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189話 自分の内側

「ニコラウス兄様……」

「やぁ、アル。こんなところで何してるんだい?」


 燃え盛る城下町の中、ニコラウスがアルフレードに声を掛ける。

 それはまるで平和の中の穏やかな日、街中でばったりと会った気軽な兄弟の会話のようであった。


 しかし、ここは戦場。

 その気軽さがむしろ白々しく感じられた。


「……兄様がこれを?」

「うーん、まぁ……別にここを壊すのが目的って訳じゃないんだけど、まぁ、もののついで? どうせだし、みたいな?」

「…………」


 飄々とした態度から底知れぬ圧力を感じ取る。


 ニコラウスは愚鈍として知られている。

 その評価にアルフレードは疑問を感じていたのだが、それでもその愚鈍な兄から感じられる禍々しいまでのプレッシャーに違和感を覚えざるを得ない。


 今までのバカみたいな、いつものへらへらした態度とは違う。

 まるで別人のような存在感を放っている。


「兄様は、一体何なんだ……?」

「アルバトロスの盗賊団団長」

「…………」


 何でもないかのように、重大な事実をあっさり語る。

 アルフレードははっきり分かる形で気圧されていた。


「聞きたいことがあったら何でも聞きな? アルよ。遠慮はするなよ? 僕らは兄弟じゃないか」

「…………」


 数秒の沈黙が過ぎる。

 アルフレードは鋭い視線を向け、ニコラウスの様子を探る。


 その目からは強いプレッシャーも放たれている。常人ならばそれだけで身が竦み、全身を震わせてしまうだろう。

 しかしニコラウスは悠然とした態度を崩さず、正面から弟の視線を受け止めていた。


 炎がばちばちと爆ぜる音だけが周りに響いていた。


「ひいいいいいいぃぃぃぃぃぃっ……!」

「……!?」

「……?」


 そんな時、一つの悲鳴がその場に轟く。

 大きな建物の中から一人の男性が飛び出してくる。あかるさまに動揺をしながら、慌ただしくばたばたと体を動かしている。

 逃げ遅れたこの街の男性だった。


「い、一体何が起こっているんだぁっ!? だ、誰か助けてくれぇっ……!?」

「あの人、確か……」


 アルフレードはその逃げ遅れた男性の顔に見覚えがあった。

 確かこの国の貴族の一人で、ニコラウス兄様を支持する家の人間だったはず。


「ちょっと遊んでいただけだったのに……!? いつの間にこんなことにっ!? 誰か、助けてぇっ……!」

「…………」

「あ、ニコラウス様……!」


 その貴族の男性がこちらに気付いた時……、


 ニコラウスが、その男を刺した。


「え……?」

「…………」


 ニコラウスがその男の胸に乱暴に大剣を刺し、そして乱暴に引き抜いた。

 大量の血が噴き出て、その男がバタンと地面に倒れ込む。


 断末魔を上げる間もなく、その男性は死んだ。


「……なんで殺したの? 兄様?」

「え、いや、殺すリストにあった男だったから……」


 きょとんとした顔をしながら、ニコラウスが弟の質問に答える。

 その顔は今しがた人を殺した男の顔ではなかった。


「いやさ、この作戦は全てロビンって子を生け捕りにするための作戦だったわけだけどさ、その村だけが化け物の被害にあって、他の所が被害にないって明らかにおかしいじゃん? その村に特別な何かがあったのか、ってすぐ分かっちゃうじゃん?」

「…………」

「だから全部壊そうと思ってね。ほら、その中で僕の支援者がたくさん生き残っちゃったら、あかるさまに僕が疑わしくなっちゃうじゃん? だから、彼らは念入りにね。一人も生き残りがいないよう殺すリストを作っておいたのさ」


 ニコラウスはぺらぺらと喋る。

 今の会話だけでもアルフレードにとって重要な価値のある情報であった。しかし、ニコラウスはそれに気にする様子もない。


「……兄様。今までの全ては演技だったの?」

「演技。……あぁ、その通り。まさに演技だった」


 ニコラウスが大きく頷く。


「人生のほぼ全てを費やした演技だった。バカで、愚かで、あれはあれで楽しいものではあるが……、まぁ、結局は演技だ」

「…………」

「そういえばよく物語とかであるが、被った仮面がいつの間にか自分の本性になっていたとかいうやつ。ああいう感じはなかったなぁ。つまり結局バカな自分というのはどこまでも僕の本性には合わなかったということか……」


