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186話 燃え盛る隠れた拠点

 炎が爆ぜる。

 日が沈み、夜が訪れる前の一瞬の時間、ほとんど姿を隠した太陽が閃光のような朱色を輝かせ、空の闇が一秒ごとに深くなっていく時のことであった。


 とある小さな隠れ里が炎に包まれていた。


 ここは『ジャセスの百足』の拠点の一つで、人から発見されにくい場所に作られた小さな隠れ里であった。

 ロビンのいる村のように、普通のどこにでもあるような村に擬態した場所ではなく、結界を掛けて完璧に人の目から逃れるようにして出来た里である。


 ロビンのいる村を陰ながら支援し、周辺の土地の管理、監視、情報収集を主な仕事とした拠点であった。


 その里に、突如として『アルバトロスの盗賊団』が攻め入ってきた。


 白いフード付きのコートを着込み、顔に仮面をつけたアルバトロスの盗賊団の構成員と、その手下の怪物オブスマンが里に乗り込んでくる。


 小さな拠点とはいえ、『ジャセスの百足』は実力者揃いの精鋭集団だ。

 雪崩れ込んでくるオブスマンの群れを退けるだけの戦力は揃っていた。


 しかし、攻撃の為に揃えられたアルバトロスの盗賊団の構成員には敵わなかった。


 特に致命的だったのが、たった一人のアルバトロスの盗賊団の人間。

 他の者より少し手の込んだ造りになっている仮面を被り、手に無骨で装飾の無い大剣を握っている男だ。


 ほとんど彼一人の力によってこの隠れ里は壊滅した。

 その男の名はニコラウス。

 この国の第一王子で、この盗賊団の団長を担っている男だ。


 百足の構成員は最後までその事実に気付けないまま彼に斬られていった。


「…………」


 小屋の倒壊に巻き込まれ、フィフィーが瓦礫の下に埋もれていた。


 フィフィーはちょうどこの時期、この拠点に常駐の構成員として本部から派遣されていた。

 若きエリートではあるが、まだ11歳という幼さからそのメンタル面を考慮し、彼女の地元近くの拠点を仕事場とさせたのが仇となった。


 フィフィーは瓦礫の下で息を潜める。

 傷は浅くはない。しかし、致命傷とは言えないダメージであった。里全体に火の手が上がっているが、自分の所にまで火が回ってくるまでにはまだ若干の余裕があることを冷静に判断する。


 戦いの早い段階で建物が倒壊し、それに巻き込まれたのがある種功を制していた。

 敵はまだフィフィーの生存に気が付いていない。


 フィフィーは息を潜める。

 呼吸を出来るだけ小さくし、心臓の音さえ響かぬよう全身をコントロールする。

 命ある者としての存在感を出来る限り小さくしていた。


「…………」


 もしかしたら自分のように、まだ息のある者がいるかもしれない。

 しかし、ここで外に飛び出すのは愚の骨頂。

 里の中をうろちょろしている敵に殺されるだけだ。


 自分に出来ることは何もないのだと、悔しい思いを胸の中で噛み殺し、ただじっとする。


 彼女は今の状況を、そう理解している。

 いや、そう理解させられていた。


 正体の分からぬ仮面の男。

 ニコラウスによって。


 その男の立ち姿だけで、彼女の胸の中に禍々しい恐怖が染み込んでくる。

 フィフィーは今まで苛酷な訓練や任務を何度もこなしてきたが、それらの経験を軽くぶち破ってしまうかのような存在感を放っている。


 自分の団長や副団長よりも悍ましい気配が、その男の全身からありありと溢れ出ている。

 本当はその恐怖からこの場で涙を流し、ガタガタ体を振るわせたかったが、そういう訳にもいかない。


 恐らく少しでも体を動かしてしまったら、自分の存在はすぐにバレる。

 建物の下敷きになり、どんなに見え辛い場所にいたとしても、すぐにこの男はうちを見つけ出してしまうだろう。


 何も出来ず、何もしないのが最善と考え、フィフィーはただ息を潜め続けた。


「報告します。このポイントでの作戦は終了、他のポイントでもほぼ全て作戦は終了いたしました」

「うん、ご苦労」


 白フードを着たジャセスの百足の構成員がニコラウスに報告を告げる。

 その声をフィフィーは陰ながら聞き取る。


「残っている作戦はブロムチャルド城だけです。土地も人の数も多いので、作戦完了まではまだ時間が掛かる予定となっております」

「うん分かってる。よろしく頼むよ」


 ニコラウスは抑揚のない声で報告に言葉を返す。

 敵の作戦は順調。一体何が目的なのか分からないが、フィフィーはそれを理解する。


 ……いや、想像は出来る。

 この土地にはジャセスの百足にとってとても重要な秘密が隠されている。


 ロビン。

 自分の義妹。


 ぎゅっと歯を噛み締めたいが、そんな小さな挙動すら今は憚られた。


「ブロムチャルド城の周辺はかなり人が多いからね、皆殺しはちょっと難しいかもね。多少は逃げられてもしょうがない。でもリストにある貴族はしっかり殺してね」

「はっ、分かっております」

「あぁ、多少は逃げられてもしょうがないって言ったけど、それでも9割9分くらいは殺してよ?」

「かしこまりました」


 淡々と悍ましいやり取りが為されていく。


「全て終わったら予定通り『天蓋の世界』で集合ね」

「はっ! 了解です!」

「じゃあここでの作戦も終わりってことで」


 軽い足取りでニコラウスがこの場を離れていく。

 アルバトロスの盗賊団の構成員も撤収を始めていく。


「…………」


 フィフィーはまだじっと息を潜め続ける。

 あの男たちが絶対に自分の存在を気付けなくなるその時まで。

 慎重に慎重に、ただじっと時を待ち続ける。


「…………」


 里を焼く炎が広がっていく。じわじわと自分の所へと迫ってくる。

 しかしフィフィーは慌てない。

 炎が迫る恐怖など、先程の男の立ち姿に比べれば何ともない。


「……よし」


 ただ期を待って、待ち続けて、やっとフィフィーは行動を開始する。

 男たちの気配は完全に去った。周りにはまだ紫色の怪物がいるけれど、そいつらから逃れるのはなんとでもなる。


 まずはロビンのいる村へ。

 ジャセスの百足にとっての最重要、叡智の王、義妹の下へ。


 もしかしたらまだこの隠れ里に生き残りがいるかもしれない。

 しかし、その人たちを見殺しにしても、百足の団員としてやるべきことが存在した。


 燃え行く里を後にして、フィフィーは走る。

 一目散にロビンのいる村へと向けて駆け抜けていった。


 アルフレードがこの里の存在を見つけたのは、それから少し後のことだった。


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