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55話 神様の……

【エリー視点】


「さぁ答えろ。一体何を聞いた…………?」

「………………」


 私は地面に押さえつけられている。

 見知らぬ仮面の人に背を押さえつけられ、身動きが取れなくなっている。声色から女の人だろうか?いや、私と同じくらいで背も小さいし声変わりをしていないだけかもしれない。


 私はいつも平和な村で何故か何者かに襲われていた。

 きっかけは多分、2人の男性の話を聞いてしまった為。「村の秘密」、「叡智」などと言ったワードが出る会話を盗み聞きしてしまったが為に、こうして拘束されている。


 …………って、あっちが勝手に話し出しただけでしょ!?

 私悪くないです!あっちが勝手に話していたことを私がたまたま聞いてしまっただけですっ!


「なんだっ……!?」

「声がしたぞっ……!?」


 会話をしていた大人の2人がこちらに駆け寄ってきた。

 拘束されている私とフードを被った仮面の人を見て目を丸くする。


「……エリー君…………!」

「それに……『百足(ムカデ)』か…………」


 仮面の人は『百足(ムカデ)』と呼ばれた。この人達は仮面の人を知っているようだった。


「……この子、あなた達の話を聞いてたぞ?」

「なに……?」

「エリー君…………!?」


 男の人たちの目が泳ぐ。私の方に目を向けながら慌てていた。


「私は!たまたま通りかかっただけです……!こんな風に拘束される覚えはありませんっ…………!」

「じゃあ何故身を隠し、話を盗み聞いていた?」

「ひそひそ話だったから……!少し気になっただけです……!それは謝ります…………!」

「…………分からないな。判断がつかない」


 仮面の人がコートの服の中から長い金属を取り出した。それは千枚通しのように長く鋭い針で、その金属がきらりと光った。

 ぞっとする。その針の用途が想像できてしまう。


「…………悪いね。痛い思いをしたくなければ素直に話すことだ」

「………………ひっ!?」

「さぁ……何故彼らの話を盗み聞いた?君は『叡智』の何を知っている……?」


 何も知らない。分からない。何を聞かれているのか分からない。

 でも何も答えなければあの針が私の至る所を刺していくことだけは分かった。

 恐怖で体が震えた。


「やめろっ……!」


 その時に乱入者があった。私は首を回してその人の事を見る。

 私の護衛のアルムスさんだった。ニンジャのような黒い服装ではなく、ただの旅人のような服装に変わっている。


「…………この子の仲間か?」


 仮面の人がアルムスさんを一瞥し、声を発した。顔も知らぬ突然の乱入者に大人の2人は動揺する。


「……見ての通り、私はただの旅人だ」

「旅人?こんな場所にか?」

「あぁ。すまないね、勝手に村にお邪魔して。建設途中の城の場所が聞きたかったんだが…………これは一体どういうことだい…………?」


 アルムスさんは私の護衛という立場を明かさないようだ。あくまでたまたまそこに居合わせた人物であると言い張るようだ。確かに、そうじゃないと私の立場が(こじ)れてしまう。


