24話 冒険者、調査中、相棒の心配をする
【クラッグ視点】
あの馬車が怪しい……そう言うリックの勘を信じ、俺たちは仕掛けを行っていた。
とりあえず手配は終わり、俺とリックは再び元の目的地へと向かっていた。
遠回りになってしまったけど、今蒔いた種が上手く芽吹いてくれるとありがたい。
そんなこんなで俺たちは行ったり来たりをしながらまた大通りをとろとろ歩き、俺とリックの男2人むさ苦しい調査は続いていた。
「……それにしても、この街は平和だなぁ……昨日、神様による拉致事件が起こりかけたとは思えない程呑気だぜ?」
「ま、呑気で警戒心が無い街の方が調査もしやすくてありがたいけどね。ピリピリしている奴がいたらすぐ分かる」
「まぁな」
大通りは活気に溢れている。
「昨日の襲撃事件はなんだったんだろうね?『神様の悪戯』っていうのはああやって起こるのかな?」
「でもよ、仲間の冒険者たちも『神様の悪戯』の被害にあったけど、強い洗脳状態は掛かってなかったぞ?」
「そこだよねぇ…………連れ去った後、意識を奪って、魔力を抜いて、体力吸って、洗脳状態を解除したら被害のあった仲間の様になるのかな?」
「確かに強い洗脳を掛けられる神器なら、強い洗脳を解くぐらい出来るわな」
1度連れ去るんだからなんだって出来るわな。
「分っかんねぇのは敵さんの強さだ。ありゃ、弱えぞ?」
「そうなんだよねぇ……とてもじゃないけど、神話の敵とは思えない…………」
僅かな時間で強力な洗脳を掛けられる『夜空に煌めく星々』とかいう神器は反則級に強烈だが、その周りの取り巻きは正直雑魚だ。『夜空に煌めく星々』というワードが出てきた以上、『アルバトロスの盗賊団』は関わっているものだと思うが、神話に出てくるような敵には思えなかった。もっと格下の匂いがする。
「……でもまぁ、油断できないのは神器の杖を持っていた奴だな。あいつはお前の一撃を躱していた。ランクで言ったらA級以上はあるぞ?」
「ボク、空中からの攻撃でほとんど自由は効かなかったんだけど?」
「それでもA級以上だ。お前S級だからってな、常識的に考えてA級は達人だ。舐めてかかって噛みつかれるなよ?」
「うわっ、クラッグに常識を説かれるなんてショックだ」
「…………この野郎……」
なんか俺って色々な人に舐められてる気がする…………
「弱いって言ったら…………残念だけど神殿騎士の人たちも噂よりずっと弱いよ。ほら、『オブスマン』と思われる魔物に多大な被害を受けたって言ってたけど、あの騎士団の力量と被害規模を考えると……討伐された『オブスマン』ってランクで言うとB+級ってとこじゃないかな?その日、S級並みの実力者のクリストフさん、非番だって言ってたし」
「…………ま、そうだろうな……」
神殿騎士から受けた報告では、討伐された『オブスマン』というのはかなり強敵であったとされているが、色々考慮するとリックの言う通り『オブスマン』はB+級ぐらいの実力だろう。
神殿騎士団はあまり強くない…………
ただ……この前の合同訓練ではおかしな奴がいた…………
「……どうしたの?クラッグ?考え事?」
「あ……いや…………」
ほんの少しの違和感。ただの勘違いかもしれないような違和感をあの合同訓練で俺は感じていた。
「……リック、神殿騎士のセレドニって男……覚えてるか…………?黒色の短髪で、少し浅黒い肌をしていた男なんだが…………」
「セレドニ?ごめん、分からないよ?」
「……そうだろうな」
あいつはこの前の合同訓練で全く目立っていなかった。誰の印象にも止まっていなかっただろう。エリーはおろか、リックやフィフィー、ボーボスだって目を止めていなかったように思える。
「その人がどうしたの?」
「…………そいつ、皆が耐え切れず倒れたお前の訓練で、皆と同じように倒れた……いや、皆と同じように倒れた振りをしたように見えた。わざと倒れて周りに合わせたような気がする……」
