191話 叡智の腕輪
ニコラウスが『自爆』をした。
肉体を四散させ、光を撒き散らしながら爆炎を轟かす。
激しい爆発音とともに炎の柱が立ち昇る。強い風が吹き、周囲に舞う炎が掻き消え、近くにあった建築物が崩壊していく。
アルフレードを巻き込みながら大きな爆発が発生した。
爆発から数十秒。
空気全体が大きく振動したが、やがてその震えも収まってくる。
爆発によって吹き飛んだ建物、抉れた地面などの痕跡が残るが、爆発の気配は消え、その場には平穏が戻ってくる。
肉片がぴくりと動く。
周囲には焼け焦げた肉体の破片が飛び散っていた。小さなその肉片が独りでに動き始め、やがて一か所に集まってゆく。
肉片がくっついていき、小さな欠片が大きな欠片へと変化していく。
うねり、合体し、それはやがて人の形に変化していった。
ニコラウスが目を開く。
『再生』の力を利用し、ニコラウスが服ごと復活を果たした。
「ふぅ……」
首をこきこきと鳴らしながら、彼が小さくため息をつく。
「全く、無様を晒してしまったよ」
「…………」
「悪かったね、アル」
ニコラウスがどこか遠くの方に視線を向ける。
そこにアルフレードがいた。
彼は爆発の直前、力の限り飛び退いてニコラウスの自爆を回避していた。
アルフレードがニコラウスの近くに戻ってくる。
「ふざけんな! びっくりして心臓止まるかと思ったぞ!」
「だからごめんて」
「自爆って、人間の取る手段じゃないからなっ!?」
アルフレードが文句を垂れる。
彼は爆発の回避に成功したものの、完全に避け切ることは出来ていなかった。腕を少し焦がし、片袖が吹き飛んでいた。
戦闘に影響するほどの傷ではなかったが、まだアルフレードの心臓はドキドキしていた。
「いやぁ、アルがここまで強いだなんて。正直予想していたより断然高い実力を持っているよ。兄さんは嬉しいな」
「……俺も兄様がここまで人間離れしているとは思わなかった」
ニコラウスが嬉しそうな笑顔を見せながらアルフレードに拍手を送る。
アルフレードはどこか釈然としない様子を見せながらムスっとしていた。
身内に自爆をするような人間がいたなんて。
今まで兄だと思っていた人は比喩ではなく化け物であった。
「いや、でも悪かったね、アル。舐めていた訳ではなかったんだけど、本当にここまで出来るとは思ってもみなかった」
「…………」
「小細工はもう止めにするよ」
そう言って、ニコラウスは腕を掲げた。
「これからは切り札を切ることにする」
「……!」
ニコラウスの腕に凶悪な魔力が集まっていく。
アルフレードは思わず冷や汗を垂らした。
切り札を切る、という彼の言葉が嘘ではないことをアルフレードは悟る。今までは本当の本気ではなかったという意味の言葉がハッタリでないと直感する。
ニコラウスの腕に集まっていく魔力は禍々しく、それでいてどこか神々しくもある。
アルフレードは動けない。警戒に集中することで精一杯であったし、例え今攻撃をしたところで何かを止めたりすることは出来ないだろう。
ニコラウスの腕が強く輝いた。
「……っ!?」
光が収まり、アルフレードは見た。
「……腕輪?」
ニコラウスが魔力を集めた腕には、先程まで付けられていなかったはずの大きな腕輪が嵌められていた。
あの魔力が腕輪に変化したと考えられた。
黒色に輝き、細かな紋様が刻まれている。
見ているだけで心が吸い込まれそうになるような風格のある腕輪が出現した。
「なんだ、その腕輪……?」
「アル、これはね……」
ニコラウスが口を開く。
「『叡智の腕輪』さ」
「叡智……?」
額から冷や汗を流すアルフレードに対し、ニコラウスが小さく頷く。
「そうだ。名前の通り『叡智』の力に強く関わる腕輪だ。『叡智』の中心的機能を担っていると言って良い代物である」
「…………」
アルフレードは困惑する。
その腕輪はどんな機能を持っているのか? 『叡智』の中心的機能とは何なのか? 自分はそんなものの存在を知らないが、ニコラウスはどこで知ったのか?
色々な疑問が頭の中に過ぎるが、アルフレードは一つだけ質問をぶつける。
「何故、そんな代物を兄様が……?」
「それは……」
もしそれが本当に『叡智』の中心的な存在であったとして、何故それをニコラウスが持っているのか?
