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54話 半年後

【イリス視点】


 ゴトゴトと馬車に揺られる。

 2週間ほどかかる長い片道。以前の私はこの2週間を退屈だと嘆き、馬車の振動にうんざりとしていたけれど、不思議と今は苦しくない。別に馬車の性能が変わった訳ではない。


 期待しているからだ。

 私は友人に会えることに期待していた。


 馬車の窓から見える景色は一様で、どこまでもどこまでも深い緑の山が続いている。ここは特に何も無い場所だ。だけど、山に入れば友達と遊ぶことが出来る。川で遊ぶことが出来る。狩りをすることが出来る。崖から覗く広大な景色を楽しみながら、皆で食事をすることが出来る。


 あれからもう半年が経っていた。


「着いたーーーっ!」


 私はまたロビンのいる村にやって来ていた。


「イリスティナ姫様!まだ着いておりませんよ!ブロムチャルド様のお城はまだ先です!」

「そうでした」


 あくまでも目的地はブロムチャルド様のお城で、目的は城建設の視察である。

 間違えちゃいけない。ここで馬車を降りようとしちゃいけない。


 あともう少しの道のりを、馬車はゴトゴトと揺れながら走っていた。

 あの日の旅行の続きがまた始まった。




* * * * *


「あっ……!エリー…………!」

「こんにちは、ロビン」


 城に着いて、そこで歓迎を受けてから1日、私は久しぶりにエリーになってこの村にやって来た。


「エリー……!」


 ロビンが手に持っていた鍬を放り捨ててこちらに駆け寄ってくる。


「遅いっ!」

「……あら?」


 第一声は罵倒だった。


「予定通り半年で来たじゃないですか…………」

「うん!お疲れ!エリー…………!」


 ロビンは全然怒ってなく、にこやかな笑顔を私に向けた。


「あっ……!エリー……!」

「戻ってきたんだっ!エリー……!」

「戻って来たんじゃないです。遊びに来たんです」


 村の友達みんなが駆け寄ってくる。ビーダー、シータ、ディーズ、イータ、エフト……皆変わらず元気そうだった。


「生活の方はどう?給料上がって楽になりました?もう蜘蛛採らなくても良くなってます?」

「蜘蛛を採らない日が来ない日はないね」

「貴重な栄養源!」

「豊かになっても蜘蛛は採りたいね」

「あれは美味しい」

「………………」


 相変わらず末恐ろしい友ばかりだった。


「そうだ!あのブヨブヨの触手の毒抜き法を発明したんだよっ!エリー!あのブヨブヨ食べてみなよっ!」

「謹んで遠慮させていただきます」


 一瞬だけ王女モードになって丁寧にお断りを入れておいた。

 ……彼らはこの半年で何をやっているんだろう…………あれは殺しておくだけにしようよ、人として。


「でも確かに生活は楽になって来たよね」

「ほんと。すごく大きな変化があったもんね」

「暫くは食料に困らないよっ!」


 皆はわいわいと嬉しそうに語っている。やっぱり衣食住が足りてくると人は笑顔になる。

 要因はもちろんイリスである私だろう。私が城の建設工事に携わる人の給料を上げた為、この村は潤ってきているのだ。


 皆言うだろう。

 姫様ありがとう!イリスティナ様ありがとう!王女様のおかげで豊かな生活を送れています!感謝します!王女様ありがとう!王女様ありがとう!


 いやだなー、私は自分のすべきことをしただけですよ。

 報酬なんか要りません。私は王女ですから。国民の笑顔が何よりの宝なのです。

 そりゃあ?この村に来てから少し自信が無くなってきたのは確かだし?対等な友達関係というのは新鮮で、大切で大好きなんですけど、ね?少しくらいはね?崇め奉って貰ってもね?罰は当たらないと思うんですよ?


 ほら、言って下さい?みんな?

 姫様すごい!って。王女様ありがとう!って。


「ほんとさ!すっごいよなぁ……!」

「村のヒーローだよなぁっ……!」


 友達のテンションが高まっていく。

 次の言葉を受ける準備をするために、私は腕を組んで胸を張った。

 そして、村の友達たちは叫んだ。


「「「ロビンの兄ちゃん!」」」

「……………………え?」


 呆けた顔をする私の横で、ロビンが自慢げに腕を組んで胸を張っていた。




* * * * *


「な……なな…………なんですかっ!?これっ……!?」


 村の近くにあった洞穴の中、私は見たものが信じられず叫び声を上げていた。


 そこには高さが20mを越える超巨大なイノシシの死体があった。

 いや、超、超超超超巨大なイノシシだった。

 とんでもなく大きなイノシシの体は半分ほど切り取られており、別の場所で干し肉になっている。ここには魔術で作った巨大な氷が配置されており、洞窟全体が大きな氷室となっている。イノシシの肉は凍らされ、冷凍保存されている。


 この一頭だけのお肉でも一体どのくらいの食料となるのだろうか……?この村を何ヶ月支えていくことが出来るのだろうか……?


