48話 崩れた思い出
【7年前 イリスティナ10歳】
その部屋は仄暗く、静黙を保っている
小さな蠟燭の炎が小さく揺らめいて、幽かにこの部屋を照らしている。翼の生えた女神の彫刻、天秤を持った天使の絵画。それら全てが王家の威光を示しており、神の血を継ぐ者の偉大さを表現しているのだが、吹けば消えてしまう程の明かりではその偉大な芸術も静かな闇の前に姿を潜めてしまう。
私はその部屋の中央に立ち、神の住まう湖のように透き通ったオーブに手を置いている。
身なりの整った神官たちが私を囲み、そのオーブを注視していた。
オーブに私の魔力を注ぎ込む。
透明の球体は魔力に呼応し、強い輝きを放つ。薄暗かった部屋の中はオーブの輝きに満たされ部屋の内部を隅々まで照らし出す。私の力によって放つ輝きが神々の姿を模した芸術品に光を当て、その姿を露わにする。
まるで私が神をこの地に顕現させたかのようだった。
「おぉっ!」
神官たちが感嘆の声を発する。
「驚きましたっ!流石は王女様っ!イリスティナ様のお年でこれまでの魔力量を保有しているとは!この私、未来永劫尊崇の念を貴女様に捧げたいと思いますっ!」
「この年でこの魔力計測器の強い反応っ!やはりイリスティナ様は100年に1人の天才でございますっ!貴女様の年頃で貴女様に敵う人間は、同じ王族の方を除き、一天四海のこの大地の上では存在しないでしょう!」
「流石は神の血を引く王族!王家の威信の光は永久に消えることなく、この世界を正しく照らし出すことでしょうっ!」
オーブの光は私の体内の魔力量を記している。
その光の強さを見るや否や、周囲の神官の方々は強く私を褒め称えた。感動に打ち震えている。
しかし、そんなことは当然の事である。
私は尊大な王家の子女であり、この国を……いや、この世界を支える為に生まれついた偉大な人間の1人だ。
私はまだ10歳。しかし下手な大人よりも強く聡明である。それは王家に生まれついた者の定めのようなものであり、民を導くために神が与えてくれたギフトであった。
皆が私の事を恐れ敬うのは当然の事である。
それは、私の能力が証明している。
褒め称えられるのは私の日常であった。
* * * * *
「聞きましたよ!イリスティナ様っ!魔力計測の儀で一流の騎士と同等の結果が出たという話をっ…………!」
「流石イリスティナ様ですっ!学年末の試験結果も一番だと伺いましたっ!」
「流石はイリスティナ様っ……!貴女様がいればこの国も安泰でございますっ……!」
城の廊下を歩いていると多くの貴族の方々が私に話し掛けてくる。
全て私を称賛する言葉である。
それは私にとって生まれてから毎日起こるいつものことで、私が王族である為必然の事であった。
「やはりオーガス王家は素晴らしいっ!」
「幾人もの天才を何世代と排出し続けているっ!」
「世界全ての人間が王家を愛し、慕っておりますっ!オーガス王家万歳!」
そうだ。私の一族は血統が良いためか、常に能力の高い人間が生まれる。
私の家族は全て内包する魔力量が常人よりもずっと多く、頭の回転、学校の成績も常に優れている。昔、神との子を授かり、王家に神の血が引かれてから我が一族は生まれついての優秀な人間であった。
神様は私たちにこの国を導き平民を指導する役目を与えなさったのだ。
「オーガス王家万歳!」
「オーガス王家はこの国の誇りです!」
「この国の全てが王家を敬愛しておりますっ!」
「国民の全てが王家や貴族の方々に深い感謝を捧げておりますっ!」
「オーガス王家は偉大なり!」
貴族や神官の方達がそのような言葉を発し続ける。
私たちが愛されるのは当然だ。何故なら私たちは神様に使命を頂いており、国民を正しく導いているからだ。国民の全ては私たちを愛している。
そんな言葉を聞かされ続け、私は城の中で生活をしていた。
そう教えられ続け、成長してきた。
疑う余地など微塵もない。
私たちは国の全てから愛されている。
「よっ!イリス!」
「…………!?」
そんな時、背中をバチンと叩かれる。
前に押し出されたたらを踏み、振り返ってその無礼者の顔を見た。
そこには見慣れた顔があった。
「魔力量、凄い値が出たんだって?おめでとう、イリス!」
「…………アルフレード兄様」
私と同じ銀色の短い髪のアルフレード兄様がカラカラと笑っていた。