 ニコラウスが自分の胸に手を当て、底知れぬ不気味な笑みを浮かべた。


「我の本性は、こっちだ」

「…………」


 異様。

 どこまでも異様で、悍ましく、身の毛がよだつ。


 今まで出会った化け物の誰よりも凶悪な気配を感じる。

 こんな化け物が身近にいて、のうのうと人の世の中に暮らしているなんて……。


 アルフレードは息を呑んだ。


「我の本性に気付けたのはお前だけだ、アルよ。褒めてやるぞ?」

「……確信してたわけじゃないさ。今でもまだ少し、現実を疑っている」

「いや、ほんと。心から凄いと思ってるからね? あの父様でさえ我のことを毛ほども疑ってなかったからね? よく気付けたよ、ほんと」


 ニコラウスが軽くそう言う。


 二人の父親であるベオゲルグ王は人を見る目に長けた人物である。

 その人以上の観察眼を持っていると、ニコラウスは弟を軽い口調で褒めていた。


「……で、結局兄様は何を狙っているのさ」

「それは……」


 その質問で、初めてニコラウスは言葉を詰まらせる。

 流石に抱えている最終目標までは教えてくれないか、とアルフレードは諦めの気持ちになるが、それとは少し様子が違った。


 ニコラウスが小さく口を開く。


「……自分の、内側を」

「内側?」


 ニコラウスがアルフレードの目を見る。

 それはどこまでも深い真剣な眼差しで、その目に見つめられアルフレードは小さく身を震わせる。


「……アルは感じたことは無いか? 自分の内側に」

「な、なにが……?」

「我らは歪で、醜悪だ。そう感じたことは無いか?」

「……?」


 兄が何を言っているのか、アルフレードには分からない。

 ただニコラウスはどこまでも真剣で、妙な言葉で自分を煙に巻こうとしているのではないことは分かる。


「自分の内側が醜悪であることを知った。だから、我はこの道を選んだ。所詮、『我らはどうしようもない世界に漂う放浪者』なのだ」

「……?」

「分からないか?」


 お前はそこまで至っていないのか?

 ニコラウスは目だけで彼にそう問いかけていた。


 アルフレードは自分を落ち着かせるため、小さく息を吐く。


「……それで? 自分が醜悪だからなに? 兄様はそれを直したいの?」

「それとは少し違う。そうだな、過去の清算と言ったところか……」

「清算……?」

「それを知りたければ……そうだ、アルも我の仲間にならないか? お前を殺してしまうのはあまりに惜しい。そうだ! それがいい! 我とアルが組めば冗談抜きで世界の全てをこの手に収めることが出来る!」


 ニコラウスが嬉々として喋る。

 子供の様に無邪気で、友達が増えることをただ純粋に喜んでいる様なはつらつとした声であった。


 だが、アルフレードは即答する。


「断る」


 剣の切っ先をニコラウスに向ける。


「……世界の半分を上げるって言ったら、考え変える?」

「変えるわけないだろ」

「ふふっ、まぁ、それはそうだろうなぁ」


 ニコラウスが小さく吹き出すように笑う。


「実際、我も世界征服なんてものに興味は無いしな」

「…………」


 兄様は世界征服よりも悍ましい何かを企んでいる。

 アルフレードはそう思わざるを得なかった。


「……俺は間違っていなかった」

「…………」

「兄様、あなたは邪悪だった」


 アルフレードが自身の闘気を高めていく。

 空気がビリビリと震えるかのようだった。抜き身の殺気をニコラウスに向け、戦いへの気概を昂らせていく。


 彼の闘気に呼応して、周りの炎が激しく身を震わせる。


 アルフレードはずっと疑問だった。

 兄は何かを隠しているのか、自分の直感は正しいのか、それとも自分は勘違いをしてただただ空回りをし続けているのか。


 確信の無い調査の中で、心を揺らさないようにしながら長い時間仕事を続けていく。


 だが、迷いは無くなった。

 兄様を斬る。

 それが自分の為すべきことだと確信した。


「ふふっ……ふはははははっ……!」


 そして、アルフレードの闘気を受け、ニコラウスは笑った。


「先程は仲間にならないかと誘ったが、アル、やっぱりあれは無しだ」

「……………」

「ずっとずっと、お前とは本気で殺し合いたいと思っていた!」


 ニコラウスも剣を構え、体の内から殺気を溢れさせる。

 顔には喜悦の感情が張り付いていた。


「ニコラウスッ!」

「アルフレードォォォッ!」


 二人の武器が打ち合わされる。


 長い歴史を誇るこの王国、歴代の王家の中でも最高峰の才覚を持った二人の王子の戦いが今始まった。


モブ厳

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