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47話 戦いの後で

【イリス視点】


「じゃあ!皆!この度の任務は終了となりました!お疲れ様です!かんぱーいっ!」

「かんぱーいっ……!」


 神殿都市から離れに離れた街の酒場で私たちは酒の入ったグラスをぶつけあう。

 フィフィーの声と共にガラスの鳴る高い音がして、中に入った酒が飛び散った。それすらも一興。皆さん、酒を被って汚れるのなら本望であった。


 今日は打ち上げの飲み会であった。

 祝勝会……というには謎が残ってしまったけれど、神殿都市の調査は一先ずここで終了となる。

 あれから私たちは逃げに逃げ、遠く離れた街までやってきた。『アルバトロスの盗賊団』はメルセデスと神器『夜空に煌めく星々』を追っているのだという。どちらも今手元にあるため、私たちは神殿都市を遠く離れた。


 偵察の為に神殿都市に残った人たちの証言によると、戦いから2日後の深夜、湖の中から幽炎が出てくるのを確認したようだ。そして何かを探す様にきょろきょろと首を動かし、望みのものが見つからなかったのか首をかくんと傾け、炎が夜に溶ける様に消えていったのだという。

 奴らはメルセデスを見失ったんだと思う。神殿都市にはそれ以降一切の被害はなかった。


 皆、大いに騒いでいる。

 浴びるように酒を飲み、笑う様に飯を食べ、歌う様に叫んでいる。

 これは冒険者達の間の弔いだった。


 今回の戦いで多くの死者が出た。

 一瞬のうちに幽炎に燃やされて、A級冒険者は9人、神殿騎士は13人が犠牲となった。炎の壁の出現によって燃やされてしまった地上の教会の人たちも多く、あの日の夜は考えられない程の大惨事となっていた。

 敵ではあったが、地下事業の人間もたくさん死んでいる。


 大神殿では大規模の葬式が粛々と行われたようだ。

 一方で冒険者は仲間の死を悼む時は大きく笑ってたくさん飲んで、逝った者たちの魂を景気よく送り出す。悲しい顔が似合わない冒険者達ならではの弔い方だった。


「おいっ!麦酒が足りねえっ……!もっと持ってきてくれっ……!」

「お前たちぃっ……!今日はお姫様の奢りだぁっ……!感謝して騒げよぉっ…………!」

「今日は……っていうか、今日も、じゃねえかっ……!ここ最近王女様に奢って貰ってばっかりだっ…………!」

「ガハハハハハッ!」

「ステーキ!ステーキ10人前追加でっ……!」


 随分と騒がしい。ただ宴会がしたいだけ、と言われても否定できなくなっている。

 いつもこんな感じなのである。


 そして私の方では…………


「クラッグ様、あーん…………」

「やややめろぉっ……!女狐なんかに弄ばれたくないっ……!やめろぉっ!スプーンに料理をよそって、てて手を添えながら俺に食べさせようとするなぁっ……!やめろぉっ……!」

「はい、あーん…………」


 料理をクラッグの口に無理矢理突っ込む。

 とどのつまり、クラッグをからかって遊んでいた。


「くそぉっ……!お前、俺になんか恨みでもあるのかっ……?あるんだろうなぁっ……!お前は俺の宿敵だぁっ…………!」

「はい、もっと食べて下さいね」

「もごもご」


 クラッグは顔を真っ赤にしながら抵抗できず食事を頬張っていた。

 というのもクラッグは怪我人だ。全身に深刻な大火傷を負い、普通だったら生きてはいられないダメージを負っている。

 それだというのに、全身に包帯を巻いて車いすで移動し、食事に参加できるぐらいには体調が回復しているというので、この男はやっぱり色々とおかしかった。


 そう、全身に包帯を巻いてまるでミイラ男みたいになっている。

 周りの冒険者達は『大袈裟な包帯の巻き方だ』と笑っているが、その下の皮膚を見たら全くもって笑えなくなるだろう。目も当てられない大火傷が包帯の下には蠢いていた。


 ……という訳で、クラッグは今上手く体を動かせない。

 なので、献身的に彼に料理を食べさせてあげる…………もとい、絶好のからかいの機会だった!クラッグは攻められるのに弱いのだっ!


