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187話 最後に出来た小さなこと

「くっ……!」


 フィフィーは息を詰まらせる。

 目の前には炎の光景が広がっている。


 ロビンのいる村が炎に包まれ、徹底的に破壊されていた。


 隠れ里を脱出して、ロビンの村へと駆け付けたフィフィーに待っていたのは、手遅れという事実だった。


 村人は皆殺しにされている。建物は破壊され、炎が燃え広がる薪になり果てている。ざっと見渡す限りでは生存者がいない。気配もない。


「くそっ……!」


 悪態をつく。

 それで何かが変わる訳ではないけれど。


 紫色の怪物オブスマンが村の中を闊歩している。化け物たちがフィフィーの姿に気付き、ぎょろりと目をそちらの方に向ける。


「ギイヤアアアアアアァァァァァッ……!」


 数体のオブスマンが奇声を上げながら彼女に襲い掛かってくる。

 フィフィーは神器アルマスベルを抜き、オブスマンを迎撃した。


 敵は身の毛のよだつような姿形をした怪物であるけれど、フィフィーでもなんとかあしらえる程度の強さしかない。

 オブスマンの攻撃をいなしながら、彼女は周囲の様子を観察する。


 近くにいる敵は化け物のオブスマンだけ。

 アルバトロスの盗賊団の構成員はいないようだった。


 知性の無い怪物以外がいないということは、敵はこの村でやるべき作戦を終了させている。そう考えられる。


 そうなるともう既にロビンは連れ去られてしまった。

 又は殺されてしまった。


「…………」


 はやる気持ちを抑え、フィフィーは出来るだけ冷静にオブスマンを斬り伏せながら周囲の情報収集に努める。


 辺りには死体がごろごろと転がっている。

 その中には自分の祖父、この村の村長の姿もあった。


 しかしロビンの姿は見つけられない。

 化け物の相手を片手間にしながらの調査だから確実ではないけれど、少なくとも現段階でロビンの死体は確認できていない。


 それにシータにディーズ、エフトの姿も発見できない。

 今、この村が抱えている『叡智』の力を持っている人物はロビン、シータ、ディーズ、エフトの四人だけ。


 その四人の姿が誰一人として見つけられない。


「……連れ去られた、って考えるのが妥当かな」


 自分自身を納得させるため、フィフィーは呟く。

 敵は『叡智』の力を持っている人物を拉致するためにこの村を襲った。

 希望的観察かもしれないが、死亡を確認するよりずっと心が落ち着いた。


「ギイイイアアアアアアァァァァァッ……!」

「邪魔!」


 向かってくるオブスマンを両断する。

 化け物はさほど強くないが、数に囲まれて思うように身動きが取れない。


 村の現状の調査がしたい。その情報を誰でもいい、誰か味方に報告しないといけない。

 行うべき全ての行動に対して、纏わりついてくる敵が邪魔だった。


 ――そんな時、背後から視線を感じた。


「……ッ!?」


 フィフィーがばっと振り返る。

 そこには一人の少女がいた。


 銀色の短い髪。この村に遊びに来るようになった、ロビンの親友。

 エリーの姿だった。


「……君はッ!?」


 フィフィーは混乱で一瞬頭の中がぐちゃぐちゃになる。


 何故彼女がここにいる?

 もしこの村に来ていたのなら何故彼女だけ死んでいない?


 今この村に来たばっかだからまだ殺されていない? こんな異常な状況で、そんなタイミングの良いことがあるだろうか?


 外部から来た少女が何故都合よく生き残っている?

 もしかして、彼女はこの襲撃に何か関与しているのでは?


