31話 いつか意味を成す特訓
【フィフィー視点】
それは夜11時過ぎぐらいの事だった。
「ねぇ……クラッグ……早く、外、行こ…………?」
「はは……そう慌てるな、エリー……今夜も……激しくなるんだから…………」
「もぅ…………」
それは偶然クラッグさんの部屋の前を通り過ぎた時の事だった。
エリーのくぐもったねだる様な声が部屋の中から聞こえたのであった。
「僕は別に……近場でもいいんだけど…………」
「俺が困るんだよ……音、うるさくなっちまうだろ…………?」
「いいじゃん……みんなやってるんだし…………」
わたしはとっさに物陰に隠れ、2人が部屋から出て、さらにはホテルから出ていくのを確認した。
2人は少し緊張した面持ちを見せながら、ゆっくりと人気のいない方向に歩いて行った。
…………何をやっているの!?あの2人!?
えぇっ!?ちょっと待って!?これって、あれだよね!?男女の……アレの事だよねっ!?
あの2人なんとなく怪しかったけど…………でも、ダメだよっ!エリーはお姫様なんだからっ!
身持ちが固くないといけないって彼女自身が言ってたのに……!それなのに……どういうことなのっ……!?
2人はどんどんと人気のない場所へと歩みを進めていく。
「じゃあ……ここらへんでいいかな…………?」
「あぁ……じゃあ準備するか……」
2人は開けた場所に出て、何かの身支度を始めていた。
「ストーーーーーーーーップゥッ!」
わたしは物陰から身を躍らせて、大きな声で叫んだ。
「……えっ!?フィフィーっ……!?」
「……!?」
2人はびくりと身を強張らせる。
2人は開けた場所で熱い視線を交わしながら向かい合っていた。
一定の距離を保って向かい合い、お互い武器を構えて闘志を迸らせている。相手の隙を見逃すまいとした、睨みつけるような熱い視線をお互いにぶつけていた。
「フィフィー?なんでここに……?」
「………………」
それは明らかにいかがわしいことではなく、気を漲らせた武人の構えそのものだった。
「………………」
あっ、これ、2人の訓練だ。戦闘の訓練だ。
「………………」
「………………」
………………
「……どうぞ、ストップしなくていいです…………」
「…………」
「…………」
わたしはそう言った。
さっぱり訳が分からん、という視線を受けながら、わたしは邪魔にならない場所に座り、2人の訓練を見学した。
なんだこれ。
* * * * *
話を聞くと神殿都市にいる間も2人はほぼ毎日訓練を続けているという。
訓練では結構大きな音が出てしまうため、人気のない場所まで移動して訓練を行っているのようだ。
「毎日の日課のようなものだよね」
エリーはそう言っていた。この子、お姫様なのに強さに貪欲である。
「結構うるさくなるし……俺は人には見せられない技とかも使ったりするからな……」
夜、こんな場所にまで出てくる理由をクラッグさんはそう語った。
クラッグさんの人には見せられない技……なんだろう、少し気になる…………
「ていやぁっ…………!」
そうして2人は訓練を始めた。
エリーは持ち前のスピードを生かして、2刀を振るってとにかく手数で勝負するタイプだ。その攻撃と攻撃の合間に小さな魔法まで組み合わせてくるものだから、これは非常に厄介なものだった。彼女のスピードを活かした単純な戦法であるが、単純ゆえに破られにくい戦い方だった。並みの相手ならその圧倒的な手数を前に押し潰されていくだろう。
しかし、やはり恐ろしいのはクラッグさんだ。
エリーのとんでもないスピードを余裕もって弾きながら、さらに彼女の隙を指摘し教えるかの如く剣を振るっている。まるで長年彼女に付き添ってきた指導教官のように彼女を良い方へ、良い方へと導いていく。
「ふんぬー!」
「ほら、雑になるな。攻撃が荒くなってんぞ」
「あわわわわわ…………」
エリーが隙を作ると目敏くクラッグさんはそこを攻め、彼女は慌てながら双剣でクラッグさんの猛攻を受ける。
エリーの双剣は少し変な形をしている。片方の剣は真っ当な短剣だが、もう片方の剣の剣先は歪に歪み、ひび割れている。まるで折れて砕けた剣を無理やり短剣に加工したかのように、その双剣の片割れはボロボロで、しかし何故か気品があった。
「……ん?」
クラッグさんが突然蹴りを放った。
それまでの無数の剣戟の後に放たれる不意の強襲。剣に意識が寄っているであろうこの状態で蹴りなんて放たれたらたまったものじゃない。
もちろんエリーはその蹴りをもろに喰らって…………
「うわぁっ…………!」
そうではなかった。
エリーは少しの驚き声を上げながら、なんとか不意の蹴りを防ぎ切った。体のバランスを崩していたが、それでも常人ならば普通喰らってしまうだろう意識の隙を突く攻撃を防いでいた。
おやおや……?
