39話 領域外
地下牢に緊張が走っていた。
何の前触れもなく、この地下事業の主であるバルドスが殺害された。
不意を討たれ、余りに速すぎる動きに、この場にいたほとんどの人間は投げられたナイフの軌道すら見えなかった。
「…………」
浅黒い肌の男性がこの部屋全体を一瞥する。
槍を持ったこの男の名前はセレドニ。神殿騎士に所属する特に目立たない男だった…………はずだった。
それがA級冒険者2人に挟まれているバルドスをいとも容易く殺し、そして今多数の人間に武器を向けられていても余裕をもって悠然と構えている。彼の持っている槍は大きく、装飾こそは少ないが質実な美しさがそこにあった。
普通を感じさせない雰囲気を纏った人間がそこにいた。
「お前は……一体…………」
「……だから……『アルバトロスの盗賊団』だと言っている。お前たちはそれを追っていたのだろう……?」
彼の声は小さく、ぼそぼそと喋っている。
『アルバトロスの盗賊団』、それは神話に登場する敵勢であり、冒険者達が本当に追っている敵の名前だ。
神殿都市の『神隠し』に神話は関わっていない。神の力ではなく、全ては人の悪意によるものであり、そう結論付ける終わり方をした途端に神話の敵が姿を現した。
この部屋の中にいる者は皆動揺している。
クラッグがセレドニに語り掛けた。
「……お前は……教会の……いや、バルドス側の人間なのか…………?」
「……違う。……教会と『アルバトロスの盗賊団』は無関係。俺は『夜空に煌めく星々』と『叡智の分流』は回収して来いと言われている…………」
「…………『叡智の分流』?」
クラッグは聞き返す。
「……知らないか?紫色の髪をした吸血鬼の様な女の事なんだが…………?」
「………………さぁ?」
クラッグはとぼけるが、まず間違いなくメルセデスの事だろう。
彼女はアルバトロスの盗賊団に追われていると言っていた。まず間違いない。
「……その『叡智の分流』って一体何なんだよ…………!?」
エリーが声を発すると、セレドニは冷たい目で彼女を見据えた。
「…………お前、まずそもそも『叡智』を知っているのか……?」
「………………」
エリーが息を呑む。
「…………まぁ、いい。どうせ教えることは無い。早く仕事をして、それで終わりだ……」
「…………ッ!」
セレドニが垂れ下がっていた槍の穂先を持ち上げると、冒険者や神殿騎士の皆に緊張が走った。洗脳の神器を持っているサムは彼の殺気を一心に受け、全身から脂汗が吹き出す。
「待てッ!」
クラッグが大声を上げて制止した。
突如発せられる大声に、セレドニはおろか、クラッグの味方であるこの部屋の人間までもが動きを止める。
「……交渉しよう」
「…………交渉?」
セレドニは眉を顰める。高まった殺気が行き場を失い、モヤモヤとした空気に変わる。
「お前の言う『叡智の分流』とやらは知らんが、そこの『夜空に煌めく星々』なら渡してもいい。この場にいる全員の命を見逃すっていうのが条件だが…………」
「……………………」
「それでお前の仕事が終わるっていうのなら、いいだろ……?」
場の雰囲気が変わる。緊張が緩み、言葉に意識が向けられる。
セレドニが逡巡する。クラッグの目を見てゆっくりと考え込む。
「……それで構わないが……『叡智の分流』は探させて貰うぞ?この都市にいるという情報が入っているのだ…………」
「…………お好きにどうぞ」
クラッグは肯定をした。
本当ならクラッグからすると、『叡智の分流』探しは見過ごせる筈がない。状況から『叡智の分流』は彼らと手を組んでいるメルセデスで間違いないし、今この地下にいる。探されたらすぐに見つかってしまうだろう。
「おい、クラッグ!勝手に決めるなどすっ!そう簡単に神器を手放せる筈がないどすよっ……!」
「………………」
シムがクラッグを非難した。
神器というのは奇跡によって生まれた魔法道具である。神器というだけで国に奉納され、その国の宝になるとはよくある事なのだ。そう簡単に交渉の道具にしていい存在ではない。
それに状況だけ見たら、有利なのは冒険者や神殿騎士の人間たちなのだ。
セレドニを包囲するように多数で囲んでいる。セレドニは圧倒的不利な立場にいるように見えた。