「ほら?美味しいですか?遠慮は無用ですよ?ほら、食べなさいよ」

「助けてぇっ!エリー!助けてぇっ……!エリー……!エリーは今どこにいるんだぁっ……!」

「エリー様は今日はいらっしゃいませんよ?」


 私の執事のファミリアがそう答える。

 そりゃそうだ。ファミリアがドッペルメイクを使わない限り、私がいる以上エリーはいない。


「というより、クラッグさん。エリーがいても、イリス様と一緒になってクラッグさんをからかうでしょーが」

「くっ……!そういえば前もそうだった!エリーに裏切られたんだった…………!」


 そりゃそうだ。エリーもイリスも私だからだ。学ばない奴め。


「そうでしたか……クラッグ様は口移しが良いと仰るのですね……それは……私としても恥ずかしいのですが…………」

「ややややめろやめろ、やめて下さい、まじお願いします。ほんとやめて下さい…………

 …………くそぅっ!この女狐めぇっ……!愚物の王族の癖にこの俺を甚振りやがってっ……!国民を甚振って遊ぶのが趣味の卑劣な王族めがっ…………!」

「これから毎日あなたの部屋に行って、食事を食べさせてあげますね?」

「ごごごごめんなさいっ……!俺が悪かったですっ…………!やめて下さいっ…………!」


 フハハ、クラッグめがたじろいでおるわ。


「くそぅ……お前はなんでそんなに俺に突っかかってくるんだよ…………」

「突っかかっておりませんよ?これは貴方に感謝を持って応えているのです。貴方には多大な恩がありますので」

「……感謝?」

「はい。この度の依頼、『領域外』の2人を食い止めたのはクラッグ様のご尽力によるもの。貴方がおられなかったら冒険者の方々は全滅していたかもしれません。この戦いの依頼主として深い感謝を述べさせていただきます」

「……じゃあ、俺に料理を食べさせようとしてくるの止めてくれ」

「それは感謝の意です」


 とぼけてみる。


「そうだよっ!わたし、クラッグさんが『領域外』2人を倒したっていうの、信じられないんだけどっ……!どこまで実力を隠してたのっ!?この人っ……!」


 フィフィーが立ち上がり、大きな声を出した。

 彼女の気持ちも分かる。クラッグが『領域外』並みの実力を持つことなんて、ここにいる誰も知らなかった筈だ。パートナーである私さえ含めて。


「ほんと!信じられないよっ!ボーボスさんを一瞬で倒した『領域外』のセレドニを倒したんでしょうっ!?ほんと、前からなんか正体不明の怪しい変な人だなって思ってたけど、ほんと!あり得ない位おかしいんだねっ!クラッグさんは!ほんと、気味悪いやっ!」

「フィフィー!こらフィフィー!やめてあげようっ……!クラッグが精神的に凄いダメージを受けているからっ……!」

「ぐごごご…………」


 フィフィーの無邪気な言葉攻めに、クラッグは胸にぐさぐさとダメージを負いながら体を震わせていた。


「あ、あの……フィフィー……フィフィーさん…………飴上げるから、もうやめて下さい、お願いします…………」

「しょうがないなぁっ!」


 フィフィーはごろごろと貰った飴を口の中で転がした。


「だ、大体……俺はセレドニも幽炎も倒してねえよ……どっちにも見逃して貰ったのさ…………俺が伝説の『領域外』とまともに戦えるわけないだろ…………?」

「あ!また白々しく言い逃れしようとしてますよっ!この男!」

「あくまで認めるつもりはないんだねぇ、クラッグさん」

「流石に苦しいんじゃないかなぁ?」


 クラッグは自分の功績を認めようとしないのだ。

 今回の件で、底の知れなかったクラッグの実力がS級以上であることが判明した。だけどこいつはそれら一切を否定して、あくまで相手が勝手に去ってくれた、相手に見逃して貰えたと主張するのである。


 つまりは自分の実力を人には知られたくないのだろう。

 そして、こいつはパートナーである私にも本当の実力を一切見せていなかったことにもなる。

 …………このヤロウ……


「…………流石に無理じゃろ、クラッグ。お主はセレドニを撃退し、幽炎とやらを防ぎきった。それ以外に考えられん。もうさっさとD級から抜け出せ、このバカ者」

「いやいやいや、ボーボス……ボーボスさん……全部誤解っすよ。俺は全然まだまだひよっ子のD級っすよぉ」


 順調に傷を回復させているボーボスさんに対し、アホウが何か言っていた。

 こいつ……怠けたいから下の階級で甘えてるんじゃないだろうなっ…………!?


