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38話 夜は未だ明けず

「ほら、これで最後だ」


 がちゃりと音がして、鉄の手錠が外される。

 ここは地下牢。クラッグ達はこの地下に捕えられている人たちを全て解放した。何十人という人がいくつかの部屋に分けられ牢獄の中に捕まっていたが、冒険者はもう既にこの地下の全てを制圧している。牢屋の鍵も手錠の鍵も全てが手に入る状況だった。

 鍵などなくとも、斬鉄を出来る実力者ならここにたくさんいるのだが。


 奴隷たちが解放される。彼らは衰弱しきっており、今何が起こっているのかすらよく分かっていない。自分たちが助かったのだと理解できるまでもう少し時間がかかりそうだった。


「ほら、立てるか?」


 捕まっていた最後の1人にクラッグは手を貸して立たせる。

 ゆっくりと歩きながらその最後の1人はクラッグから離れ、冒険者の誘導と共に外の世界へと向かっていった。


 奴隷解放の作業は着々と行われ、今ようやく終わろうとしていた。

 皆、酷い待遇を受けていたのか、やせ細り体はボロボロであった。まずは病院に入れて体力と魔力の回復に努めるべきなのだろう。病院の手配や様々な方向への連絡は教会が主だって行っていた。


 冒険者たちの作戦はもうほとんど終わりを迎えていた。


「これで全部一件落着かな?」

「いや、まだ聞かなきゃいけねえことがある」

「ん?」


 クラッグは体を縛られているバルドスの方へと歩いていく。バルドスの意識は回復しているが、捕まり縛られ、この世の終わりのような顔をしていた。


「おい、1つ聞きたいことがある」

「……ん?」

「おめぇら、なんで奴隷たちから魔力を奪っていた?人身売買をするならその人たちの魔力を吸い取って空にする必要は全くねぇ。そうだろ?」


 数日で捕らえた人物を解放する場合、それは『神様の悪戯』とこの都市では呼ばれている。実際は人身売買の一部であったのだが、その時に解放された人は記憶喪失、意識不明、魔力枯渇状態で見つかる。

 記憶喪失、意識不明状態なのはクラッグにも納得できた。だが、魔力枯渇状態にするのは理解できない。人身売買する為の商品を無為に傷つける意味は無い筈だった。


 クラッグはじっとバルドスの目を見るだけで彼を追い詰めた。顔を近づけ、とても至近距離で彼の目を覗き込んでいる。バルドスの額から汗が垂れ落ちた。


「…………し、知らん……」

「知らん?」

「そ、それは伝統で……そうなっているのだ…………」

「伝統?」


 バルドスの答えははっきりしなかった。


「む、昔からそういうやり方でやっていたのだ……捕らえた者はまず魔力を奪い尽くしてから、商品として育てる…………よくは分からんが、ずっとずっとそういうやり方でやっていたのだ…………

 その意味まではわ、分からん。私の先祖に聞いてくれ…………」

「ふぅん…………」


 クラッグは身を起こし、バルドスから顔を話した。


「……納得しがたいところはあるが、まぁいい。そろそろお前も外に出て法に裁かれろ」

「…………くそぅっ……!」


 体を縛られたバルドスは神殿騎士に両脇を抱えられ、無理矢理立たされる。今までは罪なき人に手錠をかけるのが彼の仕事だったのだが、今は罪が露わになり自分の手に手錠がかかっている。

