37話 溜まりに溜まった証拠
「うわぁ……証拠がざっくざく出てくるよ……」
「こっちは商品リスト……こっちは顧客名簿……おぉ……出納帳まである……この厚さ何年分なの…………」
リックとフィフィー、その他大勢の冒険者は地下のある部屋を探っていた。
そこはこの地下犯罪組織の長バルドス司教の個室であり、この商売の肝を司る場所である。この商売を管理するために必要な書類がこの部屋に保管されていた。
部屋の隅でバルドスの息子エルドスが縄で縛られている。親子揃って冒険者の前に敗北していた。
「なんじゃぁ……出るわ出るわ、犯罪の証拠っていうのはこんなに出てきていいものなのかのぅ……?」
この場には紫髪の吸血鬼メルセデスもいた。ある役割の為、付いて来ていた。
「多分、長年ばれてなかったから大胆になってたんじゃないかな……?『神様の悪戯』の伝説って何百年も前からあるって話だし…………」
「それでこんな言い逃れの出来ない状況になっているのか……お主たちも愚かよのぅ…………」
「…………くっ……!」
冒険者達はこの地下を制圧し、くまなく調べて証拠を炙り出そうとしていたのだが……リーダーの部屋というだけでざくざくと証拠が飛び出して来ていた。もう1往復じゃ外に運び出せない位の量の書類が見つかっている。証拠の書類だけで山が出来そうな勢いだった。
「……ほら、これ…………商品リストの一部なんだけど、買われていった人の名前と買っていった先の人の名前と情報まで載っている。このリストがあれば不当な奴隷たちを解放することが出来るよ」
「お、それは凄いね……こっちは詳細な顧客リスト。これさえあれば何十という貴族の家を潰せそうだよ?」
「ははは!それはやばいっ!この国の貴族がボロボロになってしまうのぅ……!」
400年という長い年月で積もりに積もった悪行の数々は、この国を揺るがしかねないほどの証拠となり、人の信頼を破壊する爆弾と化していた。
「……でも、どうやら長年続いてきた事業なだけあって、どうしようもない事も多いよ…………200年前に攫われた人物なんて、今じゃどうしようもないしね……」
「そっか…………」
この犯罪は余りに長い時間続いてしまっていた。既に寿命で亡くなってしまった人を救うことは出来ない。
全ては上手くいっていたが、どうしようもないこともあった。
「申し訳ありません……私たちの教会の地下で……このようなことが行われていたとは…………」
「あ、いえいえ……クリストフさんは何も知らなかったんですよね?じゃあ仕方ないですよ…………」
申し訳なさそうに頭を下げたのは神殿騎士のクリストフという男性だ。短い金髪の爽やかな青年であり、冒険者と神殿騎士の合同訓練の際、S級冒険者しか耐えられなかった訓練を耐え抜いた青年だった。
彼は貴族の中では低い身分の男爵家であり、その為D級騎士を名乗っているが、実力はS級冒険者と遜色なものであった。
「このような悪事、知らないで済まされることではありません。必ず教会全体で罪を償い、捕らえられた人を全員解放させましょう」
「ははは……生真面目…………」
このクリストフさんを低い身分に抑え地位を与えていないのだから神殿騎士もどうかしている、とフィフィーは思った。
「……くそっ…………!そこのお前っ!お前っ!お前っ…………!」
「……ん?」
クリストフさんが頭を下げるのを見て、エルドスが急に喚きだした。
「何故冒険者の味方をするっ……!?お前は教会の人間だろおぉっ…………!俺を助けろぉっ……!そこの冒険者を殺して、俺を助けろおぉっ……!この裏切り者っ…………!」
「何を馬鹿なことをっ……!」
エルドスの怒声にクリストフが叫び散らした。
「裏切り者はお前たちだっ!エルドス様っ……!神の膝元でっ、なんという事をしていたのだっ…………!」
「ひぃっ…………!?」
クリストフの迫力にエルドスは身を震わせた。
「……あ……あぁ…………よ!鎧に付いているその紋章!お前の家は男爵家だろぅっ!?どうだっ!俺に付けっ!俺に付けばお前の一家全ての地位を上げてやるぞっ……!?今まで味わったことのない豪勢な思いもさせてやるっ……!