だけれども、余裕が無いのは冒険者たちの方であった。
たった1人の男が放つ不気味な気迫が皆の背中を汗で濡らしている。
「いいから、皆、俺の言うとおりにしてくれ…………サム、神器を持ってきてくれ……」
「…………わかったアル……」
渋々とサムはクラッグの元に洗脳の神器を持ってきた。
それまでクラッグはセレドニを注視していたが、それを受け取るために彼から自然に目を離した。
それを見て、セレドニはほんの少しの息を吐く。
上げられた槍の穂先が少しだけ下がる。
交渉が成立しそうな状況に、ほんの僅かではあるもののセレドニは気を緩めた。
その瞬間だった。
ドンと何かが壊される音がした。
この部屋の扉が打ち破られ、1人の男がこの部屋に強襲する。
激しい音を鳴らし、ある男の影がセレドニに向っていく。
セレドニがバルドスを襲った時と同様全ては一瞬の事で、この部屋のほぼ全ての人は初めから終わりまで何が起こったのか分からなかった。
「―――――ァッ!」
突撃してきたのはボーボスだった。
セレドニが気を抜いた瞬間に彼に襲い掛かった。
その気を抜く瞬間を誘導したのはクラッグだ。交渉を持ち掛け、戦闘ではなく話し合いで事が済むかのように錯覚させた。
そしてセレドニが気の抜く瞬間を誘発させた。
ボーボスが一直線に走りセレドニの背後を襲い掛かる。一切の容赦はない。誰の目にも止まらぬほど速く速く駆ける。全てはほんの一瞬の緩みを突き、突如現れたイレギュラーを殺すため。
ボーボスは手の中で斧を回す。
素早く、そして勢いよくセレドニの背後から斧を振った。
「…………ッ!?」
しかし、その斧が当たることは無かった。
完全に不意を突いたはずの奇襲は躱された。ボーボス渾身の横薙ぎを前に身を動かすことで躱されてしまう。ギリギリの回避ではあるが、最小限の動きでの回避だった。
その次の瞬間、ボーボスの体中から血が噴き出した。ボーボスの全身に痛みが走る。槍の穂先の刃で斬られたのだ。ボーボスもこの部屋の人間も、セレドニの槍の動きなどまるで見えなかった。
ボーボスの体にはいくつもの斬り傷が付き、全身が赤く染まった。
セレドニはボーボスに背を向けながら、S級の奇襲を躱し、カウンターとして槍で彼を斬り刻んだ。一瞬のうちにそれだけの事をやってのけた。
「ぐぅ…………」
ボーボスは体中の血と共に呻き声を上げながら意識を失った。
突撃の勢いが余って、前へと進みながら床に倒れる。体が床を擦り、砂埃を巻き上げながら、倒れ、血を流し、意識を闇の底へと放り投げた。
「…………え?」
「あれ……?」
皆がその状況を理解したのは全てが終わってからの事だった。
何かが部屋に入ってきたと思ったら、血まみれのボーボスが床に倒れている。皆が分かったのはそれだけで、しかしそれだけでも状況を把握することが出来た。
「…………嘘だろ……」
たった一瞬でS級冒険者が敗北した。
信じられない事実だが、倒れ伏せるボーボスの体がその事を雄弁に物語っていた。
「…………いい一撃だった」
セレドニが呟いた。
「……だが、地力の差が出てしまったな。その速さでは、俺の不意は討てない…………」
「………………」
「…………なんだって……?」
セレドニはボーボスの事を地力が足りない、速さが足りないと言った。
そんなことは無い筈だった。ボーボスはS級冒険者であり、最高ランクの人間だ。彼よりも高いランクは存在しない。身体能力は超一流の人間であるはずだった。
そのボーボスにセレドニは確かな実力の差を示した。
血で濡れた槍をぶんと振り、穂先に付いた血を飛ばす。
「…………俺は……『領域外』だ……」
その男は静かで恐ろしい迫力をまき散らしていた。
今、この部屋の主は彼だった。
* * * * *
『領域外』という概念がある。
それは冒険者や兵士達にとっての伝説であり、与太話であった。
普通、冒険者に与えられる最高の位とはS級であり、そしてそれは騎士でも傭兵でも魔術師でも、その基準はそれぞれ異なれど、全ての最高ランクはS級となっている。
その分野で大成し、英雄と語り継がれる程の功績を残した人物、それがS級と言われる者達だ。
