192話 封じられた記憶
お久しぶりです!
週一で更新再開します!
【前回までの簡単なあらすじ】
第二王子のアルフレードと敵の団長である第一王子のニコラウスが戦っている。
アルフレードは劣勢だった。
「ぐっ……!? がっ!」
アルフレードの腕に傷が増える。
ニコラウスの剣がアルフレードの腕を傷付け、そこから血が噴き出す。
浅い傷ではなかった。
しかし、アルフレードは即座に治癒魔法を発動させ、戦闘行動に支障が出ないようにする。それは何気ない行為であったが、治癒魔法をその速度で発動させるのは普通ではない。
アルフレードの高い魔法技術があればこその芸当だった。
「ふふっ、どうしたアルフレード。もう終わりか?」
「ぐっ……! くそっ!」
「お兄ちゃんにもっといいところを見せてみろ」
だが、相対するニコラウスはそんなアルフレードの高い魔法技術に一切驚かない。
その程度は出来て当然。この戦いを通して、彼がそれぐらいの技量を持っていることをニコラウスは承知していた。
戦いはニコラウスが圧倒している。
ニコラウスが『叡智の腕輪』という黒い腕輪を付けてからというもの、一方的な戦いが続いていた。
アルフレードにもう小細工のようなものは無い。
全身全霊で剣を振るっている。ただ全力で、雄叫びを上げながら、力の限り攻撃を放っていた。
逆を言えば、それしか出来ることは無かった。
パワーでもスピードでも、魔法技術でも負け、彼に打てる手は何もなかった。
全てにおいてニコラウスはアルフレードを上回っている。
ただがむしゃらに戦い抜く他、何もなかった。
「いや、そんなことを言うのは可哀想か……」
「ぐっ……!」
ニコラウスがアルフレードを弾き飛ばす。
尻もちを付く彼を見下しながら、柔らかい口調で言葉を吐く。
「アル、君はもう十分頑張った。君の凄さに心底驚かされた。これ以上を求めるのは、あまりに酷だ」
「……っ!」
「ありがとう、お兄ちゃんを悦ばせてくれて。もうゆっくりお休み……」
その言葉には優しさがこもっていた。
嘘も冗談もからかった様子もなく、本気で弟に対する尊敬の念がにじみ出ている。
ただ、その後に続くのは惨劇。
ニコラウスが弟を殺して、この戦いを終わらせようとしているのは明白だった。
「ふっ……!」
「あっ、がぁっ……!?」
ニコラウスがその場で素早く剣を振り、アルフレードに向けて斬撃を飛ばす。
アルフレードは急いで立ち上がりながら、その飛ぶ斬撃を弾いていくが、なんとも数が多かった。
一瞬の内に数十もの斬撃が自分の元へと飛んできて、それがアルフレードの命を刈り取ろうとする。
処理能力が追い付かない。いくつかの斬撃なら防御できるが、全てを防ぎきれない。
瞬く間にアルフレードの全身に切り傷が刻まれ始めた。
「お終いにしよう……」
「くっ……!?」
気が付くと、アルフレードのすぐ傍にニコラウスが立っていた。
瞬間移動。
先程見せた能力を再び使い、一瞬の内にニコラウスが距離を詰めてきた。
ただ、アルフレードも対策を怠っていない。先程、瞬間移動を破った感知魔法を途絶えさせておらず、彼は即座にその場から飛び退いた。
「ふっ!」
「がっ……!」
それでもニコラウスの一太刀にアルフレードが傷を負う。
彼の傷が目に見えて増えていく。
「まだだぞっ!」
「……っ!?」
追撃として次にニコラウスが放ったのは『衝撃波』だった。
ひとたび剣を振ると衝撃波が周囲一帯に拡散し、空気を震わし、建物を破壊し、広範囲に崩壊の波を広げていく。
「がっ……」
アルフレードはその衝撃波の波に晒された。
直接の傷は無い。しかしその衝撃波が全身の肉を震わし、彼の体を外側と中側から同時に痛めつける。
一瞬だけ、彼の意識が歪んだ。
コンマ一秒にも満たないわずかな時間。
だが、次にアルフレードの意識がはっきりとした時、もう目の前に二コラウスが迫っていた。
「お疲れ、アル」
「……!」
ニコラウスがアルフレードの袈裟を大きく斬った。
体に大きな傷を付けられ、彼の体から大量の血が噴き出す。
両断ではない。アルフレードの体はしっかりと繋がっている。