「……こんな風に1人の少女を寄ってたかって苛めているのは見過ごせないな」

「………………」


 仮面の人はアルムスさんに顔を向け、訝しがる雰囲気を発していた。


「『百足(ムカデ)』、エリー君は村に顔を出してからしばらく経つが、こいつの姿は見たこと無い」

「そうだ、こいつはエリー君とは関係ない」

「…………どうだかな?ずっと見張っていたこの子の付き人だったりするんじゃないか?タイミングが良すぎだ」

「………………」


 私を押さえつけるのを男の人に任せ、仮面の人はアルムスさんと向き合った。殺気が満ちていく。アルムスさんも仮面の人も武器を構える。闘志が交錯していた。


 何が起こっているのか分からない。現状が把握できない。

 なんで殺し合いが始まろうとしているのか。一体この仮面の人は誰なのか。この人たちは何を知られたくないのか。


 この問題の根本が分からないまま、状況はどんどん悪くなっていった。


 その時、大きな声がした。


「双方っ!武器を納めいっ!」

「…………!?」

「……ッ!」


 その場に響いた強い声に威圧され、アルムスさんも仮面の人もビクッと体を震わす。武器の切っ先が下がっていく。2人の張り詰めた殺気が霧散していく。


「村長ッ…………!」


 そこにいたのはロビンのお爺さんの村長であった。いつも穏やかな顔をしている村長の眉がきつく締まっていた。

 2人の意識は村長の方に向っていた。


「『百足』、離れい」

「…………しかし」

「いい、その子はロビンの親友じゃ。離れいと言っておる」

「………………」


 『百足』と呼ばれる仮面の人はゆっくりと後ずさり、完全に武器を下ろし、構えを解いた。空気の重い静寂がその場を支配する。

 村長が一瞥すると、村の大人は私の拘束を解く。村長はゆっくりと私に近づいてくる。


「村長!その子に『叡智』の話を聞かれたっ……!」

「馬鹿者共がっ!お主達が不用意に立ち話をするからじゃろうっ……!お主らには後で罰をくれてやるわいっ…………!」

「…………っ!」


 村の大人の人がバツの悪そうに表情を歪ませる。自分の落ち度を認めているようだった。


「…………すまんの、エリー君。乱暴をした…………」

「い、いえ……村長……ありがとうございます」


 村長の悲しそうな謝罪を前に、私は動揺する。


「すまんが先程まで見たこと聞いたことは忘れてくれるかの?」

「…………それは……」

「忘れてくれるの?」

「………………」


 村長の態度は穏やかだが、その体から気迫とプレッシャーが溢れ出していた。

 私は脅されているのだ。忘れなかったらどうなるか分かっているな?村長は悲しそうな顔をしていたが、迫力だけは十分に私を圧していた。

 私は冷や汗を垂らしながら頷くしかなかった。


「…………旅の者よ、お主にも迷惑かけたの」

「……いえ。何のことだか。私は何も見ても聞いてもおりません」

「ふぉっふぉっふぉ。物分かりが早くてとても助かる」


 村長がアルムスさんに語り掛け、アルムスさんが村長の望む返しをした。村長の大きな存在感に逆らわない選択肢をしていた。


「これは何かの縁じゃ。この村を立ち寄った記念として受け取ってくれい」

「…………っ!これはっ……!?」


 村長はアルムスさんに小瓶を渡していた。砂金の入っている小瓶であった。

 口止め料……そんな言葉が頭を過ぎった。


「村長さんっ……!」


 私は大声を上げていた。

 何で砂金なんて高価なものを持っているのか!?そんなものがあるならっ……!お金になるものがあるならっ…………!この村はこんなに苦しくない筈なのにっ…………!?


