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34話 答え合わせ

 それは地下での争いから数日前の事であった。


「では、報告を……」

「…………」


 冒険者の泊まっている宿の大部屋ではミーティングが行われていた。調査の内容を報告、議論するためにいつも行われている報告会で、椅子を寄せ合って多くの冒険者が様々な意見を出し、その一つ一つを吟味し、あらゆる可能性を探りだしていく。


 しかし、今日の報告会はいつもとは少し雰囲気が違った。

 皆、心なしか緊張の色を孕んでいる。酒を持ち込んだいつもの報告会とは違い、皆顔色に真剣身を帯びている。酒場や夜の遊び目的で欠席する冒険者も多いのだが、今日だけは全員が参加している。

 空気がぴりと張りつめていた。


「まず1つ。トムダダスから報告が入った」


 トムダダスとは冒険者の1人である。


「リックとクラッグが手配した『馬車の追跡』。その任務をトムダダスはやり終え、報告を送ってきたのじゃ」


 リックとクラッグが町で調査している時、2人は奇妙な馬車に遭遇した。

 6人席に7人腰掛けている馬車に遭遇したのだ。普通だったらただ席を詰めて座っているだけに見えるその馬車に、リックは違和感を覚えた。

 2人はすぐに仲間の冒険者トムダダスに馬車の追跡を依頼した。何日も掛けてトムダダスは馬車を追跡し、その報告が送られてきた。


「……なんて?」

「馬車は家紋の通りイモーゼル伯爵の領地に着き、問題なく伯爵家の中に入っていった。家紋を偽装した馬車である可能性はない」

「………………」

「だがしかし…………」

「ん?」


 トムダダスの報告には続きがあった。


「家内の人間を調査したところ、身元不明の人間が多数存在していた。出自の知れない使用人が多数な。そして、イモーゼル家はその使用人の多くを冷遇しているらしい」

「…………それって……」

「まぁ、結論を急ぐな。ともかく要約したものではあるが、トムダダスの報告じゃ」


 ボーボスは一歩引き、代わりにフィフィーが前に出た


「えー、次の報告です。こちらの『工具店』関連の調査も終了しました」

「ペンキの件か」

「そう、まさにペンキでした」


 『工具店』関連の調査、それはリックとクラッグが工具店の販売リストを調査していた件のことだ。最も、この調査は冒険者全体の必要調査項目に上がっていた為、他にも『工具店』の調査に割り振られている人はたくさんいた。


「『天啓』の件での壁に書かれていた赤い文字、あれを神の警告ではなく、人の脅しと仮定した時、あの赤い文字で書かれたものは何かしらの顔料と見なせます。

 そう考え、この都市にある全ての工具店の販売リストを調査しました。すると、1件、最近大量にペンキを購入したケースが存在しました」

「予測が当たったってことか」

「はい」


 この都市で、前に一度神様からの忠告があった。

 『「聖域」を探るな』『我ら神の土地から出ていけ』『お前たちには天罰を与えなければならない』などのメッセージと共に、貴族の娘が意識混濁状態で発見された。そのような『天啓』があったのだが、冒険者達はそれ自体を調査していた。


「ペンキを大量に購入していたこの都市に住まう貴族の家の子、ベイワール・オクーニだと判明。彼を『優しく』問い詰めたところ、全てをゲロりました」

「おー……こわ…………」

「『優しく』……ねぇ…………?」


 話を聞いていた冒険者達は白い目でフィフィーの方を見た。そんな冒険者たちにフィフィーはにこっと笑いかけ「なにか?」と一言発したところで、皆がフィフィーから目を背けた。冒険者達はただ、その貴族の子を密やかに哀れむことしか出来なかった。


「ペンキを大量購入するように言ってきたのはポスティス教会のバルドス司教らしいです。その後、その貴族の子はバルドス司教の使いの者に大量のペンキを渡し、見返りにお金を受け取ったということでした」

