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49話 ある少年との出会い

【イリス視点】


「ならば雇用する村人の数を多くすればいいのですね?」

「はい!その通りです!」

「流石!イリスティナ様は話が分かるっ!」


 建設予定の城に着き、私はその城の主となる予定の貴族のブロムチャルド様と話をした。

 どうもその城の工事の予定が遅れているようである。


 ブロムチャルド様の城は特に何もない辺鄙な土地に建てられる予定である。その周囲には農村しかなく、税の徴収が上手くいっていないという事である。

 しかし雇用する村人の数を多くすれば、その分だけ村人に払う給金も多くなり村も潤うのだという。更に、城が出来ることで何も無かったその場所に人が集まり、城下町が出来る可能性もあるという。そうすれば交易品などの商売によってこの土地周辺は多くお金を稼ぐことが出来るようになる。


 長い目で見ればこの城の建築は村の為になるという事らしい。

 全てが上手くいく道筋であった。そう聞かされた。


 私は村人の雇用に賛同する書面にサインをし、その貴族の主と共に近くの農村に足を運んだ。

 誰もが得をするやり方を後押しすることが出来て、私は喜びを感じていた。

 村の皆が私に賛同してくれるだろう。ありがとうと言ってくれるだろう。


 私は全ての国民に愛されているのだ。


「ふざけるなっ…………!」


 それなのに、村に着いてから受けた言葉は罵倒の言葉だった。


「これ以上村の男手を徴用されたらこの村の農業はどうなるっ!?勝手なことを言うなっ!」

「そうだっ!何が働いたお金で税金が払える、だ!そんなものタダ働きと同じじゃないかっ!」

「勝手に現れて勝手に居座ろうとして、うちの村を荒らそうとするんじゃないっ!出ていけっ!」


 私は茫然とした。こんな反応は予想外だった。


「申し訳ありません、イリスティナ王女殿下。この村の者達は粗野で乱暴な愚か者ばかりでありまして…………どうか彼らの言葉はお聞きなさらぬよう……」

「そ……そうなのですか…………?」


 こんなに乱暴な言葉を投げかけられることは初めてで、私は動揺していた。何かの間違いだと思った。きっとこの人たちは私の事をちゃんとよく分かっていないのだろう。私が王族だと知れば、敬愛し、私が賛成した意見に賛同してくれるに違いない。

 そう思った。


「阿呆な村人共っ!この案を断って、それで税金はどうするっ!?払う当てはあるのかっ!?」

「そっちが勝手に税金を上げたからこんな目に合っているんだろう!?元々の税金だけでも苦しかったのに、それに城を作る税金を掛けられてしまったら立ち行かなくなるのは目に見えていただろうっ!」

「それなのに、働かせてやるからその金で税金を払えだって!?バカにするのもいい加減にしろっ!」

「黙れ!折角情けを掛けているというのにっ!税金を上げられたなら、お前たちは何とか工夫して収入を増やすべきだったんだ!その方法をこちらから提示してやっているというのに…………恥を知れっ!」

「バカなことを言うなっ!その城の工事の給料だってとんでもなく安くて、俺たちをタダ同然でこき使っているというのにっ……!」


 激しい罵り合いが交錯する。

 予想外の展開だった。こんなに敵意を向けられるとは思わなかった。

 そうだというのにブロムチャルド様も村人たちも強く相手を非難し続けている。まるでそうなることが分かっていたかのようにスムーズに。


「ええいっ!黙れ黙れ!この愚か者どもめっ……!このイリスティナ様のサインが見えないかっ……!?断るのなら国家反逆罪に問うてやるぞっ……!」

「えっ……!?」


 ブロムチャルド様が私のサインした書類を取り出し、前に突き出す。

 国家反逆罪?そんなものを取り出されるとは思わなかった。これに断れば村人全員が処刑されるのだろうか?