それからもクラッグさんは敵の意識の隙を突くような攻撃パターンを見せていく。
急な突進して体を密着させてからの零距離の刺突。
回し蹴りのどさくさに紛れて剣を右手から左手に持ち替えての、逆方向からの突然の攻撃。
ナイフを上方に投げ、そのナイフに意識を取られた瞬間に下方からの強襲をかけるやり方。さらに器用なことに、上に投げてから落下してきたそのナイフを拾っての上方からの攻撃まで混ぜ込んでいる。
相手の不意を突くことに長けた意地の悪い攻撃のパターンを次から次へとクラッグさんは繰り出していた。つい相手の誘導に乗っかってしまい防御しきれない様な攻撃の数々。
それをエリーは入念な試験勉強をした受験生の如く、なんとか誘導に釣られまいと必死にクラッグさんの攻撃を防ぎきっていた。
そういえば前にエリー、今こういった意識の隙を突く攻撃の修業をしているって言ってたっけ…………何度もそれらの攻撃を見て、パターンを覚え、繰り返し防ぐ練習をしていたのだろう。
クラッグさんの攻撃を懸命に受けきっているエリーの姿は、その修業が効果を発揮していることを如術に表していた。
やがて、ある1つの攻撃を防ぎきれず、ぐえとカエルの潰れるような声を出しながらエリーは地面に倒されてしまった。
「凄いじゃない、エリー!あの攻撃群を防ぎきれる人、そう滅多にいるものじゃないよ!」
「はは……何度も見ては何度も喰らっているんだけどね…………」
そう言いながら、エリーはすぐにふらふらと立ち上がった。
「それでもだよ」
うんうん、すごいなぁ。エリーはお姫様なのにとても努力家だ。こんなに汗にまみれ泥にまみれるお姫様は他にいるだろうか。
なるほどなるほど。エリーが会う度にぐんぐんと実力を上げているのは、こんなに激しい特訓をやっているせいだったのか。
「クラッグさんもお疲れ。鬼畜だね」
「訓練見て、俺にかける一言目がそれなのか?俺、悲しいぞ?」
クラッグさんは眉を顰めながらそう答えた。
いやいや、知らないとはいえ、この国のお姫様をこんなにもボロボロに出来るのはクラッグさんぐらいだよ。
…………いや、この人訓練となったらイリスの時の姿だって容赦なくボロボロにしそうな感じはあるけど……
「フィフィーはいつもどんな訓練をしてるの?」
「ん?わたし?わたしは魔術師だからね。魔力操作や魔力量を上げる訓練、術式の構築、開発、速度上昇の練習とかしてるかな」
「そっか。フィフィー、『魔導の鬼』って異名があるくらいだもんね」
「…………ああいうのって誰が付けているんだろう」
全く、失礼しちゃうものだ。女の子に対して『鬼』とか、そう呼び始めた人はどうかと思う。気が付いたらそのような異名が広がっていたのだ。困ったもんだ。
「エリーにはなんて異名が付くかなぁ…………」
「え?僕?僕はまだDランクだから異名なんてつかないよ。全然有名じゃないし」
「すぐに付くと思うけどなぁ?」
なんたってエリーは知る人ぞ知る今期待の下級だ。本人自覚してるのかなー?あまり有名になっちゃうと、身分隠すの大変になると思うんだけど…………
「俺もなんか付いたりするのかねぇ?」
「クラッグさんはもう付いてるじゃん?」
「え?」
知らないのかな?