「なるほどなるほど、ポスティス教会か…………」

「やっぱりねぇ……」


 ボーボスとリックは納得するように頷いていた。


「……やっぱり?」


 エリーが聞く。


「まず『天啓』が出た時のポスティス教会の対応がおかしかったのじゃ。それでわしらはポスティス教会を疑っていた」

「……反応?なんだっけ…………?」

「ほら、エリー君、ポスティス教会はボク達冒険者に『神の怒りに触れるのは危険極まりなく、我らの意に反している。撤退をお願いします』という打診を早々に送って来ただろ?」

「あ、はい……?」


 エリーは首を傾げる。


「一見普通の対応だけど、これはよく考えるとおかしな反応だ。

 何故なら、神の道を歩く教会がそれを認めてしまうと、その文字が教会公式に『神の奇跡』によるものだと見做されてしまう。普通はまず調査を行う筈。教会が1晩であのような判断を下すのはおかしいんだ」

「しかし、教会も雑じゃのぅ。間に一枚噛ませればバレないとでも思ったのかの?」


 ボーボスはやれやれと自分の髭を擦っていた。


「しかし……この話の繋がりだと、ポスティス教会が…………」

「…………」


 イリスティナはその先を言えず閉口した。他の冒険者たちも皆頭の中に同じ結論が出ていた。

 この会議にはイリスティナ王女も参加している。とはいっても胸に赤いペンダントをしており、この人は『ドッペルメイク』の神器によるコピーであり、エリーの方がオリジナルである。フィフィーはその胸のペンダントを見て全てを察している。


「さて、まとめだ。エリー、全部の答えを言ってみな」

「え?ぼ、僕……?」


 急に振られ、エリーは動揺しつつも一歩前に出て、おほんと咳払いをした。


「……まず結論としては『神隠し』とは人攫い、そしてそこから行われる人身売買です。

 貴族の馬車に乗っている人が1人多かったのは、この都市で1人奴隷を買ったから。イモーゼル家の使用人に身元不明の人が多いのは、非合法の人身売買が行われている為です。

 そしてその下手人はポスティス教会です。これは『天啓』の脅しに用いられたペンキが間接的にポスティス教会に買われていったことから分かります。

 次に、人攫いの方法として、夜中に神殿騎士のヴィオが被害にあったように、神器『夜空に輝く星々』という杖の洗脳魔術を使っての犯行だという事が推測できます」


 皆が頷きながらエリーの推測に聞き入っていた。


「…………国の教会がそんなことやっているなんて信じがたい事だけど……とりあえず、ストーリーとしてはこうでしょう。

 元々人身売買が行われていた教会でオブスマンが発生します。その調査で王女様の雇い人達がこの都市で調査を行いますが、出てくるのは『神隠し』の情報ばかり。

 本当は自分たちが探られているのだと不安に思った教会は、『天啓』という形で冒険者に忠告、そして教会として冒険者たちに撤退を求めるよう指示を出しました。

 今までの流れはそういった感じでしょう」


 他の冒険者達から拍手が鳴り、エリーはぺこりと頭を下げ一歩下がった。他の冒険者たちも同じ考えを持っていたようで、反論はなかった。


「……前に冒険者が襲われて1日で発見されたのはメルセデスによる犯行じゃ。

 そして、『神隠し』や一般人が犠牲になる『神様の悪戯』は教会による犯行じゃ。

 エリーが指摘した『天啓』の際に見せしめに使われた子が貴族の子で冒険者ではなかった点については、『天啓』を行う教会にはA級冒険者複数を捕縛出来る能力が無かったからじゃな。A級冒険者を打ち倒していたのはメルセデスなのじゃから」


