歴972年、『叡智』候補であるロビンが襲撃される。協力者の働きによってロビンの救出に成功。しかし………………)


 そこで本は閉じられた。


(…………ん?)

(…………え?)


 本は閉じられた。

 私でもない。ロビンでもない。

 暗い闇の中、私たち2人は背後を振り返る。


「…………この悪ガキどもには困ったもんじゃのぅ……」


 白い髭をたくわえた老人の姿がそこにあった。


 村長だ。ロビンのお爺様の村長だ。

 暗闇の中に2つの目が光り、怪しく私たちを睨んでいる。長い人生により刻まれた深いしわが寄り、厳しい表情を作っている。


 汗が噴き出る。心臓の鼓動が早まる。まるで歯車が壊れた時計の様に、私たちはぎこちない動きをしていった。

 私たちは微笑む。村長もまた私たちに微笑み返してくれる。

 しかしその笑顔とは裏腹に、村長の怒気は収まることを知らなかった。


 あ、ダメだこれ。

 微笑みながら、私もロビンも同じことを考えていた。


 ゲームオーバー。私たちの冒険はここで終わってしまった。


ざんねん!!わたしの ぼうけんは これで おわってしまった!!


それでも次話あります。『57話 ロビンの友達』は明後日 3/28 19時に投稿予定です。

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