23話 冒険者、調査の日常
【クラッグ視点】
「……と、いう訳で今日はこの2人で調査を行っております」
「…………なにが『と、いう訳で』なんだよ、クラッグ」
神殿騎士ヴィオへの謎の襲撃から一夜明け、俺とリックは日が高く上る街中で仕事の調査を行っていた。
俺たちはある店に向かおうと、陽気な大通りをゆったりと歩いている。目的地はあるものの注意深く街の様子を眺めながら、しかし気を張らず、街行く人に不信感を与えないよう街の人々を観察しながらゆったりと歩く。
昨夜、神殿騎士の人間が襲われる事件が発生したものの、街の人々はそれを全く知らないようで、変わらない日々を平和に過ごしていた。
「だってよぉ、エリーとフィフィーがヴィオのお見舞い行っちまったからなぁ」
こっちの女子2人が友達のお見舞いで病院に行ってしまった為、今日はリックと男2人、むさ苦しい調査を行っているのであった。
「フィフィーは結構慌ててたね。あの2人、前から仲良かったから」
「フィフィーとヴィオが?あの2人なんか繋がりあったっけ?」
「あー……趣味が同じなんだよ…………」
「ふーん?」
なんでこいつは気まずそうに頬を掻いているんだ?『趣味が同じ』って別に変なことじゃねえだろ。
「あ、そだ、思い出した」
「ん?」
「なんかフィフィーがクラッグに迷惑になったみたいじゃないか?それを謝ってなかったからさ」
……迷惑?あ、あー……?あれか?フィフィーが怪しい行動をしていてエリーが追い回していた件か?
「あー……って言っても俺はほとんど何も知らず終いだぞ?エリーはいろいろ頑張っていたみたいだけどさ」
「いやいや、下らない事で引っ掻き回してさ、フィフィーはほんと済まないって言ってたよ?」
「…………やっぱ下らない事なのか?」
「おっと」
リックは慌てて、わざとらしく手で口を覆い、よよよと泣いた。
「…………あの小さくて純粋だったフィフィーがあんな趣味を持ってしまうなんて……」
「ちょっと待て、なんだその言い方?おい、ちょっと不安になってきたぞ?フィフィーは大丈夫なのか?」
「知らない方がいいと思うよ?」
「おい、ちょっと待て、おい……あんな趣味?おい、ほんと大丈夫なんだろうな?」
「知らない方がいいと思うよ?」
リックはにっこりと笑い同じ言葉を繰り返す。俺をからかってやがるな?
「ほんと……頼むぞ?ただでさえ俺は他の冒険者に、フィフィーは依頼の事件とは何も関係がないって言っちまったんだからな?これ、責任問題だぞ?ほんと、事件性はないんだよな?」
「事件性は皆無です」
「……エリーも同じ言い回ししてたんだよなぁ…………なんか引っ掛かるなぁ…………」
眉を顰める俺を見て、リックはくすくすと笑っていた。神話にかかわる事件を追っているとは思えないほど、この調査は平和的で、歩く大通りは平和に満ちていた。大きな馬車が優雅に闊歩している。
「……頼むからな?リック?」
「はいはい、頼まれました。大丈夫、問題ないからさ」
ま、こいつが言うのなら大丈夫だろう。何かあったらこいつの保護者責任にしてやる。
…………というより、エリーもリックも口を濁すフィフィーの趣味って一体何なんだろう……エリーなんて、あの夜なんか凄く疲れてたぞ?めっちゃ気になる。
「…………ん?」
「うん?なんだ?」
「……ねぇ、クラッグ。なんかおかしいよ?」
そう言いながら、何かに後ろ髪を引かれる様にリックは後ろを振り返った。正直今俺はフィフィーの趣味が何かを考えるので忙しいんだが…………
「…………あの馬車がどうかしたか……?」
「うん…………」
リックの視線の先には今まさに俺たちの横を通り過ぎていった大きな馬車があった。立派な馬が装飾の多い華美な馬車を引いていく……ってあれ、貴族の馬車か。ぺっ。
「あの馬車がどうかしたか?」
「…………うーん……」
リックの受け答えがはっきりしない。口を尖らした思案顔を見る限り、彼自身でもその違和感を掴み切れていないようだ。
「…………7人いたんだ」
「は?」
「……馬車の中の様子が見えたんだけど…………6人席の筈なのに7人座っていたんだ」
「…………」
考えが纏まっていないことは分かるが、言っていることがふわふわしている。
「そりゃ……詰めて座ってるんだろ…………?」
「いや……そうなんだけどさ…………」
リックは足を止めて自分たちの後方をゆっくりと走り去っていく馬車に視線を注いでいた。
「何もおかしいことはない……って言いたいところだが、お前がそこまで気にしているってことは、なんかおかしいんだろ。つまり、貴族はお金持ちなのになんで席を詰めるような貧乏くさい事をやっているか?という感じか?」
「う、うん……そんな感じなんだけど…………気にし過ぎかなぁ…………?」
自分の考えに自信が持てないようで、リックはぽりぽりと頭を掻いた。
「気になったっていうなら、次のミーティングの議題だ。家紋は馬車に描いてあるか?」
「うん。イモーゼル伯爵家の馬車みたいだね」
「……知らねえなぁ…………」
「クラッグが貴族の家に詳しかったら、ボクは君がその家の襲撃事件を企んでいると疑うからね」
「そりゃ厳しい」
道の真ん中で立ち止まってしまっては目立つので、まるで休憩をするかのように建物の壁に寄りかかり、その馬車が走っていく様子を眺めた。
「よし、どうせならとことんやるか。尾行の手配までしちまおうぜ?」
「え?……ボクの勘違いで、何も出ない可能性も高いよ?」
「そりゃ、いい。S級冒険者、勘違いでしたってな」
ま、調査なんて勘違いと深読みと手当たり次第が跋扈する仕事だ。何も出ないことも、小さいことが大袈裟になることも、誰も文句は言わんだろう。自分が発案者になる時は、それは少し勇気がいるもんだが。
「めっちゃとことん調べて、そのナントカっていう貴族、困らせてやろうぜ」
「うわぁ……一気にやる気なくなってきたよ。クラッグの貴族嫌いで振り回さないでくれよ?」
「俺が優しかったらな」
そう言いながら、俺はまず1人で自分たちのホテルへと戻っていったのだった。




