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53話 まぁまぁでしたよ

【エリー視点】


 この村に遊びに来るようになって1ヶ月程が過ぎた。


「エリー達!魔物がそっちに行ったよ!」

「はい!」

「うん!」


 ここは山の中、私達は魔物と戦っていた。

 ロビンが警戒を促すと、丁度オークが2体こちらに向かってきた。

 しかし、それは作戦通り。ロビンがこちらに追い込むように誘導したのだ。村の友達の1人であるシータと共に発動待機させていた強力な魔術を解放する。


「「バインドアイス!」」


 地面に魔力を込めた杖を叩きつける。杖の先から氷が創り出され、それが土の地面を這いながらオークの足元を氷付けた。


「フゴ!?」


 氷に縛られ、オークは身動きが取れなくなる。明らかに戸惑い、魔物たちの次の行動が遅れる。


「これで……!終わりっ……!」


 ロビンはオークの周囲に竜巻の刃を発生させた。力強い風の魔術は見事に敵を斬り裂いていった。氷に縛られ動けなくなったオークたちは為す術もなく絶命した。


「やったー!」


 戦っていた皆でハイタッチをする。勝利のハイタッチだった。


 私たちはよくこうして山に入っては狩りをしていた。目的としては食料集め。獣や魔物を狩って村に持って帰り、食べるものを増やす大切な仕事であった。勿論、触手村長殺人事件を教訓にあまりヘンテコな魔物は狩って来ないようにするけれど。

 …………いや、村長死んでないよ?ほんと。


 あと、この魔物狩りはロビンが自主的に行っている修行も兼ねていた。


「僕は男らしく強くなって、冒険者になりたいんだ!」

「……冒険者?」

「うん!冒険者になって、たくさん稼いでこの村を裕福にするんだ!」


 そう言ってロビンはにかっと笑った。


 ロビンは村の子供たちの中では一番強かった。

 この魔物狩りが比較的安全なのも、ロビンがとても高い実力を持っているからだ。同年代で彼より強い人を私は知らない。学校で出会った誰よりも強く、逞しかった。

 逆に言ってしまえばロビンがいないときは魔物狩りをしない。山の危険な場所にも入らない。


 他にも普通に村の中で球蹴りをしたり、女の子で集まっておままごともしたりした。私はやたら貴族役が上手いねって言われる。当然。実物を嫌っていうほど見てきたからだ。

 川で遊んだりもする。自然に流れる水はとても冷たく、私の体がぶるりと震える。外で裸足になり転びやすい川の中を歩いたのは、それはとっても新鮮な体験で、私はなんだかとっても嬉しかった。ここは知らない世界に溢れていた。


 村で夕飯をご馳走になったりもした。

 ロビンのお爺様である村長はとても優しい人で、貧困の村の中であってもいつも笑顔を絶やさなかった。ロビンのお父さんお母さんも良い人で、嫌な顔一つせず私を夕飯へ誘ってくれた。


 本当は今日食べるものさえ苦しい筈なのに。

 それでも私にご飯をくれて、笑いながら一緒にご飯を食べた。

 私は自分を少食だと偽った。ご飯をあまり食べず、残して余らせた。本当は私に恵む食料なんてある筈がないのだ。私は城に帰ればいくらでもご飯を食べられる。食べられてしまうのだ。


 ご飯を食べることに抵抗を感じるなんて想像もしなかった。


 村の農作業も手伝ったりしている。

 土にまみれながら小麦の苗を植えたりしている。屈みっぱなしの態勢はきつく、魔力で強化した体でさえもボロボロになってしまう。腰が痛くなる。ぜーぜー言いながら畑の外に出る。農作業は想像よりもずっと過酷な仕事だった。


 でも、この村の大人たちは信じられない程のスピードで小麦の苗を植えていく。

 テキパキと、一切の無駄なく仕事を進めていく。

 私は農作業など初めてだったのだが、体は強く鍛えている。英才教育を受け、魔力で体を強化し、常人の数倍程強くなることが出来る。

 それなのにこの村の大人たちは私の数倍程のスピードで小麦の苗を植えていった。動きが洗練されていた。


「……こ……この村の人たちは……農作業の達人か何かなのですか…………?」

「んん?」


 ロビンのお爺様である村長に聞いてみた。


「いやいや、そんな事はないぞ?どこも同じようなものじゃが…………」

「………………」


 そんな事はないと思いたかった。ここの村が特別なだけで、他の所なら私は十分通用するのだと思いたかった。農業の経験はなくとも、今まで鍛えてきた魔力をもってすればどこに行ったってみんなから崇拝される程の活躍が出来るものだと思いたかった。