 クラッグは憐れな男の背中を見た。


「お疲れ、クラッグ」

「お前こそお疲れさん、エリー。ドレスに帽子は似合わねえな」

「うっさい」


 エリーは今、純白のドレスを着て帽子を被っている。その帽子も前方だけにつばの付いたキャップである。ドレスと一緒に付けるようなものじゃなかった。

 だが、イリスとしてはエリーの時は帽子を被らないと気分が出ないので被っていた。


「危ないことは無かったか?」

「うーん……バルドスは思ってたより強かったよ…………」

「…………そっか、お疲れさん」


 危ないことは無かったか?と聞いて、そういう答えが返ってくるという事は、死の危険がエリーに襲い掛かっていたことである。クラッグはそれを理解した。

 それに気が付き、クラッグは彼女の頭をポンポンと叩いて自分の相棒に労いの言葉をかけた。


 危ないことはするなよ、とは言わなかった。

 それは、つまり、冒険者だからだ。

 その意味をしっかりと理解してエリーは満足げに笑った。


 仕事は終わろうとしている。

 地下の闇は暴かれ、捕まっていた人達は解放され、悪人たちは全て捕縛、あるいは殺害。今後に必要な書類面での証拠もリックたちが集め終わっているし、病院の手配などは教会が手際よく進めている。

 バルドスの持っていた神器『夜空に煌めく星々』も冒険者サムが回収している。


 今日は祝勝会だ。

 浴びる程の酒が出る豪勢な宴が行われるだろう。

 依頼主であるイリスティナとしては国教の腐敗は痛手である。しかし、それを補って余りある程この闇組織は金をたんまりと溜め込んでいた。国教の立場回復に使うも政治の為に使うもどちらも効果があるだろう。

 余りに多すぎる額に、国の代表としてどうしようかイリスが困ってしまう程の金額であった。


 取り敢えず今は外に出よう。連行され、この牢屋の部屋の出口に向かうバルドスを見てエリーはそう思った。


「クラッグ……?」

「………………」


 しかし、彼女の相棒はある方向を見上げ、動こうとしなかった。


 この部屋にはこの教会で最も偉大な聖人の大きな彫刻がある。名前はオステル・マルタといい、ポスティス湖に3日3晩祈りを捧げ続け、水神ポスティスを見つけ出した偉人である。

 その人の有名な彫刻がこの部屋にも飾られていた。膝を曲げ、体を深く倒して神に祈りを捧げる有名なポーズである。この祈りの姿はオステル・マルタ様の代名詞とも言われる格好であった。