しかし、上には上があるという。
S級の者達が歯の立たない人間がいる。
そんな根も葉もない噂が流れだしてくる時がある。
S級では括れない化け物、そう言った伝説を『領域外』と言った。
普通はあり得ない存在である。
『領域外』とは歴史に名を残すほどの人間を赤子の様に捻ることの出来る存在であり、そんな人間なと普通はいる筈がなかった。
既存の階級では測り得ない『領域外』は、ただの噂か伝説か作り話でしか存在しえなかった。
「…………こいつが……」
「『領域外』…………?」
そして地下牢の中、冒険者や神殿騎士の人間は心臓を震わせていた。
目の前の浅黒い色の肌をした人間が『領域外』を名乗った。
自分でそんな事を言う奴はよっぽどのホラ吹き者であるのが普通だが、現にS級のボーボスを一瞬で打ち倒している。
不意を討ったボーボスの完璧な攻撃を避け、そしてカウンターを叩き込み彼を沈めている。
S級相手にそんな事を出来るなんて、それは最早作り話と相違なかった。
しかしそれは現実に起きていることで、ボーボスの体からは今も血が垂れ流れていた。
「………………」
「うっ……」
セレドニが周囲を一瞥すると、それだけで皆が威圧され震えあがる。全身から汗が吹き出し、明確に自分の死をイメージさせられる。そこで倒れ伏せているボーボスと同じ未来を自分が辿るのだと自覚させられる。
数の有利など赤子よりも頼りにならないものだった。
「エリーっ!」
「…………ッ!?」
クラッグは大声でエリーを呼んだ。彼女は体を震わすが、その場から動けない。
「ボーボスを回収してリック達と合流しろっ!ボーボスはまだ生きてるっ!」
「えっ……!?えっ…………!?」
エリーは狼狽えた。ボーボスを助けたいのは彼女も同じであるが、1歩でも動けば槍が自分の心臓を串刺しにして終わってしまうのだという予感に似た恐怖があった。
「そ、そんなこと言ったって、あいつはどうするんだよっ……!?無理だよっ……!逃げられないよっ……!」
「セレドニは…………」
クラッグは真剣な表情で足を前に進めた。
「俺が止める」
彼の正面に立ち、盾と剣を構えた。
ボーボスを庇う様に前に立つ為、彼の体はもう既にセレドニの槍の間合いに入っている。
セレドニが槍の穂先をクラッグに向ける。
次の瞬間にはクラッグの体は串刺しになっているかもしれない。周囲の人間はそんなイメージが頭の中に過ぎった。恐怖が体を支配する。
エリーの体は震えていた。
「む……無理だよ…………殺されちゃうよ…………」
「安心しろ、エリー。ちゃんとこいつ殺しといてやっからさ…………そしたら俺も追いかけるわ…………」
それは誰もが分かる嘘だった。
目の前の槍の男と戦って命がある訳が無い。クラッグは自分の身を使って時間稼ぎをしようとしているのだ。その言葉はただの強がりで、彼はもう助かることは無いのだ。
皆、そう理解した。
そして、クラッグは口元だけで笑った。
「―――――ッ!」
「……っ!」
その瞬間、2人の攻防が始まった。
槍の刺突は音速を越え、クラッグの安物の盾を悠々と貫通する。その瞬間クラッグは盾を動かし、そこに刺さった槍の軌道をずらす。完全にはずらしきれず、クラッグの腰を槍の穂先が裂き、血が噴き出る。
セレドニが槍を引く瞬間にクラッグは身を後退させる。
自分から攻撃をせず、守りに入っていることがその行動だけで分かる。セレドニは前に出てクラッグを攻め立てる。
盾は防御としての役割をほとんど機能させていない。
セレドニの一突き一突きは全て盾を貫通し、クラッグの体に襲い掛かる。しかし全くの無意味という訳ではなく、クラッグは半身の態勢で盾を構え、自分の体の位置を分かり辛くしている。そして、先程と同じように盾をずらし槍の軌道を変え、剣で受け槍の軌道を変えている。
音を越える槍の練武をなんとかして回避していた。回避に専念し、反撃はほとんど出来ていなかった。
1撃ごとに槍が彼の体を掠め、クラッグの体がだんだんと赤く染まっていく。クラッグが死ぬのは時間の問題。誰もがそう考えた。
「あ……あ………………」
その光景をエリーは震えながら見ていた。