「ふぁっふぁっふぁ!この村の者達は何十年と農作業に打ち込んできたからのぅ。あやつらの作業がエリー君よりも早いのは当然じゃ。気に病むことはないぞ?」

「………………」


 でも、そんなことはないらしい。

 私から見てこの村の人たちは特別な達人であるが、他の村でも特別な達人はごろごろといるらしい。


 私は自分自身の事を、下手な大人よりも強く聡明であると考えていた。

 王家に生まれついた特別な人間であり、神により多くの才能を与えられた、生まれながらに優秀な人間であると考えていた。実際に、周りの人たちはそう言って私を褒め称えた。


 でも、この村の大人たちの畑仕事の能力は神がかっていた。

 そして、その神がかった能力は他の村の大人の人たちも同様に持っているらしい。

 特別な達人は世の中に氾濫しているらしい。


 高い空を見上げる。

 何かが崩れようとしている。

 私の中で自分を作り上げてきた土台がポロポロと崩れようとしている。今まで私を形作ってきた黄金の宝がメッキであることに気が付き始めてしまっていた。


 私は下手な大人よりも優秀…………なんてことはないのかもしれない…………

 それは私の10年の人生を否定してしまうような気がして、私はなるべくそれを考えないようにした。


「エリー!」


 泥まみれのロビンが私に手を振ってくる。


「……あっちの方手伝ってきます」

「おやおや?疲れているじゃろう?もっと休んでもいいのじゃぞ?」


 村長は優しい声を掛けてくれて、私はそれに微笑み返した。

 でも腰を上げ、ロビンの方を手伝いに行った。

 手伝いたかったのだ。




* * * * *


「村の税を……軽くするべきでしょうか…………」

「…………ッ!?」


 ブロムチャルド様の城での食事の際、私はそう呟いていた。

 テーブルの上に並ぶ食事は高級食材を利用し、一流のシェフが調理した最高級の食事だ。私をもてなそうとしてくれる彼らの対応はとてもありがたいのだが、村の方は重税による過酷な状況が続いている。

 この食事は彼らの生活を圧迫する要因となっているのではないか?


「それはなりませんっ!姫様っ!減税などしてはなりませんっ……!」

「そうですっ!姫様っ!村の者達を甘やかしてはいけませんっ!」

「あいつらは私たちの好意に甘え、それが当たり前の様に接してくるっ!あいつら下等な人間には厳しく接しなければいけないのですっ…………!」


 しかし、私の呟きにブロムチャルド家の皆さまが猛反発をした。形相を変え、目は血走り、私を必死に食い止めようとしていた。


「し……しかし、あの村は今食べるものが無く困っています。城の建設の税金によって苦しんでいます。減税をしなくては……村の人たちが飢えて死んでしまうかもしれませんよ…………?」

「大丈夫ですよっ!イリスティナ様!あいつらはゴキブリよりもしぶといのですからっ!」

「そうですっ!生活が苦しい、苦しいと騒いでいるのは嘘ですっ!いつだってそう言っているのですっ!」

「現に城の建設の税金を掛ける前から、あの村は生活が苦しい、税金を下げろ、税金を下げろと喚き散らしていました!今、税金を上げても崩壊していません!あの訴えは全部嘘だったのです!」

「今回の訴えだって本当かどうか……!」


 強い反発が起こる。

 勢いに押し込まれる。大きな大人が私を取り囲み威圧してくる。

 背の高い大人に囲まれてしまい、鬼気迫る顔で詰め寄られては、私にできる事はなかった。


「…………わ、分かりました」


 私はそう言うしかなかった。


「分かって頂けて何よりです」


 そしてブロムチャルド様はすぐに表情を変えいつもの笑顔を見せた。私がいつも見ている笑顔に早変わりした。




 でも何か出来る事はないだろうか?

 あの村の過酷な状況は普通の事なのだろうか?

 それとも、税を取り過ぎているのだろうか?

