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18話 ホモ騒ぎ、再び

【フィフィー視点】


 えー……?

 うそでしょ……?

 ここはただの騎士団の訓練所なんだけど? なんでこんなとこにあのお方が来ているのか……。


「皆さま、御機嫌よう。私はオーガス王国第四王女、イリスティナ・バウエル・ダム・オーガスと申します。以後、お見知りおきをお願いします。冒険者の方々はお久しぶりですね」


 銀色の髪の王女……イリスティナ姫がこんなところにやってきた。


 わたしたちは神殿騎士団との合同訓練の最中だった。家柄を重視する騎士団と実力を重視する冒険者ではそりが合わず、今まさに乱闘が起ころうとしていたところでイリスティナ様はやって来たのだ。


 喧嘩はいけませんよ、と姫様は言い、吹っ飛ばされたS級騎士の方へと歩み寄っていく。


「大丈夫ですか? ベルグワール様? お体は痛みますか?」

「ん……うぅ……、い、いや…………。って! イリスティナ様ですかっ!?」


 混濁していた意識が戻ったのか、その騎士はイリスティナ様を見ては驚いて佇まいを直そうとするけど、ダメージの為体がふらついてしまった。


「無理をなさらないで下さい、ベルグワール様。お聞きしましたよ? 貴方様は朝から体調を崩されて調子が出ないと」

「え……?」

「お大事になさってくださいね?」


 体調を心配された騎士の方が寝耳に水と言わんばかりの驚いた顔をした。そんな話してないし、聞いていないと訴えかけるような呆気具合だ。

 そんなS級騎士の反応を無視し、姫様は皆の方に振り向く。


「皆さま、ここ最近風邪が流行って体調が優れない方が多いと聞きます。今日の所は模擬戦は控えめにして、緩やかなトレーニングで済ませておいた方が良いでしょう」

「……あ、はい」

「……はい」


 皆がぽかんとしながら姫様の言葉に頷いた。頷くしかなかった。

 もちろんベルグワールさんは体調の悪そうな動きをしていないし、最近風邪が流行っているという話なんて聞かない。つまり姫様は逃げ場を作ったのだ。体面と誇りが大事な貴族に、体調が悪いからという理由を与え喧嘩をさくっと取り除いてしまった。


 ここまであっさりと毒気を抜かれると、冒険者たちも何も言えないし、何も言う気が起きない。


「……申し訳ありません、リック様。あなたの勝利の名誉を犠牲にしてしまいました」

「あ、いえ……あの戦いは別にいいですよ」

「感謝いたします」


 リックに近づいて小さな声でフォローをし、イリスティナ様の微笑みによって喧嘩の問題は解決した。

 その後、姫様は有力な騎士や貴族に囲まれ、たくさんの人と挨拶を交わしていた。


 流石だなぁ……。イリスティナ姫……。

 昔、子供の頃世間から、『城の中しか知らない王女』とか『世間知らずの無能王女』とか言われて批難されていたことがあった気がするが、このやり取りを見ているとそうは思えない。

 まぁ、庶民というのは貴族などの偉い人が嫌いなので、どんな優秀な人でも『無能王子』『無能王女』と悪口を言われてしまうのだが。


 つまりは人の噂など当てにはならないという事だ。


 しかし……、しかしだ……。

 わたしはエリーの正体がイリスティナ姫だと考えていた。そう考えると納得できることが色々とあるのだ。

 でも今、この場にエリーとイリスティナ様が両方いる。


 あれ……?

 わたし、盛大な勘違いをしていた……?

 あれー……? わたしの勘がビンビンにそうだって言ってたんだけどなぁ……?


 あれー?