 ボーボスがそう捕捉し、『神隠し』に纏わる全ての結論は出た。

 それまで行っていた調査の、その犯人はポスティス教会である。彼らは『神隠し』という伝説を笠に人攫いを行っている。

 それが結論だった。


「さて、ここまで来ると相手の次の一手が見えてくるのぅ……」

「次の一手?」


 ボーボスは言った。


「あちらさんの次のターゲットは……イリスティナ王女じゃ」

「「…………え?」」


 その言葉にエリーとイリスティナが小さな声を漏らし、全く同じ反応を見せた。


「『天啓』でも冒険者達が調査を止めようとしないのを見ると、奴らは次の行動に出た」

「次の行動……なんでしたっけ…………?」

「貴女がこの都市に来たのじゃ、イリスティナ様。貴女、何故この都市に来たのじゃっけ……?」

「はい、バルドス様にこの都市のパーティーに誘われて…………あっ!」


 そこまで話して、イリスティナは自分で気が付く。


「パーティーに誘って、私を『神隠し』にあわせようとしている……!?」

「そうじゃ。我ら冒険者の雇い主が行方不明になったのなら、依頼の継続は困難じゃ。頭を潰して調査を終わらせようとしておるの」

「多分、そのパーティーが終わった後、教会は貴女を攫ってしまおうとするでしょう。教会は姫様を馬車で送り出したけれど、その馬車は突如行方不明になってしまいました、とか言ってくるに違いないです。実際は送り出されることも無く教会の中で事件は起き、誰も乗っていないダミーの馬車が勝手に姿を暗ますのでしょう。自作自演です」


 リックの解説にイリスティナとエリーはごくりと息を呑んだ。


「……でもこれはチャンスです」

「え?」

「『神隠し』の場所を捉えて、攫われた人を救い出すチャンスです。教会はイリスティナ様を誘導して『神隠し』の現場に連れて行こうとするでしょう。それならば、フィフィーの追跡発信魔法があれば、イリスティナ様が連れていかれても場所を特定できます」

「…………追跡発信魔法?」


 そんなの聞いたことないと、イリスティナは首を傾げた。それは王女様だけでなく、ほとんど全ての冒険者は頭の中にハテナマークを浮かべた。


「あ、追跡発信魔法っていうのはわたしの開発した魔法です。この魔法を対象に掛けると特殊な魔力波を出すようになっていて、追跡感知魔法を使える人ならその人の居場所や辿って来た道が分かるようになる魔法です。

 多分わたししか使い手はいません」

「………………」

「………………」


 フィフィーはさらっと説明したが、皆閉口するしかなかった。明らかに魔法の常識を軽く覆していた。


「…………なるほど、分かりました。私にその魔法をかければ自然と敵の拠点の位置が分かるという訳ですね。かしこまりました、その役引き受けましょう」

「いやいやいや……イリスティナ様、申し出て頂けるのは大変ありがたいですが勿論替え玉を立てます。女性冒険者に変身魔法をかけて、イリスティナ様としてパーティーに参加して貰います」

「でも、誰がそんな危険な役を…………?」


 イリスティナは小首を傾げると、リックはもう既に候補を考えていたのだろう、迷わずその人の方向を見た。


「エリー君……」

「ん?」

「済まないけど、囮役、頼まれてくれないかな…………?」

「……んん?」


 リックは済まなそうにエリーを見て、エリーは目を丸くしながら確認するかのように自分を指さした。

 ぽかんとした空気が一瞬、その場に流れた。


「…………は?」


 エリーにはリックの提案の意味がよく分からなかった。いや、理解は出来るがイリスティナの影武者に自分を選ぶ意味が分からなかった。

 場が固まったとはこの事だった。


「えーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………!?」


 大声を上げ驚いたのはフィフィーだった。


「いやいやいや?!ダメだよ?!エリーはダメだよっ?!本末転倒!本末転倒だよっ!?」


 フィフィーは叫んだ。それもそうだ。この場でエリーとイリスティナが同一人物だと知るのは彼女だけだった。イリスティナの中にいるファミリアもその事情を知る一人だが、今の彼に発言権はない。ここで無理矢理神器を解くわけにもいかなかった。

 フィフィーは腕をバツにして全身で否定の意思を表した。


「……本末転倒?言っている意味はよく分からないけど、エリー君は適任なんだよ、フィフィー」

「ダメダメダメっ!ダメでーっす!エリーをそんな危険な目に合わせられませーっん!ぜーったいに許しませーっん!何かあったらどうするつもりなのよっ!」

「…………まぁ、確かにエリーは適任だわな」

「クラッグさんまでっ…………!」


 フィフィーの反対の声を無視し、クラッグは隣にいる自分の相棒に話し掛けた。


「エリー」

「な……なんだい…………?」

「お前のスピードはA級以上だ。相手が『夜空に煌めく星々』を使ってきそうになっても、一瞬で間合いを潰せる。王女様が相手だと油断している敵なら猶更。相手の術を発動前に潰しちまえ」