 何も出来ず、あの村は滅びてしまうのだろうか?


 図書館でたくさんたくさん調べ物をした。

 色々なことに疑問を感じるようになった。色々なことを知りたいと思った。自分が今まで盲目であったことに気付き始めていた。


 たくさんたくさん調べ物をした。

 自分の意志で調べ物をした。


 私に何か出来る事はないだろうか?

 そう思ってたくさん調べ物をした。




* * * * *


 城建設の視察は1段落を終え、私は王城へと帰る事となった。

 この村に遊びに来てから1ヶ月半程が経った頃の事だった。


「……エリー、もうここに遊びに来ないの?」

「………………」


 ロビンのむすっとした顔が目の前にある。

 私はいつも通りエリーに変身して、村に挨拶にやって来た。


「ずっとじゃないですよ?……次は……多分、半年後くらいになりますね。半年後位にまた来ます」

「…………父ちゃんの仕事場が変わるんじゃ、仕方ないよね……」

「…………はい」


 村の人たちには城の建設の仕事をしているお父さんの勤務地が変わったということにしている。私は城の近くに住んでいる築城職人の子供だった。


「……エリーがいなかったら魔物が狩り辛くなる。エリーは強かったから…………」


 ロビンは口を曲げていた。いつもより深く帽子を被っているような気がする。


「ほ……ほら……!良かったじゃないですか!城の建設の仕事の給料が上がったんですから…………!この村だって今より楽な生活が出来ますよ…………!」

「…………まぁ、そうだけど……」


 私は色々な調べ物をして1つの事に気が付いた。

 それは城の建設作業に当たっている人の給料が異様に安い事だ。


 前に村の人たちは言っていた。『タダ同然でこき使われている』と。それが本当かどうか調べる為に、他の築城のケースを調べてみた。どこに幾らくらいかかるのか、予算はどれくらいが妥当か、働き手の給料は幾らくらいか…………


 その結果、確かにこの建設の働き手の給料は異様に低かった。

 本当にタダ同然でこき使われていた。


 ブロムチャルド様にそのことを説明し、給料を上げるよう指示を出した。反論はあったもののどれも正当性に欠け、過去の事例と比べ妥当ではないというデータを彼は覆すことが出来ず、建設の給料が上がることが決定した。

 多分、不正の一種だったんだと思う。


 だから、この村で城の建設に働きに出ている人の給料は上がり、この村も潤う筈だった。


「…………エリー、この村に住みなよ」

「これこれロビン、エリー君を困らせるんじゃあない」

「あはは…………」


 口を尖らせるロビンの頭を村長が撫でる。

 そうする訳にはいかない。私には帰らなければいけないところがある。


「そうだ!僕がエリーのテントを作るよ!ほら!あの紫色の触手のブヨブヨの皮が残ってるんだ!アレを使えばテントの1つや2つ…………!」

「やめてッ!」


 それだけは……イヤッ…………!

 そこで暮らすのだけは……イヤッ…………!


「なんだよっ……!エリーのわがままっ……!あんぽんたんっ……!おたんこなすびっ…………!」

「なっ……!?我が侭なのはあなたでしょうっ……!?あんぽんたんはあなたですっ……!」

「バカバカ!バカバカバーカ!」

「バカバカバカバカ!」

「ばか!あほ!どじ!まぬけ!ちんどん屋!」

「じゃあそう言うロビンはあの触手の皮で出来たテントで暮らせるんですかっ……!?」

「ムリっ…………!」


 結構あっさりと非を認め屈した。首をぶんぶんと振っている。

 流石にアレは嫌なようだ。


 私たちは握手をした。

 また半年後には会えるだろう。寂しい事なんてない。寂しい事なんてある筈がない。


 私は村の皆から離れていく。なんだか後ろ髪を引かれるような思いになった。こんなことは初めてだ。

 振り返って大きく手を振った。精一杯元気な顔を見せながら叫んだ。


「またね!」


 そう言って別れた。




* * * * *


 私は王城へと戻ってきた。

 たった1ヶ月半の事であったが、この自分の家がとてもとても懐かしく思えた。

 それは私がこの城とは正反対の世界で暮らしていたからだろう。この城に無いものがあの村にはあり、あの村に無いものがこの城にはあった。


 城に戻ってきてからというもの、私は法律の勉強を自主的に行っていた。税の徴収の仕方、他の国の範例、税を上げる際のポイント、注意点、逆に安易に税を下げることの危険性…………色々なことを調べていた。


