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183話 宴の始まり

 とある城の一室。

 明かりも付けない暗い部屋の中、ニコラウスがただぼんやりと突っ立って窓の外の景色を眺めていた。


 ここはブロムチャルド家の城の中。

 城の外には建設中の建物が並んでおり、街を作っている過程を鑑賞することが出来る。

 か細い星の光る暗闇の中にかがり火を灯し、ブロムチャルドに雇われた人間たちが苦しそうな顔をしながら夜の時間もせっせと働いている。


 この城は今まさに建設されている最中の城だ。

 城の全体の半分ほどしかまだ完成しておらず、多くの人員を動かして日夜忙しなく城を作っている。


 その城はまさに貴族の道楽と言っても良いものだった。

 立派な自分の城を持ちたい、というブロムチャルド氏の単純な願いからこの街の建設が始まった。


 地価の高くない片田舎に街の建設を開始し、多くの税金を投入して城の建設に励んでいる。

 街や道路を建設すれば人が集まり商業も盛んになり、すぐに資金を取り戻すことが出来るというのがブロムチャルドの論旨であるが、特に用もない土地を整備しただけで経済が回るなんてニコラウスは思っていなかった。


 見通しの甘過ぎる都市計画。

 この街はすぐに借金まみれになって寂れるだろう、と彼は予想していた。


 しかしニコラウスは周囲に対して愚か者を演じている。

 裏で『アルバトロスの盗賊団』の団長として活動しており、表では無能の王子として民衆の目を欺いている。


 だからこのブロムチャルド家の城及び城下町の建設計画に反対意見を述べず、むしろ積極的に肯定することで愚か者アピールを行った。

 内心でブロムチャルド氏のことをバカにしつつ。


 そして、あまり用の無いこの城の視察に初めて来た時、ニコラウスは驚く。

 遠くから力の匂いを感じたのだ。


 城の窓の外には草原と山がどこまでも広がっている。

 自然しかない辺鄙な田舎。


 しかし、いる。

 ここからそんなに離れていない場所にずっと探し求めていた力がある。


 『叡智の王』が、山の中のどこかにいる。

 ニコラウスはそれを肌で感じ取っていた。


 この城の中からは見えないが、四方の山の中には小さな村が点々とあるらしい。そうブロムチャルドはニコラウスに報告していた。

 なんの特徴もない貧乏人たちの村ですので、王族であるニコラウス様が気になさる必要はございません。


 ブロムチャルドは笑いながら下々の者をバカにして、この男は心底バカだなと思いながらニコラウスは強く鳴る自分の心臓の鼓動を必死に抑えていた。


 この出会いは全くの偶然。

 この近くに『叡智の王』がいる。

 愚かだと思っていた城の建設にニコラウスは感謝した。


 それから彼は慎重に慎重を期して行動する。

 この周辺のどこかの村に『叡智の王』がいる。何の変哲もない村に偽装し、叡智の力を隠す村がどこかにある。


 調査をしなければならないが、焦ってこちらの行動を悟られ、叡智の王を別の場所に移されたらたまったものではない。


 これは偶然による発見。幸運は大きく自分に傾いている。

 ニコラウスは一年以上の時間を掛け、ただひたすら慎重に周辺の土地の様子を探っていた。


「…………」


 そして、その調査が終わりを迎えようとしている。

 建設が進み、大きくなっていった城の一室から、ニコラウスは様変わりした外の様子を眺めていた。

 明かりも付けない部屋の中で一人、ニコラウスは不敵に笑う。


 やっと、やっとだ。

 長年待ち続けた宿望が、もう手の届くところに来ようとしていた。


「し、失礼いたします」

「ん?」


 そんな時、部屋の扉がノックされる。

 扉が開き、中に入ってくるのはブロムチャルド氏であった。


「へへへ、ニコラウス様、いつも御贔屓にして下さってありがとうございます。どうですかな? この街の様子は」

「……あぁ素晴らしいよ、ブロムチャルド氏。この街は必ず大きく発展するだろう」

「へへぇ、ありがとうございます」


 ニコラウスは思ってもいないことを言った。


「それで、どうかしたかな?」

「それで、その……言い難いのですが資金の方の集まりが悪くてですね……」

「…………」


 ブロムチャルドは卑しい笑みを見せる。

 媚びるような、それでいて目の前の人間をバカにする気持ちをなんとか隠すような笑顔であった。