「こんにちは、フィフィー様にエリー様。それと……初めまして、貴方の名は?」

「あ! はい! 私、アダムス家長女、ヴィオ・トラムス・ド・アダムスです! お会い出来て光栄です! イリスティナ王女殿下!」

「ふふ、そんなに固くならなくて大丈夫ですよ」


 おっと、考え事をしていたら王女様がわたしの前にやって来た。しまった、S級としてわたしから行かなければいけなかったのに。


「足を運ばせてしまい申し訳ありません。お久しぶりです、イリスティナ王女殿下」

「今回の依頼ではお世話になっております、フィフィー様」

「……いえ」


 (ひたい)から冷汗が流れる。どっちかというと、わたし、迷惑かけてんだけどなー……。禁断の書関係で。


「エリー様もお久しぶりです」

「こちらこそ、イリスティナ様」


 軽い。エリーの挨拶が軽い。言葉使いは丁寧だけど、軽い。エリー、全く緊張してない。

 エリー、めちゃくちゃ自然体だ。


「感謝します、イリスティナ様。うちの騎士団の不始末を尻拭いさせてしまって大変申し訳ありませんでした」

「あ、わたしも……冒険者たちを諫めて貰い感謝しています。S級のわたしが指導するべき筈でしたのに」

「いえいえいいのです、ヴィオ様、フィフィー様。この合同訓練回を企画したのは私なので……、寧ろ、私の配慮が足りなかったと反省しております」

「いえいえいえいえっ! 謝らないで下さい! イリスティナ様! 姫様に謝られることなんて1つもありませんっ!」


 わたし達はイリスティナ様を前にしておろおろと慌てふためいている。言ってみれば子供のケンカを王様に仲裁して貰ったようなもんなのだ。頭が上がる筈がない。


「うーん……やっぱり冒険者と貴族っていうのは相容れないものなのでしょうかね?」


 それなのにエリーは何でもないように水筒に口を付け、腕を組みながら話してた。態度が尊大という感じではないけれど、言葉使いも煮え切らないし気安い感じはある。


 ねぇ? いいの? エリー? それでいいの? いつもあなたもっと礼儀を尽くすべき相手には丁寧じゃなかったっけ? もっと緊張してもいいんじゃないかな?


「……イリスティナ様は何故この神殿都市に? こちらに来るとは伺っていなかったのですが……」

「はい、フィフィー様。私が発注したこの依頼のために、この教会の司教バルドス様と何度かやり取りをさせて頂いているのですが、その方にここで行われるパーティーにお誘い頂きまして……」

「司教様に?」

「はい。なので早めに都市に入って、冒険者たちの動向を伺わせて頂こうかと」


 なるほど。

 司教バルドス様とは初日にわたし達冒険者を迎えてくれた聖職者様だ。この神殿都市を案内してくれた人で、冒険者とポスティス教会の連絡役である。


「じゃあ暫くこちらに?」

「はい。皆様と同じホテルに泊まらせていただきます。宜しくお願いしますね?」

「はい」


 わたしはにこっと微笑んでいい返事を返すが、内心冷汗をかいていた。良かったー、BL本騒ぎ終わった後でー……。


「という訳で今日の合同訓練の視察が出来たわけですね」

「あー……、すみません。騎士団の悪い風潮がありありと出てしまって……」

「いえ、貴族が家柄を大事にするのは勿論悪い事ばかりではありません。誇りと責任は繋がっているものですから」


 姫様はそう言ってヴィオをフォローするけど、同時に心配そうな顔をしていた。ヴィオに顔を近づけ、小声で話す。


「ですが……、まさか騎士団のランクがほとんど家柄に基づいているとは私も知りませんでした……。冒険者たちの乱暴な態度にも問題はあるのですが、そこは前から把握していたので……。

 あの、ヴィオ様……失礼ですが、騎士団の方は大丈夫なのでしょうか? ちゃんと機能されてますか?」

「だ、だだだ、大丈夫です! はい! い、いえっ! ちょっと大丈夫じゃないですが……、訓練の本番はこれからなのでっ……!」

「ん? 訓練の本番……?」

「どういう事でしょうか? ヴィオ様?」


 イリスティナ様とエリーが揃ってきょとんと小首を傾げた。


「はい。もちろん貴族の中にもやる気に溢れ立派な人間は多くいます。そういう者はこの後の自由鍛錬時間でしっかりと訓練をするのです。やる気のないお飾り騎士はこの自由時間は帰って遊んでしまうので」

「つまり……全員が全員怠けている訳ではないと?」

「こっちが本当の訓練と言っても差し支えないですね。少なくない人数が集まりますよ?

 ……って、この現状を見られた後で偉そうに言えることではないのですが……」

「あっ、いえいえ。責めている訳ではないのです」

「別にヴィオが悪い訳じゃないしさ」


 イリスティナ様とエリーのフォローでヴィオの頬が少し赤くなった。照れ臭かったのと気恥ずかしいのが混じっているのだと思う。


「ですが、もし何か手伝えることがありましたら遠慮なく仰って下さいね? ポスティス教会は我が国の大事な国教。その騎士の為ならばなんでも力になりますよ?」

「あ……ありがとうございます! 姫様っ!」


 ヴィオの顔がとても嬉しそうに……、しかし、少し困ったように笑っていた。

 気持ちは分かる気がする。身内の恥を姫様に泣きつくわけにはいかないのだ。だから、「遠慮なく仰って下さい」と言われ嬉しいのだが、当然遠慮なく言える訳なんてない、という複雑な感情だった。


