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28話 『叡智』の手掛かり

【クラッグ視点】


 星明りすらほとんど通さぬ暗く細い路地裏の中、俺たちは緊張をもってその場に佇んでいた。

 目の前には紫髪の吸血鬼がいる。名前はメルセデス。幾人ものA級冒険者を葬ってきたと自称している化け物だ。……いや、仲間は死んじゃいねーけどさ。


 そう、仲間を倒されたという事はこの吸血鬼は敵である。いつ俺たちに牙をむくか分からないから、皆緊張しながらこの化け物との対話に臨んでいる。

 臨んでいる……のだが…………


「お主たちに依頼を申し込みたい。依頼内容はわらわの護衛じゃ」

「………………」


 その化け物に、自分を守ってくれと依頼を出されてしまった。

 閉口するより他にない。どういうことだ?何故、敵である俺達冒険者に頼む?


「依頼先はイリスティナ、及びイリスティナに雇われている冒険者全体じゃ。依頼内容はわらわの身を守り、安全を確保すること。どうじゃ?」

「…………お前、まじかよ……」

「もう数度わいらの仲間を襲った吸血鬼が、わいらに依頼を出すどすか?」

「そうじゃ。お主らがオブスマンの陣営側の立場にないというなら、わらわは協力を仰ぎたい……」

「敵で、ない……?」


 こいつは冒険者を襲っておいて、敵ではないと言うのか?


「そうじゃ。わらわはお主たち冒険者がこの都市でオブスマンについて調べていると知り、お主たちを警戒しておった。オブスマンを通してわらわを追い、捕らえようとしているのではないか?そう疑問せざるを得なかった」

「……だけど、俺たちは都市に出てきたオブスマンの謎を追っているだけで、お前の存在を知っていなかった。だから、俺たちは敵ではない、と?」

「そうじゃ」


 ふむ……襲い掛かっていた相手に害意は無いと分かったから、私たちは敵ではない……これは通じる論理だろうか?間違ってはいないかもしれないが、冒険者側は彼女に対し信用を置けるはずがないぞ?


「依頼を出すというからには、報酬も勿論出そう」

「…………報酬?」


 メルセデスは指をぴんと立て、真剣な眼差しを俺たちに向けた。


「報酬はわらわの抱える『オブスマン』の情報と『アルバトロスの盗賊団』の情報……その全てじゃ」

「…………」

「…………」

「どうじゃ?つまり、わらわの依頼が達成できたのだとしたら、すなわち王女殿下からの依頼を達成したも同じじゃ。お前たちにとって、わらわの抱える情報は必須であるのじゃ」

「………………」


 なるほど、確かに条件はいいかもしれない。俺たちの目的とこいつの提示する報酬は合致する。確かに仲間がこいつに襲われたが死人は出ていない。

 …………さて、どうだろう?両者の利益が一致するなら手を組むのもありなのか?いや、信用しない方がいいのか……?


「でもなぁ……報酬が情報かぁ…………悪くはないんだが……魅力に欠けるなぁ…………」

「ならばわらわの体も追加しよう。冒険者全員で、好きにするがよいぞ?」

「はいっ!喜んでっ!」

「受けるアルっ!この依頼受けるアルっ!」

「やる気出てきたんだぜだぜーーーっ!」


 俺たちは活気に包まれた。


「待て、待て……待つどす、バカ共……待つどす」


 はっ……!なんて恐ろしいハニートラップッ…………!

 恐ろしい奴だ……メルセデス…………シムが止めてくれなきゃ今頃どうなっていたか…………


 さて、冗談は置いておいて…………

 条件自体は良い。依頼内容は彼女の警護。どの時点で安全が確保されたと判断するか、どの時点で報酬は支払われるのか条件を詰める必要はあるが、無茶な依頼ではない。

 その報酬が神話級の情報。そしてその情報は今行っている依頼の成否に直結する。

 利益はでかい。


 だが、しかし……冒険者を襲ったこのメルセデスの提案を受け入れていいものか…………


「…………だが、まだわいらはお主の事を信用できぬ。まだ幾つか質問させてもらうどすぞ?」

「まず1つ目アル…………」

「あー、待て待て。お主らの聞きたいことは大体わかっている。協力を仰ぐのだ。説明できる部分はわらわが順を追って説明しよう」


 メルセデスが手のひらを上げ、俺達の質問を制止する。そして、自ら俺たちの聞きたかったことを語りだした。


 まず、自分は故あって『アルバトロスの盗賊団』に追われていること。そしてこの神殿都市に逃げてきたこと。その都市には『神様の悪戯』という伝説がもともと存在しており、その伝説にあやかって人を襲い、魔力、生気、情報を収集していたこと。勿論、誰1人殺していないこと。

 そんな中、この都市を調査に訪れた冒険者の団体が来たこと。そのうちの1人が雑談の中で自然に『アルバトロスの盗賊団』の話をしていたこと。傍目からでは分かりにくいが、明らかにその冒険者は『アルバトロスの盗賊団』という単語を口にし、周りの人々の反応を窺っていたこと。こいつは何かを知っていると思い、路地裏に連れ出し、血を吸って情報を得たこと。それが、初日に襲われたバリーである事は情報をすり合わせて確認が出来た。


