表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
172/212

169話 強者は酒に溺れない

「それじゃあ、1人の少女が救われたことと、それを為した俺の多大なる努力を讃えて……乾杯っ……!」

「乾杯っ……!」


 青い雷を放つ少女を救ったその日の夜、里では宴が行われていた。


 隠れ里の少女が救われ、そして里そのものが守られたことを祝う宴である。

 その主役は言うまでもなく、この戦いの功労者のギンだ。彼を労う為の場でもあった。


 この隠れ里は少女の暴走によって半壊している。

 しかし、ギンが来てからは彼が必死にその里を守っていた。


 復興の作業は大変であろうが、今はまず勝利のパーティーである。半分残った里の無事な部分を使い、たくさんの料理と酒が並べられた。


「ギン様……。我らが里の巫女姫様を御守り頂き、本当に感謝しております。どれだけ礼を尽くそうと、返しきれぬ程でございます」

「はっはっは! いい、いい! 良い仕事が出来て俺も大満足だ!」


 里の者達がギンの周りを囲い、次々と礼を言う。

 豪快に笑い、酒を呑み、ギンは気分を良くしている。


 ギンが救った青い雷を放つ少女はこの里で巫女姫様と呼ばれ、特別に慕われる存在であった。

 彼女の一族は特別な力を持ち、里の大切な守り神に通じる存在であるという役を担っていた。


 しかしその特別な力は叡智の力に起因するものであり、その力が暴走して今回の騒動となった。


 ただ、もうその問題は解決している。

 今は呑んで、食べて、笑い、歌う時間であった。


「……で? その子の容体は? 今は大丈夫なのか?」

「はい。まだぐっすりと眠っておられです。危険な様子もなく、安定していると医師も言っております。何かあれば、お付きの人間がすぐに報告に来るでしょう」

「そうか。それは良かった」


 暴走した少女は今この場にいない。

 戦いは5日も続いたのだ。暴走状態だったとか関係なく、普通は目覚められない程消耗する筈である。


「…………」


 クラッグはジュースを呑みながらちらと隣を見る。

 やはりここでも酒は呑ませて貰えない。


「わっはっはっは……!」

「…………」


 隣の銀髪の男がおかしいのだ。彼はそう考える。

 少女と同じく5日間の死闘を越えたにも関わらず、今元気に呑めや歌えや騒いでいる。


 傷は治りきっていない。何度も電撃を喰らって焼け焦げた体は今も痛々しく、左目が損傷してまだよく見えていないようだ。

 それだと言うのに、上半身裸になりながら楽しそうに笑って酒を呑み、飯を平らげている。


 疲れ果てて眠る、といった気配が見えない。

 こいつ本当に人間だろうか、とクラッグは疑問に思った。


 ちなみに何故上半身裸なのかとクラッグが彼に尋ねたところ、戦いの途中で焼け焦げ、脱げたと言っている。

 何故服を着直さないのか……クラッグはギンの事が全く理解できない。


「幽水様……」

「ん……?」


 ギンの隣で食事をつまんでいると、里の者達がクラッグにも声を掛ける。『幽水』はクラッグが仕事中に名乗る名前である。


「幽水様にも感謝のお言葉を……。この度は巫女姫様と里そのものを守って頂き、本当にありがとうございました。この御恩、一生忘れません」

「……僕は何もしていない」


 里の者達がクラッグにお礼の言葉を掛ける。

 自分はほぼ何もしていないと、クラッグはそう考える。ギンの後ろでぼんやりと2人の戦いを眺めていただけだ。


 しかし、里の者達は小さく首を横に振る。


「そのようなことはございません。ギン様が仰るに、幽水様は最後の決め手となったとのこと。それに、ギン様がここに来られる前は幽水様が巫女姫様を抑えてくれていたらしいですし……」

「…………」

「なんだよ、俺はなーんも嘘は言ってねえぞ?」


 クラッグはジトっとした目でギンを見るも、ギンはそれを軽く躱す。


「本当に感謝しかありません。幽水様。巫女姫様を御守り頂き、本当にありがとうございました……!」

「……うるさいなぁ」


 里の者が深々と頭を下げ、クラッグはそっぽを向いた。

 気恥ずかしさから視線を逸らしたのだ。


 クラッグは本当は戦いが終わり次第すぐに帰ろうとしていたのだ。叡智の力を吸収してやる事が無くなった為、さっさとこの里を後にしようとしていた。


 しかし、ギンに引き留められた。

 おいおい、勝利の美酒を呑まずに戦場を後にするなんてなに考えてんだぁ!? すぐに里の人間が戻ってくる。そうしたら宴だぞぉ!? と、ギンは無理矢理クラッグをその場に押し留めた。