 でも、大丈夫………王族である私が賛成したと分かったのだから、皆さんも喜んでこの提案を受け入れてくれるはず…………


「くっ…………!」


 しかし、向けられたのは敵意の視線であった。

 私の心臓はドキンと跳ねる。いかつい大人の鋭い目が私に向けられる。そんな風に睨まれたのは初めての経験だった。

 私はいつもいつも愛され続けていた。称賛され続けていた。


 そんな風に殺意を向けられたのは生まれて初めてであった。

 一筋の汗が頬を伝う。


「こっ……ここ…………」

「……?」

「この城の建設は有用ですっ!この城が完成すれば人の流れはこの地にも集まり、商売で儲けることが出来ますっ!今以上のお金を稼ぐことができ、税金も簡単に払えるようになるでしょう…………!

 長い目で見れば、この城の建設は皆様の役にも立つのですっ…………!」


 私は気が付けばメリットを説明し、村人たちを説得しようとしていた。

 私が賛同した案を受け入れて貰いたかった。受け入れて貰えると思った。


「……その前にうちの村は滅んじまうよ」

「何年か後の話より、明日食うものの話をしてくれ」


 しかし、返ってきたのは冷ややかな返事であった。

 頭の中がぐるぐると回る。意味が分からない閉塞感が襲い掛かってくる。

 なんで?なんででしょう?こんなの学校で習わなかった。


「……第一、商売なんかで儲けられねえよ。俺たちは商売なんてやったこと無いんだから…………」

「それは……勉強すれば…………」

「あ゛ぁっ……!?」


 ドスの効いた声が私の身に打ち付けられる。


「……勉強する余裕なんか無いに決まってんだろうがぁっ………!バカにしてんのかっ………!てめぇっ…………!」

「ひっ……!?」


 身が竦む。大の大人の激しい感情を受けるのは初めてで、恐く、体が震えた。身が縮こまる。逃げ出したくなる。


「貴様らっ……!王女殿下になんて口の利き方だっ……!不敬罪で処刑してやるっ……!」

「この者共を捕らえろっ!衛兵っ!衛兵っ……!」


 場が騒然とする。

 村人たちは焦り、その場から逃げ出そうとする。衛兵たちはそれを追おうとしている。


「お……!お待ち下さいっ……!お待ち下さいっ…………!」


 私は必死に制止した。


「追わないで下さいっ!私は気にしていませんからっ!処刑はダメですっ!殺しはダメなんですっ…………!」


 私は衛兵たちを止める。

 人死にが恐かった。人死にの責任が背負えなかった。そんなことになるとは思わなかった。

 私の令によって衛兵も貴族たちも退くことになった。村人たちは簡単に逃げて行った。


 でもきっとその場から逃げたのは私なのだ。

 そんな自覚なく、胸の中を駆け巡る泥が自分を苦しめながら、私はその場を後にした。




* * * * *


「お気になさらず、王女殿下。あの者達は特別粗野で、貴女の様な高貴な知性を理解できぬ馬鹿者達なのです。貴女は一切間違っておりません」

「その通りです。イリスティナ様。貴女の賢明な判断を否定するなんてあの者達の正気を疑いますよ。同じ人間とは思えません」

「あのような獣たちの言葉など、一切気にする必要はありませんよ?王女殿下」


 貴族の方々に肯定と励ましの声を貰う。

 でも気分が晴れることは無い。出会ったことのない正体不明の感情が自分の中で渦巻き、頭を混乱させる。疑念が泥の様に付着し、自分の頭から離れない。


「…………でもあの人たち、今の暮らしもままならないという話をしていました。それが本当なら税を上げるべきではない…………」

「そんなことありませんっ!イリスティナ様っ!あやつら下民のいう事を簡単に信じてはいけませんっ!」

「そうですっ!あいつらは不平不満しか言わないっ!こちらが丁寧に民の生活を管理してやっているというのに、あいつらはその恩恵は当然のこととし、税の事だけに怒りの声を上げるのですっ!」