「………………」


 クラッグはお前なら大丈夫だと、囮役は危険だけど今のお前なら何とかなる筈だと、相棒に目で語っていた。

 それがエリーには嬉しかった。


「ダメダメダメっ!ダメですっ!エリーはダメっ!何だったらわたしがその囮役をやるよっ!わたしの方が強いし、安全でしょっ!?」

「どういった展開になるか分からない。為す術無く拘束されてしまう可能性もある。貴重なS級は外から自由に動けた方がいい。

 それにエリー君はイリスティナ様と同じ銀髪だし……」

「それは変身魔法掛けるから関係ないでしょーがーっ……!」


 フィフィーは1人大声で叫んで反対を続けていた。だけど、周りの者たちにとって身代わりにエリーを使う案に反対する理由がないから、残念だけどフィフィーの提案は受け入れられそうになかった。

 それに、エリーの瞳にも覚悟の色がこもり始めていた。


「…………分かった」

「え?」

「僕、やるよ」


 腕を組み、少しだけ胸を逸らし、フンと鼻息を鳴らしてエリーはそう言った。


「……え?え?……え?……いやいやいや!ダメでしょ、エリー!危険なとこ行っちゃダメでしょーが、エリー!?」

「危険なことを避けてちゃ冒険者をやっている意味がないよ」


 まさかのエリーの同意にフィフィーはおろたえた。その他に事情を知る者がいない以上、フィフィーの意見が通る筈がなかった。あわあわと、この国の王女様を心配した。


「……それに僕はムカついているんだ」

「え?」

「この国の大切な国教で、そんな下賤なことが行われているなんて…………」


 エリーはこの国の姫として、民の上に立つものとして、民を馬鹿にするような上層部の腐敗を絶対に許せなかった。

 彼女の瞳には火が瞬いていた。


「……済まないね、エリー君。最大限危険が無いよう計画を練るし、もし捕まってしまってもすぐに救出出来るよう整える。そこら辺は安心して欲しい。

 …………ただ……」

「ただ……?」


 リックは話辛そうに不安要素を述べた。


「……今までの話し合いで『アルバトロスの盗賊団』や『叡智』の結論が出ていない。それらがどう関わってくるのか……あるいは関わってこないのか、分からない。

 イレギュラーがあり得る任務だけど、いいかな?」

「その位、大丈夫です」


 心配そうなフィフィーを他所に、エリーは高らかに宣言した。


「人攫いなんて、僕がぶっ潰してやる!」


 決戦の準備が整っていくのだった。




「じゃあイリスティナ様はエリー君に王族の所作などを教えてあげて下さい。パーティーの作法とかルールとか、付け焼刃になりますけどそこは違和感を持たれるといけない点なので…………」

「え?あ、はい」


 イリスティナはきょとんとした。


「じゃあ、エリー君。パーティーまでの間に覚えることたくさんあるだろうけど、頑張ってね。済まないけど、よろしくね」

「え?あ、はい」


 エリーはきょとんとした。


 勿論、そんな必要は無かった。




* * * * *


「……エリーの気配が地下へと行ったよ」

「地下?この大神殿に地下なんてあったか?」

「無いよ。だからおかしい」


 そしてパーティーの終わった夜、大神殿の近くに冒険者達が集っていた。大勢の冒険者、しかもそのほとんどがA級以上の上級冒険者だ。その誰もが武器を握り気を高め、今すぐにでも戦闘を行えるよう張り詰めていた。


 フィフィーは自分がエリーに掛けた魔法の動向を探っている。エリーの状態も周りの状況も分からない。だが、この追跡発信魔法ならエリーが今どこにいるのかが分かる。そしてそれは存在しない筈の地下の部屋だった。


「よし、地下と分かっただけで十分じゃ」


 ボーボスは愛用の斧を担ぎ、冒険者達の前に出た。


「皆の者、突撃」

「おぅっ……!」


 上級冒険者たちの嵐の様な侵攻が始まった。


次話は……明後日 2/16 19時に……投稿……出来るといいなぁ…………

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