槍の軌道などエリーには……いや、この部屋にいる誰もが見えていない。それに対処しているだけでクラッグは度を越えた超人なのだと分かるが、しかし流れ出る血が彼の旗色の悪さを現していた。
槍の軌道さえ見えない自分では何も出来ない。何の助けにもならない。
エリーにはただ震えることしか出来なかった。
「さっさと逃げろっ!てめえらっ!ボーボスをこんなところで死なせるなっ!」
「…………ッ!」
クラッグの怒声と共に、皆がぱっと部屋の出口に向かって走り出した。
狭い扉から出るなんてことはしない。扉の周囲の壁を斬り崩し、一斉に部屋の外へと逃げ出す。
「エリーちゃん!逃げるどすよっ……!」
「でも……クラッグが……このままじゃクラッグが…………」
「言っている場合どすかっ……!」
「わぁっ……!?」
相談も躊躇いもなく、シムがエリーの体を担ぎ上げて走り出す。
サムが神器を、スムがボーボスの体を担ぎ、一斉に部屋の外へと身を躍らせた。
「…………ッ!」
担ぎ上げられながら、エリーも部屋を出る。
最後にエリーがその部屋で見たものは、転ばされたクラッグに槍の追撃が襲い掛かり、それを身を捩って必死に躱している相棒の姿だった。
それを見て、エリーはとても苦しくなった。
廊下を走る。
すぐにシムから降りて自分の足で走る。
彼女には何も出来なかった。
S級のボーボスが瞬殺された時点で、あの部屋にいた誰も何も出来ないことは明らかだったのだが、それがエリーにはとても悔しかった。
とても悔しかった。
弱くて何も出来ないことがとても悔しかった。
彼女にはリックとフィフィーを呼ぶことしか出来なかった。ボーボスでさえ軽く捻られた相手にリックとフィフィーが敵うのかどうかは分からなかったし、それまでクラッグがあの相手に生きていられるのかどうかすら分からなかった。
それでもエリーには強い人を呼ぶことしか出来なかった。
口惜しさで胸の中を掻きむしられながら走った。
涙を零さない様に必死に耐えながら、走った。
彼女にはそれしか出来なかった。
* * * * *
「はぁっ…………!」
クラッグが大きな息をついた。
お互いに距離を取り、間合いを図っている。戦闘中の小休止だった。
セレドニには傷一つない。その一方、クラッグは傷だらけだ。体中のあちこちが槍の穂先で裂かれ、血で赤く濡れている。
2人の様子はそのまま戦闘の状況を表していた。クラッグはほとんど反撃が出来ていなかった。
「……成程、よく耐える」
セレドニが槍を身に寄せ、クラッグに話し掛ける。
「俺相手に時間稼ぎなど、馬鹿げていると思ったが……こうして実現されている…………」
「………………」
「……ボロボロになってでも、仲間の為に時間を稼ぐ…………そういうのは嫌いじゃない…………」
ここは牢獄の部屋、だった。2人の戦いによって、まるで紙くずを切るかのように鉄格子は斬り刻まれ、その用途が成り立たなくなっていた。ただの戦闘の余波で強固な檻は見る影もなくなっていた。
セレドニはクラッグの事を少しだけ尊敬のこもった目で見ていたが、同時にその目には憐みの色もこもっていた。
「……それでも、殺す者は殺そう……お前を今ここで見逃したら、俺は手痛いしっぺ返しを食らう…………そんな気がするから…………」
「………………」
「時間稼ぎはここまでだ…………悪いが、ここで沈め。無名の強者よ…………」
彼はそう言って槍を構え、体内の魔力を強く練った。次の打ち合いで殺す。口でそう言うよりも雄弁な殺気が彼の体から漏れ、それは部屋に渦巻いていた。
半端な者がこの場にいたら、その殺気だけで殺されてしまいそうな勢いであった。
「………………」
「………………」
セレドニの強い眼差しがクラッグを射抜く。その眼差しが一瞬後には槍の刃となってクラッグを穿っても何も不思議ではなかった。
「…………ぷ」
「……ぷ?」
それを見て、クラッグは笑った。
「ぷはははははっ……!お前……!何を聞いてたんだよ……!ぶははははっ…………!」
「…………なんだと?」
「耳が悪いのか!それとも頭が悪いのかっ……!俺の言ってたこと、ちゃんと理解出来てんのかよ…………!?」
