21話 姫様、正座する
【エリー視点】
僕と私は居た堪れなくて正座をしていた。
「……で?結局のところ、エリーの正体は王女様ってことでいいの?」
「…………違います」
「正直に話しなさい……?」
「…………いえ、僕とイリスティナは何の関係もありません」
「…………じゃあイリスティナ様が『私を食べますか?』ってクラッグさんに言ってたこと、冒険者の間に知られてもエリーは何ら困らないんだね?」
「………………はい、イリスティナは僕です……だからお願いです、やめて下さい…………」
僕は目の前にいるフィフィーに衝撃の真実を打ち明けるのだった!…………って、全然驚いてないなぁ……フィフィー…………
今、僕はホテルの宿の自分の部屋でイリスティナと共にフィフィーに尋問を受けている。
……というのも、イリスと僕が会話をしているところを、扉に耳を付けてしっかりと聞かれてしまったのだ。
くそっ……!イリスが変に口ごたえなんかするからっ……!
「…………まぁ、エリーがお姫様だっていうのはいいんだけどさ……」
「え?いいの?結構衝撃的な真実じゃないの…………?」
「別に」
「………………」
なんか……ショックだなぁ…………いや、自分でも最近隠し通すの厳しいかなぁ?とは思ってけどさ。
とりあえず、フィフィーには敬語を外して貰っている。……こう、正座して尋問を受けているのに敬語で話されるとか、こっちが参る。
「じゃあさ、じゃあさ……ここにいるイリスティナ様はなんなの…………?」
「…………神器です」
「ん?」
「神器です」
イリスがいつもは付けていない胸の赤いペンダントを指さした。
「これ、『ドッペルメイク』っていう神器なんです」
「…………ドッペルメイク?」
「うん。自分とほぼ同じの分身を作る神器でね、容姿、性格、記憶、反応を完全にコピーして自分を作り出す神器なんだよ」
フィフィーがイリスに顔を近づけて、じーっとまじまじ観察している。
「……えーっと?じゃあここにいるイリスティナ様はエリーのコピーなの?っていうか、今オリジナルはエリーの方なんだよね?」
「うん。僕の本名はイリスティナで、変身して冒険者エリーを名乗ってるのさ。で、今横にいるイリスは僕のコピーってわけ」
「性格とか反応まで一緒になるので、私がとる行動はほぼオリジナルがとる行動と同じと思って構いません。ただ、違いとしては、私は自分がダミーであると自覚しているという点ですかね?どうせ神器の術を解いたら経験も記憶もオリジナルに還元されるので、毎回大して大事に思いませんが」
「へぇ~~~…………凄い神器だねぇ…………」
フィフィーが僕と私を交互に見て、感心をしている。
「……ん?でも、『神器を解くのはファミリアに決定権がある』とか言ってなかった?ファミリア様はどこ?」
「あー……ほんと、はっきり聞かれてるんだねぇ…………
この神器の使用条件に変化の元となる人が1人必要で、その役をいつもファミリアにやって貰っているんだ。このイリスの中にはファミリアがいるんだよ」
「え?中にいる……?」
「なんと言うか……変化には変化の術を使う人が必要なのは当たり前ですよね?でも、この神器はその変化する役の人の性格や行動が反映されない神器なんです。だから今の私はファミリアが元で変化していますが、ファミリアの性格は一切関わっていないイリスティナという感じになっています」
「え?怖……?人間性乗っ取られてる感じがするんだけど…………?」
……その怖さ分からなくもないけど、この神器はそこまで恐いものじゃない。
「その代わりと言っちゃなんだけど、神器の使用、解除の決定権を持つのは神器の使用者……今回の場合ファミリアだから。だから僕たちがダメって言っても、ファミリアは神器を解く権利があるんだ」
「ファミリアが言うには、椅子に座って私視点の映画を見ている感覚に近いって話ですね。現実の状況は分かるけど、体は動かせない。そんな感じですかね?」
「へぇ~~~」
他にも、オリジナルとコピー元の能力や戦闘の実力が違い過ぎると能力は再現しきれないことや、この神器は元々影武者を作るためによく使われていたこと、ペンダントの神器自体の形や色も変化させることが出来るので、これを付けているだけではコピー体だと判断しきれないことなど、そんな話をした。
「なるほどなるほど。じゃあここにエリーとイリスティナ様がいるけど、結局2人は同一人物で、エリーはやっぱお姫様だったんだ」
「あ~~~~~!ドッペルメイクで同時に存在さえすれば、絶対バレないと思ってたのに~~~~~!」
「騒いでいたとはいえ、部屋の外には漏れない音量は心掛けてましたのに…………まさか、扉に耳まで付けられているとは…………」
フィフィーがふふんと得意げになる。
「わたしはS級だからね!こう見えて、経験は積んでるからね!多少不可解な状況なんて、いくつも出会ってるからね!甘い甘い、エリー!わたしは神器の1つや2つで誤魔化されるようなタマじゃないねっ!」
「…………フィフィー様?BL本騒ぎのため、この依頼の報奨金減らしましょうか?」
「そうだった!エリーにバレてるってことは、イコール姫様にもバレてるんだった……!」
うごごごご、とフィフィーは身悶えした。
「…………っていうか!イリスティナ様!ここでその話題を出すとはいい度胸じゃないかっ!決着を付けよう!」
「よおし!こっちだって乙女の部屋に耳付けられてまで盗み聞きされたんだ!やってやるっ!2人に勝てると思うなよぉっ…………!」
3人ともばっと立ち上がり臨戦態勢に入るが、瞬間、この部屋に緊張の静けさが走ると、この緊張感がとてもバカらしいものに思えて仕方がなかった。
「………………」
「………………」
すぐにみんなの闘志は萎み、誰かが言いださずともみんな項垂れながら床に座った。