 クラッグはそれをじっと、憂いを帯びた目で見ていた。


「……クラッグ?どうしたの?」

「………………」


 エリーの声を聞き、クラッグはぽつりと呟いた。


「このおっちゃんは、何百年もこんなものを見せられてきたんだな…………」

「……え?」

「さぞ苦しかっただろう…………でも、もう大丈夫だ、おっちゃん。今日でこの悪事も終わりだよ」


 まるで語り掛ける様に、祈るように、クラッグは祈りの聖者の像に静かな視線を送っていた。

 そして、浅いお辞儀をその銅像に捧げた。


「さ、行こうか、エリー」

「え?あ、うん…………」


 普段のおちゃらけた雰囲気とは違う自分の相棒の姿に、エリーは茫然とした。それをかき消すようにクラッグは自分の相棒の背中を叩き、外に出ることを促した。

 エリーは釈然とせず自分の相棒の顔をじっと見ていたが、もうそこには先程までの憂いの顔は無く、いつものだらけきった顔があるだけだった。


 少し納得はいかなかったが、この相棒がおかしいのはいつもの事なので、まぁいいかと、帰ったら何を食べよう、どんな宴を用意しようと頭を切り替えた。

 この相棒のせいでイリスは確実に大らかになっていた。


 クラッグとエリーがこの牢屋の扉に向かう時、丁度バルドスは両脇を冒険者に抱えられ、この部屋を出ようとしているとこだった。


「ん?」

「え?」

「あれ?」


 彼の背を追って部屋を出ようとしていたクラッグとエリーはその異変に気が付いた。

 彼を挟んでいた冒険者も気が付いた。

 気が付いて、疑問の声が漏れた。

 しかし、気が付いた時にはすべて遅かった。


 バルドスの頭からナイフが生えていた。

 大きなナイフの刀身が深く頭に埋まり、その頭から血が垂れ落ちている。

 バルドスの表情に変化はない。自分の身に何が起きているのか何も分かっていない顔をしていた。


「……え?」


 しかしこの時もう既に絶命していた。

 彼は自分の死に気付かないまま死んでいってしまった。

 A級の冒険者達ですら何が起こったのか理解できないで、疑問を頭の中で走らせるしかなかった。


 それほどまでに一瞬の事だった。

 何も見えなかったから、余計に判断が遅れた。

 その死の気配にギリギリ反応できたのは、ナイフの軌跡がかすかに見えたクラッグだけであった。


「サムっ!逃げろっ!」

「え?」


 まだ何が起きたのか分からないサムに、死の影は急速に迫っていた。

 一瞬にも満たない時間、A級冒険者の視力をもってしてもその影の動きを捉えることは出来なかった。洗脳の神器を手に茫然とする他なかった。いや、呆然とする時間すらなかった。

 『え?』という呟きが言い終わらない内に、彼の心臓を狙って槍の刃が煌めいた。


「くそっ!」

「がっ……!?」


 なんとか反応できたクラッグがサムを蹴り飛ばす。

 サムの体は吹き飛ばされ、壁に強く叩きつけられる。背中が強く打ちつけられ、肺から息が漏れる。


「がはっ……な、何を…………」


 何をするんだ、とサムはそう言おうと思ったが、すぐに口を噤んだ。

 今の今まで自分がいた場所に1本の槍が突き出されていた。槍と交錯するようにクラッグの足がその場所にあり、槍の刃によって足が少し傷つき血が滲んでいる。


「…………くそっ……!」


 クラッグが数歩下がり槍の使い手から距離を取った。

 死による脱力でバルドスの頭がようやく垂れ下がる。槍の使い手の姿をはっきりと捉られ、皆がようやく武器を構え警戒の体制に入ることが出来た。


「…………ふん、やはりお前も実力を隠していたか……」


 槍の使い手はクラッグの方を見て、小さな声でぶつぶつと呟いた。その男の動きは止まり、やっとその姿をしっかりと目で捕らえることが出来た。

 クラッグは口を歪め、その姿を睨んだ。


 その男は少し浅黒い肌をしており、黒色の短い髪型をしていた。

 その男の顔をクラッグは……いや、周囲の冒険者や神殿騎士の皆が知っていた。


 槍の男の名前はセレドニ。神殿騎士の人間で、神殿騎士の仲間は勿論、冒険者達も合同練習会を通してその名を知っていた。普段の仕事でも合同練習会でも目立った活躍はせず、少し影の薄い人物であった。

 しかし、クラッグはこの男を少し警戒していた。


 冒険者と神殿騎士の合同訓練の際、クラッグはこの男セレドニが手を抜いているように見えた。S級相当の実力者しか耐え抜くことの出来なかった訓練で、この男がわざと倒れ込むように見えたのだ。

 それは冒険者達のミーティングで議題として挙げられたが、具体的な根拠がまるで無かったため、警戒という対策しかとられなかった人物だった。


 少し、なんとなくおかしいかもしれない、とそういう警戒をされていた人物であり、この作戦を通しても今の今まで全くおかしなところを見せなかった男であった。


「てめぇ……何者だ…………」

「………………」


 セレドニはこの部屋の内部を一瞥する。

 彼の周りを取り囲むように、歴戦の実力者のA級たちが彼に武器を向けている。しかし、そんなことは全く意に介していないかのように、彼は自然体のまま突っ立っていた。

 周りの相手なんか自分の相手にはならない、そう言っているかのようだった。


「俺が何者……?そんなもの、聞かずとも分かるだろ…………?」

「………………」

「俺の仕事は『夜空に煌めく星々』と『叡智の分流』の捕獲…………」


 その男は小さな声でそう語っていた。


「……俺は『アルバトロスの盗賊団』。捕るもの捕ったら見逃してやるから……大人しくそれらを置いていけ…………」


 部屋の中全体に殺気が満ちていく。それはこの男1人が放つものであった。

 余りに濃い殺気に、周りの者は息を呑み汗を垂らす。彼らが出会った気迫の中でも最も濃くゆっくりとした殺意だった。

 この槍の男は普通じゃない。皆、それだけは理解できた。


 夜はまだ明けず、伝説との戦いが幕を開けた。


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