「……え?」
リックが目をぱちりぱちりと瞬きさせた。
「……そのセレドニって人は演技をしたってこと?」
「そう」
「…………S級並みの訓練に耐え切れなかった演技をする……というと、そのセレドニさんって人はS級並みの実力を隠し持つってことだけど?」
「…………いや、話しておいてなんだが自信はねえ。俺の思い違いって可能性が高ぇ」
「………………」
S級並みの実力者が紛れ込んでいる。これは本来恐ろしい事だ。なぜならS級1人いれば、ありとあらゆる状況をひっくり返してしまえる可能性があるからだ。
災害が潜んでいるようなものなのだ。
「…………分かった。その人も調査してみよう。まぁ、神殿騎士の人だから敵対関係にはないけどさ」
「…………多分、俺の思い過ごしだぞ?それでもいいのか?」
「それは、お互い様ってやつさ」
…………そう言えばさっき、リックも自分の考えに自信が持ててなかったな。やっぱ自信が無い状態での発案というのは難しいものがあるな。
「助かる、リック」
「お互い様だって」
「お礼に、娼館の料金を奢ってやろう」
「やめてっ!?フィフィーにバレたら、なんか凄く不機嫌な目で数日間じーーーっと見られるんだからなっ!?」
リックが俺から身を離し逃げる。
そういえばそうだったな。こいつ、俺を含めた冒険者数人の誘いを断り切れず娼館に連れ込まれて、フィフィーからそれはとてもとても冷たい仕打ちを何日も何日も受けたのだ。
その時の事を思い出し、思わず笑ってしまう。
「あれは愉快だったな」
「愉快じゃないよっ!ボクがどれだけ居た堪れなかったと思っているんだ!あの、『怒ってないよ?』と言いながら、凄く不機嫌な目をずーっと向けられるボクの身にもなってくれ!」
「いやいや、愉快だったさ。『ごめんなさい!許してください!』『いや?許すも何も、わたしは怒ってないけどねぇ?』『でも目が凄く怒っているじゃないか!?』『いや、怒ってないから。謝られても困るし、ねぇ?』……って会話が何回も何回も繰り返されてさ…………
それを聞く度に俺たちは腹を抱えて笑ったもんだ」
「ほんっと!冒険者って最悪だよなっ!?」
それについては同感だ。
「あー……本当に今日、娼館行こっかなー…………バカ共誘って楽しんでくるのもいいかもなぁ…………」
「……別にボクを巻き込まないならいいけど…………エリー君ってそういうの、どうなんだい?」
「だからエリーと一緒にいない今日、行くんじゃねーか」
隠れてコソコソ行くぞ?俺は。
「え?尻に敷かれてたの?」
「いや、別に付き合ってるわけでも何でもねーから怒られるわけじゃねーんだけどさ?
……前に娼館行ったことがバレたら、『わああぁぁっ!来るなぁっ!僕は身持ちが固くなきゃいけないんだあああぁぁぁっ!』って真っ赤になりながらよく分からんこと言って、2週間ほど行方不明になったからなぁ…………
別にエリーをとって食おうとした訳じゃねーのになぁ…………」
「あぁ、そう言えばそれ、冒険者ギルドでボクも見てたよ。身持ちの固い冒険者って、何なんだろうね?」
「新ジャンルではあるわな」
「いや、いいことではあるけどさ」
あいつは身持ちが固い、というより世間知らずでそういう知識に疎いところあるからな。セクハラすると顔真っ赤にして、あり得ないっ!と怒るのもそのためだろう。まるで貴族のような貞操観念だが、まさか、エリーが貴族なはずがないしな。
「付き合っていないなら何も言われる筋合いないね。好きに娼館行きなよ、ボクを巻き込まなければさ」
「勿論そうなんだが、あいつが逃げるように去るのも別にあいつの自由だから何も言えないんだよなぁ……あいつ、俺を危険なケダモノを見るような目で距離を取ってくるんだぜ?