しかし、常人ならば即死に間違いない大きな傷を彼は負った。
「お休み……」
だが、それでもニコラウスは油断しない。
領域外に至るような連中は誰も彼も不死身のような生命力を持っている。今の袈裟斬りでは決着の一撃にはならないと判断し、ニコラウスが本当の止めを刺しにかかる。
首か、心臓か。
ニコラウスが最後の一撃を繰り出そうとした時だった。
「ぉ……お……おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉアアアアアアアァァァァァァッ……!」
「……っ!」
アルフレードが吠えた。
最後の気力を振り絞り、無理やりな攻撃を繰り出す。
絶体絶命の最中、防御に回らず攻撃のために前進した。
突進しながら剣を突き出し、ニコラウスに肉薄する。
ニコラウスは止めの攻撃を中断し、防御に回る。アルフレードの突進はかなり無謀な攻撃であり、ニコラウスは難なく彼の攻撃を受け止めた。
二人の剣が交錯し、鍔迫り合いのような形になる。
「……それは無理があるだろう、アル」
「アアアアアアアアァァァァァァぁぁぁぁぁぁああああああッ……!」
アルフレードの体から血がどくどくと流れ出す。
あまりに不格好な攻撃。無茶な突進。ただの力押し。イタチの最後っ屁。
彼の攻撃はそのような無様なものだった。
「あ、あ……アアアアアアアアアアァァァァァァァァッ……!」
アルフレードはニコラウスの体を突き押した。
ニコラウスの体が後ろに二、三歩たたらを踏む。
ただ、それだけだった。
アルフレードは無茶な攻撃のために大きく体勢を崩している。ニコラウスはほんの少し後ろに下がりはしたものの、特に何かダメージを受けた訳ではない。
次に素早く攻撃を繰り出せるのはニコラウスの方。
最早、アルフレードに勝機は無いように見えた。
――ただ、アルフレードにとっては、その三歩が大事だった。
「神器よォッ……! 唸れェッ!」
「……なっ!?」
アルフレードが奥の手を使った。
彼の神器の力は防御不能の不可視の刃を出現させること。
剣を振るう軌道上に不可視の刃を発生させ、敵の防御をすり抜けて相手の体を傷付ける実体の無い刃を生み出すことだった。
だが、更にもう一つ隠された能力が存在していた。
アルフレードはその能力を今まで誰にも見せて来なかった。
絶対に誰も知らない秘中の秘。
これまでのどんな戦いにも、どんな任務にも使わず、人前には決して晒したことのない切り札。
誰も知り得ない……誰かが知り得ることがあり得ない能力を発動させる。
底の知れないニコラウスですら絶対に知るはずの無いとっておきだった。
アルフレードは擬態をしていた。
自分はもう全てを出し尽くしたと。苦しみながら全力を尽くし、最早残されているのは最後の足掻きしかないと。
逆転の手を悟られないように、ただただ愚直な攻撃ばかりを繰り返していた。
全てはこの最後の切り札のため。
「はあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「なにっ……!?」
アルフレードの持っている神器の大剣が光り、隠された能力が火を噴いた。
突如、ニコラウスの体が切り刻まれる。
アルフレードの剣はニコラウスに当たっていない。彼は剣を振ってすらいない。
それなのにニコラウスの体が斬り裂かれ、血が噴き出す。
左腕と右足が切断され、胸に十字型の深い傷が出来上がる。片目を失うほど深い斬撃が頭部を襲う。
「なっ……!?」
何が起きたか分からないまま、ニコラウスが体を震わした。
アルフレードの神器の能力。
それは、斬撃の再現と呼べるようなものだった。
十分前までに振るわれてきたこの剣の斬撃をそのまま再現する。
アルフレードはこの戦いで何百回も剣を振ってきたが、その剣の軌道が忠実に再現され、何の前触れも無しに斬撃を発生させる。
この戦いで放ってきた攻撃の記憶が、ニコラウスを傷付けた。
アルフレードの最後の無理やりな突進攻撃、ニコラウスを三歩後ろに下がらせることは彼にとってはとても大事なものだった。
そこに数回の斬撃の記憶が残っていたからだ。