ただの王族の一人でしかなかったはずの兄様が、何故?
ニコラウスが口を開く。
「……さっきも言っただろう? 自分の内側だよ」
「……?」
「自分の内側の声を聞けたか? 自分の体の中に宿る、醜悪の声に耳を傾けることが出来たか? 結局は自分の内側をより深く知れたかどうか……」
アルフレードには兄が何を言っているのか分からない。
しかし、ニコラウスの言っていることが自分をはぐらかすために適当を言っているのではないことは声色から分かった。
彼の瞳はどこまでも昏く、深い色を湛えていた。
「勝敗の分かれ目は、そこさ……」
「……っ!」
その言葉を最後に、唐突に戦闘が再開された。
ニコラウスがアルフレードの前に迫り、剣を振り下ろす。
まるで瞬間移動のようにニコラウスが目の前に現れたが、そうではない。ニコラウスは自分の足で距離を詰め、アルフレードへと迫った。
「ぐっ……!」
驚いたような声を漏らすが、アルフレードはその攻撃にしっかりと対応する。
防ぎ、反撃の一閃を繰り出す。
気合を込めながら、大剣を素早く横に薙いだ。
「……なっ、ん!?」
しかし、アルフレードは凄まじい違和感を覚えることとなる。
ニコラウスが巧みに自分の攻撃を受け流したのだ。
まるで柳の枝が揺れるように、アルフレードの手には何の手ごたえも感じない。
彼の剣に込められた全ての力は方向性を見失い、完璧と言って良い精度の受け流しに弄ばれるように空振りに終わる。
「……っとと」
アルフレードの剣が大きく空を切り、彼の体勢が軽く崩れる。思わず小さな声さえ漏れ出て、無様なほどに彼の体がふらつく。
小さな隙ではあるものの、二人の間では大き過ぎる隙。
ニコラウスは悠々とアルフレードに一撃を加えた。
「ぐっ……!」
咄嗟に体を捻り、アルフレードは難を逃れるが、肩に浅くない一撃が入った。
アルフレードは飛び退いてニコラウスから距離を取る。
「…………」
「…………」
たった数度のやり取りで、アルフレードはもう仕切り直しを強いられた。
彼は驚きの表情を隠せない。
「…………」
彼の心の内には強い違和感がこびりついていた。
自分の攻撃があんなに鮮やかに受け流されたのは一体いつぶりだろうか。
まるで剣の達人が自分の弟子に指導を行うかのように、高い技術をまじまじと見せつけられた。
アルフレードはこの広い世界の中で、冗談抜きに世界最強クラスの実力と技能を持っている。
そんな彼がこんなにも易々と手玉に取られることはもう長い事記憶になかった。
「くそっ……!」
受けに回っては駄目だと、アルフレードは勇敢に攻めに掛かる。
果敢に、しかし慎重に、彼はニコラウスに向かっていった。
手数で攻める。
隙の少ない細かな攻撃を多用し、スピードでニコラウスを圧倒しようとする。
鋭く、そしていつまで経っても途切れないコンビネーションの連打が獲物をじわりと追い詰めていく。
しかし、ニコラウスはそれを凌ぐ。
アルフレードよりも素早く、洗練された技のコンビネーションによって彼の攻撃を封殺した。
「がっ……!」
剣の連打に打ち負け、アルフレードは足に傷を負う。
すぐに傷口を魔力で固め、戦闘行動に支障が出ないよう処置をする。
アルフレードは戦い方を少し変える。
剣戟の中に魔術を多めに混ぜ込むようにした。
右手一本で大剣を持ち、空いた左手で複数の魔術を放っていく。時に引いて距離を取り、魔術主体で攻撃を放つ。
細かく自分の位置取りを変えながら、剣と魔術の両方で攻撃を放っていく。爆炎や轟雷、色とりどりの魔術が戦場に咲き乱れた。
近距離と中距離を織り交ぜた戦闘方法だった。
「ふふふ、工夫しているな」
しかし、それもまたニコラウスに即応される。
ニコラウスはアルフレードと全く同じ戦闘スタイルに切り替え、魔術と剣によってアルフレードを迎撃する。
距離の制し方が重要な戦いになる。距離を詰めて剣の一撃を入れるか、距離を取って魔術を叩きこむか。
戦場を素早く飛び回りながら、二人は攻撃を撃ち込み続けた。
「ぐっ……!」
しかし、打ち負けたのはまたアルフレードだった。
ニコラウスの雷魔法が当たり、左腕が痺れる。
「うおおおおおおおぉぉぉぉぉっ……!」
アルフレードは大きな雄叫びを上げ、全身に魔力を漲らせる。
剣を上段に構える。痺れた左腕を無理矢理動かし、両手で剣を握る。
次に放つのは小細工無しの全力の一撃。