全く……生娘じゃあるまいってのになぁ…………」
「……ん?…………生娘……?」
「……生娘?」
「………………」
「………………」
俺とリックの間に沈黙が走る。
……生娘?い、いや……まさか…………
…………いやいや、常識的に考えて、17歳の冒険者が男を知らないってのは考えられない……え?あれ?でも、あいついつもセクハラにめっちゃ弱いし、すぐ顔を赤くするし……
……え?あれ?エリーさん…………?まさか…………?
「そう言えば、エリーとタッグ組んですぐの頃なんだが……宿屋のベットに寝転がってる時、冗談でエリーに『一緒に寝るか?』って聞いたら、『全く、添い寝が欲しいなんてクラッグは子供だなぁ……』って言って、ベットに腰かけてきて…………
慌てて止めたんだが……あいつは顔を真っ赤にして走って部屋を出ていったんだが……つまり、その……あいつ、『寝る』の意味さえ知らなかったってことで…………」
「やめようっ!この話題は止めようっ!危険だっ!滅茶苦茶危険だっ!本人に聞かれてなくてもセクハラが成立しつつあるよっ!?」
慌てたリックから制止の声がかかる。
お、おう……俺もこれ以上考えるのは危険な気がしてきた。これ以上、相棒の事情に首を突っ込んじゃいけない…………ガキかとか憐れとか思っちゃいけない…………これじゃあ、まるでお姫様だ。
……いや、やめよう……お姫様って表現、女狐イリスティナと被る…………
……あいつ……器量は悪くないのに……なんでだろうなぁ…………
なんかあいつが憐れだなぁ…………
「ほ!ほら!クラッグ!着いたよっ!目的の工具店だ!」
「お……!おう……!そうだなっ!目的の工具店に着いたなっ……!」
まさかの相棒のモテなくて彼氏もいたことがない疑惑を目的地に着いたことで強引に振り払った。
お、落ち着け、俺……これから仕事だ……仕事だ…………
深呼吸だ。深呼吸……すーはー……すーはー…………
俺たちの目的地……それはこの街の工具店だ。仕事の材料を仕入れる時も利用されるような大きな工具店であり、屈強な大工たちが仕事道具や木材、石材を吟味し、熱い空気を醸し出している。
「すみません、冒険者の者ですが……調査にご協力頂けませんか?」
「あん?」
リックが店番をしている店員に丁寧に挨拶したところ、帰ってきたのはぶっきらぼうな返事だった。そのいかついおっさんは煙草を口から外し、大きく息を吐いた。白い煙が蔓延する。
「……悪いけどなぁ、兄ちゃん達。とばっちりの天罰なんか喰らいたくねえからな……俺たちは冒険者には協力しねえよ。この街は今、どこだってそうなのは知ってんだろ?」
今、この都市は冒険者にやや厳しい。前の天罰騒動があってから、大体こんな感じだ。
でも、今日は準備をしてある。
「わりぃな、おっちゃん。そう言われると思ってこっちも準備してんだよ。ほら、イリスティナ王女直々の令状だ。流石に王家には逆らえんだろう?」
「…………おいおい、マジかよ……」
工具店のおっちゃんにイリスティナのサインと王家の家紋が入った令状を渡し、おっちゃんはそれを食い入るように眺める。要は、冒険者の調査に協力してくださいね、というイリスティナからのお願いだ。
「…………これ、本物なんだろうな、兄ちゃん」
「おいおい、王家からの令状を偽造なんてしたら首が飛ぶぞ。そこまでして調査なんかしたくねーよ」
「店員さん、ボク達は何も無理なお願いをしようとしている訳じゃないです。ただ、この店で売り買いされた商品リストが見たいだけです」
「…………商品リスト?」
王家の令状まで持ってこられて、どんな目に合うのかと冷や汗を流していたおっちゃんに、俺たちは簡単な要求をした。
「簡単でしょ?」
「そりゃ……すぐにでも見せられるが……そんなんでいいのか…………?」
「十分」
「お願いします」
頭に疑問符が浮かんでいるおっちゃんを前にして、俺たちは笑った。
調査の材料は少しずつ揃いつつあるのだった。
エリー「モテないんじゃなくて、全部断ってるんだよっ!」