 まぁ、そんな事姫様に直接言える訳ないけどさ。


「……イリスティナ様、そうは言っても普通、姫様に『遠慮なく』なんて出来ないと思いますよ?」

「エリーーーッ……!?」


 みんなの気持ちを代弁していたが、エリーはとても余計なことを言った。今まさに『遠慮なく』物を申していた。

 姫様はぽかんとしていて、わたしはエリーを羽交い絞めにした。


「すみません! すみません! 姫様! わたしの友達が無礼なことをっ……!」

「えぇっ!? いやいや! そこまででもないでしょ!? 僕、今のそんなに無礼じゃなかったよねっ!?」

「真実を突いている分、(タチ)が悪いのっ! もうっ! エリー! いつもは礼儀正しいのに……! なんで姫様に限って、そんなに気易いのよっ……!」


 なんで最も丁寧に接しなぎゃ王女様にそんなに軽く注意が出来るのっ!? いつもはこの子礼儀正しいのにっ! いつもはこの子礼儀正しいのにっ……!


「エリー! クラッグさんに毒され過ぎだよっ!」

「え゛ぇ゛っ!? 嘘でしょっ!? やめてよっ!? 僕、あいつに毒されてるのっ!? やだっ!? 嘘っ!? すっごくショックなんだけどっ!?」


 クラッグさんの名前を出したら、エリーが本当に衝撃を受け、ショックに愕然としていた。


「あー……、確かに、クラッグ様に似てきたなんて言われたら立ち直れませんね……」


 イリスティナ様にまでそう言われるなんて……。クラッグさん……、あなたはわたしの思っているよりも大物なのかもしれない……。


「うっそだろ……」


 エリーがそう呟き、悲壮な表情を顔に張り付けていた。


 ……そんな時、わたしたちに近づいてくる人影があった。


「……ん?」


 こつんこつんとわざとらしく床を踏み鳴らしながら、贅を凝らした衣服に身を包んだ小太りの男性が近づいてくる。


「……ふん、下賤なネズミがこの崇高な神殿に紛れ込んでいるな!」


 突として近づいてきたその男はわたし達を……主にエリーを見下すように顎を上げ、厭味ったらしく大きな声でそう言った。


「あれ?」

「この人……」


 この人はいきなり近づいてきて、なんだろう? ……と思ったけど、あれ? どこかで見たことあるぞ?


「よくもまぁ、恥ずかし気もなくこの訓練に参加できたものだ! なぁ! Dランクの底辺冒険者如きがなぁ!」

「あ……、この人、ドストルマルグ卿だ」


 そう声が漏れた。

 ドストルマルグ卿……。あれだ、王城でレッドドラゴンの討伐記念祭が行われた時に、クラッグさんに突っかかっていた人だ。Dランクの冒険者は虫けらみたいな底辺だから、イリスティナ様に近づくんじゃない、みたいなことを言っていた人だ。


「……まーた、あなたですか……」

「ドストルマルグ卿? あなた、神殿騎士だったんですか?」

「あーん? エリーと言ったか? この小娘……。公爵である私に気安く話しかけるとは、舐めているのかぁ? Dランクのドブネズミ如きが?」


 あぁ、今度はエリーがターゲットなんだ……。


「あのー……、ドストルマルグ卿? その方は私の雇っている冒険者なので、ご容赦頂けないでしょうか……?」

「イリスティナ王女殿下、私は貴方のためを思ってこの下賤の輩を排除しようとしているのです。あなたのような可憐なお人が、こんな汚い乞食のような女と話をしては我らの神聖な血が汚れてしまいます」

「ゆ……勇敢ですね、ドストルマルグ卿……。エリーのことを乞食と言えるなんて……」

「ん? どういう事でしょう? イリスティナ様? Dランク冒険者なんて乞食と同じでしょう?」


 ん? なんでイリスティナ様が慄いているんだ? なんか、クラッグさんが侮辱された時とは反応が違う?


