25話 娼館戦争
【エリー視点】
「あれ?クラッグ?」
「げっ……エリー…………?」
星明りの灯る夜、光に群がる蛾の如く、僕とフィフィーは明かりの零れる賑やかな酒場へと入っていった。今日は神殿騎士のヴィオのお見舞いをした後、フィフィーと2人で調査を行っていたのだ。
そして今日の仕事を終え、景気に一杯酒場へ立ち寄ると、そこには自分の相棒に開口一番『げっ……』と言いやがるクラッグの姿があった。
「……なんだよ?」
「いや……なんでもねえよ?なぁ、リック?」
「う、うん!なんでもないさ、エリー君……!」
「…………」
そこには焦げ茶と同じように少し挙動不審なリックさんと、
「よ、よぉ!フィフィーちゃん、エリーちゃん!奇遇アルなっ!」
「ど、どうしたんどす?こんなところで……?」
「お、女はもう宿に帰って寝る時間だぜだぜぇ…………?」
あと3人の同じ冒険者仲間がテーブルを囲っていた。顔なじみの冒険者で、サムさんとシムさんとスムさんという。
僕とフィフィーがそのテーブルに席を持ってきて座ると、全員がびくっと少し震えた。さっきから背中に何かを隠している。
「きょ……今日は結構な成果があったな……!ミーティングで上がっていた調査項目も潰せたしっ……!」
「そ!そうどすっ!……今日は祝杯どすっ!」
「いや~!酒が上手いアル!今日はすぐ酔っぱらっちゃって、すぐに眠っちゃいそうアルなっ!」
「調査上手くいったんだ?じゃあ今日は酔い潰れるまでとことん飲もうか?」
「「「「それはやめよう、フィフィー」」」」
リックさん以外がそう口を揃えた。リックさんは気まずそうに目を逸らしている。この男達はさっきから一体何を隠しているのだろう?
フィフィーには心当たりがあるようで、それはとてもとても冷たい目をリックさんに向けている。リックさんは冷や汗を流しながら、ボクは関係ない、ボクは関係ないと、必死にそういう表情をしていた。
「じゃあ長居はなしってことだね?飲んだらみんなでホテルに帰ろうか?」
「い、いやいや、フィフィー……俺たちはこの後ちょっと寄るとこがあってな…………」
「そ……そうだぜだぜぇ……?まだ少し仕事が残っててなぁ…………?」
「そうなの?僕たちもお仕事手伝うよ?」
「……!?い、いやっ!エリーちゃん!いいアルよっ!これは男だけでやろうとしていた仕事だからっ…………!」
「そ!そうどす……!おなご達はゆっくり休んで、ワイ達に任せておいてくれればいいどすからっ……!」
「そんな、男とか女とかの垣根なんてないのが冒険者でしょ?わたし、他の女冒険者にも声掛けて仕事の協力者探してみるよ」
「「「「それはやめよう、フィフィー」」」」
「よし、お前たちいい度胸だ。エリー、スムを抑えろ」
「え?あ、うん…………」
話は終わりだ、と言わんばかりにフィフィーは冷たい声を出し、席を立ち上がった。僕は言われた通りに隣にいたスムさんを捕獲し抑え込んだ。
「ま、待て!お前たち!落ち着くんだ!」
「そ、そうだぜだぜぇ!乱暴は良くない……って、あいたたたたっ!?エ、エリーちゃんっ!?なんで関節を極めてっ…………!?抑えろって言われただけなのに、なんでとても痛い関節技を極めてくる……って、あ゛い゛た゛た゛た゛た゛っ…………!」
「いや?こっちの方が効率的だと思って?」
「すまん……俺が教えた…………」
「クラッグぅ…………!」
その間にフィフィーはスムさんが背中に隠していたものを奪い取る。
それはチラシ……かな?なんかの紙のようで、なんだか鮮やかなピンク色がたくさん用いられていた。スムさんに関節技を極めているから、文字までは読めない。
「………………」
「………………」
何故かリックさんから大量の汗が噴き出していた。
「…………リック?どういう事かな?」
「ま、待って!フィフィー!?違う!ボクは違うっ!ボクは初めから行かないつもりだったんだっ!」
めちゃくちゃ慌ててリックさんが自分の弁護をしている。ここまで取り乱した姿は初めてだ。フィフィーはそれはとてもとても恐ろしく冷たい雰囲気を体全体から滲みだしている。酒場全体に冷たい空気が走る。