どうだっ!?俺に付けっ!いい思いをさせてやるぞっ……!?」
「お前は私を怒らせるのが得意のようだな…………」
クリストフは一瞬も惑うことなく、剣を抜き、その剣先をエルドスの首元に向けた。
「ひぃっ…………!?」
エルドスは声を震わし恐怖した。剣は刺さっていない。ただ剣先を首元に当て脅しているだけだ。
その代わり、クリストフの強い視線が彼を刺していた。
「………………」
「…………あぁ……」
クリストフの目の力に負け、エルドスは項垂れた。全身から力が抜け、小さく蹲り全身を小刻みに震わせていた。心は折れ、正義の意志に完全に屈服していた。
クリストフは怒りを少しでも発散させるかのように、ふんと鼻を鳴らした。
「……お見苦しいところをお見せしました」
「いえいえ」
クリストフは剣を鞘に納めた。
「しかし……『叡智』についての情報はまるでないのぅ…………」
メルセデスは書類をめくりながらそう言った。
メルセデスが求めているものは自分を追う『叡智』と『アルバトロスの盗賊団』の情報だ。『神隠し』の証拠はこれでもかという程出てくるが、『叡智』などに関わる情報は一切出てこない。
「『アルバトロスの盗賊団』とこの『神隠し』は初めから関係なかったのかな…………?」
「『叡智』というのは、私たちも知らないものですね……まぁ、私は身分が低いので、上層部は何か知っているのかもしれませんが…………」
「ふむ……よし、じゃあとりあえず奴らの『血』に聞いてみるかの……」
そう言ってメルセデスは書類をテーブルに置き、縛られたエルドスへと近づいていった。彼はメルセデスが近づいてくるのを震えながら見上げた。
「な、なんだ……聞かれたからって、簡単には喋らねーぞっ…………」
「いや……お主はチョロそうだから、拷問にでもかけてやればすぐ口を割ると思うが……そんなことをせずとももっと良い方法があるのじゃ」
「よ……良い方法…………?」
「ふふふ…………」
エルドスはその不気味な笑みに恐怖した。彼女のその笑みはとても美しくあったが、その裏に妖しさが見て取れる。歯をがちがちと鳴らすが体の自由は全く聞かない為、彼は彼女に抗う術を持たなかった。
そしてメルセデスは彼の首元に歯を立て、噛みついた。
「なっ…………!?」
エルドスは驚愕で顔を強張らせる。
一瞬自分が何をされたのか分からなかったが、自分の中の大切なものが何か吸い取られていくような奇妙な感覚を覚えた。
エルドスは自分の血がメルセデスに吸い取られているのを理解した。
メルセデスはこの能力のためにこの作戦に参加した。彼女の所有している神器『血吸い鬼』は人の血を吸い、そこから魔力や体力、精力を吸い尽くす神器である。
そしてこの神器の恐ろしい所はその人の持つ記憶や情報まで吸い取ることが出来るという点である。
「が……がが…………」
「…………」
エルドスは首元から血を吸われ、口から震える声が漏れた。
そして彼女はぱっと首筋から歯を抜いて口を離した。
「ぷはっ……!ダメじゃ……こやつ『叡智』のことについてはまるで知らんっ……!」
「そうなの?」
びくんびくんと痙攣するエルドスを他所に、メルセデスはボロボロの袖で口を拭った。
「この地下の構造、仲間の貴族たちの事、親しくしている顧客共の事……色々と分かったが『叡智』については何も分からなかったわ」
「それだけ色々と分かれば大手柄だけど……メルセデスさんからすると空振りだったってことかな……?」
「まあ、この『血吸い鬼』の能力も完璧ではない。得られる情報に漏れが出たりもする。あと何人か吸っておくかの……」
そしてさらなる情報を求め、メルセデスは縛って団子のような状態になっている敵の兵士に近づいていった。
「昏倒するまで血を呑んで構わんのじゃろ?」
「別にいいよ」
「わはは、公然とたくさん一気に血を吸える日が来るとはの。質は悪いが、魔力がたくさん手に入るわい」
尋問にかけるよりも『血吸い鬼』で頭の中を読み取った方がたくさんの情報が手に入る。縛られた敵兵たちは次々と血を吸われ、魔力欠乏状態になっていった。
「……彼女は?」
「吸血鬼……のようなものです」
「うわぁ……これはまた奇特な仲間ですね…………」
メルセデスの事を何も知らないクリストフは困ったように笑うしかなかった。
もう情報面ですら冒険者達は完全な勝利を得た。
確固たる証拠はこれでもかという程揃い、この夜400年も続いてきた地下の事業は崩壊した。
「…………ん?」
リックが小さな声を発した。
「……どうしたの?リック?」
「いや……ここ……おかしくないかな…………?」
リックはある何も変哲もない壁を凝視し、その壁をコンコンと叩いた。
「んん?反響音?」
「……この壁の向こう、空洞になっているね」
そこの壁だけノックした時の音が違っており、壁の向こうに新たな空間があるかのような高い音がした。
リックとフィフィーは顔を見合わせ、特に躊躇することなくその壁を剣で斬り崩した。
壁のレンガはバタバタと音を立て崩れ落ちる。
「…………通路?」
その先には1本道の細く薄暗い通路が続いていた。