 フィフィーは周囲にいるオブスマンの包囲網を強引に突破する。

 そしてエリーに駆け寄り、彼女を抱えてオブスマンから距離を取りながら喋った。


「何故君がここにいるっ!?」

「……え?」

「やはり君は何か知っているのか? あの仮面の男の事を知っているのか……?」

「……?」


 化け物たちから離れ、フィフィーはエリーの肩を強く掴む。

 その痛みでエリーの体がびくりと震える。


「あの男は天蓋の世界に向かうと言っていた! あの男は『叡智』と何の関わりがある!? 君は一体何を知っている……?」

「…………」


 フィフィーが問い詰めるようにエリーの目を覗き込む。


「……?」


 しかし、エリーの瞳に宿るのは純粋な困惑。

 今も体を震わしている。この村の惨劇を目にし、顔は青ざめ血の気が引いている。

 ただただ恐怖し、怯えている。


 何かを仕掛ける側の人間の反応ではなかった。


「本当に何も知らないのか……?」


 フィフィーは一瞬だけ目を閉じ、小さく息を吐く。

 この子は何も知らない。

 そう結論付けた。


「……分からないなら、いい」

「…………」

「悪かったね、引き止めて。今すぐ逃げな」

「あの、どういう……?」


 エリーは訳が分からず、目の前の仮面の人に質問を返そうとしたが、フィフィーはそんな時間の余裕などないと感じていた。

 もうすぐ近くまでオブスマンの群れが近寄ってきている。


 そして、それ以上に……、

 身の毛のよだつほどの嫌な予感が……、


 死の予感が猛烈な勢いで迫ってきているのを感じていた。


 フィフィーはエリーの体をくるりと反転させ、その背中を押した。


「もし良かったら……生き延びて、今うちが言ったことを他の百足に……いや、もう誰でもいいや。誰かに伝えてくれ」

「……あの」

「さぁ、行けっ!」


 荒々しい口調でこの場から追い出すように、フィフィーはエリーに叫び声を上げる。

 向かってくるオブスマンを斬る。エリーの、義妹の親友の近くに敵を近づけさせない。


 あの子だけはこの場から逃がす。

 彼女にとって、これはそういう戦いだった。


 エリーが足を止めてフィフィーの方に振り返る。

 困惑している様子があった。


「さぁ! 行け! 行くんだ! さっさと走るんだっ……!」

「……ッ!」


 叱りつけるようにフィフィーが叫ぶ。

 その声に圧され、エリーが一目散に村の外へと駆けていく。歯を食いしばって炎の中を駆け抜けていく。


 そうしてエリーの姿は見なくなった。


「……ふぅ」


 フィフィーが一息つく。

 まだオブスマンの群れと戦っている最中であったが、フィフィーの胸には小さな安堵がこもる。


 良かった。

 少なくとも一人、ロビンの友達を守ることが出来た。

 このまま何事もなく逃げ切れば良いのだけれど……。


「…………」


 フィフィーは感じていた。

 分かっている。


 嫌な予感がもうすぐそこまで近づいている。

 恐怖がこの場に駆け寄ってきている。


 自分はもう逃げられない。凶悪な存在に知覚されてしまっている。

 強烈な死の予感が全身を震わしている。


 たった今、急かすようにしてエリーをこの場から離れさせた。

 今ここに近づいてくる恐怖の存在に知覚されていなければ良いのだけれど……。


「あぁ、そうだ……」


 フィフィーはこのままではいけないことを悟る。

 自分は今、氷の魔剣アルマスベルを使って戦っている。


 しかしこれを使っても、今近づいてくる敵には絶対に打ち勝つことが出来ないだろう。

 そればかりか、負ければこの剣を奪われる。


 氷の魔剣アルマスベルは二対一式の神器だ。炎の魔剣フランブベルと合わせて使うことによって、真の性能を発揮する。


 今、炎の魔剣フランブベルはリックが所持している。

 リックもフィフィーもこの剣を使いこなすことが出来ず、二本同時に使えば暴走状態になってしまうので分けて使っていた。


 ……もしこの氷の魔剣が奪われてしまったら、この剣の真の力はずっと発揮されないことになる。


「…………」


 それはいけない。

 リックだったらいつか、この二本の魔剣を完全に使いこなすことが出来る。


 だから彼女は氷の魔剣を隠した。

 建物が崩れた瓦礫の下、絶対に見つからない場所にアルマスベルを隠した。


 そして代わりにそこいらに転がっている普通の剣を手に取る。

 強力な神器の力に頼れなくなるが、これが一番良い選択だと信じて。


「……なるほど、あの隠れ里の生き残りかな?」


 そして恐怖が現れる。

 白いフードに手の込んだ仮面をつけた男。無骨な大剣を持つ恐ろしい存在。


 盗賊団団長、ニコラウスだ。

 フィフィーにとって、先程の隠れ里で震えるほどの禍々しい恐怖を覚えさせられた男。


 それが彼女の目の前に現れた。


「…………」


 手を震わせながら、フィフィーは剣の切っ先を白フードの男に向ける。

 ニコラウスは口の端をにやりと歪める。

 仮面で見えなかったけれど。


「……いいね、若いのにとてもいい。将来がとても楽しみだ」

「…………」

「ここで殺してしまうのがとても惜しいな」


 ニコラウスはそう言うが、殺気を抑える様子はまるでない。

 フィフィーは分かっている。目の前の男は惜しいと言うが、自分の運命はもう決まっている。


「ふぅ……」


 彼女が息を抜く。

 この一連の戦いは自分の大負けだ。自嘲気味に笑う。


 隠れ里は守れず、ロビンのいる村も守れなかった。得た情報を味方に渡すことも出来なかった。

 出来たことと言えば、得た情報の一部を民間人に渡し、その子を戦場から遠ざけただけ。


 裏社会の構成員としては落第点のような出来だ。


 でも、死の淵で願う。

 出来たのはほんの小さなことだけけれど、それが何かに繋がってくれれば。

 何かほんの少しでも役に立てれば。


 ただそれを願った。


「…………」


 覚悟を決め、フィフィーは鋭い目つきで目の前の敵を睨む。

 剣を振りかぶる。

 闘志を極限まで高める。


「やああああああぁぁぁぁぁぁぁっ……!」


 そしてフィフィーは恐怖の存在に立ち向かった。

 自分の力の全てを、目の前の男にぶつける為。


 彼女の最期の戦いが幕を上げた。


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