「僕の兄ちゃんが狩ったんだよっ!」


 ロビンは鼻を鳴らしながら胸を張り、自慢げに語った。


「5つ向こうの山に巣食っていた暴獣ボレファスって兄ちゃん言ってた!300年ほど辺り一帯の土地を縄張りにしてて、その山が死の山って呼ばれるようになった原因だったらしいんだって!」

「…………なんでロビンのお兄さんはこの化け物に挑んだんですか?」

「通り道の邪魔だったからだって!」

「…………」


 あれだ……ロビンのお兄さんは化け物だ…………

 20m程の高さがあるイノシシを見上げながら呆ける。このイノシシを狩ろうと思ったらA級の上位くらいの実力が要るのだろうか…………ちょっと想像が出来ない…………


「……そう言えば私、ロビンのお兄さんに会ったこと無いです」

「あー……うちの兄ちゃん、ほとんど外から帰って来ないからなぁ…………ひょろっと帰って来ては、すぐにまた村の外に行っちゃうんだよ…………」

「……出稼ぎですか?」

「冒険者みたい」

「へー…………」


 ちょっと会ってみたいかもしれない。


 しかし……このイノシシは確かに大きな成果だ…………

 これだけで飢饉の問題は暫く解決するだろう。

 私の給料値上げの功績が薄れてしまう…………


「で、でも……!王女様もよくやったと思いませんっ…………!?」

「王女……?なんで…………?」


 皆がキョトンとする。

 私は自分の功績を認めて貰いたく、みんなに対し腕を振って説明する。


「だって城の建設の給料を引き上げて、出稼ぎに来ている人がより稼げるようにしたんですよ!?それに特別課税に苦しむ地域には一時的な減税を施行する法律も整えておりますし…………!」

「税とかよく分かんない」

「くそぉっ!」


 そりゃそっか!この年で法律とか税収とかの勉強しているの私くらいですよ!皆の年で税金の事なんて分かる筈ないですよ!そりゃそうだ!他の貴族の子ですらまだ手を付けてませんよ!

 わかんないかー……!そっかー…………!

 でも褒められたかったなぁ!くそーーーっ……!


「王女とか王族とか、キライ…………」

「…………」


 そんな中、ロビンが唇を尖らせながらそう言った。褒められるどころか貶された。

 …………そう言えば、この村に来た初日、イリスである私にはとっても冷たい態度だったな……


 なんで嫌いなんですか?

 私が強い口調でそう聞こうとした時、


「おーい、子供たち……干し肉持ってきたぞぃ。皆で食べなぁ」

「わーい!」


 村長がこのイノシシを加工して取れた干し肉を抱えて持ってきてくれた。それをみんなで囲んで食べた。かなり塩辛かったけど、これはこれで悪くはないと思えた。少なくとも、王城では食べられない大胆な味だった。


 干し肉は悪くなかった。

 でも私はロビンに言いたいことを言いそびれてしまった。




* * * * *


 それから半年前のような日々が戻ってきた。

 相変わらず過酷な狩りを行っているようで、蜘蛛やら蛇やら熊やらを喜々として狩っていた。あの紫色のブヨブヨは私にとってトラウマなのだが、彼らの中ではもうれっきとした食材のようだ。毒抜きを開発したとか言っていた。

 でも、出来ればご相伴には預かりたくない。


 半年前の様に、私も狩りを手伝っていく。


 私は魔術師である。当然だ。

 後方から魔法を撃っていくのが役割であり、敵と直接相対することのないポジションにいる。比較的安全なポジションだ。この国の姫として、前線に出る危険な剣士や戦士の教育を受けられるはずがなかった。