「ほら、『ランク詐欺師』って」
「……おい、ちょっと待て、なんだ、その酷い異名は。なんだそれ、誰がそんなの付けたんだよ」
「リックが広めてたよ?」
「よし、あいつとは今日はとことん話し合おう」
クラッグさんは悪い笑みを浮かべていたけど、流石にリック相手だと返り討ちじゃないかな?
しかして、実際のところクラッグさんの強さってどの位なんだろう。まだまだその実力を測りかねてるからなぁ……エリーもよく分かってないと思うし…………
A級以上なのは確実なんだけど…………
そうしてわたし達は少し話で盛り上がった。その後の事だった。
「あー……フィフィー……悪いんだけどな……」
「ん?」
「そろそろ訓練を再開しようと思うんだが…………」
「あれ?ごめん、話し掛けたのはお邪魔だった?」
「いや、そういう訳じゃないんだが…………」
クラッグさんは言いにくそうに頭をポリポリと掻いていた。
「…………こっから先の訓練は秘密だ。いくらフィフィーと言えど見せられねえんだ」
「ん?エリーに隠し必殺技でも仕込むの?」
「というより……俺が隠し必殺技を使うんだよ。エリーはそれを防ぐ訓練をするんだ」
「んん?」
訓練に切り札を使うの?それをエリーに防がせる?
「んー……?なんだかよく分からないけど、分かった。じゃあわたしはここで失礼するね」
「あぁ、悪い。お休み」
「フィフィー、今度一緒に特訓しようよ。魔法教えて、魔法」
「おっけー。じゃあ2人共、根詰め過ぎないようにね。お休みー」
お休み、と返ってくる返事を受け取りながら手を振りホテルへと戻った。
なんだかとてもいいものを見た気分になった。友達が頑張っている姿というものは、なんか気持ちがふわふわとなって、自分も今日はもう少し頑張ろうかという気持ちにさせてくれる。
星明りの下を歩きながら、わたしは手のひらサイズの魔術をくるくると回しながら、鼻歌を歌っていたのだった。
* * * * *
【クラッグ視点】
「じゃあ、こっからは恒例の過酷訓練だ」
「……うん…………」
エリーの剣を握る手に力がこもる。自然と緊張状態に入る。
「……でもさ、いいの?クラッグ?その必殺技って人には秘密にしてるんでしょ?」
「まぁ、敵に見せるのなら、確実にそいつは殺すようにしてるわな」
「え?やば……そんなものを僕に何度も見せていいの?まさかいつか僕の口も塞ぐ気じゃないだろうね…………」
「自分で育てている自分のパートナーを殺すバカが何処にいるよ」
思わず苦笑する。
ま、エリーに見せるのは仕方ないだろう。どうせ一緒にいればいつかは見られることになるかもしれねえし。
「…………なんだか、こう、大丈夫かな?クラッグの攻撃パターンを防ぐ練習ばっかりしてるんだけど……クラッグに対してだけ強くなったりしてない?僕?」
「何回か言っているが、これから出す俺の秘術は威力をかなり抑えている。それでも術の種類はかなり豊富で、一つ一つ防ぐだけでも今のエリーには大変だろう。
それらを全部防ぎきることが出来るようになるころには、この術だけじゃなくて、ありとあらゆる術に対応出来るようになってるだろ。実戦経験の足りないお前にはうってつけの訓練だ」
そう。初見の相手の攻撃を防げるようになるためには、まずは1人の相手の攻撃を完全に防げるようになってからだ。正直、俺の攻撃を防げるようになったらどこ行っても通用するようになると思うし。
…………それに、この訓練にはそれ以上の意味が含まれている。
「それにな、エリー……あれこれ色々と考えだしていいのは……」
そして俺はポケットからナイフを取り出し、それを自分の手に突き立てた。
「この秘術を完全に防げるようになってからだぜ?」
「………………」
ナイフが手を貫通する。それを見てエリーは完全に臨戦態勢に入る。
「さぁ、構えなエリー。今日も死ぬんじゃねーぞ?」
そしていつもの過酷な訓練が幕を開けた。




