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35話 1歩を踏む力

「さぁ、どっからでもかかってきなさい」

「………………」

「………………」


 大神殿の暗い地下、大勢の男が1人の少女を取り囲んでいる。

 陰鬱な表情を浮かべた人が大量に縛られている牢獄があり、そこを前にして、武装した男たちがドレス姿の少女に刃を向けている。


 しかし、気圧されているのは男たちの方だった。

 ドレス姿のエリーがただ一瞥しただけで、周りを圧倒していく。

 イリスティナ王女を追い詰めたと思ったら、その女性は変装していた冒険者エリーだった……と神殿の兵士たちは思い込んでいた。

 エリーたちはバルドスたちを罠に嵌めたのだった。


「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ…………!」


 エリーの背後から1人の男が斬りかかる。

 しかし、エリーはその男を見向きもせずその剣を躱し、くるりと回るとともに鋭い蹴りを相手の顎に叩きこんだ。ひらひらとしたドレスの裾が舞う。まるでダンスの様に美しく滑らかな動きであったが、一撃で大の男が昏倒した。


 倒れ行く男を見届けながら、エリーはふんと鼻息を1つ鳴らした。


「うおおおおおぉぉぉぉ…………!」

「うらあああああぁぁぁぁぁっ…………!」


 それを皮切りに、兵士たちが一斉にエリーに襲い掛かった。

 四方八方から襲い掛かってくる刃。多数の男たちによる数の暴力。

 しかしどの攻撃もエリーに届くことは無かった。


 1つの攻撃を躱してはその男の懐に深く入り込み、カウンター気味に彼女の双剣を叩きこむ。そして、その体を弾き飛ばしてはその先の兵士たちにぶつけ隙を作る。その隙に駆け寄ってまた双剣を浴びせかけていく。


 兵士たちがいくらいようと、エリーの速さをどうにかすることは出来なかった。


 エリーは自分の双剣に非殺傷の魔法をかけていた。この剣で斬ると体は斬れぬものの、その分の痛みと衝撃が敵に走る。また、同時に振動の魔法をかけている為、威力は膨れ上がり、敵は次々と昏倒の闇に陥った。


 エリーはコマの様に回りながら、近寄ってきた多くの敵に双剣を叩きこんだ。その回転は風を生み、衝撃波を発生させ、剣の届かない敵でさえ吹き飛ばす。


「エリーちゃん、殺しちまった方が楽どすよ?」

「シムさん……あはは、僕、人殺したこと無くて…………」


 シムの助言にエリーは困ったように頬を掻いた。


「エリーちゃんはまだまだ……ひよっこアル……なぁっ!」


 そう言ってサムは敵を一刀両断した。ぱっと血の花が咲く。サム、シム、スムもこの部屋で一緒に戦っているが、この3人は襲い掛かってくる者を容赦なく斬り殺していた。


「な……なにをっ……何をやっている…………!たった4人に負けるなっ……!バカ者共……!さっさと制圧し、首輪を掛けてしまえぇっ…………!」


 バルドスは慌てふためきながら怒号を発した。先程までの余裕の笑みは見る影も無かった。


『ファイヤーアローッ!』


 後ろの方で構えていた魔術師の部隊が一斉に魔法を放った。味方を巻き込んでも別に構わないというような荒く威力の込められた魔法だった。

 炎の矢が何十本もエリーに向かって飛んで来る。


「ふん」


 しかしエリーはその炎の矢を斬り裂いた。兵士たちの頭上を乗り越えて大量の矢が一斉にエリーに襲い掛かるが、双剣による手数はエリーの得意とするところである。エリーの素早い剣捌きは炎さえも斬り裂いた。

 エリーは身を躍らせながら双剣を回し、矢の1本1本を丁寧に素早く斬り裂き、弾いていく。白いドレスは少し焦げるが、彼女の体には一切のダメージはない。くるくると舞い、華憐な双剣の演武を敵に見せつけた。