「ねぇ、フィフィー。それ、なんなの?」
「ん」
フィフィーが僕にそのチラシを向けてくれたので、覗き込む。
「んー…………」
『激しい一夜をあなたに。
当方の娼館ではお客様の好みに合わせた細かい〇〇〇が可能です。可愛いあんな〇〇〇やこんな×××……色とりどりの女性だけでなく、激しい〇〇〇や普段では味わえない×××も…………
快楽に溺れる夢のような夜をお約束します。
娼館ナイト・ドリーム』
「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ…………!?」
「痛いっ!関節痛いっ!いだだだだだっ!あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」
「あ、ごめんっ!」
つい力がこもってしまった。スムさんを解放する。
「しょ、しょしょしょしょしょ、娼館っ!娼館っ!うわっ……!うわあああぁぁぁっ……!しょしょしょ、娼館っ!うわあああああぁぁぁぁぁっ…………!」
「エリー、女の子が娼館を連呼するんじゃありません…………」
「うるさあああああぁぁぁぁぁいいいいいいっ!来んなっ!クラッグ!こっち来んな!このケダモノっ……!僕は身持ちが固くなきゃいけないんだぁっ…………!」
どっ……!まさか、この男共、娼館に行こうとしてたとはっ……!お゛お゛お゛お゛お゛っ…………!なんてエロい奴らなんだっ……!ケダモノだっ!ケダモノっ……!
「エ、エリー……ちょっと落ち着け……い、いくらお前がセクハラネタに弱いからって…………」
「きゃーーーーーっ!来んなっ!来んなっ……!襲われるっ!この焦げ茶に襲われるっ……!僕は身持ちが固くなきゃいけないんだっ!僕は身持ちが固くなきゃいけないんだあああぁぁぁっ…………!」
「ちょっと落ち着け」
「あいた」
頭を叩かれた。
「あー……エリーは確かに絶対にそういうことあっちゃダメかもね。ほら、エリー、こっちおいで。わたしの後ろに隠れてていいから」
「うー…………ありがと、フィフィー…………」
そう、私は絶対に貞操を守り切らなきゃいけないんだ。私がそういう事をいたしてしまったら、もうそれだけで国の大きな問題なのだ。
「も、もももし、ま、万が一あ……あ、あああ、赤ちゃんなんて出来ちゃったら…………」
「自分で言って、自分で真っ赤になって……で、俺を睨むの止めてくれませんかねぇ?エリーさん?」
打ち首だよっ!
「でも、だ。とっさに隠しちまったけど、俺たちは何も言われる筋合いねーぞ?なんたって、俺たちに付き合っている彼女なんていねぇんだからなっ!」
「そうアル!私達には彼女がいないアル!潔白アル!」
「その通りだす!怒ってくれるような彼女なんていないだすっ!」
「生まれてこの方、彼女なんていたことねぇんだぜだぜぇっ!」
「悲しくなるから止めようっ!これ!」
自分の心を傷つけてでも娼館に行きたいのかな!?行きたいんだろうねっ!?
うーむ……彼らA級なのにモテないのかなぁ(D級も混ざってるけど)……もの凄く優秀ではあるんだけどなぁ…………そういう人材が安定した家庭を持てるように、冒険者達のためのお見合いパーティーとかでも開いた方がいいのかなぁ…………
でも、これも貴族の発想かなぁ…………
「そういう訳アル。だからエリーちゃんが止めようと、私たちは娼館に行くアルよ」
「うぅ……確かに僕が口を挟めることじゃなかったよ……ごめんなさい…………」
「よし!じゃあこれで気兼ねなく娼館に行けるな!」
「……でもクラッグだけは、後で殴らせてくれるかな?」
「なんでっ!?」
なんっか、ムカムカするんだよなぁ…………
「まぁ、クラッグさんはエリーにセクハラしてる責任を取らないといけないからねぇ?」
「え?責任?……え?フィフィーさん?セクハラの責任?セクハラの責任ってなんなんですか?」
「……縛り首とか?」
「重いよっ!?セクハラの責任重すぎるだろっ!?」
…………言っておくが、僕はこの国一番重い女だぞ?
