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184話 大喧嘩

「え? ニコラウス兄様が来ていない?」

「は、はい、この都市に来訪されるという話は伺っておりませんが……」

「…………」


 第二王子アルフレードは困惑していた。

 それはとある都市でのことだった。ニコラウスが来訪を予定していた場所にそのニコラウスが来ていないというのだ。


 公務のため、王族たちは様々な土地に足を運ぶ。

 いつ誰がどこに行っているか、スケジュールは細分化されており、その全てを把握することは難しい。


 しかしアルフレードは家族全員のスケジュールを全て頭の中に入れており、自分自身も公務で地方に出向いた帰り、そういえばこの近くの都市をニコラウス兄様が訪問される予定だったよな、と思い出し、そこに寄ったのだった。


 しかし、結果としてニコラウスはその都市にいなかった。

 予定表と行動がずれている。都市の人間に聞いても、第一王子ニコラウスがここを訪れる話は聞いていないという。


「…………」


 アルフレードは考える。


 ニコラウス兄様の予定表にあった公務の内容は簡単な視察。重要度は低く、誰か大切な要人と会談するなどといった内容ではなかった。


 例えば、予定表には『視察』とだけ入れて、この都市の人間に連絡など入れず、自分は別の場所に向かったとしてもその行為はバレにくいだろう。

 バレるとしたら今の自分のように、実際にこの都市に足を運んで話を直接聞く以外にない。


 兄様が別の場所で何かを企んでいる?

 アルフレードは疑心を覚える。


「…………」


 しかし、やり方が兄様にしては荒い。

 こんな簡単に尻尾を掴めるような痕跡を残すなんて。


 アルフレードはニコラウスが何か裏の顔を持っているのではと疑っているが、それも半信半疑である。

 確たる証拠など無く、小さな状況証拠を何とか積み上げて推理した疑念であった。


 彼は考える。


 そうせざるを得ない理由があった?

 何か大きく事が動こうとしている?


「……取り敢えず行動してみっか」


 アルフレードは足を動かす。

 向かう先は薄い疑念の中で一番何かありそうな場所、ブロムチャルドの城だ。

 もしそこに兄様がいるのなら、何かがあるのかもしれない。


「それに……」


 アルフレードは小さく呟く。

 彼は最初からブロムチャルドの城を次の目的地にする予定だった。


 可愛い妹を苛める奴を懲らしめてやらないといけなかったのだ。




* * * * *


「いえ、ニコラウス様はこちらにはいらっしゃいませんが……?」

「ここに来ていると思ったんですが……違いましたか?」

「はぁ……」


 そうしてアルフレードは超人的な身体能力を使い、たった半日でブロムチャルドの城を訪れたが、結果は空振り。

 この城に勤めるメイドに話を聞いてみたが、ニコラウスはこの場所に来ていないという。


「ふむ……」


 アルフレードは顎に手を当てて考える。


 実はアルフレードが疑念を感じている場所はここの他にいくつかある。

 ニコラウスが通常よりも大きな金額を支援金として出している場所、ニコラウスの有力な支持者が不自然に権力を大きくし始めている場所など、疑わしい土地はこの場所の他にもあった。


 それはニコラウスが用意していたダミーであったのだが、アルフレードはそれに気付くことが出来ない。

 一番何かを感じる場所として、このブロムチャルドの城を訪れていた。


「…………」


 ここにいないのなら、他所に行くか?

 それとも全部自分の勘違いで、本当は何も起こっていないのか?


 アルフレードは悩む。


「……ちなみにメイドさん、聞いておきたいんだけど、この城で何か変わったこととかあった?」

「変わったこと、ですか?」

「そう、どんな小さなことでもいいからさ」


 彼の質問にメイドが少し考え事をするが、すぐに返事が返ってきた。


「そういえば、昨夜領主様が急用があるって言って慌ただしくこの城をお出になったらしいですね。あまり人を連れず、すっと」

「急用?」

「えぇ、夜のうちに」


 メイドが小さく頷く。


「ふむ……」


 アルフレードは首を傾げる。

 そして言葉を続ける。


「あとそれともう一つ質問。こっちの方が重要な質問なんだけど……」

「なんでしょう?」

「法律家のシャウルアルカス様って、まだこの城に滞在してる?」


 アルフレードはそう聞いた。




* * * * *


「イリスティナ王女なんて死んじゃえばいいんだっ!」


 ロビンのその一言で、大喧嘩が起きた。


「偉い奴なんてみんな最低だっ! 貴族も王族も皆死んじゃえばいいんだっ! エリーもそう思うだろっ……!?」

「ひどいっ、ひどいですっ! ロビン! なんでそんなこと言うんですかっ!? 最低です、ロビン、最低ですっ……!」

「エリーのバカっ! なんで分かってくれないのっ!? 僕たちは……! ずっと偉い奴らに苦しめられてきたじゃないかっ……! 大人は皆そう言ってるよっ!」

「バカ! バカバカバカっ! ロビンのバカ! 大っ嫌いっ……! バカバカバカっ!」

「エリーの方がバカだ……! バカバカっ! バカバカバカっ!」


 ロビンとエリーがお互いの胸倉を掴み合い、罵り合いながら叩き合っている。

 二人して泣きながら、土にまみれ、引く訳にはいかない喧嘩を起こしていた。


「頑張ったのに! イリス、頑張ったのにっ……!」

「貴族は……! 王族はっ……! いつも僕たちを苦しめてきたじゃないかっ!」


 そのケンカは税金の法律がきっかけとなっていた。


 今日、ブロムチャルド城の周辺の村々に新たな法律が公布された。

 減税に関する法律で、苦しい生活をしているこの村の為にイリスが一生懸命勉強して打ち立てた法律だった。


 しかし、この法律には穴があった。

 結果として、この法律はより民衆を苦しめる法律となってしまっていた。


 イリスは利用されていた。

 民衆を楽にしてあげたいと彼女は願い、減税の法律を打ち立てたが、その相談役の貴族の法律家が抜け穴を意図的に用意していた。


 無学な村の民なら騙されていたかもしれないが、ここはジャセスの百足が裏で管理している村だ。

 その法律の穴に気付けるのは当然であった。


 結果、民の批判はイリス王女にも向く。

 この法律の原案を作成した人物として彼女の名が上がっていたからだ。


 王女の名が出されてはこの法律を表立って非難するわけにはいかない。

 村の人間たちはぐっと歯を噛み締める。


 そこで、ロビンは声を大きくして言った。

 イリスティナ王女なんて死んじゃえばいいんだっ!


 エリーは泣いた。

 泣いてロビンに掴みかかった。


 譲ることの出来ないケンカが起こる。お互い叩き合って、泥だらけになって、涙を流しながら必死に相手を否定する。


 周りの大人たちが困惑する。

 ケンカさせたまま放置するわけにもいかないので、二人を力づくで引き剥がし、暴れる二人を何とかして抑えようとしていた。


「死んじゃえなんて言うなんて、ロビンは最低ですっ……! 死んじゃえなんて言う人の方が死んじゃえばいいんだっ……!」

「……!」


 エリーは叫ぶ。


「ロビンなんて死んじゃえばいいんだぁっ……!」

「……っ!?」


 そう言って、彼女はその場から走り去った。

 逃げ帰る様にその村を後にする。


 途中、エリーは振り返る。

 ただぽろぽろと涙を流すロビンの姿がそこにあった。


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