クラッグは大口を開けて笑っていた。
『領域外』の殺気を受けて、それでも堂々と笑っていた。
セレドニが眉を顰める。
「…………何が言いたい……?」
「ぶはははは…………セレドニッ……!お前っ!俺の言ったこと覚えてるかっ…………!?」
「…………っ?」
セレドニは彼が何を言っているのか分からなかった。
ただその笑い声が気に障るし、そして不気味な色さえも感じた。
「………………」
何かがおかしいと感じた。
クラッグは全身傷だらけで血を多く垂れ流している。体中ボロボロだった。
それでも普通に笑っている。そう、まるで日常の中で笑っているかのように普通だった。
体中が傷ついている。それでも息が乱れていない。
汗もかいてなければ、疲れている様子もない。
先程まで命からがら槍の攻撃を防いでいた人間だとは思えない。
クラッグの笑いが止まる。
そしてセレドニの目を見た。真っ芯に彼の瞳を覗いていた。
「俺は時間を稼ぐなんて一言も言ってねぇ」
「―――――ッ!?」
セレドニの目が見開かれる。自身の本能が危険を訴えていた。
セレドニは必死に槍を振り上げる。何かが彼の槍に当たり、弾かれる。それはクラッグが先程まで持っていたボロボロの盾であった。
クラッグが盾を投げてきたと思ったら、彼が先程まで立っていた石の床が砕けていた。足元を強く蹴ったことによるものだと、セレドニがそれを把握する頃には彼はセレドニの目の前に立っていた。
「―――ッ!」
セレドニは死に物狂いで自分の体を捻る。一瞬前、自分の頭があった場所にクラッグの剣が突き出されていた。
その剣が掠った頬が裂かれ、セレドニはこの戦いで初めて血を流した。
圧縮された体感時間の中で、セレドニはクラッグの目を見た。
とても冷たく、無慈悲な目の色がそこにあった。
「―――俺は、殺しといてやるって言ったんだ」
冷淡な声が部屋に響き、クラッグの猛攻が始まった。
先程までとは速さもキレも重さも比べ物にならない攻撃がセレドニを襲う。別人かの様にうって変わったクラッグの剣を弾いていく。槍の長い間合いを活かそうと、身を退かせ槍の雨をクラッグに降らせるも、彼はそれを防ぎつつ火の様な勢いで距離を詰めてくる。
今の今まで槍の1撃1撃をギリギリで躱していた人間の動きではなかった。危なげなく音を越える槍の連打を躱していく。
セレドニに余裕が無くなる。神経をすり減らし、彼の額から汗が垂れる。
「お前……今まで三味線弾いていたのかっ…………!?」
「さぁっ!?どうだかねぇっ……!?」
セレドニは一瞬の間を置き、クラッグを懐に迎え入れる。
そして溜めを作り、渾身の力を持って槍の一突きを繰り出した。
クラッグの心臓をめがけ、最速で最短の距離を槍が駆け抜ける。
シンプルで、しかし最大効果を持った攻撃だった。
S級の人間だって、攻撃の始動の瞬間すら把握できず心臓を串刺しにされるだろう。自分が死んだことすら理解できないに違いない。
クラッグはその渾身の一撃を…………
―――強く握った拳で迎え入れた。
「―――――ッ!?」
セレドニの目が驚愕で見開かれる。
槍は拳を砕くことは出来ず、鉄がぶつかり合うような重厚な音を鳴らしながら彼の槍は弾かれた。クラッグの拳が達人の槍を弾いたのだ。
拳も無傷ではなく、血がドロリと垂れる。しかし、戦闘に支障がない程の軽傷だった。
槍を弾かれたセレドニの頭にクラッグの蹴りがめり込んだ。
「―――――かっ!?」
強い衝撃がセレドニを襲う。彼の体は地下の壁をいくつも砕きながら吹き飛ばされる。全身が壁に打ち付けられるが、どんな壁よりも彼の蹴りの方がずっと硬かった。
ようやく彼の体は止まり、瓦礫の中から身を起こすとクラッグがゆっくりと近づいてくるのが見えた。
「どーしたよ?もう終わりかぁ……?」
「…………」
「……なんだよ?」
「…………今、分かった」
身を起こしながら、セレドニは彼を強く睨んだ。自分の命を脅かす敵だと、彼を認めた。
「…………お前も、『領域外』なんだな……?」
「………………」
クラッグはへらっと笑った。
地下の冷たい空気は真実を覆い、人目の付かないところで世界最高峰の戦いは幕を上げた。