「…………やめよか」
「……そだね」
虚しすぎる戦いは始まる前に終わった。
皆、項垂れながら重いため息をついていた。
「…………っていうか、わたし、敬語で話さないとダメっすかね…………?」
「……いや、むしろやめて?」
「この状況で敬語で話されても……私達、とても困ります…………」
「…………そだね」
今フィフィーに敬語で話されたらもっと居た堪れなくなること、間違いない。
「でも、これで全部納得。イリスティナがレッドドラゴンを倒したがクラッグさんだって信じてたのも、やたらクラッグさんをからかってるのも理解したよ」
「いや……まぁ……なんかクラッグの反応が違うのが面白くてさ…………っていうかクラッグさ!エリーの僕とイリスの私の時で、反応全然違くないっ!?なんか悔しいんですけどっ!」
「え?悔しいの?」
「だってさ、だってさ!エリーの時の姿の方があいつと長く一緒にいるのにさ!イリスの時にはあいつ、なんか顔赤くしてさ!なんか釈然としないんだけどっ!」
「……ってエリー言ってるけど、イリスティナとしてはどうなの?」
「……え?いえ、フィフィー様は少し勘違いされているようですが、私はエリーの姿になっていないだけで…………別に僕はエリーと考えていることも感じていることも一緒だよ?」
「うお!イリスティナ様がエリーの口調になった!」
そりゃそうだ。僕がイリスでエリーなのだ。どっちもこなしているのだ。今、隣にいるのはただの分身だ。
……っていうか、エリーの方が姿を変えた方であって、寧ろいつもはイリスなのだ、僕は。
「うーん……あいつって清楚な方が好みなのかなぁ…………?」
「ですがエリー、あの人イリスの姿では結構態度きついですよ?」
「まぁ、そうなんだけどさ。あいつが王侯貴族嫌いっていうのは知ってたけど、まさかあそこまでとはねぇ…………」
「…………」
「ん?どうしたの?フィフィー?」
フィフィーがじとっとした目で僕の事を見ていた。
「…………前から疑問だったんだけど、エリーってクラッグさんの事、好きなの?」
「……………………いや全然」
……そう、全然。
「……ふーん?」
「……いやさ、仕事のパートナーとしては尊敬してるし、凄いと思うよ。でも恋愛感情って言うと、どうなんだろう?……好きというよりも……尊敬という感情の方が強い……と思うんだけど…………うーん……?」
うーん…………?
僕とイリスは首を捻った。ニヤニヤすんな、フィフィー。ニヤニヤすんな、そんなんじゃないから。
「…………まぁ、冒険者としては尊敬してるよ。なんていうかあいつ、自由だからさ……すごく冒険者っぽいっていうか……全然冒険しないけど、うん、あれだけ自由な感じは冒険者として尊敬してる。…………少し自由過ぎる気はするけど」
「……でもセクハラされてるんでしょ?」
「そうだよっ!セクハラされてんだよっ!僕はっ!」
僕と私は怒りを思い出し、くわっと目を見開いた。
「あいつなんなんっ!?ほんと、セクハラ受けてんだよ、僕っ!変装してるけどさぁっ、あいつ、仮にも姫にセクハラしてんだよっ!?なんなんっ!?あの焦げ茶、なんなんっ!?だ、抱き着かれたり……お、おお……お尻撫でられたりっ…………!」
「一国のお姫様にセクハラ……やばいねぇ…………」
「100回打ち首にしてやんよっ!」
マジであの焦げ茶どうしてくれようっ!一応、僕はこの国の王女なんだっ!何も知らない無知な僕に色んな悪戯をしやがって!あらゆる刑罰を味あわせてやりたいっ!この手でじわじわと苦しめてやりたいっ!復讐……復讐だ…………!
セクハラの責任……どうとってくれよう…………!
「……というより、エリー…………」
「なんだいっ!?」
「そもそもの話になっちゃうけど…………なんで冒険者やってるの?」
フィフィーがちょこんと小首を傾げていて、確かにそもそもの話が飛んできた。
少し深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。怒りで興奮していた感情を抑える。
それは私にとって大切な質問だった。
「うーん…………」
僕は大仰に腕を組み考える振りをする。その答えはもうずっと決まっているはずなのに。少し気恥ずかしいから、考える振りをして、なんでもないように話した。
「…………歪むんだよ。城の中にいるとさ」
「え?」
「城の中ではとにかく褒められて褒められて褒められて褒められてさ…………で、歪んだ自分に気づけなくなるんだ」
「………………」
「でも一度、外を見る機会があってさ……その時にいとも容易くボロボロになっちゃってさ…………あ、これはダメだ、外に出なきゃだめだ。広い世界を見なきゃだめだ、って思ってさ」
フィフィーには伝わっているだろうか?伝わっていなくてもいい。
「だから冒険者は憧れなんだ。広くて色々な色が色づいている世界を見るのが夢だったんだ…………」
「………………」
だから冒険者をやりたい。それまでの私は無知だった。私は盲目で、城の中の世界しか知らなかった。でも、そのままじゃいられないから外に飛び出した。
今はたくさんの人に迷惑をかけているけど……私は成長して見せる。成長して、その恩を皆に返して見せる。
だから……
それと…………
もう1つ…………
「ねぇ、フィフィー、1つ聞いていい?」
「え?」
「S級冒険者なら何か知ってるかな?」
僕が冒険者をやるもう1つの理由。いや、『これ』のせいで僕は広い世界を知らなきゃいけないと思った。だから、僕が冒険者をやる理由は根本的には1つなのかもしれない。
「フィフィーはさ……『叡智』って知ってる…………?」
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