 『神様の悪戯』の正体は全く知らないこと。冒険者に向けた『天啓』にも関係してなく、神殿騎士のヴィオが襲われたことなど全く知らなかった。というより、神殿騎士のヴィオという人をそもそも知らないことなどが語られた。


「わらわは吸血鬼ではない。元は普通の人間じゃ」

「なんだって?」

「血を吸って人の魔力や情報を得られているのは、わらわの神器の能力じゃ。『血吸い鬼』、その神器の力でわらわの体には大量の魔力が保存されておる」

「………………」

「そしてこれはわらわの所有する神器の1つでしかない。内訳は明かせぬ。仲間だろうと人には明かせぬ切り札の1つや2つ、お主たちも持っているだろう?」


 所有する神器の1つでしかない。

 つまりこいつは神器を複数所持している。だが、装備品や所持品を多く持っているようには見えない。

 神器を、複数…………


「確かに切り札は持っているどすが…………」

「質問いいアルか?」

「なんじゃ?」


 俺たちの間で起きていた事件の半分ぐらいが彼女の手で説明された。勿論、全部を信じれば、だが。

 そんな中、サムが彼女に質問をする。


「私たちは討伐された魔物も『オブスマン』に特徴がよく似かよった魔物である、としか認識できていないアル。当然『アルバトロスの盗賊団』も実在するのかどうかすら分かっていないアル。でも、君の発言だと……神話の『アルバトロスの盗賊団』がまるで実在するかのような言い方で…………」

「『アルバトロスの盗賊団』は存在する」

「…………」

「…………」


 そう、メルセデスはきっぱりと言い放った。

 あまりに堂々とした言いっぷりに、俺たちは黙るしかなかった。


「『アルバトロスの盗賊団』は存在する。わらわに協力せい。これはわらわの問題だけでなく、その災いは恐らく国全体にも波及するのじゃぞ」

「………………」

「………………」


 俺たちは少し、彼女の発する凄みに押された。


「……分かっておる。どんなに言葉を重ねても、お主らはわらわを信用することは出来ない。そういう立場じゃ。

 だから、今ここで返事をせよとは言わぬ。わらわの案を持ち帰ってお主たちの依頼主に話してくれれば、それだけで有り難い」

「………………」


 確かにこれはミーティングで話し、全体で考えたいことだ。時間をくれるというのなら僥倖である。


「……ただ、1つ…………」

「……む?」


 なんだ?


「お主らの依頼人……隠し事をしてはおらんか…………?」

「…………なんだって?」

「『アルバトロスの盗賊団』を語る上で、1つ大切な情報が欠けておる。それを知らないか、知っていたうえで語っていないか、それには大きな差が生じる…………」


 メルセデスは手を口元に当て、何か考え事をしながら俺たちに警告をした。まるで自分の中の情報を整理するかのように、誰にも向けていない言葉の様に俺たちに語り掛けていた。


「……敵かもしれない奴に依頼人を疑えと言われても、攪乱が目的としか思えないどすよ?」

「逆にその敵を警戒するだけだぜだぜ?」

「俺はイリスティナなんか疑ってもいいけどな?」

「クラッグは少し黙っているアル」


 怒られた。


「だが、少し試してみるのもありではないかの?いや、わらわの願望じゃ。少し試してみてはくれんか?」

「…………そんなことに労力を割く暇はないどす」

「難しい事ではないのじゃ」


 メルセデスはぴんと人差し指を立てた。


「良いか?姫様にはこう伝えるのじゃ。そして、それを伝えた上で、もしここに今日中に飛んで来るようなことがあれば、お主たちの姫様は少し危うい…………」

「…………なんて伝えればいい?」


 彼女の紫色の美しい髪が冷たい風に揺れていた。


「わらわが提示できる報酬は、『アルバトロスの盗賊団』と、それに関わる『叡智(・・)』の情報である……と」

「…………『叡智』?」

「良いか?伝え間違えるではないぞ?」


 夜の闇に少し、緊張が走った。




* * * * *


【イリスティナ視点】


 僕たちはあの酒場の後別れ、そのままホテルへと帰っていった。

 暗い夜に温かく光る街灯がなんとも心地よく、少し肌寒い空気が酒で温まった体を程よく冷やしてくれる。フィフィーとリックさんと一緒に帰ったのだが、フィフィーはリックさんの頭に手を乗せたまま歩き、生殺与奪権を握ったままホテルへと帰って……いや、あれは連行していった、という表現が似合うだろう。リックさんが娼館に行ける余地など無いのだ。


