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188話 遭遇

「くそっ、生存者は無しか」


 アルフレードが舌打ちをする。

 ここはジャセスの百足の小さな隠れ里、だった場所。

 炎が回り、里の残骸となってしまった場所だった。


 この場に辿り着いたアルフレードはとりあえず里の中をうろつく怪物オブスマンを全て斬り捨てた。

 時間を掛けずに全てを屠る。


 そしてこの里に残る生存者を探して命を救おうとしたが、残念ながら残っていたのは全て死体だった。


「…………」


 アルフレードは戸惑う。情報を整理して分析したいところだが、あまりに事前知識のピースが足りない。


 彼はまず、この里が『ジャセスの百足』の管理している場所であることを知らない。

 特別な少年クラッグの故郷がこの場所のすぐ近くにあることは把握しているのだが、この場所を調査することはクラッグから直接禁じられていた。


 自分を殺し得る存在の警告を無視するわけにはいかなかった。

 よって、アルフレードはこの土地の詳しい情報が頭の中にない。


 一体何が起こっているのか、誰が何の目的で、何に襲い掛かっているのか。


「…………」


 クラッグは『叡智』の力を探っていた。

 だからこの事件は『叡智』の力に関する事件だろう。


 少ない情報から様々な可能性を探るが、必ずどこかで限界が来る。


「……いや、考え事をしている暇はない」


 アルフレードがこの里を後にする。

 頭を働かせる前にするべきことがあった。


 妹のイリスがまだこの辺をうろついているはず。

 それが何より心配だった。


 里にいるオブスマンを大急ぎで皆殺しにしたのは、すぐにイリスの保護に向かいたかったからだ。

 アルフレードは焦りながら山を下る。


 イリスがいる場所はロビンのいる村かブロムチャルドの城、またはその直線距離のどこかのはず。

 そう当たりをつけて暗い野道を駆け抜ける。


 どうかイリスがとんでもない怪物に目を付けられていない様に。

 祈るような気持ちで妹を探し回った。


 そして、見つける。


「イリスっ……!」


 アルフレードがイリスを見つけた。

 大声で彼女の名前を呼ぶ。


「……兄様っ!?」

「イリスっ! 何が起こっている……!?」


 イリスの近くに駆け寄り、彼女の体を支える。

 彼女は今、村から城への方向へと走っていた。見送った時は城から村へと移動していたのだから、村で何かがあったのだと察する。


「村が……燃えて……! 人が……! たくさん死んでて……! 昼までは何も無かったのに! 昼までは皆生きてたのにっ……!」

「イリス! 落ち着いて! 落ち着くんだっ!」


 息を荒立てながら、イリスが必死に何かを伝えようとする。

 動揺が隠し切れないようで、慌てながら早口で喋ろうとする。


「紫色の……化け物が、いてっ……! 仮面の……百足さんを、襲ってて……!」

「化け物? 百足……?」

「仮面の男がっ……! 『天蓋の世界』に向かったって言ってた! 『叡智』って言ってた……!」

「…………」


 イリスは拙い言葉で何かを必死に伝えようとする。

 自分でも何を言っているのかちゃんと理解していないのだろう。きっと恐らく、誰かに伝言を頼まれた為、こういうことになっていることをアルフレードは察する。


 彼は妹から伝えられた少ない単語から推察する。


 『叡智』を追う団体は大きく三つとされている。

 王である父親が管理する『バルタニアンの騎士団』、伝説上の存在『アルバトロスの盗賊団』、そして謎の団体『ジャセスの百足』。


 どれも表の社会には姿を現さない組織だ。

 しかし、長年の調査からアルフレードはその存在を察知していた。

 詳しい内情までは調べ切れていなかったが。


 そして、『天蓋の世界』。

 これは古い古い文献の中に記載されていた。彼独自の調査によって発見した知識である。


 『天蓋の世界』はアルバトロスの盗賊団の拠点とされている世界だ。

 伝説上ではアルバトロスの盗賊団は王国の軍隊に追い詰められ、こことは異なる次元である魔域『ジステガン』に逃れたという。


 そこはアルバトロスの盗賊団の拠点であり、伝説上ではそこで最後の決戦が行われた。


 『天蓋の世界』は魔域『ジステガン』の別の呼び名である。

 アルフレードはそれを調べ上げていた。


 そうなると、今回の襲撃の首謀者は『アルバトロスの盗賊団』。伝説上の化け物オブスマンがうろついていたことからも、これは明らか。

 そして襲われた側は『ジャセスの百足』。エリーの証言の『百足』という単語から推察した。


 少しずつ状況が分かってくる。


「……イリス、『天蓋世界』と言ったんだな? 『叡智』を知る者が『天蓋世界』に向かったと、村にいた者がそう言ったんだな?」

「え……?」


 アルフレードがイリスの肩を掴み、じっと目を見つめ問いかける。

 彼女は困惑しながらも、こくんと小さく頷いた。


「……分かった。ありがとう」

「……兄様?」

「イリス。ちょっと来なさい」


 もうこれ以上妹を巻き込む必要はない。

 アルフレードはそう判断し、彼女を隠して潜ませることに決めた。


 向かった先は切り立った岩壁。そこに穴をあけ、入口を閉じてイリスを隠そうとする。

 今、この地域のどこが安全地帯か全く分からない。山から見ると、この土地の周囲に存在する村が全て焼けていた。


 安全地帯が無いなら、自然の中に隠してしまうのが一番だと考えた。


「いいかい、イリス。君を一日この穴に隠す」

「え……?」

「『領域外』が1人なら俺でも対応が出来る。でも、2人以上出てきたら流石に厳しい。イリスはここに隠れているんだ」