 魔術師たちはごくりと息を呑む。あれだけの魔法の数で無傷でいられているなんて信じられなかった。

 エリーはドレスの裏に仕込んだ投擲用のナイフを取り出し、片手の指に何本も握り込む。そして、兵士の壁の隙間を縫うようにしてそのナイフを投擲した。

 ナイフは雷の様に一瞬で空間を切り裂く様に飛んでいった。


「うごぉっ……?!」


 そのナイフは後方に控えていた魔術師たちに当たり、彼らの意識を奪っていく。そのナイフにも非殺傷の魔法が掛けられていた。

 魔法部隊が次々と倒れていく。


「何故だぁっ……!?」


 バルドスは顔を真っ赤にしながら叫んでいた。


「何故、こんなにも兵士がいて勝てないっ……!?」


 エリーは戦場を舞う。

 ドレス姿の可憐な少女はまるで死神の様にばっさばっさと敵を薙ぎ倒していく。あの人が本当はこの国の姫様だという真実を伝えたところで誰も信じる者はいないだろう。

 戦場で確かに彼女は2本の足で立っていた。助け合う事こそしても、仲間に寄りかかるような真似はしない。


 生き死にを懸けた戦いの場で、この国のお姫様は確かに自分の足で立っていた。


「畜生……!畜生っ…………!もう少しで……!もう少しで、あの美しい姫を手に入れられると思ったのに……!私のものに出来ると思ったのにっ…………!」

「………………」

「何故見抜けなかった……!?何故あのような品のない凶暴女と品の良い宝石の様な姫を間違えたのだ……!あのゴリラの様に品の無い女が…………あのゴリラの様に品の無い女がぁ…………!」

「喧嘩売ってんのかぁっ!てめーっ!?」

「ひぃっ……!」


 エリーは投げナイフをバルドスに投げた。彼は間一髪そのナイフを避け、尻もちをついた。


「……いい加減、お前がかかって来なよ、バルドス。聞いたよ、君A級ぐらいの身のこなしが出来るんだろ?来いよ、君が……君自身が…………!」


 エリーが尻もちをつくバルドスを見下し、挑発する。

 神殿騎士のヴィオが襲われた時、神器の杖を持ったフードを被った男がS級のリックの剣を躱したことはエリーも聞いている。そして、神器の杖を持っていたのはバルドスだった。

 それでもバルドスは恐がる様に歯を震わし、未だ立てずにいた。


「人を攫いっ!縛り付けっ!苦しめる卑怯な真似をして……!自分は戦えないなんてことないだろうっ……!?」

「―――ッ……!」

「…………来ないのなら、僕から行くぞ!こんなことやっておいて、立てるようになるまで待ってくれなんて言うつもり無いよなぁっ!?」

「……っ!」


 エリーはバルドスに向って駆け出した。その進行を阻むように兵士たちはエリーに立ち向かうが、紙切れの様に吹き飛ばされていく。エリーは止まらない。矢の様にバルドスに近づいていく。


「……く……くそおおおおおぉぉぉぉぉっ…………!」


 バルドスは立ち上がって、兵士から武器の杖を受け取った。

 壁となる兵士はいなくなり、身を低くしてエリーは駆け寄ってくる。


 それに合わせてカウンターの様にバルドスは大きな杖を振った。バルドスがA級並みの地力を有しているのは嘘ではない。その杖はビュッと風を裂きながら、エリーの頭を砕く為の軌道を描き、彼女に迫った。常人では目にも映らない凄まじいスピードとパワーだった。

 エリーはその杖を2本の剣をどちらも使い防ぐが、予想以上にその攻撃は力強く、エリーは態勢を崩してしまう。


「くぅっ…………!」


 クラッグが言っていたA級相当の身体能力というのは本当だったとエリーは確信する。


「お前さえいなければぁっ……!死ねぇっ……!『セイントランス』ッ!」


 バルドスは高速で魔術の準備を行い、それをエリーに向けて放った。


 聖なる力で作られた5本の槍がバルドスの上に現れ、勢いよくエリーに飛んでいく。強い魔力が練られた高度な魔術であり、受けてしまえば死は免れない。少し仰け反った態勢で、エリーは死の槍を見た。よく目を見開いて見た。


「……ふんっ!この程度ぉっ…………!」


 それでもエリーは1歩前に出る。死を呼ぶ聖なる槍が猛烈な勢いで自分に向ってくるが、彼女は強く1歩を踏み出して吠えた。


 身を捩って1本目の槍を躱す。白い槍は彼女の肩を掠め、地に突き刺さる。掠っただけでも彼女の体は抉られ、赤い血が溢れ出す。鮮烈な痛みがエリーの中に走れど、彼女は歯を食いしばってもう1歩踏み出した。


「らぁっ……!」


 2本目の槍は短剣で弾いた。槍の側面を強く叩き、何とか少しだけ軌道を変える。完全に弾くことは出来ず、その槍は彼女の腰を掠め、痛みは走り、血が零れる。白い純白のドレスは裂け、彼女自身の血で赤く染まる。

