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51話 初めての戦友

【イリス視点】


 山を歩く。

 私は山の途中でロビンと出会い、また山を登っていた。

 ロビンは変装した私のことに気付かず、私はエリーと名乗った。


 また山を登っている。

 話もそこそこに「ついてきて!」とロビンは言い、私の手を掴んで引っ張った。

 急なことに転びそうになるけれど、手を引かれ歩き出すのは何故か悪い気がしなかった。


「エリーはさ、どこから来たの?」

「え…………?」


 前を歩くロビンが振り返って聞いてくる。

 その顔は明るく晴れやかで、数時間前のむすっとした喧嘩顔とは色がまるで違っていた。


「えぇっと……城の方…………?」

「…………城?」


 その言葉を聞くと、ロビンの眉が寄せられむすっとした顔に早変わりする。


「……もしかして、エリーって貴族の人なの…………?」

「い、いやいやいや!違いますよ!?城の方から来たってだけで……ほら!お父様が出稼ぎで城の工事をしてるから…………その城の近くに一家で暮らしてるのっ…………!」

「そっか!」


 私の焦った言い訳を聞き、ロビンの顔がまた晴れやかになる。

 よ……良かった……即興で作った嘘でも割と簡単に騙せた…………


「でも、『お父様』だなんて……エリーは変な呼び方してるね」

「え゛っ……そ、そうかな…………」

「うん」


 しまった。そっか。平民は自分の父をお父様なんて呼ばないんだ。


「あー……先程は助けてくれてありがとうございました、ロビン。本当に死んじゃうかと思いました」

「だから、いいって。僕だって1人だったら死んでたかもしれないしね」

「……ロビンはあの魔獣、恐くなかったんですか…………?」


 話を逸らすのと同時にさっきの戦いで気になったことを聞いてみる。彼にお礼を言うのは少し(しゃく)だけど、でも私はとても恐かったのだ。

 死ぬほど恐くて動けなかったのだ。

 あんなことは初めてだった。あの恐怖は教科書には載っていなかった。


「僕も恐かったよ?あんなに大きいのが出るのはそう滅多にないからね」

「でも……!動けていました!攻撃できていました!…………私は竦んで動けなかったのに…………」

「そりゃあ、面と向かって突進されたらねぇ…………」


 彼は困ったように笑った。


「それに、小さい魔物で慣れているってのはあるかもね。僕は時々この山で魔物狩りをしているんだ」

「……魔物狩り?」

「そう!そうやって山で修行して兄ちゃんみたいにすごく強くなるんだっ!」

「へー…………」


 彼の兄ちゃんというのがどのくらい強いのか分からないけど、私の中でロビンはとっても強い人に位置付けられていた。少し悔しいけど、そうだった。

 だって、学校では私よりも強い人はいなかった。模擬戦では負け知らずだった。


 でも魔獣を前に動けなくなってしまった。

 そして、ロビンにはその魔獣に向っていく強さがあった。

 少し……ほんの少し……ほんのちょぴっとだけ彼に対し尊敬の様な気持ちが生まれていた。


「着いたよ!」


 ロビンがそう言うと、私たちは木々を抜け見晴らしの良い場所に出る。太陽の光を遮っていた枝葉無くなり、きらきらとした光が差し込んでくる。


「わぁ…………」


 私は思わず感嘆した。

 そこは少し開けた原っぱであり、そしてその先には大きな崖があった。

 崖はとてつもなく高く、崖下には緑の木々の絨毯が広がっている。崖の先には広大な山々の姿が視界一杯に広がっている。何処までも空は高く、澄んだ心の様に一色の青色に染まっていた。


 深い緑。清らかな青。

 ここはとてつもなく見晴らしの良い場所だった。


「どう!?ここ、僕のお気に入りの場所っ!」

「…………すごい」


 そんな声が漏れていた。

 私の目に広大な自然が飛び込んでくる。


 誰だろう。この辺鄙な土地にはなにも無いと言ったのは。

 あるじゃないか。山と空が。森と土が。雲と木々が。それに魔物だっていた。

 私は城の中の世界に生きていた。だからこんなに広い場所を知らなかった。


「気に入った!?」

「…………はい」


 声がぽつりと漏れる。ぽつりぽつりと漏れていく。


「……気に入りました」

「それは良かった!」


 ロビンはにぃと笑った。嬉しそうに笑っていた。


「さぁ!遊ぼう!なにして遊ぶ?エリーはいつもなにして遊んでるの?」

「え……?」


 いつもなにして遊んでる?

 私はいつもなにして遊んでいたんだっけ……?