「はい、クラッグ様、あーん。はい、あーん」

「やめろーっ!イリスティナ!やめろーっ……!」


 クラッグの最も嫌がることをして、精一杯の意地悪をした。




* * * * *


 宴の幕も閉じ、食べ過ぎで苦しむ者や飲み過ぎで苦しむ者があちらこちらでうんうんと唸り、幸せな苦しみの声を上げていた。

 平和な夜であった。


 流石に私もお腹が苦しかったので、窮屈なコルセットを脱いで冒険者の緩い格好に着替える。今日はエリーになるつもりはなかったけど、仕方がないから髪を短くし、帽子を被ってエリーになった。


 中庭に出て夜風を浴びる。冷たい風が銀色の髪を靡かせる。

 星が綺麗な夜だった。


「あれ?エリー……?」


 中庭には先客がいた。

 僕の相棒、クラッグだ。相変わらず全身に包帯を巻き車椅子に座っている。痛々しい姿を晒している。


「今日は別の所に出掛けているんじゃなかったのか?宴にはいなかったけど?」

「……今戻ってきたんだよ。夕飯も食べてきた」

「相変わらず謎な女だな、エリーは」

「君が一番訳分からないよ」


 『領域外』1名を撃退し、1名と相打ち。死の火傷をもってしても生きている。不思議人間だ。

 そのおかげで今回は本当に助かった。……いや、今回も、か。僕としては。


「何にしても仕事一段落お疲れ、エリー」

「こちらこそ」


 中庭のテーブルの傍に座ると、クラッグがお酒を注いでくれる。2人だけで乾杯をした。


「一段落……一段落したのかなぁ……この仕事…………?」

「ん?」

「だってさ……なんか最後はボロボロにされちゃったからさ……分からないことも多かったし」

「………………」

「結局『アルバトロスの盗賊団』ってなんだったんだろう…………?」


 今回の調査では『アルバトロスの盗賊団』の正体に手が届かなかった。

 奴らはオブスマンを率いていた。奴らは『領域外』を2人も囲っており、そいつらはメルセデスを狙っていた。メルセデスは『叡智』の情報を持っていた。

 もっと根本的には、奴らは実在した、ということが分かった。伝説上の団体ではなかったのだ。


 多くの事が分かったが、深い所には手が届かず、最後はほとんど壊滅状態である。

 つまり『アルバトロスの盗賊団』のことを知るためには実力が全然足りていないのだ。

 依頼の始まる前にクラッグが言っていた通りになった。神話の伝説が現れたら、誰も彼もが足手纏い。戦えたのはクラッグ1人だ。

 そしてそのクラッグも酷い重傷を負っていた。


 認識が甘過ぎたのだ。


「いやいや、今回の依頼は大成功だろ」


 クラッグは上機嫌に酒を飲み、言葉を吐き出す。


「…………そう?」

「そら、エリー。『神隠し』なんつー400年の悪行に終止符を打ち、それに捕らわれたたくさんの人を救い出すことが出来た。また、名簿が残っているから既に売られていった人も救い出せるし、関わっている多くの人間も突き止めて逮捕することが出来る。

 さらに奴らがたんまり蓄えてきた悪銭をごっそり押収出来た。聞いたろ?すげー額だぞ?知ってるか?余りに大きすぎる金に、流石にあの女狐も頭抱えてたぜ?」

「うん、知ってる」


 私が一番よく知っている。

 そんな私の苦悩など露知らず、クラッグはからからと笑った。


「アルバトロスの情報も十分。十分過ぎる。

 これまで実在しない神話上の団体だと思っていた者達が姿を現した。情報を残した。狙う者と狙われる者が判明した。眠っちまったがメルセデスの命も守れた。これ以上望んだらバチが当たるってもんだ」

「………………」


 確かにそうだ。クラッグの言う通りかもしれない。

 相手は伝説の盗賊。一筋縄ではいかないことは分かり切っている。

 でも、少し……全てを呑み込み満足することが出来なかった。


「…………でもたくさんの被害が出た」

「いや、出てない。『領域外』2人を相手にこれだけの犠牲で済んだのは奇跡的だ。普通、『領域外』が1人でも出たら国ごと滅ぶのが当然だ。数十万、数百万という人が死ぬ。それがたった数十人で済んでいる。これは驚異だ。とんでもない奇跡だ」