 岸壁に作った穴にイリスを無理矢理放り込む。

 彼女は自分も戦うと反抗的な声を出すが、この状況で彼女が何かの役に立つとは思えない。


 命の危険には晒せないから、問答無用で暗い穴の中に押し込む。

 土魔術を使って穴の入り口を塞ごうとする。この壁は一日経ったら崩れ、開くようになっていることを彼女に伝える。


「……あとイリス、これを持っておきなさい」

「これは……?」

「御守りの神器だ」


 思い出したように、アルフレードは腰にあった双剣をイリスに手渡す。

 アルフレードが最近見つけた双剣の神器だった。


「武器を持っていた方が安心だろう?」

「でも、兄様は……?」

「いや、俺、双剣よりも長剣の方が得意なんだ」


 以前クラッグにも指摘された通り、アルフレードは双剣よりも大剣の方が合っている。

 しかし、『自分の一家はこの神器に認められるようにならないといけない』という不思議な直観が、彼にその武器を使わせていた。


 ただ、アルフレードはこの双剣だけじゃなく、前から使っている大剣もちゃんと身に着けている。

 今この状況で手を抜いていられる余裕はない。使い慣れた大剣の方を使うつもりであった。


 武器が二つあるなら、その片方を丸腰の妹に預けようと思った。


「じゃあ、穴を閉じるから」


 土魔術で穴を完全に閉じようとする。

 穴が閉じきる一瞬前、その隙間から彼女が心配そうな顔をしていたのが見えた。


「なんとかやってやるさ」


 妹を不安にさせないよう、アルフレードがにこっと笑う。


 イリスのいる場所は闇に包まれた。




* * * * *


「はぁっ!」


 アルフレードが剣を振るい、オブスマンを斬る。

 ここはブロムチャルドの城。イリスを隠した後、彼はここに移動して戦っていた。


 アルフレードに取れる選択肢はほとんどなかった。

 『アルバトロスの盗賊団』が『ジャセスの百足』に攻撃を仕掛けていることが分かったが、だからと言って彼に出来ることはあまりない。


 敵が『天蓋の世界』に向かうという情報は得たが、その『天蓋の世界』がどこにあるか、どうやって行くのか彼には分からない。


 だからまず、手近な人命救助活動を行っていた。

 ブロムチャルドの城も多大な攻撃を受け、ほとんど崩壊してしまっている。周囲の村と同様に火の手が上がり、怪物が我が物顔で闊歩している。


 しかし土地の広さ、人口の多さからまだ皆殺しには至っていなかった。

 逃げられずにいる街の民を助けるため、アルフレードは剣を振るい怪物を薙ぎ払う。


「逃げろっ! 大丈夫! 俺が助ける! 安心して逃げろっ……!」


 アルフレードは街の中にいる人たちを鼓舞しながら、戦い続ける。

 碌な戦力がいなかった城下町の中で八面六臂の活躍を見せ、たくさんの人を救っていった。


「困るな、我々の邪魔をされたら……」

「横からしゃしゃり出てきて、私達の計画を邪魔するものではない」


 そうしていると、邪魔者が現れた。

 白いフードコートを被り、仮面を付けている。


 アルバトロスの盗賊団の構成員だった。


「……領域外か」


 アルフレードは指を鳴らす。

 立ちはだかってきた人数は三人。一人はS級、二人は領域外。

 相対しただけで相手の実力を察する。


「死ねっ! 邪魔者よっ!」

「うるせぇっ!」


 言葉少なく、すぐに戦いが始まった。


 敵は奇妙な術を使ってきた。

 まるで暴走した叡智の力のような強力な能力であり、しかしその能力を十分にコントロールしながら自分に攻撃を仕掛けてくる。


 アルフレードは苦戦を強いられる。

 一筋縄じゃいかない敵が三人、アルフレードを囲い追い詰めていく。


「やぁっ……!」

「なにっ!?」


 しかし、彼は斬った。

 敵を三人とも両断した。


 千年に一人と言える程の才覚を駆使し、今までの厳しい鍛錬の成果を活かし、領域外二人とS級一人を撃破した。


「ば、バカな……」


 驚きに顔を歪めながら、敵は死んでいった。


「ふぅ……」


 アルフレードは大きく息を付く。


「案外いけるもんだな」


 彼は自分でも驚いていた。

 呼吸を整えながら呟く。


 案外勝てた。領域外二人は流石に厳しいと妹に言ったばかりであったが、なんだか思ったよりあっさり勝ててしまった。


 全力で戦いはしたが、自分にさしたる傷はない。圧勝とは言い難いが、領域外二人を相手取ってほぼダメージが無いのは彼自身にとっても想像以上だった。


 そういえば最近幽水……クラッグの相手ばっかしてたからな。

 アルフレードは苦笑した。


 ―――そんな時、パチパチパチと拍手の音が鳴った。


「……?」


 アルフレードは顔を上げる。

 少し離れた場所に一人の男が立っていた。こちらの方を向き、手を叩いている。

 先程の戦いを褒め称える拍手が鳴っていた。


「…………」


 男は白いフードを被っていた。

 手の込んだ造りの仮面を被っており、無骨な大剣を腰からぶら下げている。


 見知らぬ男のはずだった。

 奇妙な仮面をつけた男に知り合いなどいない。


 しかし、アルフレードはその男のことを知っている様な気がした。

 謎の仮面の男をよく知っている様な気がした。


「……兄様?」


 白フードの男の拍手が止まる。


「……ニコラウス兄様?」


 アルフレードが小さな声で問いかける。

 仮面越しに二人の目が合う。


 この街を焼く炎だけがゆらゆらと揺らめいていた。


「…………」


 白フードの男が仮面を外す。


 不気味な笑みを浮かべたニコラウスの顔が姿を現した。


モブ領域外の出番終了

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