四方八方で不可視の斬撃の記憶が発生しながら、アルフレードは最後の力を振り絞った。
「ニコラウスゥゥゥッ……!」
ニコラウスには深い傷が刻まれている。
しかし、それはまだ致命傷ではない。
アルフレードは本当に最後、全身全霊の力を振り絞って気合いの上段斬りを放った。
人類最強に近い男の人生を懸けた、全力の一撃だった。
「……素晴らしい」
その気迫に押されながら、ニコラウスは小さく呟いた。
「……アル、君は本当に素晴らしかった」
「……っ!」
そのアルフレードの一撃をニコラウスが迎え撃つ。
体中から血を噴出したまま、アルフレードと同じく彼も上段斬りを放つ。
二つの大剣が火花を放ちながら強く衝突した。
空気が振動する。
風が靡く。
「……我も隠していたカードを切ろう」
「なっ……!?」
ニコラウスがそう言った瞬間、アルフレードは言いようのない奇妙な迫力を感じた。
彼の腕にある『叡智の腕輪』が怪しく光る。
それは形容しがたい圧力のようなものだった。
アルフレードはニコラウスと剣を交えているだけである。
それなのに、彼はたくさんの英雄を一度に相手しているような気分になった。
昔の剣豪、過去の大騎士、歴史的な偉人……多くの猛者が自分に対して必殺の一撃を放っている。
胸に、肩に、腹に、腰に、腕に、足に、首に、頭に……。
たくさんの勇猛果敢な英雄たちが、自分に攻撃を仕掛けてきている。
同時に、強烈で強大な攻撃を受けている……。
そんな異様なイメージを直感で感じ取っていた。
そして、それは実際の傷となった。
アルフレードの胸が切り裂かれ、肩が砕かれ、腹が貫かれ……全身という全身が傷に塗れた。
まるで奇妙なイメージが現実に再現されたかのようだった。
「なっ……」
アルフレードは小さな声を発する。
それだけだった。
彼の体が地に沈む。
全身という全身に深い傷を負い、倒れ、地面に背中を付け、そのままもう起き上がれなくなった。
何が起こったのかよく分からない。
しかし、ニコラウスが何かをして、アルフレードはそれを防げなかった。
いくら領域外でさえ致命傷。
命の灯が消えていく感覚を感じている。もう剣を振ることも、立ち上がることも出来ない。
アルフレードは敗北した。
「ふぅ……」
ニコラウスが小さくため息をついて、アルフレードの傍に座り込んだ。
肩を落とし、明らかな疲れを見せながら、地面に腰を付け体を休める。
アルフレードに付けられた傷が『再生』の能力によって治っていく。斬り飛ばされた腕と足が生えて来て、胸と頭部の傷が修復されていく。
アルフレードが苦心して付けた傷がすぐに全て消え去った。
「僕の勝ち、だね、アル」
「…………」
今にも死に絶えようとしているアルフレードに向かって、ニコラウスが喋りかける。
「……ニコ、ラウス……兄様」
「なんだい、アル?」
アルフレードが血を吐きながら、途切れ途切れ口を開く。
「あな、たの……」
「うん?」
「あなたの……野望は、叶わ、ない……」
「…………」
目の光が少しずつ消えていく中、それでも最後の言葉を紡ぐ。
「俺を倒し、ても……誰か、が……きっと……あなたを、止、める」
「…………」
「きっと……誰、かが……」
高い空を見ながら、アルフレードは一人の男性の姿を思い浮かべる。
――クラッグ。
強くて不気味で、どこか憎めない友人。
きっと誰かが自分の無念を引き継いでくれる。
いや、彼でなくても、誰かが。誰かが兄の暴走を止めてくれる。
きっと、誰かが。
「世界に、は……色とり、どりの……希望、の光が……ちゃんと、あるから……」
最後になんとなく思ったのが、自分の妹、イリス。
まだまだ未熟で、泣き虫で、別に何かが特別に優れているわけでもないけど……。
なんとなく。
イリスなら。
アルフレードはぼんやりとそんなことを思った。
「おいおい、あまり無茶を言ってやるな、アル」
ニコラウスが言葉を返す。
「君以上に強い奴なんて存在しないさ。君に止められないのなら僕は誰にも止められない。この戦いで、僕はそれを確信したよ」
彼が愉快そうに喋る。