 私達王族は外国に招待され、パーティーを催されることもある。実際に外国に行った時に、現地の人に話を聞いてみるのもいいかもしれない。

 そう考えていた。


「よっ!イリス!お帰り!」

「きゃっ……!?」


 勉強している最中に、背中をバチンと叩かれる。

 驚いて椅子から転げ落ちそうになるのを踏ん張って耐え、振り返ってその無礼者の顔を見た。


「お疲れ、旅行はどうだった?」

「……アルフレード兄様」


 私と同じ銀色の短い髪のアルフレード兄様がカラカラと笑っていた。この人は私たち兄弟の次男で、私をあの村に送り込んだ人だ。


「なに?なになに?なに読んでるの?……ふーん?法律?」

「兄様、勉強の邪魔です」

「相変わらず冷たいなぁ」


 そっけなくされているのに、兄様は笑顔を絶やさない。私ははぁ、とため息をついた。


「…………今回の視察ですが、税の徴収の面で問題があったと感じました。元々の税にさらに城建設の税までかかってしまっては2重に税が掛かってしまうことになります。

 実際に近隣の村ではそれが原因で貧困状態が続いていました」

「ほぅほぅ」


 アルフレード兄様は腕を組みながら私の話を聞いている。


「……しかし、城の建設には膨大なお金がかかるもの。他国の範例を調べてみたところ、城建設など特別で一時的な税金が発生する場合、農作物の納入など、国に対し納める租税を幾らか緩和する措置が取られているという例が見つかりました。城の建設分で増える紙幣の支払いに対し、農作物や労役など別の種類の税を軽減するというやり方です。

 これをあの地方にも適用してみたら如何でしょうか?」

「ほぅほぅ、なるほど。それは中々素晴らしいが、イリス……それを1つ認めたら他の全ての地域に認めないといけなくなるぞ?他の地域から不公平だと言われるのは確実だ」


 アルフレード兄様は小首を傾げながらそう聞いてくる。さぁ、どうするんだ?と、言うかのような目が私に向けられている。

 私は口をへの字に曲げながら答えた。


「…………他の地域でもやればいいんです。全部やればいいんです」

「…………ほぅ!」

「重税で村が滅んでしまったら取れる税も取れなくなります。この対応は村の救済だけでなく、国家の収入も増やす結果に収まるでしょう。単純に考えれば、人口が多い程取れる税金も多くなるのですから…………」

「………………」


 アルフレード兄様は組んだ腕をほどいた。そして、それを私の頭の上に乗っけて、


「凄いな、イリス!そこまで案を出せるなんて兄様は鼻が高いぞ!」

「わっ!?わわっ……!?頭撫でないで下さいっ……!」


 私の頭をぐしぐしと乱暴に撫でた。


「まぁ至らぬ点もあるし、具体的な数値とか適用範囲までは決まっていないみたいだがな。そこら辺はおいおい勉強していくといいさ。俺の信頼する法律家と政治学を修めている人を紹介しよう。その人の元で学ぶといい」

「……はぁ。感謝します」


 私は乱暴にされた髪を整えながら、適当に頷いた。

 でも、ここで信頼のおける専門家を紹介して貰えるのはありがたいかも…………


「……何より嬉しいのが、イリスが村の民を思って勉強をしているという点だ。城の建設で働く人の給料を上げたのも、国民を思っての行動なんだろ?」

「………………」


 少し自分の顔が赤くなるのを感じた。言い当てられて恥ずかしくなった。知られていた。当然かもしれないけど、私が報告するまでも無く知っていたんじゃないか。

 兄様は私の目を正面から見て、こう聞いてきた。


「イリス、今回の旅行はどうだった?」

「………………」


 私はアルフレード兄様から目を逸らした。


「…………ま、まぁまぁでしたよ………」


 照れ臭かったから、そう答えるしかなかった。

 にやにやと笑う兄様がやけに憎たらしかった。


過去編もうちょっとだけ続くんじゃ。


次話『54話 半年後』は明後日3/22 19時に投稿予定です。

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