行儀が悪く、串焼きを食べながら城の廊下を歩いていた。
「……別に……当然の事です」
「いやいや、素直に喜ぼうよ、イリス。ご褒美に串焼きをあげよう。城下町で買ってきたんぞ?」
「…………そんな平民が食べる品質の低い食べ物は要りません」
「なんだい、美味いのになぁ」
そう言ってアルフレード兄様は2本目の串焼きを口にした。品性の無いその姿を見て、私はため息をつかざるを得なかった。
アルフレード兄様は王家の中でも飛びっきりの変わり者だ。
我が王の2番目の子であり、私とは少し年が離れている。17歳であり、私よりも歳が7つ上の兄であった。在籍していた学校の成績も極めて高く、能力の低い1番上の兄よりも彼が王位を継承した方がいいのでは、という声も一時期上がっていたほどだ。
しかし年を経るごとに奇行が目立つようになり、城の外に繰り出しては汚い酒場で飲む姿が度々確認されている。平民たちの仕事を手伝う事もするようで、王家の人間としての行動とは思えないことをする事が多々ある。
私たちはより優れた仕事をしなければならないというのに。
「……私の魔力量が多いのは当然の事です」
「当然?」
「私は王族の娘だからです。兄様にも分かるでしょう?」
アルフレード兄様の目を見て言った。
「私が優れているのは当然の事です」
「………………」
当たり前のその言葉を聞いて、何故か兄様は困ったように頭をポリポリと掻いた。口元を歪ませ、私を見ながら苦笑いをしている。
困った妹を持った。私を捕まえてそのような視線を向けてくる。
「……世間知らずのお姫様………か………」
「……?……なんです?その言葉?」
「時にイリス。今から俺と一緒に城下町に遊びに行かないかい?街の人たちの様子を知ることは王族にとって大切なことだよ?」
「その必要はないです。学校で全て習いました」
「…………でも、学校で教えてくれない部分とかもあるかもしれないよ?」
「全て知っています。このお城を尋ねる貴族の方々の話は聞いております」
「…………ははは……」
兄様は乾いた笑いを浮かべて私の肩を強く叩いた。
「よし!イリス、旅行に出掛けなさい!可愛い子には旅をさせよって言うしね!ある村の傍に貴族のお城を作ろうという計画があるんだが、それがあまり上手くいってない。その状況をよく見聞きして、俺に報告してくれないか?」
「…………そんなことは従者にでもやらせればいいでしょう?」
「いいや、イリス、君がやりなさい。君がやるべきだ。いいかい?これは兄様からの命令だ」
「………………」
私の鼻の頭が兄様の指で突かれる。
この視察に特に意味を見いだせないが、兄様の命令とあるならば仕方がない。兄様の方が位は高いのだから、私はこの人の命令を聞かなければならない。
「この旅が君にとって素晴らしい経験となることを祈っているよ」
「………………」
そう言って兄様は私の頭をぐしぐしと乱暴に撫でた。
長い時間をかけて整えさせた髪なのだから、やめて欲しい。
ゴトゴトと馬車に揺られる。
その城の建設予定地は馬車で2週間程かかる辺鄙な場所にある。自然が美しい場所であるという事を聞いているが、それはつまり特に何もない事を意味している。
王家の有する最高品質の馬車だというが、2週間も揺られていると微細な振動が少しずつ私に疲れを蓄えさせてくる。これは何とかならないものか。帰ったら馬車業者に注文を出してみよう。
窓の外を見ても変わらぬ光景が目の前に広がるだけである。
退屈にため息を吐いた。部屋で勉強をしていた方がずっと自分の為になる。私が自分の為になることは、すなわち国の為にもなるという事だ。私はこの視察に重要な意味を見いだせなかった。
この時の私は知る由もない。
この旅が私の中の世界をひっくり返してしまう事に。
この旅が私を大きく変化させ、私の価値観を変えてしまう事に。
この旅が何より楽しく、私のかけがえのない記憶となることに。
そして、どうしようもなく悲しい思い出となってしまう事に。
私が『叡智』の存在を知るきっかけとなってしまう事に。
この時の私は知る由もない。
幕間って『まくあい』って読むんですね……ずっと『まくかん』って読んでた…………
あんま長くならない様に頑張ります。
次話『49話 ある少年との出会い』は明後日 3/12 19時に投稿予定です。