 あのバカ焦げ茶共はそのまま娼館へと向かい、闇夜に消えていった。

 くっそー……僕に何も言う資格なんかないけど、あの焦げ茶、豆腐の角に頭でもぶつけて死なないかなぁ…………


 そうして僕がホテルの部屋でゴロゴロしながら本を読んでいる時の事だった。

 ファミリアが変身したイリスが僕の部屋の中に入ってきた。


 その報告を聞いて僕は驚いた。


 サムが戻ってきて、先程のメルセデスが取引を持ち掛けてきたというのだ。その取引の報酬に『アルバトロスの盗賊団』と『叡智』の情報を渡して貰えるとのことだ。

 驚いた。本当に驚いた。


 『叡智』。それは私が追い求めている情報だ。私の価値観を吹っ飛ばし、私が冒険者をやるきっかけとなった事件だ。

 そもそも『叡智』の影を見て、この依頼を設定したのだが……まさか、なんで……なんでメルセデスが『叡智』の情報を持っているのか…………


 昨日、S級冒険者のフィフィーに『叡智』を尋ねてみたのだが、結果は空振り。きょとんとされてしまった。S級だからって知り得るような情報ではないみたいだ。


 僕はすぐにイリスの中のファミリアに『ドッペルメイト』の神器を解くように言い、サムから聞いた情報を自分の中に還元した。『ドッペルメイト』はその術を解いた際、コピーの経験や情報がオリジナルに還元するようになっている。


 そして僕は急いで着替え、イリスの姿になった…………というより、元に戻りました。

 相手はA級冒険者複数人を同時に撃破してしまう程の実力者。S級のリック様とフィフィーと他にも数名の冒険者を引き連れ、私は宿を飛び出しました。


 入り組んだ路地を速足で駆け抜けます。どうしても気が急いてしまうのはこの際仕方がないでしょう。

 なんででしょうか……サム様から少し訝しがっている視線を送られているような気がするのですが…………いえ、今は気にしている暇はありません。


 サム様からの案内の下、暗い路地を歩んでいきました。


「メルセデスっ!来ましたよっ!私がイリスティナですっ!」


 暗い路地にある扉を勢いよく開き、まず初めに威勢を放ちました。

 何と言っても相手はあの厄介なメルセデスなのです。彼女はエリーの時の僕しか知りませんけど、僕はたった数十分で彼女に酷い目に合わされたのだ。

 強気に……強気に押していきます…………!


「おぉっ……やーっと、来たかのぅ……うへへへへ…………ほぉらぁ、なぁ?わわわの言ーった通りだったじゃあぁろぅ……うへへへ…………?」

「あ゛ー……ほぉんとにぃ、来やがったぁ、よぉ……このお姫様あぁ…………」

「ふほほほほほほほ…………えぇどす、えぇどす……こりゃ、賭けに勝ち申したぁ、なぁ」


 …………呼びつけられた先にいた者たちはとてもお酒臭いのでした。

 え?なんでこの人たち、呂律(ろれつ)が回っていないのでしょうか?彼女が私を呼んだんですよね?


 床やテーブルにはたくさんの酒瓶が転がっている。

 え?なに?呑んでたの?この人たち?人を呼びつけておいて、呑んでたの?この人たち?


「あ、あの……メルセデス様?私に話があるのですよね?」

「うん?…………あーっ!はいはい、はい。そうじゃった、そうじゃったあ。……んでも、まぁ……一杯吞みなあ、一杯呑みなぁ……まずは一杯呑んでからじゃあ……えーっと……酒、酒……」


 メルセデス様は覚束ない手をふらふらと回して、テーブルの上のコップを取ろうとしていましたけれど、そのコップを手にぶつけ倒し、中身のお酒がテーブルの上に撒き散らかされました。


「ダハハハハハハハハハハハハハッ…………!」


 顔が真っ赤の酔っ払いの焦げ茶が笑っていました。


「なんじゃあ!?お主ぃっ!わわわの酒が呑めぬと言うのかあぁっ……!?」


 何故か私が怒られました。多分私はとてつもない無表情になっていたことでしょう。


「…………早く、お話というのを聞かせて下さい」

「まあまあまあ、慌てるでなぁい……慌てるでなぁい…………と、いうより、なんかそんな気分じゃあ、無くなってきてもうたのおぉぅ…………」

「呑むかっ!」

「そうじゃなっあ!呑むかっ!話など、後でも出来るぅ!呑まねば嘘じゃっ!ほれ!姫様殿!お主も吞め吞め!なんじゃあ!?わわわの酒が呑めぬというのあぁっ!?」

「ノリが悪いぞぉっ!この女狐お姫様ぁっあ……!」

「というより、エリーは来ておらぬのかぁっ……?なんじゃあ!?残念じゃあ!?あの子をわわわは存分に酔い潰したいぃ、ものじゃのうぅ!ぐでんぐでんになるぅ、あの子にぃ、わわわは思う存分んセクハラをするのじゃぁっ!」

「ガハハハハハッ…………!」

「ワハハハハハッ…………!」

「オホホホホホッ…………!」


「酔い覚まし解毒魔法ーーーーーッ…………!」

「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」


 話進まねえよ!これぇっ!


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