「はいはい、お終いお終い。確かにエリーには皆を諫める権利はないよ。だから4人は好きに娼館にでも行っておいで」
「……」
「だけど……ここには1人彼女持ちがいたはずだよね…………なぁ……?」
「…………」
「前座は終わりだ」
「………………」
ぐるりとフィフィーの首が回り、それはとてもとても鬼のように恐ろしい顔でリックさんの方を睨みつけていたのでした。おぉ……恐い…………
リックさんは大量の汗をかいている。仕方ないね。
「ま、待てっ!フィフィー!ボクは違うっ!ボクはこいつらと酒を飲んでいただけで、始めから娼館には行こうと思っていないっ!」
「ほぅほぅ、命拾いしたね」
「そ、そうなんだよ……こいつらは誘ってくるけど、ボクは本当に、断固として行くつもりはないから。ほんと、あの冷たい視線をずっと向けられるのは、勘弁してください…………」
「賢明な判断だよ」
リックさんってフィフィーの尻に敷かれてるのかなぁ?でも、なんとかフィフィーの怒りを回避できそうでリックさんはほっと溜息をついて…………
「えぇ~~~!嘘つくなよ~~~!リックだって一緒に行く予定だったじゃんか~~~!」
「!?」
「そうだすよ~~~!あんなに乗り気だったどすのに~~~!」
「!!??」
「あんなことやこんなことがしたいって楽しそうだったんだぜだぜぇ~~~!」
「!!!???」
とても白々しい伸び言葉がリックさんを襲った。意味は無いけど友の不幸を見たい、という冒険者らしいサイテーの行動だった。ニヤニヤと厭らしい笑みがクラッグたちの顔に張り付いている。ひでーな、ほんと。
「…………リック……」
「…………ち!違うぞぉっ!これは違うぞぉっ!い、陰謀だ!ボクを陥れようとする陰謀だっ!ほ、本当だ!本当にボクは娼館に行こうとは思っていなかったんだ!こいつらは出鱈目を言っているんだ!
……だからお願いします、フィフィーさん!ボクの頭から手を離して下さいっ!怖いいいぃぃぃぃぃっ!」
フィフィーは優しくリックさんの頭に手を乗せていた。まるで子供をあやす様に柔らかい動きなのだが、あれはいつでもリックさんの頭を握り潰せるようにするためのただの準備だ。あの可憐な手が強く握られると、リックさんの頭はザクロの様に弾け飛ぶのだろう。
おぉ……こわ…………
リックさんはガタガタと震えている。サイテーな野郎共はそれを見て笑ってはいるものの、これ以上追撃しない様子を見ると、ここがデッドラインだと感じているのだろう。
リックさんは今まさに、生死のラインを行ったり来たりしていた。
「あはははははははははははっ…………!」
そんな中、大きな笑い声が響いた。
「ん?」
このテーブルからではない、カウンターの方から笑い声が聞こえてきた。僕たちは笑われていた。
「…………先程から見ていたが、お主たち……とっても陽気じゃのう!」
「……ん?」
「誰だ?」
僕たち以外の人が僕たちに声を掛けて来ていた。
声とは不思議なもので、笑い声が飛び交う騒がしい酒場の中でも自分たちに向けられた声というのは何となく知覚出来る。
その声は僕たちのテーブルの近くのカウンターから響いてきた。
「わはははは……いや、横からすまんのぅ……どうじゃ?一杯奢らせては貰えぬか?」
「そりゃ嬉しいが……あんたは?」
「ふむ……そう聞かれても、ただの酔っ払いとしか答えられないがのぅ……?」
その人はカウンターの席で1人酒を飲んでいた。
僕たちの話を聞いていた為か、カウンターに背を向けて椅子に座り、手には少し高めのお酒を持っている。
その人は女性であった。
紫色の長い髪を細かく揺らし、からからと笑っている。なんとも美しい人であり、その美しさは可憐という表現よりも、妖艶という言葉がよく似合っていた。彼女の纏う黒い服が神秘的な雰囲気を醸し出している。
甘い声を持った、独特な喋り方をする人だった。
その人の持つ魅力は男達だけでなく、僕たち女性ですら思わず息を呑んでしまうものであった。
「まぁ、いいからわらわの酒に付き合え。おなごからの酒を断るとは、野暮にも程があるぞ?」
彼女は貴やかに、それでいて妖しくにぃと笑っていた。
『貴やか』なんて言葉、日常で一度も使ったことねぇよっ!