最速で、最高の一撃を叩きこむ。
気合を滾らせ、彼は目に光を輝かせた。
「があああああぁぁぁぁぁぁっ……!」
獰猛な叫び声と共に、アルフレードは突進する。
風を切り、大気を震わしながら、ニコラウスへと向かっていく。
「はぁっ!」
それに対し、ニコラウスは真正面からアルフレードを迎え撃つ。
アルフレードと同じ、大剣を上段に構えて自分も前に出る。
力には力で。
堂々とした佇まいでニコラウスは弟の攻撃を受け止めた。
大剣と大剣がぶつかり合う。
凄まじい衝撃波が吹き荒れる。二人のぶつかり合いの余波だけで、周囲の建物が壊れ、吹き飛ばされていく。
二人を中心にして円状に、広い土地が更地になっていく。
この街全体が震えるほどの振動が周囲に走った。
「うわああぁぁっ……!」
そして、互いの全力の一撃に圧し負けたのはアルフレードの方だった。
何度も地面をバウンドしながら、強い勢いで体を吹き飛ばされる。地面を転がり、全身が砂埃にまみれる。
「がはっ……!」
口から血を吐く。全身に強烈な痛みが走っている。
頑丈な神器にも傷が付き、刃こぼれしてしまっていた。
アルフレードは完璧に力負けをしていた。
「…………」
何もさせて貰えない。
一連の攻防を経て、アルフレードはそう感じていた。
スピードもパワーもテクニックも完全に負けてしまっている。
どの戦闘スタイルも真正面からニコラウスに打ち破られ、全ての面において自分は兄に敗北を喫した。
ニコラウスより自分の勝っている部分が何一つとして見当たらなくなる。
何故。
彼が感じていたのは敗北感よりも疑問であった。
先程までは曲がりなりにもニコラウスと十分に戦えていた。
先程までと比べて、ニコラウスのパワーやスピードが急激に上がったわけではない。『汚染の刃』や『瞬間移動』のような特別な力を使っているわけでもない。
しかし、傷が増えるのはアルフレードの方であった。
自分の攻撃が全く通じなくなっている。
何故。
「…………」
分かっている。
ニコラウスが『叡智の腕輪』というやつを付けだしてからだ。
しかし、その効果が把握しきれない。
ニコラウスが何か強化されたのは分かるが、それが何なのかよく分からない。
捉えどころのない力に、アルフレードは顔をしかめる。
「その力は……一体何なんだ……」
痛みで体を抱えながら、アルフレードが起き上がる。
ニコラウスは傷一つない体で堂々と彼のことを見据える。
「それをアルが知ることは無い」
「…………」
「もう和睦の道はない。こんなに楽しい戦いは初めてだ。我の満足のために最後まで戦い、そして死ね」
そう言って、ニコラウスはまた剣を構える。
殺気が直接アルフレードに叩きつけられる。ニコラウスの瞳は非情で冷酷な色を含みつつ、しかしどこか底抜けに楽しそうな様子を見せていた。
「…………」
アルフレードが苦しそうな表情を見せる。
先程の激突で体のあちこちが傷んでいる。
頭から血を流し、骨が何か所か折れている。
彼はぐっと歯を食いしばる。何か手はないか、何か手はないかと必死に悩む様子を見せている。
苦しそうなその様子は追い詰められたネズミのようであった。
――ただ、それは擬態だった。
彼には最後の手が残されていた。
もしかしたら今の状況ですら逆転できるかもしれない切り札。細い可能性ではあるものの、彼に残った最後の光明。
そんな切り札がアルフレードの中には存在した。
しかし、それを目の前の敵に悟られるわけにはいかない。
ただでさえ薄い逆転の目が本当にゼロになってしまう。
だから擬態をする。
苦しそうな様子を見せながら、あくまで自然に、追い詰められた手負いの獲物を演じていく。
アルフレードも剣を構える。
胸の内の最後の希望を瞳の光に映さない様に注意して。
最後の切り札をここで切る。
彼は一人密かに、自分の心が外に漏れないよう気を付けながら決心をしていた。
服ごと復活
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なるべく早く戻ってくるので、少々お待ちください!
『私はサキュバスじゃありません』1巻、2巻が発売中ですので、もし良かったらそちらを読んでいてください。
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