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179話 妹たち、語る

「でさー、うちの兄ちゃんが全然構ってくれないんだよねー」

「そうなんですか?」


 とある洞窟の中、イノシシの干し肉をかじりながらロビンとエリーが雑談をしている。


 ここはロビンの住む村の一角であった。

 エリーは一度この村を離れ帰郷したのだが、その半年後にまたこの村を訪ねていた。勉強ややるべきことを必死で頑張りなんとか時間を作り、また友達に会いに来ていた。


 友達との再会に、ロビンもテンションが上がっている。


「そうなんだよ。この村を離れてあっちに行ったりこっちに行ったり。全然帰ってこないし、帰ってきた時に外の話が聞きたいって言っても、仕事の話は聞くなって一点張りでさぁー。……まぁ、最近は前よりもちょっと帰ってきてくれるんだけどさー」

「ロビンのお兄さんって、このイノシシを狩った人ですよね?」


 この洞窟の中には高さ20mを越える超巨大なイノシシの死体があった。

 その肉が氷の魔術によって冷凍保存されている。


 この村の貴重な食糧となっている。巨大な氷がこの洞窟内に配置され、この場所全体が大きな氷室として利用されていた。


 300年ほど生きてきたというこの超巨大なイノシシの怪物を仕留め、食料として持ってきたのがロビンの兄なのだと言う。


「気が付かなかったんですけど、ロビンのお兄さんって、私会ったことあります?」


 この村で遊んでいる最中に見掛けたりしているのだろうか、とエリーが疑問に思う。


「いや、ないよ。兄ちゃん、全然この村に帰ってこないから」

「ロビンのお兄さんってどんな人です?」


 エリーが聞く。


「う~ん……ぶっきらぼう? ちょっと怖い感じで、クール、かなぁ」

「ほうほう」

「人嫌い、って感じであんまり構ってくれないの。人と壁があるっていうか、あんま甘えさせてくれない感じ」

「あんまり良くない人なんですか?」


 ロビンの口から否定的な情報が出てきて、エリーが首を傾げる。

 しかし、ロビンが兄の事を嫌いという訳ではなかった。


「ま、まぁ……そんな感じがちょっとかっこ良かったり、しなくもない、かなぁ……?」


 ロビンが頬をほんのり赤く染めながら、そっぽを向いてそう言う。

 正面切って兄を褒めるのは恥ずかしかった。


「あ、あとね、超強い! 前に友達皆で一斉に稽古して貰ったんだけど、全然攻撃当たらないし簡単に一蹴されちゃったの! めちゃくちゃ強いし、その強さで外で冒険者やってるんだって!」