「あー……私はいつも勉強していたので……余り遊んだことがないのですが………」

「えー!?うっそだー!?遊ばない子供なんているわけないだろぉ!?」

「あー……お茶しながら、きぞ……お友だちの自慢話を聞いたりはしてますよ?」

「…………それって面白いの?」

「あはは…………」


 面白くなんてない。あれはお仕事だ。貴族との縁を繋ぐお仕事だった。

 彼の言葉に苦笑いを浮かべ、私は笑って誤魔化すしかなかった。


「よし!じゃあ、僕がいろんな遊びを教えてあげよう!僕のことは兄ちゃんって呼んでいいぞ!?」


 そう言って、ロビンは自慢気に胸を張った。数時間前ならばその笑顔がとても憎たらしく見えたのだろうが、何故だろう、今は少し微笑ましく見える。

 私はくすっと笑って言った。


「やですよー。むしろ私のことをお姉ちゃんと呼んでいいですよ?勉強教えて上げましょうか?」

「なっ……!?」


 ロビンはびっくりしたのか目をまん丸くし、口を開けて驚いていた。


「ぼ……僕の方が兄ちゃんだやい…………!」

「違いますー!私の方がお姉ちゃんですー!」

「僕の方だよ!」

「私の方ですー!」

「僕!」

「私!」


 ぐぬぬ……と睨み合った。

 じっと睨み合って数十秒、数分とドスを効かせ合っていた。なんとも無駄な時間だった。


「ところで…………」

「ん?」

「何で私にここを紹介してくれたんですか?」


 気になったことを聞いてみた。

 彼にしてみたら私は山に突然現れた見ず知らずの人間だ。もし私の正体がイリスだと気付いていても、憎き仇敵にこんな場所を紹介してくれるはずがない。


 ここは彼のお気に入りの場所のようだ。そんな場所を初めて会った人間に簡単に教えるものだろうか?大切なものというのは隠し、人に教えず、その益を独りで舐め、人に奪われない様に目を凝らして守るものだ。

 今までの人生で、周りの貴族たちはそうしていた。私もそれに(なら)っていた。


「決まってるでしょ!」


 ロビンは笑って簡単に答えた。


「僕たちは一緒に魔物を倒した戦友なんだからっ!」


 戦友…………彼はそう言った。無邪気な笑顔でそう言った。


 とても奇妙な気分になった。

 私にとって友達とは仕事だった。

 全ての人間は私と縁を持とうとしてきた。私は王族だから、私に何かを与えて欲しい人たちが友達になって下さいと近づいてきた。

 友達とは契約だった。絆を結ぶ代わりに何かを与え、何かを奉じられる関係の事だった。


 それが……目の前のこの少年はどうだ?

 さっき一緒に戦ったから。そんな小さなことで私の事を戦友と認めていた。

 私を友達だと簡単に言った。


「…………そうですね。それはいいですね………」


 私は微笑んでいた。

 彼はもっと笑っていた。


 この時、私は本当の意味で初めての友達が出来たのだった。




* * * * *


「お待ちなさい!どこへ行こうというのです…………!」

「はーなーしーてーくーだーさーいーっ…………!」


 城の中で私は護衛に肩を掴まれ、私の動きを制止していた。

 両手を振ってじたばた暴れても簡単に抑え込まれていた。


 ロビンと会った日の翌日、私はまたエリーの姿に変身して城から抜け出そうとしていたら、流石に護衛の方にバレてしまった。

 今日はロビンが村の友達を紹介してくれるというので村の方に行かなければいけないのだが、護衛の方が建設中の城から出してくれそうにない。この人の名前はアルムスさんというそうだ。


 事情を説明すると、彼はとても難しい顔をした。


「そうですか……お友達が出来ましたか……うーむ…………とてもいいことですが……しかし…………どうしたものでしょうか…………」

「そうです!私は正体を隠しているのですから、護衛が傍にいてはいけません!護衛が傍にいたらすぐに私の正体がばれてしまいます!」

「いやー…………そんなことは出来ないのですが…………どうしましょう…………」


 その時、私は身分を隠し世に忍ぶ怪盗のような気分になっていたのだろう。決して正体がバレてはいけない。それが私の使命のように感じられた。

 アルムスさんをめっちゃ困らせていた。


「…………分かりました。それでは最終手段です」


 アルムスさんは凄みのある声でそう言った。




* * * * *


「…………ねぇ、ロビン。ロビンはさ……ニンジャって知ってます…………?」

「ニンジャ?………知ってる!異国のスパイの事でしょ!?ニンニンっ!」


 山の中、私はロビンにそんな事を聞いた。彼は指を絡ませ、ニンジャのインというものを作りながらそう言った。


「それがどうしたの?エリー?」

「いや…………」

「ふーん…………?」


 私が曖昧な返事をすると、ロビンはまた前を向いてさっさと歩きだしてしまった。私は後ろを向いたままである。


「………………」


 目を凝らして後ろの森の木々をよく見る。

 皆は知っているのだろうか?今、私たちは伝説のニンジャに付けられているということを。たくさんの子供たちに一切気付かれること無く、黒装束を着ながら、森の陰に紛れていることを。


 私は目を擦ってから、もう一度よく森を観察する。

 分からない。見えない。どこにいるのかさっぱり分からない。影も形も気配すらない。

 でも確かに護衛のアルムスさんが私の近くのどこかにいる筈なのだ。


「ニンジャスゴイ…………」


 私はツチノコを見つけるのを諦めるかのように、ニンジャを見つけることを諦め、皆の後を追っていくのだった。


便利設定『ニンジャ』

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