「ド……ドストルマルグ卿! お止め下さいっ! エリーは私の友達ですっ! 失礼ですが、お引き取り下さいっ!」

「そうです、ドストルマルグ様。冒険者を愚弄するのなら、わたしが相手になりますよ?」

「2人共……」


 ヴィオとわたしは制止の声を発した。公爵に意見することを恐れているのか、ヴィオの体は震えている。それでもぐっと力を入れ、エリーのために強く公爵に意見していた。

 私だってエリーがバカにされるのは許せない。


「いえいえ、子爵とはいえ貴族のヴィオ様と冒険者とはいえS級のフィフィー様には何も言っていないのですよ、私は。

 ただ……コネか何か知りませんが、何の家柄もない、何の成果も出していないゴミ屑がこの国の宝のように美しく優秀なイリスティナ様に近づくのが許せないのですよ、私は。……なぁ? そこの恥知らずのドブネズミ?」

「……ねぇ? 僕ってこの場合、コネになるのかなぁ……?」

「……さぁ?」


 何故かエリーとイリスティナ様が目を見合ってよく分からないことを言っていた。わたし達は彼に怒りを覚えているのだが、何故かエリー本人はとても呆れた目で彼を見ていた。


「大丈夫ですよ、イリスティナ様。高貴で花のように美しい貴女に近づく下賤なウジ虫は私が排除して見せますからね?」

「あ、あのー……、そこまでにしといた方が……」

「この底辺の冒険者めっ! イリスティナ様に近づくなっ! 権力者と男に媚びへつらう事しか能のない、この醜女がぁっ……!」

「君ってさ、凄いよね?」


 彼の言葉は聞いているだけで怒りの炎が込み上げてくるのだが、肝心のエリーが飄々としているため、なんかわたしもヴィオも呆気に取られている。

 イリスティナ様に至っては何故か、あちゃ~~~……という微妙な困り顔をしている。


 なんだろう……、この微妙な空気……。


「あの……ドストルマルグ卿……? 僕は怒ってないから、そろそろ帰った方がいいと思うよ……?」

「はぁっ!? なんで貴様のようなドブネズミに怒られねばならんのだっ!? この神殿から出ていくのは貴様だっ……!」

「だって……」


 その時、何かがドストルマルグにぶつかった。


「会いたかったぞーーーーーー! この貴族のクズぅぅぅぅーーーーーーー!」

「がはっ……!?」


 ぶつかったという表現では生ぬるい。突撃した。彼は突撃され抱き着かれた。

 ドストルマルグに突撃したのは焦げ茶のクラッグさんだった。そのまま2人は地面をゴロゴロと転がりながら、く、くんずほぐれつしていた……っ!


「よぅ! 久しぶりだな! この屑!

 あー! お前がいると安心するわー! 貴族って汚いものだと再認識できて! あー! 貴族ってほんと最低だなっ! お前、名前何だっけ!?」

「ま!? また、貴様か!? ええい! 放せっ! 最低なのは貴様の方……、ひゃっ!? どこを触っている……!?」

「あー! 醜い! ほんと醜い! ほんと貴族って最悪だよなー! お前、さっきエリーになんて言ってたよ? 女性のことを男に媚びへつらう奴だなんて言うの、まじセクハラだからな?訴えられても文句言えねえからな? あー! もう、ほんと貴族ってサイテー!」

「や!やめ……!? しがみついてくるなっ……!? ひゃんっ!? は……、放せぇっ……!?」


 周りは水を打ったようにしんとしている。

 目の前の凄惨な現状にただ口を開けて固まっているだけである。冒険者たちは同じ光景を1度見ているはずなのだが、こんな男と男が抱き着いている光景、1度じゃ見慣れる筈がない。


 そう、こんな光景……こんな光景……。


「じゅるり」

「じゅるり」

「おい、こら、フィフィーにヴィオ。自重して自嘲しなさい」


 エリーに怒られた。


「や……! やめっ……!? ほんとやめろぉっ……!? だ、誰か助けろ……! た、助けて下さ……、あ!? あんっ……!?」

「ここか……? ここがええんかぁ……?」

「ひいいいいぃぃぃぃぃっ……!?」


 が……眼福である……。眼福であるっ……!

 これは、目にしっかりと焼き付けておかねば……! 記憶に永久保存しておかねば……! あぁ! 神よ! 感謝します! この神殿都市の大神殿の内部で、神に感謝しますっ!

 祈りを捧げますっ……!


「フィフィー……! やったなっ……!」

「うん……! ヴィオ! やったねっ……!」

「……あなた達ねぇ」


 エリーとイリスティナ様によく似ているじとっとした目で見られた。


「アッーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 大神殿に悲鳴が轟き、今日も焦げ茶さんは貴族に勝利した。


またホモだよッ!?

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