 それでもエリーはまた身を低くし、大きく1歩を踏み出した。


 3本目の槍は足を掠めた。痛みで痺れる足を根性で動かし、また1歩進んだ。


「……何故止まらないっ!?」


 バルドスは狼狽え叫んだ。


 4本目の槍がエリーの頭に向って飛んで来る。頭の中心を砕き、確実に命を奪う軌道をもって彼女に襲い掛かった。

 聖なる槍は強い魔力を輝かせながら迫っていく。A級相当の実力を持ったバルドスの鬼気迫る魔力が込められている。力強く放たれたその死の聖なる悪夢は、見る者全てを恐怖に陥れる。


「ふん」


 それをエリーは首を傾けて躱した。

 最低限、最小限の動きをもって槍を避ける。彼女の頬が削り取られ傷ついた。

 エリーの頬から血が垂れる。それでも死の槍は彼女の命を奪うことなく、はるか後方へと飛んでいった。


 1歩間違えれば頭が砕かれてしまうような避け方だった。あと少し目算を誤れば、彼女は頬だけでなく、生命維持に必要な頭の部分すら槍に抉り取られていただろう。

 それでも彼女は冷静に最適手を選び取った。

 襲い掛かってくる死の恐怖に負けず、最適な身の動かし方をした。


 そしてまた1歩を勝ち取った。

 もうバルドスの目の前にいた。


「ひぃっ……!?」


 バルドスは恐怖に負けて1歩後ずさりした。5本目の槍を放出するべき一瞬を、1歩下げることに費やしてしまった。


「その1歩が……!」


 エリーの不殺の剣がバルドスに届いた。高速の剣が彼の脇腹にめり込み、彼の体は折れ曲がっていく。表情は見る見るうちに歪み、彼の全身を激痛が蝕んだ。


「あなたと僕の差だああぁぁっ…………!」

「がああぁぁぁぁっ…………!」


 バルドスの口から声とも取れない息が漏れる。

 彼が思わず下げてしまった1歩は言うまでも無く悪手であった。自分よりも速度が速い相手を前に下がるという事は、自分に追いついてくださいと言っていることと同義だった。1歩下がったからといってどうにもならないことだった。


「らぁっ!らぁっ!らぁっ……!」

「―――――ッ……!」


 そのエリーの速さに呑まれるように、バルドスは次々と追撃を喰らった。

 高速の剣戟に呑み込まれていく。右から、左から、上から、下から、彼の全てを包み込むかのように彼女の剣の世界がバルドスに襲い掛かった。


 不殺の剣がバルドスの全身に打ち込まれていく。その度に斬撃の傷が痛みに変換され、バルドスの全身に痛みが駆け抜けていく。痛みが激痛によって麻痺していく。いっそ一思いに殺してくれた方が楽であったが、そんな声も出せなかった。


 バルドスとエリーの差は、全て1歩の差であった。

 エリーは死の恐怖に挑み、1歩を前に出せた。

 バルドスは死の恐怖に怯え、1歩下がってしまった。


 それはいかに修羅場を潜り抜けてきたかという事だった。

 死が迫ってくるという経験を踏んで自らの体を張って戦ってきたエリーと、現場には出ず、訓練と才能だけで地の力を上げていったバルドスとの違いがその1歩に現れていた。

 いかに地力があっても死と向き合った1歩が踏み出せないA級ではエリーには敵わなかった。


 バルドスは結局、本当の戦いを積んでいない養殖のA級だった。


「これで……終わりっ…………!」


 数十という連撃の最後に、エリーはバルドスの頭に痛烈な攻撃を仕掛けた。


「がっ…………!………………」


 ガチンという大きな音がする。息にならない息が漏れ、バルドスは白目を剥いて意識を手放した。彼の体が崩れ落ちる。


 5本目の聖なる槍は放たれ事すらなく、光になって消えていった。

 そこには無傷で白目を剥き倒れる敗者と、傷を残し血を垂らす勝者がいた。


「負けた……司教様が…………」

「A級並みの実力を持っていた司教様が…………」

「…………」


 バルドスの部下達はその光景を見て冷や汗を流した。

 エリーは恐れ戦く兵士達を一瞥してニヤッと笑った。


「お前ら……姫の事をカモかなんかと思ってたんだろ…………」


 槍によって裂かれ、じんわりと赤い血を吸った白いドレスがなんとも恐ろしかった。


(ひめ)を舐めんなよっ……!」


 その一言だけで、周りを取り巻く兵士たちは1歩後ずさり、緊張で体が動かなくなった。


 白い純白のドレスを纏った姫様は、冒険者の様に荒々しくそのドレスを黒く焦がし、自分の血で汚していた。

 この国の姫様は武人として、悪しき集団の頭を討ち取ったのだった。


なんとか投稿できた……

次話は明後日2/18 19時に投稿予定……だったらいいなぁ…………

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