「君が一番だ。君が最強だ。君が君以上の強さを持った誰かを望むなんて、それは無茶ってものだ。あまり他人に期待してやるな。あまりに過剰な期待ってのは可哀想ってものだ」
ニコラウスがアルフレードの方を見る。
「……アル?」
呼びかけれども、返事は無い。
「アル?」
しんと、場が静寂に包まれた。
「……そっか」
ニコラウスが小さく呟く。
アルフレードはもう死んでいた。
彼が軽く手を動かし、アルフレードのまぶたを閉じてあげる。
「おやすみ、アル」
風が吹く。
世界最高の戦いが幕を閉じる。
世界最高の才能を持ち、未来の世界を担うはずだった若者の命が、ここに消えていった。
* * * * *
朝が来る。
日が昇り、空が白む。
静寂がこの土地一帯に染みわたっており、昨夜の激しい戦いが嘘のようであった。
破壊者たちは既にこの土地から離れており、後に残されたのは城の残骸と、周囲の村の焼けた跡だけである。
生きている人間が誰もいない城下町は息苦しい静けさに包まれている。
その町に辿り着いて、目を丸くする少女が一人姿を現した。
「え……?」
エリーである。
エリーの格好をしたイリスが、この破壊された城下町へとやって来ていた。
彼女は兄のアルフレードによって、崖に作った穴の中に身を隠していた。
朝になったら出口が開くようになっており、彼女は兄と友達を探して周辺を歩き回っていた。
そしてこの町に辿り着いてしまった。
昨夜から変わり果てた城下町の姿を見て、顔を青くしている。
貴族の死体が転がっている。顔の知っている人たちが多く、誰も彼もこの生まれたての町の権力者となるはずの人たちであった。
混乱と恐怖に耐え、ぐっと歯を食いしばる。
こんな地獄の中でも何か希望を探そうと、小さな足を一生懸命動かして歩き回る。
そして見つけてしまった。
「――あ」
アルフレードの死体だった。
「……アルフレード兄様」
全身が斬り刻まれ、物言わぬ死体となっている兄のそばに膝を付く。
「……あぁ、あぁぁ」
頭の中がぐしゃぐしゃにかき乱される。
目の前が真っ暗になっていく。
「あああああぁぁぁっ……!」
昨日まで元気に話をしていた。自分を慰め、あやしてくれた。
その兄が無残な姿を晒している。
エリーは自分の正常を保てなくなっていく。
心の底から絶望がせり上がってくる。
「あああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
大きな叫び声を上げる。
どうしようもない現実を前に、ただそうすることしか出来なかった。
* * * * *
イリスの記憶はここで途切れている。
意識は途絶え、次に目を覚ましたのは王城の自室の中だった。
彼女は何も出来ないまま、誰かの手によって自分の家へと帰還していた。
気付いた時には全てが終わっていた。
しかし、それは事実ではなかった。
記憶を弄る者の手によって、認識を歪められていた。
その記憶の鍵が開く。
ロビンの記憶を回復させると同時に、エリーの封じられた記憶もが開かれていく。
――今、思い出す。
彼女にとって、本当の旅の一歩目を……。
* * * * *
「……お前がエリーか?」
突然、後ろから声を掛けられた。
泣きながら兄の死体に縋り付いていたら、エリーの後ろに何者かが近づいてきた。
「……っ!?」
彼女がばっと振り返る。
そこには見知らぬ男性がいた。
自分よりも二歳程の上の少年。目つきが鋭く、そこに優しさの色が見えない。威圧感のようなものを振りまく何か怖い雰囲気の男性だった。
そしてその人は、ロビンと同じ焦げ茶色の髪をしていた。
「あなたは……?」
「……僕が質問をしている。お前はロビンの友達で、そこの男の妹のエリーか?」
「……はい」
エリーが小さく頷く。
突然現れた男性はロビンのことを知っているらしい。
誰だろう。
最大限の警戒心を露わにしながら、彼女は眉の間に皺を寄せた。
「そうか。僕はそのロビンの兄……」
少年が自己紹介する。
「『幽水』……いや、クラッグだ。とりあえずよろしく、エリー」
彼はクラッグの名を名乗った。
エリーとクラッグ。
二人の本当の出会いは、今この瞬間だった。