「ほぅ!」

「うちのお爺ちゃんも、兄ちゃんは世界トップクラスの実力を持ってるって言ってるし、まだ僕にはよく分からないけど、強い人から見ても本当に強いらしいんだ!」


 ロビンが腕を大きく振り、若干興奮しながら話をする。

 男らしくありたいと思っているロビンからすると、身内の強さは誇らしいものがあった。自分もいつかああなりたいと思っている程である。


「このイノシシを倒したくらいですもんね……」


 エリーが化け物イノシシを見上げながら呟く。


「あ、でもね、兄ちゃんが強いと困ることもあって……、兄ちゃんが付けてくれる稽古がほんときっついんだぁ。本当に死ぬかと思うほど……」

「し、死ぬ……?」

「うん……。あまりに厳し過ぎて、周りが止めた程だもん。マジでヤバイ! マジでヤバイ! って。皆の優しさがなかったら僕、今頃死んでたかもなぁ……」

「へ、へぇ……」


 エリーの顔が引きつる。

 話をするロビンの顔が苦しそうに歪んでいたからだ。その稽古のことを思い出すだけでロビンの顔がやつれていく。


 その様子だけでその修業がどれだけのものか想像できて、エリーは恐怖した。


「まぁ、そんな不満のある兄でございます」

「…………」


 不満がある、と語りながらロビンの様子はとても嬉しそうであった。

 口で言うのは照れ隠し。本当は兄のことが好きである、という感情が透けて見えていた。


「ふーん……」


 その様子を見ながら、エリーがちょっと頬を膨らます。

 今、彼女の内にあるのは羨ましいという感情だった。


「……いいですね、クールな感じ。私もしっかりとした兄が欲しかったです」

「エリーのお兄ちゃんどんな感じなの?」

「私の兄様……兄さんは2人いますけど、どっちも何というか、ちゃらんぽらんって感じです」

「ちゃ、ちゃらんぽらん?」


 ロビンが首を傾げる。


「そうです……ちゃらんぽらんなんです! 上の兄さんは遊んでばっかだし、下の兄さんは私に悪戯ばっかしてくるんです! いちいち私を驚かせてきたり、ふらふらどっかに遊びに行ったり!」

「ふ、ふーん……?」

「周囲からもだらしないと非難の声が上がっているというのに、本人たちはまるで気にする様子は無いし……! もう、わざとやってるんじゃないかってぐらいですよ!」


 一方、エリーの方は本当に兄に不満を持っていた。

 上の兄はニコラウス、下の兄はアルフレードのことを指しており、両者とも周囲から辛辣な評価を受けている人物である。


 この国の貴族たちは王家の人間を持ち上げ、過度に称賛する傾向にある。そうしなければ出世が出来ないからだ。

 しかしその傾向にある国家であっても尚、この2人は辛い評価を受けている。それだけニコラウスはだらしなく、アルフレードは異端児として知られていた。


「本当に王ぞ……げふんげふん、大人としての自覚が足りないんですよ! 私よりもずっと年上なのに、私の方がしっかりしているくらいですよ!」

「エリー、怖い怖い」


 イリスティナは王族らしい王族と言えた。

 学業で高い成績を収め、王家の行事を粛々とこなしている。称賛される側の人間であり、非難を受け続ける兄2人がとてもだらしなく見えた。


 ただ、彼女はよく分かっていない。

 兄達がどんな活動をこなし、どんな業績を収めてきたのか、ちゃんと理解していなかった。


「構ってくれなかったりするの?」

「いえ、寧ろ下の兄はあっちからしょっちゅう構ってきてうっとおしいくらいです」

「ははは」


 ぷんすか怒るエリーに対して、ロビンは小さくはにかむ。


「僕としては、それがちょっと羨ましいかなぁ……」

「…………」


 尊敬できるけど構ってくれない兄と、尊敬できないけど構ってくれる兄。

 少しのないものねだりがそこにあった。


「……いや、でも、自分の兄はかっこいい方がいいですって! 絶対! 私としては兄を交換して欲しいくらいですもん!」

「う、うーん……。僕は交換しなくていいかなぁ。不満はあるけど、今のままでいいかなぁ」

「ほら!」


 しかし、すぐに均衡は崩れる。

 不満の大きさはエリーの方がとても大きかった。


「いいなー……、かっこいい兄さん、いいなぁ……。私も欲しいなぁ……、かっこいい兄さん……」

「ははは……」


 エリーが力なく体を倒し、背を地面につける。ひんやりとした岩肌に心地よさを感じた。

 ロビンは苦笑する。


「エリーには僕の兄ちゃんや幼馴染を紹介したいと思ってるんだけどね、皆村の外に仕事があって全然チャンスがないんだ」

「ふーむ、クールでちょっと怖いお兄さんですか。会うのは緊張しますね」


 なんとなくエリーは自分の前髪を整え始める。


「僕としてはエリーのお兄ちゃんに会ってみたいな」

「えー? 会う意味ないですよ、あの兄たちなんか」

「ひどいねー」


 そう言ってくすくすと笑い合う。

 2人の笑い声が洞窟の中で小さく小さく木霊した。


「いつか皆一片に集まって遊べるといいね」

「…………」


 ロビンはそう言って、洞窟の暗い天井を見る。

 この村の中しか知らない子供の小さな夢がそこにあった。


「……いや、私は自分の兄を紹介したくありません。恥ずかしいので」

「ははは!」


 生意気なエリーはそう言い、ロビンは楽しそうに笑うのであった。


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