「…………エリー君。君は何も見ていないし、聞いてはいない………そうじゃなかったかね?」

「………………」


 口を出すな、と言われていた。

 私は口を動かすどころか、全身が動かせなくなっていた。村長の放つ気迫に圧されていた。


「…………有り難く頂戴します」

「それで良いのじゃ」


 アルムスさんは村長に一切逆らわず、砂金をポケットにしまった。冷や汗を全身に掻きながら、震える手で村長に従っていた。


 やがてアルムスさんは村長に建設中の城の場所を聞き、去っていった。アルムスさんは最後まで私の護衛であることを明かさず、通りすがった旅人に徹しきった。


 1つの騒動が終わろうとしていた。

 何が起きたのか分からぬまま、嵐は過ぎ去ろうとしていた。


 最後に仮面を被った人が私に近づいてくる。とっさに緊張し、身構えてしまった。


「…………ごめんな」


 しかし、その人から発せられた言葉は予想外のものだった。

 優しい声だった。綺麗で温かな声だった。仮面越しに私達は顔を見合った。


「…………恐がらせてごめんな?」

「………………」


 その人が(しと)やかな手つきで私の頬を撫でた。先程まで太い針を持ち、私を拷問しようとしていた人の手つきとは思えなかった。


「でも……うちらの村……こういうことやらなきゃ生きていけないんだ…………」

「………………」

「…………恐がらせてごめんな」


 そう言ってその人は姿を消した。


 結局何だったのかよく分からなかった。

 その仮面の人は『百足』と呼ばれていた。たくさんの足があるちょっと恐ろしい虫。恐怖の対象となる気持ちの悪い虫。


 でもその人の仮面の下は、きっと優しい顔なのだと思った。




* * * * *


「エリー、なんか変な人に襲われたって本当?」

「え…………?」


 ロビンのお気に入りの崖で、私はそう尋ねられた。

 山も空も視界一杯に広がる気持ちのいい場所で、ロビンと2人サンドイッチを食べていたら、そんな事を聞かれた。


「…………知ってるんですか?」

「隠れてるエリーをシータが隠れながら見てたんだって」

「………………この村はニンジャを育てているんですか?」

「知らない」


 シータはこの村の友達の1人だ。かくれんぼが得意で、いつも彼女だけは見つからないからさっさと切り上げて帰ってしまう。そんな扱いに彼女も慣れている。そんな変な子だ。

 彼女に見られていたのなら大人たちが気付かなくても仕方ない。


「…………村長に話すなって言われているのですが」

「僕が許すよっ!爺ちゃんは僕の頼み事たくさん聞いてくれるから!」


 ロビンに陽気なサムズアップを決められて、ついつい全部話してしまった。定められた秘密が口からぺらぺらと漏れていく。10歳だから許してほしい。


「ふーむ………………」


 私の話を聞いて、ロビンは顎に手を当てて考え込んでしまった。


「…………ロビンは『百足』について知っているんですか?」

「いや……聞いたこと無いや……無いけど…………仮面被ったフードの人が夜に爺ちゃんと話しているのは見たことある…………」

「……ロビンも知らないんですか…………」

「爺ちゃんに、あの人なに?って聞いても答えてくれなかった」


 姿は見たことあれど、その人がどういう人なのか、この村でどういう役割を持っているのか、ロビンはまるで知らなかった。


「ロビンは自分の秘密って知っているんですか……?」


 重要なことを聞いてみる。村人の方は『ロビンの秘密を知られてはいけない』と言っていた。

 彼は難しい顔でサンドイッチを頬張っていた。


「聞いても教えてくれないんだよね……」

「聞いても?」

「……僕にはさ、古い古い力が眠っているって爺ちゃんが言ってたんだ。それを悪い人たちが起こそうとしているんだって。だから、隠れて暮らさなきゃいけないんだって」

「…………古い力?」

「うん。古い古い神様の力」


 丸っこい彼の瞳が私をじっと見た。


「神様の叡智が宿っているんだって」


 空気がざわついた。


「……それって、なんなんですか…………?」

「分かんない。それ以上教えてくれない。大きくなったら、大人になったらって言ってて、ずっと教えてくれないんだ。僕もう大人なのになぁ…………」


 その発言には苦笑いをするしかなかった。


「……いいんですか?そんなこと、私に話して?」

「うん、だから絶対誰にも言っちゃダメだからね?秘密だよ?」


 それはきっと私にも言っちゃダメだったのだろう。先程の村長の重い笑顔が浮かび上がってくる。ロビンの口も軽かった。

 やっぱり苦笑いをするしかなかったのだ。


「…………僕たちはどうしようもない世界に漂う放浪者なんだよ」

「…………え?」


 ロビンが突然そんな事を言い出した。


「楽しい事だけじゃない。この世界には苦しい事や悲しい事も溢れている。だから僕は隠れて暮らさなきゃいけないんだって。この世界はどうしようもない事がたくさんあるから…………僕は隠れ潜まなきゃいけないんだって……」

「…………え?」

「僕は一生村から出ちゃいけないんだって」


 一生…………


「それは……ロビンの秘密があるからですか…………?」

「たぶん……でも村長は何も教えてくれないよ。

 僕たちは、どうしようもない世界に漂う放浪者だからさ…………そういう訳だから、世界から隠れながらひそひそと生きていかなきゃいけないんだって。

 僕、冒険者になるのが夢なのになぁ…………」

「………………」


 ロビンは空を見上げながらそう言った。

 空の向こうにある世界を空想しながらそう言っていた。

 その横顔に私は何も言えなかった。


「ねぇ!エリー!一緒に僕の秘密、探ってみようよ……!」

「え……?」

「実はさ、村の倉庫に謎の地下室があるのが偶然分かったんだよ」


 話を聞くと、かくれんぼうの最中、倉庫の荷物をどかして隠れられる場所を作っている際に底が空洞になっている床を発見したようだ。床を踏む音が、その部分だけ違ったらしい。しかし特殊な鍵でもかかっているのか、その床が開くことはなくて、その先に何があるのかは分からなかった。


 村の倉庫に地下があるなんて話は聞いたことがない。少し変だなとは思っていたけど、ロビンにとって大して気にかかる事ではなかったらしい。

 しかし、今日の話を聞いて気が変わったのだと言う。


 何かは分からないけど、きっと何かを隠しているはずだった。ロビンはそう言った。


「……でも、大丈夫かなぁ…………?隠してあるのを勝手に見ちゃって…………?」

「いいのいいの!見られちゃいけないものがある方がいけないんだからっ!」


 ロビンは腰に手を当て胸を張りながらそのような暴論を吐く。


「今日の夜、村の入り口に集合ね!皆が寝静まった後、倉庫にこっそり忍び込んでその地下室を探ってみようよ!何かが出てくるかもしれないよっ!」

「お……怒られるんじゃ…………」

「大丈夫だって!」


 ロビンは両手を広げた。


「冒険しようよっ!」


 ロビンは笑い、私は不安げな表情を作っていた。


 でも何故か私も少しワクワクしていた。ドキドキしていた。

 人の秘密をこっそり覗く。それは悪い事だった。今まで私は大して悪い事をしてこなかった。イタズラもルール違反も興味が無かった。


 でも友達と行う悪い事は、なんだか胸が高まった。


 彼が好きだった。

 恋とは違う好きだったと思う。

 それは尊敬に近い感情だった。


 私の知らないことをたくさん知っていた。私のしたことがないことをたくさんさせてくれた。見たこと無い景色をたくさん見せてくれた。

 私に様々な世界を見せてくれた。


 私は冒険者だった。

 彼に手を引かれ、これまで見たことのない世界をたくさん見て回る冒険者だった。


 村の秘密を探るという悪い事に、私の冒険心はチクチクと刺激されたからだろう。

 私は困ったように笑いながら、彼の提案に頷いていた。


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