「…………」


 そうして得たものは豪華な料理と酒……いやジュース、そして英雄的な扱いである。

 こんな扱いを受け慣れていなく、クラッグはどうしていいのか分からず、ただ眉を顰める事しか出来なかった。


 賑やかな笑い声が里中に響く。

 ほとんど犠牲はなく、多くの者が救われたことに皆喜び、戦いの英雄たちを讃えた。


 宴は続く。


「ところでさ、『幽水』って本名? なんか変わった名前だなぁって前から思ってたんだけど」

「…………」


 ギンがクラッグにそう尋ねる。

 クラッグは部屋の端で一人ちびちびとジュースを呑んでいたのだが、ギンがわざわざクラッグの傍に近づいてきて纏わりついてきた。


 まるで長年の旧友の様に、軽く、気安く。


 周囲にいる里の人間たちはもうすっかり酒が進み、思い思いに騒いでいる。ギンたちの話の内容など耳に入って来ないだろう。


「……本名じゃない。仕事で使う偽名だ」

「へー。じゃあ本名は?」

「それを語る義理はない」

「ぴゃー、冷てえなぁ。いいじゃん教えてくれても。俺とお前の仲だろう?」

「…………」


 ギンは料理をぱくぱくとつまみながら、適当な感じでそう聞いてくる。

 クラッグは面倒臭さを感じる。


「別にお前とは仲がいい訳じゃない」

「ひでーや。……ちょっと思ったんだけどさ、お前、いつも一人でいるとこしか見たこと無いんだけど、ちゃんと仲間とかいるのか? 仲の良い仕事友達っている?」

「…………」


 お前には関係ない、という言葉が口から出かけたが、それを少し止めてクラッグは少し考える。


 確かに『ジャセスの百足』の団員達とクラッグは協力関係にある。

 叡智の力の情報を共有し、その暴走に対処している。活動の内容も大分似ている。百足からもう何度も正式な団員にならないかと勧誘を受けている。


「…………」


 しかし、クラッグは彼らの事を仲間だとは考えていない。


 何故なら思い描く目標が、自分と百足とでは異なるからである。

 百足は叡智の力の暴走や悪用による被害を食い止め、その力を持つ者を保護する事を目的として活動している。


 しかし、自分の最終的な目的はそこにない。

 そしてその目標は誰にも語ったことが無い。


 クラッグはその事を仲間という言葉を通して再確認する。

 そしてつまり、自分に仲間と呼べる者はいないのだと、彼は結論付けた。


「……お前には関係ない」


 その思考をギンに喋る意味はない。

 結局、クラッグの口から出たのはその言葉であった。


「かーっ! やっぱ思ってた通りぼっちだったか! お前は! ダメだぞ? ぼっちは! 良い仕事仲間の存在は人生の幸福の度合いに大きく影響する! だってそうだろ? 仕事は人生の中で長い時間を費やすものだ。そこに気の合う友がいるかどうかで毎日の充実度が全然違ってくるじゃないか!」

「うるさい」

「いや、別に精神的な面だけを言っているんじゃないぞ? ソロとチームでは仕事の達成率が全然違う! いい仕事をしたければ、やっぱり共に戦う仲間がいることが大事なんだなぁ!」