「エリーには剣士とか合うかもしれないね」


 そんな中、ロビンが私にそう言った。


「……剣士?」

「うん。エリーはかなり素早く動けるみたいだから、敵を翻弄していくことが出来るんじゃないかな?こう……短剣でずばずばっとさ……!」


 ロビンは手をぶんぶん振って荒いジェスチャーをする。

 そして困ったように笑った。


「……と言っても、僕も魔術師だから剣とかよく分からないんだけどね」

「ロビンは強い魔術師ですからね」

「そうかな?」

「えぇ。私たちの年頃で、ロビン程の魔術師はが…………見たことがありませんよ」


 一瞬『学校でも見たことがない』と言いそうになったが、口を噤んだ。

 でも……剣士か…………

 考えたことすら無かったなぁ…………


 短剣を用意して狩りに参加してみるのも有りかな?と思って城から短剣を持って行こうとしたが、護衛のアルムスさんに止められた。

 前線に出られると一気に守り辛くなるので止めて下さい、と真摯に言われてしまった。

 少しごねてみたが私の意見が通してはくれなかった。


 ニンジャにお願いされたのなら仕方がない。ニンジャコワイカラ…………


 もちろん狩りだけではなく、普通に遊んだりもする。

 村の中でのおままごとだったり、ピクニックだったり、湖での釣りだったり…………やっぱりこの村で過ごす日々は充実し、とても楽しい日々を送ることが出来ていた。


 この村に来てから1週間ほどが経った。


 今日もいつもと同じように城を出て村へと足を運ぶ。途中までは護衛のアルムスさんと一緒に行くが、村が近くなるとアルムスさんには身を潜めて貰う。一旦身を潜められると、もう私は彼を見つけることが出来なくなる。ニンジャヤバイ…………


 ロビンの家へと歩みを進める。

 今日は2人でピクニックをする予定だ。サンドイッチを入れたバスケットを持って彼の家へ急ぐ。


 その時、私はある2人の男性を見つけた。村の大人の2人だ。

 ある建物を曲がった先にその2人がいて、おはようございます、と挨拶を掛けようとした。……しかし、その口を慌てて閉じた。


「……おい、あの噂聞いたか?」

「あぁ……イリスティナ王女がまた城の視察に戻ってきたんだってな…………」


 その2人は声を潜めあう様にして隠れる様に会話していた。剣呑な雰囲気の中、低い声で自分の名を出されたため、私は咄嗟(とっさ)に建物の陰に身を隠してしまった。

 盗み聞きの様に話を(うかが)ってしまう。


「……ちっ……面倒だな…………」

「また変なことを言って来なければいいんだが…………」

「あいつがいると、反抗しただけで大罪になる。何もしてくれなければそれでいいんだが…………」


 その言葉を聞く度に胸が痛くなってくる。

 多分、私がイリスとして初めてこの村に来た時の事を言っているのだろう。村の男手の徴収に賛同したことで、イリスとしてはこの村に恨まれているのだろう。


 悲しい。

 頑張って城の建設の賃金を上げたけど、その功績は余り見て貰えていなかった。当然の仕事として受け取られていた。

 悲しかった。


「随分スパンが短いな……城の視察以外に何か他の意図があるんじゃないか…………?」

「裏の意図…………」

「まさか、あの姫様……勘付いていたりしてないよな…………」


 …………ん?裏の意図?

 いいえ?ただこの村に旅行に来ただけなのだけど…………勘付く……?何に…………?


「まさか……ロビンの秘密を探っている訳じゃねえよな…………?」


 その人はそう言った。


「『叡智』は絶対に隠し通さなきゃいけないぞ……?」


 『叡智』…………?

 ……ロビンの秘密…………?


「……大体、王家は『叡智』の存在を知っているのか…………?」

「さぁ……微妙だな…………根源の力は知ってないと察することすら出来ない。歴史上の事件からだけじゃ、この村の秘密に辿り着けるはずがない…………」


 ………………

 この人たちは一体何を言っているのだろう……?

 『叡智』?ロビンの秘密?この村の秘密…………?


 なんだ?なんの話なんだ…………?


 その時私の背中に強い衝撃が走った。


「ぎゃっ…………!?」


 私は短い悲鳴を上げ、体は地面に打ち付けられた。

 何が起きたのかが分からない。

 背中を押され、体が動かなくなっている。誰かに体を押さえつけられていた。


「な……なにっ…………!?」

「お前……一体何を聞いていた…………!?」


 首を回して、自分の上を取っている人間を見る。

 その人は仮面を被っていた。民族衣装の様に複雑な文様が描かれた仮面を被っている。フードコートを被り、一切の素性が分からない。

 背はあまり大きくない。私と同じくらいかもしれない。


「答えろ……ここで何をしていた…………」

「………………」


 素性の分からない人間が私を押さえつけている。

 この村に来てから、一切見たことのない風貌の人間が私の前に現れていた。


 この村の闇が這い出してきていた。


ご覧頂きありがとうございました。

次話『55話 神様の』は明後日 3/24 19時に投稿予定です。

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