「……人の命は数じゃない」

「だが、数は被害の度合いを表す上で重要だ」

「………………」


 ……その通りかもしれない。


「でも…………」

「エリー、あんまり急ぐな」

「………………」

「今回はこれで十分。それが上手い落としどころなんだ。この結果で納得するのが一番丁度いいんだ」


 そう言ってクラッグは酒を呷る。死者の事を思う様に酒を飲んでいた。

 彼の言ったことが賢い生き方で、上手な生き方なのだろう。

 しかし、その言葉を聞いて……分かった。


「……ありがとう、クラッグ。でも分かったよ…………」

「分かった?」

「僕は僕が情けないんだ………納得したくなかったんだよ…………」

「…………」


 つまり僕は自分に納得出来ていないのだ。これが最善だったって受け入れることが出来なかった。認めることが出来なかった。

 何故ならこの依頼を出したのは私自身だからだ。


「何も出来なかった…………」

「…………」

「僕は何も出来なかった…………」


 私はこの犠牲者たちに報いることが出来なかった。納得する訳にはいかなかったのだ。

 例え数人だろうと、規模に対して被害が少なかろうと、私は大惨事に繋がりかねなかったこの事件を、結果が悪くなかったから良かったと受け入れる訳にはいかなかった。


 それが依頼主としての責任であり、私が望む王族の在り方だった。


「ねぇ……僕は本当に感謝をしているんだ…………」

「ん?」

「感謝してる……本当に感謝してる…………

 君がいなかったら……僕は死んでいた…………みんな死んでいた……」


 イリスの時に語った言葉をもう一度クラッグに伝える。

 僕は本当に彼に深い感謝をしている。


「…………ごめん」

「…………」

「…………何も出来なくてごめん」


 そしてその結果、クラッグは全身に火傷を負っている。常人なら死んでしまう程の痛みを負わせてしまっている。

 彼には感謝していた。同時に負い目を感じていた。


「こんな目に合わせてごめんなさい…………」

「………………」

「本当に……ごめんなさい…………」


 彼をこんな目に合わせたのは私だ。私が彼を死地に追い込んだ。これだけは私が背負わなければいけない責任だった。

 私は私が情けなかった。

 ただ、自分の弱さが悔しかった。


「…………泣くなよ、エリー」

「………………」


 僕の頬に一筋の涙が伝った。

 その涙は熱く、まるで血潮の様に僕を震わせた。


「…………強くなりたいんだ」

「……あぁ」

「もっと色々なことを知りたいんだ」

「…………あぁ」


 強くなりたい。無知のままでいたくない。

 それは私が冒険者をやっている根源的な理由だった。


 弱い王などいるものか。

 無知な王などいてたまるものか。

 私は私に胸を張りたいのだ。


「強く……恥じない位…………立派になりたい」


 王族の名に恥じない位、強くなりたい。

 国を守れる位、立派になりたい。


 その言葉は、彼には伝えられなかったけど。


「…………そうか」


 深いところまで伝わる訳が無い。

 でも、彼は僕の言葉に頷いてくれた。


「……うん」

「好きなだけ強くなればいい」


 僕の相棒が軽く笑う。


「エリーならどこまでだって強くなれるさ」


 軽く笑い、そんな事を言う。僕の願いなんて楽勝なんだと言わんばかりにそんなことを口にする。

 最強の相棒は、僕が強くなることを微塵も疑っていなかった。


 頬が温かくなるのを感じる。冷たい風すら呑み込み、温かさを感じる。

 その言葉がただ嬉しかった。


「…………どうせなら、目標は高く高く持とうかな……?」

「どの位?」

「君」


 僕は君の全力と並んで戦いたい。君の見ている世界を見てみたい。

 彼の相棒として、そう思った。


「ははは、そんな低いところを目指すんじゃねーよ」


 しかし、クラッグはそんな僕の言葉を一笑に付した。


「…………強くなれ。強くなれよ、エリー。たくさん世界を見て、たくさん笑って、たくさん苦しんで…………世界をたくさん旅して、俺に見れなかったものを、たくさん見ろよ…………」

「…………クラッグ?」

「…………あぁ……星が、綺麗だ…………」


 そして僕たちは2人並んで星を見上げた。

 高く昇る数多の星々を、顔を上げ見上げた。


 星はただ、高く高く、自由に世界を駆け廻っていた。




《第一章・完》




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