「うるさい」


 クラッグが迷惑そうにするけれど、ギンはお構いなしに喋りまくる。


「よし! 分かった! 俺がお前の仲間になろう! 今日から俺とお前は戦友だぁ!」

「…………」


 そう言って、ギンはクラッグの肩に手を回す。

 口から酒の匂いがつんと漏れる。酔っぱらった者特有の絡み方だった。


「要らない。お前、うざい」

「ぐっはぁっ……!」


 クラッグの冷たい一言にギンは傷つき、大袈裟にソファに倒れるのであった。




 宴は続く。

 夜に始まった宴だが、その夜は更にふけ、もう佳境を迎えていた。


 次から次へと皆が倒れ、眠りこけていく。宴会は楽しいが、皆疲労が溜まっており、睡魔に抗い難くなっていた。

 この一連の騒動で里の者達もやるべきことが多く、皆疲れ果ててしまっていた。


 皆が水揚げの魚の様に床に転がり、酔っぱらいながら夢の世界を漂っている。

 寝息やいびきが大部屋の中で響く。ゴミは散乱し、コップは倒れ、この場は混沌としていた。


「んごー、んごー……」


 ギンもまた眠ってしまっている。

 戦いの功労者の特権か、ソファの上で気持ち良さそうにすやすやと眠っている。


「…………」


 この場で生き残っているのはクラッグだけであった。

 当然である。彼はジュースしか飲ませて貰っていない。

 料理をちびちびとつまみながら、やっとバカ騒ぎが収まったとため息を付く。


 クラッグはちらりとギンの方に目をやる。

 いびきをかきながら、深く眠りについている様に見える。その姿は無防備で、完全に油断しきっているようにも見える。


「…………」


 クラッグは料理を切り分けるナイフを手に取り、ギンの方に近づいた。


「んがー、んがー……」

「…………」


 クラッグが近づいてもギンは起きる気配がない。

 彼の冷たい目がソファに横たわるギンを見下ろす。


 ナイフを逆手に持つ。

 狙いは首だ。ナイフの刃がきらりと光る。


「…………」


 クラッグは大きく腕を振りかぶり、無防備なギンに向けてその腕を振り下ろした。


「んがー、んがー……」

「…………」


 しかし、クラッグは途中でその手を止めた。

 ギンの喉先1mmのところで刃が器用に止まっている。


「……ふん」


 クラッグは鼻を鳴らし、ナイフを床に捨てた。


「どうせ起きているんだろ? お前ほどの実力者がこんなにも隙を見せる筈が無い。いざという時はすぐに身構えて、身を守れるようにしている筈だ」

「…………」

「武の達人が酒に溺れる事は無い。眠っている時でも警戒心を解く事は無い。安っぽい演技で僕を騙せるとは思わない事だ」


 クラッグは壁に掛けていた外套を羽織る。フードが付いた黒いコートだ。

 彼は帰り仕度を始めた。


「んごー、んごー……」

「今日の所は殺さないでおいてやる。精々、もう二度と僕に出会わない事を祈っておけ」

「んがー、んがー……」


 まだ夜は深い。陽が昇るにはまだまだ時間がある。

 そんな中でクラッグはこの里を離れようとしていた。黒い衣装を身に纏い、まるで闇に紛れる様に彼はこの場から消えようとしていた。


 最後にクラッグはコップ一杯の酒を呑む。

 彼にとってこれが宴の終わりだった。


「じゃあな、ギン」

「ぐがー、ぐがー……」

「……?」


 別れの言葉を発し、外に向かおうとしたクラッグが唐突な違和感を覚える。


 怪訝な表情になりながら恐る恐るギンに近づき、その顔を覗き込む。

 そして少しの逡巡の後、彼はギンの頬っぺたをぎゅっとつまんだ。


「ぐぴー、ぐぴー……んごご……」

「こ、こいつ!? 本当に酔い潰れているっ……!?」


 クラッグの身に衝撃が走った。

 ギンは本当に眠りこけ、完全に無防備な姿を晒していた。


 隙を見せて居る振りとか、いざとなれば飛び起きてすぐに臨戦態勢に入れるとか、一切そういう事は無く、完全に眠りに落ちていた。


 武人としてあるまじき状態であった。


「~~~~っ……!」


 クラッグは頭を抱える。

 こんなバカに自分は振り回されているのか。さっきのナイフを止めなければ本当にこの男の命を絶てていたのか。


 さっきまで自分は独り言を呟いていた事になるのか。


「……はぁ」


 クラッグは重い溜息を吐く。

 呆れてものが言えない。今あのバカを殺す気にもなれない。


 ただ意気消沈となりながら、ふらふらとこの部屋から出ていった。


皆が眠り込んでから、しれっと酒を呑む悪い少年、クラッグ。


この夜はあとちょっと続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ナイフで刺した程度で死ぬの?
[良い点] この調子だと、クラッグがアルフレード兄様の人格を吸収したようにも見えるな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