「………………」


 確かに、学校でもそう習った。


「その通りっ!我らが先導して山の魔物を退治してやっているというのに、それに何の感謝も礼金も持って来ないっ!」

「………………」

「それにですね?生活が苦しいなんて言うのは嘘ですっ!あいつらは2ヶ月前に村で宴を開いたのですっ!」

「…………宴?」

「そうですっ!我らからすると貧相なものでしたが、それでもあいつらは1晩中歌い、踊るだけの余裕があったのですっ!」

「そうっ!余裕があったのですっ!」

「余裕…………」


 確かに宴を開けるという事は余裕があるという事だ。そのお金で既定の税金を払うことが出来たかもしれない。

 …………ん?でも待って?

 税というのは歌ったり踊ったりする余暇さえも削り、徴収するものなのだろうか?


 その時ブロムチャルド様が私の肩を力強く掴んだ。私の思考は中断される。


「城の建設はしなくてはならないのですっ!そうすることこそが、正しい道なのですっ!」

「………………」


 その方の自分の城を持ちたいという強い感情が見えた。それは飢餓感にもよく似た感情だった。お金に飢えた貴族たちが発する強い思念だった。


 その剣吞に押され、私は思わず頷いてしまった。




 そして私は少し、自分なりに考えてみた。

 どうすればいいのだろうか。税を上げようとする貴族と、税を上げられたくない村人の方々。

 私は正しい理由で税を上げるのなら、民はそれに賛同してくれるのだと思っていた。今回の城の建設にはメリットが多く、交通の際の要所になる。長旅に疲れる行商人の安全な場を作ることができ、人も集まり経済が発達する。

 長い目で見れば必ず利益を生む。


 正しい事には皆が賛同してくれる。

 もしかして、それは少し違うのだろうか?


 この村の主な収入は農業だ。

 その収入が上がれば税を上げても苦しくなくなるだろうか。

 私には知識がある。世界一の国立図書館で身に着けた様々な知識が詰まっている。


 そうだ。確か最新の研究で農業の効率化について述べられた文献があった。

 その知識を紙に書き、私はもう一度村に行ってみた。


 数日前とは違い、村の入り口までではなくしっかりと奥まで足を踏み入れる。

 農村の本当の姿が目に飛び込んでくる。

 そこは王都とは何もかもが違った。


 村にはボロボロの家が立ち並んでいた。

 壁に空いた穴がつぎはぎの様に修復されている。あれでは隙間風が吹き込んでくるだろう。何故もっと良い修復をしないのだろうか。何故新たな家を建て直さないのだろうか。

 一面が緑色で、大量の畑が並んでいることが分かる。この村にはほとんど畑しかなかった。女性も子供も区別なく働いている。何故子供は学校に行かないのだろう。普通、学校で勉強しなければいけない時間の筈だった。


 この村には私の分からないこと……知らないことが溢れていた。


「…………ねぇ」


 背後から呼びかけられる。


「……お前ってさ、噂の世間知らずのバカ王女だろ?僕、知ってるよ」


 振り返るとそこには1人の少年がいた。

 私と年代が近いのかもしれない。背丈がほとんど変わらない。


「…………誰の事ですか?」

「お前だよ、お前。みんな言ってるよ。お前は僕たちの事を苦しめるバカ王女だって」

「………………」


 その少年は前方につばの付いたキャップを被っている。帽子から出ている焦げ茶色の髪はその少年に活発そうな印象を与えている。

 顔は少し丸く、目はぱっちりとしている。とても綺麗な顔立ちで、少し女性的な雰囲気を醸し出している。


 その少年は帽子を正しながらへの字に口を曲げ、私に敵意を向けてきている。

 私も思わず口が曲がる。


「…………貴方の名前は?」

「……ロビン」


 強い風が吹いた。これから何かが変わっていく……そんなことを予感させる風だった。


「ロビンだ。覚えておけよ、バカ王女」


 それが私の世界を変える少年との出会いだった。


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