「その、ニコラウス様もうちの城内の者を愛人になされて楽しまれているようで、それはとても結構なことなのですけど……」

「…………」

「ご支援いただけないと、その、私の口も軽くなってしまう次第でございましてね? それは私もニコラウス様もお心苦しいでしょう……?」


 ニコラウスはこの城を何回も視察する裏の理由を、この城に愛人がいるからということにしていた。

 本当の理由を隠すための取って付けの理由。

 ちょっと後ろめたいくらいが丁度良く、実際に女性に手を出している為全くの嘘でもない。


 ただ、そのことに対して彼はブロムチャルドから金をゆすられていた。

 勿論彼は愚か者を演じているので、苦しそうにしながら言われるがまま大きな金額を払っている。


「そうだ、ニコラウス様、他の女をもう2~3人紹介しましょうか? それでお心づけに色を足して頂けましたら……。ニコラウス様はもっと楽しめる、私は資金の上で助かる。どちらにも利益のある提案だと思うのですが」

「…………」

「ど、どうでしょう……?」


 ブロムチャルドが上目遣いでニコラウスのことを見る。

 利用できるバカ王子。彼のことを侮りながら厭らしく笑っていた。


 ニコラウスが穏やかな笑みをこぼす。


「ブロムチャルド氏、君には本当に感謝をしている」

「ほ?」

「この城は素晴らしい城だ。心からそう思う。君がいてくれて良かった。僕は本当にそう思っているよ」

「へ、へへ……」


 そう言いながらニコラウスはブロムチャルドに近づき、親しみを込めながら彼の肩をぽんぽんと叩く。


「心躍る一年だった。人生で最も充実していた一年だったと言っても過言じゃないだろう」

「そ、そんなに城の女が気に入りましたですかい?」

「でも、そんな時間もそろそろ終わりなんだ……」

「え……?」


 ニコラウスがゆっくりと口を閉じる。

 ゆっくりと腕を動かす。ブロムチャルドはきょとんとしている。ニコラウスは人当たりの良さそうな笑みを浮かべたまま、肩を叩いていた手を下ろす。


 ―――そして、ニコラウスがブロムチャルドを串刺しにした。


「へ……?」

「…………」


 薄汚れた無骨な大剣がブロムチャルドの腹を貫通している。

 いつの間にかニコラウスの手には大きな剣が握られており、それがブロムチャルドの体を貫いていた。


 明らかな致命傷。

 いくつもの臓器が破壊され、最早助かる見込みなどなくなっていた。


「え……? あ、あ……なんで……?」


 自分のことなのに、まるで何も分かっていないかのようにブロムチャルドがきょとんとした表情を見せている。

 あまりに急に、あまりに自然に剣を差され、何が起こったのか彼にはよく分からなかった。


「ぐ、ぐふっ……」


 ブロムチャルドの口から血が吐かれる。

 体から力が抜け、倒れそうになる。しかしそんな彼の体をニコラウスが優しく抱き留め、支えていた。


「ほら、周辺の村が奇妙な魔物に襲われたというのに、この城下町だけ襲われないというのもおかしな話だろう?」

「……? ……?」


 ニコラウスが小さな子供にものを教えるかのように静かな口調でブロムチャルドに語り掛ける。

 でもその声色はあまりに冷たかった。


「でも、いいだろ? この城下町が完成したって何の利益にも繋がりやしない。もうこの城の役目は立派に果たしたのさ」

「あ……あっ……」

「それにね……」


 ニコラウスが口をブロムチャルドの耳に近づける。


「……私は下品な男が嫌いなんだ」


 そう囁き、大剣を乱暴に引き抜いた。


 ブロムチャルドが血を撒き散らしながら床に崩れ落ちる。

 もう一言も発しないまま、彼は絶命した。


「さぁ、始めよう……」


 床に転がる何の価値もない死体に興味など無く、ニコラウスはまた窓に近づいて外の様子を眺める。


 まだ誰も気付いていない。

 今、この土地を支配する主が死亡したことに。

 この城で起こった凶行など全く気付かぬまま、領主の命じるまま町と城を作り続けている。


「宴を……」


 ニコラウスは山のとある一点を眺めている。

 その山の陰に隠れるようにして、とある村がひっそりと生活をしている。


 その村に潜む巨大な力を、まるで恋をした少年のような熱のこもった目でじっと見つめていた。


「偽りの神様の宴を……」


 窓に手を当て、熱い息を吐きながら呟く。


 まだ誰も気付いていない。

 これから起こる、大きな惨劇に。


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