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177話 探り

あけましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いします!

「わっ!」

「きゃあっ!?」


 荘厳で大きな城の中で、1人の男が突然大きな声を上げた。

 真後ろでいきなり大声を浴びさせられ、1人の少女が大きく驚き手に持っていた書物がぼとりと落ちる。


「なははははっ! イリス! おはよう!」

「……アルフレード兄様」


 驚かされた少女が振り返り、恨めしそうな目で大声を出した男性を見る。


 ここは由緒正しきオーガス王家の王城であった。

 普段の静謐とした空気にそぐわない大声に周囲の人たちもびっくりとしている。


 大声を出したのはこの国の第二王子アルフレードであり、驚かされた少女は彼の妹である第四王女のイリスティナであった。

 変人、奇人として知られるアルフレードの奇行に、城内の人たちが眉を顰める。


「……毎度のことながら、兄様には幻滅させられてばっかりです」

「なはははは! ごめん、ごめんって、イリス。ほら、飴ちゃんあげるから許してちょ」

「いりません」


 アルフレードがイリスの落とした本を拾い、手渡す。むすっとした表情のまま、彼女はそれを受け取った。


 アルフレードにはとある秘密がある。

 それは姿形を変え、ギンという名前で隠れて冒険者をやっていることであった。


 ギンとして活動するときは変身魔法により髪を長くしているが、今は短くさっぱりとした様子を見せている。

 兄妹で良く似た銀色の髪がさらりと揺れた。


「兄様はもっと慎ましく日々を暮らせないのですか」

「おっと、イリスの説教は怖いな。見逃して貰えたりはしない?」

「駄目です。いいですか、私達高貴な王族の人間は民の模範となるべく日々自らを律して規範となるべき行動と高い理念を持ち続けなければならず……」


 妹の長い説教を甘んじて聞く兄。

 アルフレードはイリスにもっと柔軟な思考を持って欲しいと考えているが、おませな妹の姿を見るのも嫌いではなかった。


 しかし、朝の時間をいつまでものんびりとしている訳にもいかない。


「……であるからして、我々王族は普通の人間よりも高度な志をもっていなければならないのです。生まれ持ったその血筋と能力にかまけず、常に自身を律し続け……」

「話の途中で悪いけど、イリス、時間は大丈夫かい?」

「え? ……わっ、もうこんな時間!」


 イリスが時計を見てびっくりする。説教を途中で取りやめた。


「イリスはこれから法律の勉強の時間かい?」

「……まぁ、そうですけど」


 彼女が手に持っているのは法律に関する本であった。

 イリスは最近法律の勉強に凝っている。というのも、最近旅で遊びに行った村が重税に苦しんでおり、それを上手く解決する方法がないか調べているのであった。


 またその村の友達に会いに行きたいが為に、今必死に時間を作ろうと頑張っているところである。

 またあの村に遊びに行けるのは半年後位になるだろう。そう見込まれている。


「友達の為に偉いぞ、イリス」

「……別にそんなんじゃないです。ただの勉強です」


 イリスは恥ずかしそうに頬を染めながら、アルフレードから目を逸らす。

 妹といい、幽水といい、自分の周りには素直じゃないやつばかりだなぁ、と彼は苦笑した。


「それではここで。失礼します、アルフレード兄様」

「うん、ばいばい、イリス」


 イリスは小さな体でぺこりとお辞儀して、その場を去っていく。彼女の綺麗で長い髪がゆっくりと揺れていた。


「…………」


 アルフレードがその場に一人残される。


「……ふぅ。朝から災難だったねぇ、アル」


 そんな彼に声を掛ける一人の男性がいた。

 イリスと入れ替わるかの様にその男がアルフレードの隣に立つ。


 アルフレードはにこりと笑顔で挨拶を返した。


「お早うございます、ニコラウス兄様」

「うん、お早う。アル」


 彼に声を掛けたのはこの国の第一王子ニコラウスであった。

 ずれた眼鏡をニコラウスが指でくいと直す。


「や、やれやれ……イリスは怖いなぁ……。朝から説教だなんてなぁ……」

「でもああいう生意気なとこも可愛いと思わない?」

「いやいや……そんなにポジティブにはなれないなぁ。怒られるのは普通にへこむよ……」

「ははは!」


 ニコラウスが大仰に肩を落とし、アルフレードが大きく笑う。


「兄様、時間ある? 美味しいお菓子が入ったんだけど」

「お、それはいいね。弟の誘いとあったらどんな仕事よりも優先しないとなぁ。紅茶にブランデーを垂らしてくれないかな?」

「朝っぱらからかい、兄様?」

「い、いいじゃないか」


 ニコラウスがばつの悪そうな表情を浮かべ、アルフレードから顔を背ける。

 確かにこの会話を聞かれたらイリスから怒られそうだな、と思いアルフレードは苦笑した。


 そうして2人はアルフレードの部屋へと移動した。


 テーブルの上に甘さ控えめの焼き菓子が並び、ブランデー入りの紅茶が部屋の中に香り立つ。

 この部屋の中にいるのはアルフレードとニコラウスの2人だけである。メイドも護衛も中に入れていない。


 ニコラウスが席に座る前に焼き菓子に手を付け、行儀悪く口の中に放り込んだ。


「……うん、いいね。口に合う」

「それは良かった」

「いやぁ、ありがたいよ。今日はつまらない事務仕事だったからねぇ。何とか抜け出せないかって考えてたんだ」

「ははは、後が大変になりそうだけど?」

「そもそも最近仕事の量が多くなってきているのが悪いんだ。もう18なんだからー、とか、責任がー、王族としての義務がー、とかお母様たちが口うるさくなってきてるしさぁー」

「ははは」


 この第一王子ニコラウスは世間から愚物扱いされている。

 仕事はよくすっぽかすし、素行も良いとは言えない。オーガス王国のダメ王子。それが彼のあだ名であった。


「ずーっとパーティーばっかやっていられればいいんだけどなぁー。そういう仕事だけを回して貰えないものかなー?」

「…………」


 姿勢悪く焼き菓子を頬張りながら怠惰なことを口にする様子は、まるで分別の利かない子供のようであった。


 しかし、


「……いや兄様は働き者だと思うよ」

「ん……?」


 アルフレードの言葉にニコラウスは少し目を丸くする。


「ほら、兄様はブロムチャルド様が建設している城の視察に何度も行っているじゃないか。もう1年の内に4回も視察に行ってるそうだね。これは働き者の為せる業さ」

「…………」


 アルフレードは疑っていた。

 本当に兄はただの愚か者なのだろうか?


 笑顔を絶やさぬように、あくまで穏やかな雰囲気は崩さぬよう気を付けて、アルフレードはニコラウスの様子を注視する。

 ほんの少し、ニコラウスの表情から色が抜けたような気がした。


「自分を支援してくれる貴族を大切にするのは良いことだね。でも、何でブロムチャルド様の城の視察だけそんなにたくさんしているのだろう? ちょっと疑問を覚えてね……」

「…………」

「何か、あの城に特別な事情があったりするのかな……?」


 じっと兄の目を見る。

 兄は周囲の評価通りただの阿呆なのか、それとも……。


 アルフレードには、なにか、兄の裏側にただならぬ気配を感じていた。

 バカっぽく見える兄の行動の一つ一つに何か意味があるのではないか。兄は何か目的を持っており、全ての行動に繋がりがあるのではないか。


 そしてそれは正義とは呼べぬ悍ましいものなのではないか。


「…………」

「…………」


 2人の視線が交錯する。

 アルフレードは正体の見えぬ闇の陰に手を伸ばそうとしていた。


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